神器である神剣ジークフリードを掲げながら、何故かヴィルは空中にその姿を現した。

「ヴィル!?」
「あの人は確かグリムの……」
「何故こんなところに」
「アレは本体じゃないねぇ。誰かの魔法による“思念体”さ」

 イヴがそう言うと、ヴィルは笑いながら口を開いた。

「流石“精霊王イヴ”だね。魔法は全てお見通しか。そうだよ、コレは魔法で飛ばしてる思念体。俺は王都にいるからね」

 成程、そういうカラクリか。それよりも何故ヴィルは俺達の居場所が分かった? それに今精霊王イヴって言ったか……?

「何の用だヴィル。何故俺達の場所が分かったんだ」
「居場所ぐらいなら分かるでしょ。騎士魔法団の連中ならいくらでも魔法や感知が得意な奴いるんだから」
「だったら思念体なんてせこい事せずに自分が来いよ。まさかビビってるのか?」
「ハッハッハッハッ! まさかあの兄さんにそんな事言われるなんてね。フィンスターで誰がラグナレクから守ってあげたと思ってるの」

 高笑いしながら言うヴィルに苛立ちを抑えられなかったが、奴の言ってる事は紛れもなく事実。それが余計に俺を苛立たせた。

「もうあの時とは違う。今ならお前にだって勝ってみせるさ」
「まぁ言うのは誰にでも出来るよね」
「結局何が目的だ。お前イヴの事を知っているのか?」

 あたかも当然の様にイヴなを口にしたヴィルだが、俺はそれがとても引っ掛かった。

「そりゃ知っているよ。精霊王イヴ、獣天シシガミ、そして竜神王ドラドムート。3神柱はこの世界の神だからね。本来であれば全人類が知っていなければならない存在でしょ」
「これは驚いたねぇ。アンタ“何処まで知っている”んだい、ヴィル・レオハートよ」

 余裕な表情を浮かべながら悠々自適に語るヴィルを見て、イヴは妙な違和感を感じ取っていた。

「ハハハハ、凄いね。やっぱ鋭いよ精霊王イヴ。その質問を答えるのにはまだ少し早いけど、俺はきっとお前が思っている以上に知っていると思うよ。いや、正確にはこの言い方は違うかな? 知っているんじゃなくて聞いたと言った方が正しいね。お前達が倒そうとしている“深淵神アビス”から――」
「「なッ……!?」」

 ヴィルの口から出た思いがけない名に、俺達は一斉に驚いた。

「深淵神アビスからだって?」
「おい、ヴィル! お前が何で奴とッ!」
「どうしたの急に。皆でそんな血相変えてさ。兄さんが3神柱と出会った様に、俺は“アビス様”と出会った。ただそれだけの事。もしかして自分達だけが特別な存在とでも自惚れていたの?」

 突如明かされたヴィルと深淵神アビスの繋がり。コイツらが一体何処でどうやって繋がったのかは分からないが、俺達の知らない所で事態は思った以上に複雑な動きを見せていた。

「深淵神アビスと繋がっているなら、奴が今この世界に終焉をもたらしている事を知っているんだよなヴィル」
「勿論。かつてリューティス王国が禁忌を犯して彼女を召喚した事から今に至るまで全て聞いたよ」
「だったらアビスの目的が分かっているだろ! 何故お前までそっち側にいるんだ!」
「ハッハッハッ。本当に可笑しな人だよ兄さんは。まぁそれも仕方がないよね。散々レオハート家と王国の面を汚した挙句、何の責任も取らないで辺境の森に行ってしまったんだから。兄さんはあの後の俺達の苦労を知らないだよね。

フィンスターでも言ったと思うけど、やっぱ身内の恥は身内がしっかり片付けないといけないんだよ。何年も経ったのに、未だに裏でコソコソとレオハート家や俺の事を悪く言う奴らがいるからさ。兄さんのせいで。

だから俺はどうしても兄さんをこの手で殺したいのさ! 俺とアビス様は誰よりも利害が一致しているんだ。兄さんは誰にも渡さないよ! 絶対俺が殺してやる! ハッーハッハッハッ!」

