『我ト戦ウツモリカ……人間ヨ』
「ええ。貴方を倒さないとジニ王国もローロマロ王国も救えないから」
 
 イヴから与えられた神器『恵杖イェルメス』を手にしたエミリアが、神々しく煌めく魔力を纏いながら遂にジニ王国を乗っ取っているラグナレクと対峙する。

 ローゼン神父とカルとの一戦を終え、奴のいるこの中心街に来るまでの間に見かけた魔人族達は既に全員ラグナレクによって体を乗っ取られてしまっていた。1つの国がこんな事態になるなどまさに地獄絵図もいいところだ。もし同じ事が他の国でも起き続けたら、本当に世界は終焉を迎える事になってしまう。そんな事は絶対にあってはならない。

『戦闘ノ魔力ヲ感ジ取ッタ。我ノ邪魔ヲスル人間ハ滅ボスノミ……』

 エミリアの戦意を感じ取り改めて敵と認識したであろうラグナレクは、静かにその身を動かし出すと、禍々しい圧のある強力な魔力を瞬時に練り上げ戦闘態勢に入った。

「何だあの化け物は……。イヴ様、お言葉ですが本当に彼女1人で大丈夫なのでしょうか」
「ヒッヒッヒッ、何も心配は要らないよ」

 イヴはそう言い切るが、やる気になったラグナレクを見て俺も心配になってきた。アレは相当強い。下手したらさっきのローゼン神父をも上回っているぞ。

『殺ス――』

 俺達の心配を他所に、魔力を高めたラグナレクはそっとエミリアに手のひらを向けた。すると刹那、久しぶりに見たあの神々しい青白い光が瞬く間に奴の手に集まると、そのまま凄まじい咆哮の如き攻撃を放ってきた。

 ――グオォォォォォォォッ!
 強烈な光を発しながら、まるで全てを飲み込むと言わんばかりの悍ましい攻撃がエミリアに向かっていく。

 魔力の密度が半端じゃない。あんなの食らったら即死だ。

 エミリアと恵杖イェルメスの力を信用していない訳ではないが、それを遥かに上回る程ラグナレクの攻撃が強大過ぎる。

 俺達は奴から発せられた攻撃を目の当たりにし皆一斉に不安が芽生えてしまったが、この戦いの結末が“一瞬で終わる”とはまだ誰も予想していなかった――。

「精霊魔法、“ディフェンション・リバース”!」

 ラグナレクとはまた違う神々しい魔力を纏ったエミリアは、先の戦闘で見せた新しい魔法を繰り出した。見た目は今までと大差ない1枚の防御壁。だがその効力は今までとは全く異なっている。

「精霊魔法はありとあらゆる生命を護る為に生まれた魔法。この防御壁は大切な生命を護るためにどんな魔法や攻撃でさえも全て防ぎ切る。
だがしかし、大切な生命を護り切るには向かって来る“不純物”をただ防ぐだけでなく、時として生命を脅かすその不純物を“消滅”させる必要があるのさ――」

 ――ズバァァァァンッ! 
 ラグナレクの凄まじい攻撃とエミリア防御壁が衝突。互いの強力な魔法の衝突により物凄い轟音が辺り一帯に轟いた。そして次の瞬間、パッと強い光が輝くと共にラグナレクの攻撃が全てエミリアの防御壁に受け止められ、神々しい光を纏った防御壁は瞬く間にラグナレクと全く同じ攻撃を奴に跳ね返したのだった。

 そう。
 エミリアの新たな防御壁はあらゆる攻撃を完全に受け止める。
 更に、防御壁で受け止めた攻撃は“カウンター”となってそっくりそのまま相手に跳ね返されるのだ。それも“受けた攻撃の倍返し”となって――。

 どれ程強い実力者であっても、自身の攻撃をそっくり返されるなんて未知の感覚だろう。普段は相手目掛けて放っているものが突如自分に向けられるのだから。自分の攻撃と言うのは自分が最も知っているものでありながら絶対に自分では受ける事がないもの。しかもそれが倍になって返って来た時、瞬時に完璧な対応が出来る者なんてごく一握り……いや、それ以下に違いない。

 ――ズバァァァァンッ! 
『……ギッ……ィィ……!?』

 エミリアのカウンター攻撃によって、ラグナレクは自身が放った攻撃の倍の攻撃を受けて一瞬で跡形も無く消滅してしまった。核どころか存在ごと消し飛ばされた模様。ラグナレクの気配や魔力はもう微塵も感じなかった。

「ヒッヒッヒッヒッ。ほら、やれば出来るじゃないか」
「うん! ありがとうイヴ」

 こうして、一時はどうなる事かと思われたラグナレク討伐は俺達が驚いてる暇なく一瞬で終わったのだった。幕切れと言うのは案外呆気ないものだ。まぁ何はともあれこれで万事解決って事だよな、取り敢えず。

「エミリア滅茶苦茶強くなってるじゃん……」
「そうだな。やはりこれは近々正式に手合わせを願わねばいかん」
「本当に成長したねエミリアは」
「まさかあの化け物を一撃で仕留めるとは。流石イヴ様のお仲間だ。あんなものがローロマロ王国に襲撃していたらと考えるだけで身震いがしてしまう」

 ヘラクレスさんの言う通りだ。ウェスパシア様の予知夢とやらがそのままだったら本当にヤバかっただろう。確かにヘラクレスさん達もかなり強いけど、民が多くいる国のど真ん中で暴れたら溜まったものじゃない。確実に誰かが犠牲になってしまうからな。そう考えるとやっぱりコイツをここで倒せたのは本当に良かった。

「さて、用も済んだし戻るとしようかねぇ。ウェスパシアがくたばる前に」
「縁起でもない事言うなよイヴ」
「ヒッーヒッヒッヒッヒッ! 本当の事だから仕方ない。さっさと帰るよ」

 イヴに促され、俺達はローロマロ王国に戻る為ジニ王国を後にした――。