「うらッ!」
「小癪な」

 見える。見えるぞ。奴の気の流れが。

 だがこの気の流れは奴にも見えている。倒すには奴よりも更に先を読み、確実に一撃を叩き込む。

 ――ガキィン! ガキィン! ガキィン!
「くそッ、もうちょいか」
「調子に乗るな」

 止まない互いの攻撃。
 皆の視線が俺達に注がれる中、その瞬間は唐突に訪れたのだった。

「……ッ!?」

 次の瞬間、これまで顔色1つ変えなかったカルの表情が僅かに変化した。その顔から分かるのは確かな困惑。俺はこの戦いで明らかに気の流れの感覚をものにした。奴の気の流れの先を更に呼んだ俺は奴が繰り出した蹴りを躱し、この日初めて生じたカルの隙を確実に捉えた。

 ――ブンッ!
「ッ……!?」
「ハァ……ハァ……俺の勝ちだな」

 見事にカルの隙を捉えた俺は、カルの首元ギリギリの所で振りかざした剣を止めた。一瞬にして動きが止まったカルは眉を顰めながら俺を睨んできた。

「ふざけるな……。何故攻撃を止めた」
「俺は人殺しじゃない。勝負が着いたんだから無駄に斬る必要ないだろ」
「敵に施しを受けるぐらいなら死んだ方がマシだ」
「知らないよ。だったら誰か他の人に殺してもらいな。俺は御免だね」

 時間にして僅か2,3秒だろうか。俺とカルは互いに睨み合うと、カルは突如波動を解いて後ろに下がっていった。そして、カルは何か気になる事でもあったのだろうか。つい数秒前までの戦いが嘘であったかの様に、カルは微塵の戦意も感じさせずに俺に質問を投げかけてきた。

「おい。お前達は何故世界を滅ぼそうとしている。この行動にも意味があるのか?」

 真っ直ぐな視線でそう聞いてきたカル。俺はなんでこんな事を聞いてくるのか少し不審に思ったが、どうやら冗談でも冷やかしでもない。彼は本当の真実を知りたがっている。何故だか俺にはそう感じられたんだ。

「う~ん。どう説明すればいいのか分からないし、アンタが俺の言う事を素直に受け入れてくれるとは到底思えないけどさ、取り敢えず俺達は邪神でもなければ世界を滅ぼそうとなんてしていない。
寧ろこっちはその逆の無理難題を押し付けられて大変な思いしてるんだよ。今からだってまだラグナレク倒さないといけないしさ」

 気が付くと俺はカルに正直に話していた。敵である奴がこんな話を信じる筈がないと思っているのに。

「……そうか」

 俺の話を聞いたカルは静かにそう言い残すと、踵を返してこの場から去って行ってしまった。突然の行動に戸惑いつつも、俺は無意識に奴を呼び止め今度はこちらから質問を投げかけていた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! ユリマは無事なのか!?」

 俺達が何よりも気になる事。それは間違いなくユリマの安否だ。俺の声に反応したカルは静かに振り返って言った。

「さぁな。初めはヴィルにかなりやられて死にそうだったらしいが、俺が地下牢でユリマを見た時は少なからず生きていた。今は知らんがな」
「ヴィルだって? アイツがユリマを捉えたのか!」
「ああ、そうらしい。お前がヴィルの兄だとは未だに信じられん。あの“狂人”の兄だからどれ程狂った奴かと思えば……。本当に兄弟なのか、お前達」

 カルはそう言って再び振り返ると、今度は一瞬でこの場を立ち去ってしまった。

「グリム!」

 カルが立ち去り、元の状況に戻った俺の元に皆が駆け寄ってきた。

「凄かったね! やっぱり強いなグリムは」
「いやいや、それを言うならエミリアの方だろ。何だよあの魔法。驚いたぞ」
「ハハハハ。最後の最後に上手くいって良かったよ本当に。失敗したら大変だったよねアレ」
「エミリアもこの特訓で強者と化した様だな。今度手合わせ願おうか」

 突如訪れたピンチを潜り抜けた俺達には、幾らかの安心感が生まれていた。

「グリムもエミリアもフーリンも、皆気の流れを会得してかなり成長したわね」
「ああ、ハク達の特訓のお陰だよ。それよりも――」

 確かに七聖天は何とか払いのけたけどまだ手放しで喜べる状況ではない。

「うん、大丈夫かなユリマ……。まさか私達を庇ってそんな事になっていたなんて」
「そうね。彼らに捕まっていたのは予想外だったわ」
「ユリマには返しきれぬ恩がある。早急に助けに向かうべきだろう」