 空から俺達を見下し、これでもかと高笑いを繰り返すヴィル。

 確かに俺はレオハート家の顔に泥を塗ってしまった。勿論リューティス王国自体にも。俺がしてしまった事で少なからずヴィル達も被害を被っただろう。でもだからと言って八つ当たりもいい所だ。俺はお前以上に過酷な道を歩んでいたんだからな。

「どうやらお前とはハッキリ決別しないといけない様だなヴィル。俺達の邪魔はさせない。そんなに俺を殺したいなら正々堂々と姿を現せ。相手になってやる」
「よく言うよ。1度俺に負けて逃げたくせに。まぁでも兄さんがやる気になってくれて良かったよ。それだけでもこうして現れたメリットがあった。じゃあそうい事でまたね兄さん。本当は今すぐにでもやり合いたいけど、アビス様の“完全復活”には後少し時間がかかるから、それまで楽しみはお預けだね。じゃあ――」

 そう言い終えると、ヴィルの思念体はユラユラと揺らめきながら次第に消えていった。だが思念体が完全に消え去る刹那、最後にヴィルは思い出したかの様に言葉を残していった。

「……あ、そうだ。そういえば大事な事を忘れていたよ兄さん」
「今更何だ」
「俺達を裏切った反逆者のユリマ。あの女は2日後に王都で“処刑”される事が正式に決まったらしいよ。もしまだ兄さん達の仲間なら最後に顔ぐらい見せてあげなよ。って事だから今度こそバイバイ」
「なッ、ちょっと待てヴィル!」

 俺の叫び声も虚しく、次の瞬間ヴィルの思念体は完全に消えてしまった。

「畜生、あの野郎」
「噓でしょ……ユリマが処刑されちゃうなんて……」
「これは一刻を争う事態だな」
「ああ。こうしちゃいられない。直ぐにユリマを助けに王都に向かおう」
「待ちな。今のアンタの弟の話が正しいならまだ時間はある。焦るんじゃないよ」
「そんな事言われたって焦るに決まってるだろ! ユリマの命が懸かってるんだぞ」
「だからこそ冷静になりなって言ってるんだよ馬鹿者が。殺される運命ならとっくにユリマも殺されているよ。まんまと弟のペースにハマったらそれこそ思う壺だという事が分からんのかい」

 イヴの抑止によって俺は少し冷静になった。確かにこのままではヴィルの思う壺だ。偉そうに啖呵を切ったが、奴に勝てる見込みはまだない。俺だけ神器も手にしていないしな。

「そうだな。イヴの言う通りだ。ユリマを助けて全てを終わらせる為にも、先ずはやるべき事をやらなくちゃ」

 一旦冷静になった俺は、改めてドラドムートに視線を移した。既に状況を嫌と言う程理解しているドラドムートも一切余計な事を言わずに話を続けた。

「既に我の力を手にする準備は出来ている様であるなグリム。もうアビスとの決戦は目前。主に神器を渡せる時がようやくきた──」

 ドラドムートはそう言うと、突如自身の身体から煌めく魔力を放出させ始めた。するとみるみるうちにドラドムートの漆黒だった両翼が、美しく輝く青いクリスタルに変化していった。

 更にドラドムートは一回り二回りとその大きな身体が縮小させていくと、そのまま最後にはクリスタルの両翼だけとなってしまった。

「ドラドムート……?」

 思いがけない展開に俺が声を漏らすと、残ったクリスタルの両翼からドラドムートの声が響いてきた。

『心配するでない。我はしかと此処にいるぞグリム。だが予想以上にもう我には魔力が残されていない。ドラゴンの姿を保って神器を生み出す余力すらないのだ。
だから我は残された魔力で主の神器となる。共に戦おうぞグリムよ──」

 次の刹那、クリスタルの両翼は一瞬で形を変えると、美しく輝くクリスタルの双剣となって俺の両手に収まった。