 図らずも、カルとローゼン神父からユリマの現状を知った俺達はどうしようもないもどかしさに襲われていた。自分達の事ばかりを考え、ユリマが俺達の為にそんな危険を犯していたなんて全く知らなかった。どうにかユリマを助け出したい。

「ユリマは王都にある城の地下牢だ。どのタイミングでも騎士魔法団の団長や七聖天が城に配備されているけど、危険を承知でユリマを助けに行こう」
「うん。私もユリマを助けたい。危険でも行くよ」
「無論だな」

 自然と意見がまとまった。皆一刻も早くユリマを助けたいと言う気持ちは同じだ。そうと決まれば先ずは当初の予定通りここにいるラグナレクをッ……「馬鹿言ってんじゃないよ馬鹿共!」

 完全に話がまとまり切った刹那、俺達の純粋な思いを一刀両断したのは他でもないイヴであった。人の事を馬鹿馬鹿呼びやがってこの神は。

「アンタ達の最優先事項は己が強くなる事。何より先ず目と鼻の先にいるラグナレクを倒す事は勿論、その後はグリムの神器を手にするべくドラドムートを叩き起こしに行かなくてはいけない。ユリマとやらの救出はその後さ」
「おいイヴ! それは幾らなんでもあんまりだぞ!」
「そうよ、ユリマを助けなくちゃ!」
「城なら強者も一杯いるだろうしな」
「五月蠅ぁぁぁいッ!!」

 反論する俺達を黙らせるかの如く、イヴが凄まじい声で一喝した。

「果てしなく馬鹿だねぇアンタ達は! いいかい? その馬鹿の頭でよく考えな。そのユリマって子は唯一未来を知る人間だ。
国王や七聖天が彼女を見つけ出した時に殺さなかったという事は、彼女は自分の命を守りつつアンタ達が未来を救える為の最善の選択を常にしていた筈さ。
アンタ達はユリマに促されて此処までやって来たんだろう。だったらその流れを変えるんじゃないよ。アンタ達のその馬鹿な行動1つがユリマの全てを台無しにするんだ。そうと分かった上でもまだ助けに行くつもりかい?」

 イヴに論破された俺達は言葉が出なかった。
 確かにイヴの言う事も一理あるが、本当にそれが正解なのかも疑問だ。

「イヴの言ってる事も分かる。だけど仮にユリマが地下牢に幽閉される事を知った上で行動していたとして、その後はどうなんだ? このタイミングで俺達がユリマを助けに行くという未来の可能性だってあるだろ」
「ことごとく馬鹿だねぇアンタは。ユリマがそこまで知っていたなら、そもそもアンタ達に黙って匿うなんて事しないだろうが。初めから全て話せば万事解決。
でもそれをしなかったという事は、話がそんな単純じゃないって事だよ。逆を言えば今彼女が取っている行動が最善と言う事になる。未来をちゃんと視ているのは彼女だけだからねぇ。

つまりユリマは自分の身を犠牲にしてでも、アンタ達の真の力を覚醒させる事を先ず優先させたのさ。それが結果世界を救うと知った上でねぇ。
もし彼女がこのタイミングでしか助からないと言うなら、予めアンタ達に伝えておくだろう普通。でもそれをしなかったという事は今のタイミングじゃないって事だよ。

なぁに、心配なんて無用さ。アンタ達が思っている以上に彼女は強い人間だからねぇ。分かったらさっさとラグナレクを倒しに行くよ。もたもたしているとまた魔人に囲まれかねないからねぇ――」

 イヴはそう言ってラグナレクのいる中心街に向かって進み出した。

 ユリマの事は変わらず心配。だがやはりイヴの言っている事が正しいだろう。ユリマは自分を犠牲にしてまで俺達を行かせてくれた。一緒に戦う事も出来たのに、そうしなかったというのはコレが最善だったからだろう。

 一抹の不安が残りながらもユリマとイヴの思いを汲み取った俺達は、覚悟を決めて当初の予定通りラグナレクを討伐する事を決心した。



 ユリマ、お前の事は絶対に助ける。それまで無事でいてくれ――。