「なッ!?」

 驚く間もなく、ローゼン神父はエミリアの防御壁から突如放たれた水の玉を食らい、その体は水の玉の凄まじい勢いで瞬く間に数十メートル先まで運ばれていった。そして、俺達からだいぶ離れた位置で水の玉は爆発し、地響きを起こす程の衝撃と爆風を巻き起こしながらローゼン神父の魔力が消え去ったのだった。

 それと同時に水分身とカルを覆っていた水の防御壁が消えたが、分身はまだ残った状態となった。だがそれよりも、この場にいた全員が今の一連の出来事にまだ理解が追い付いていなかった。それぐらい一瞬であり、自分達が確かに見た現実を直ぐに呑み込めずにいたのだ。

 エミリアとイヴとハクを除いては――。

「や、やったッ! 出来たよイヴ!」
「凄いわよエミリア! 今の完璧だったわね」
「ヒッヒッヒッヒッ、ようやく成功させたねぇ。とは言っても、こんな確率じゃ博打と変わらないよ。まだまだ甘いねぇ」

 楽しそうに会話をし始めたエミリア達。しかし反対に俺達は呆気に取られている。何だ今のは。これがずっとエミリアが狙っていた事なのか。驚き過ぎると最早声が出ない。

 俺が呆然とエミリア達を眺めていると、今度は気合いの入ったフーリンの声が響いた。

**

「はあッ!」
『しまッ……!?』

 ――ズパァンッ!
 動きが止まっていた水分身の一瞬の隙を突き、気の流れを完璧に読み取ったフーリンは水分身に存在していた“核”を捉えた。

 無敵と思われた水分身は唯一の弱点を突かれて弾ける様に四散してしまった。地面に散った分身は跡形もないただの水となり、エミリアとローゼン神父の戦いに次いで決着となったのだった。

「フーリンも完璧だったわよ。分身の核が見えたかしら」
「ああ。正確に言えば核には早い段階で気付いていた。だがもっとこの槍との超波動を高めたかったし気の流れも試したかった」
「そっか、そういう事だったのね」

 苦戦しそうだと思っていたフーリンも、蓋を開けてみれば随分と余裕があったみたいだ。まさかフーリンにそんな考えがあって戦っていたとは。それにも驚かされたな。

 殺伐とした空気から一転、場には和気あいあいとした空気が生まれていた。瞬く間に戦いに終止符が打たれ、残るは俺とカルのみに。

「さて、俺達も決着を着けようか。それとももうアンタ1人だから身を引くか?」

 残る敵は目の前にいるカル1人だけ。ローゼン神父も分身も消えた今、誰がどう見ても俺達が勝つだろう。

「いや。ローゼン神父が負けたのは己の弱さ故。七聖天が何人やられようと、俺は俺のやるべき事を遂行する」

 一切の迷いなく、カルは鋭い眼光で俺に言い放ってきた。
 やはりコイツも手強い。ローゼン神父とはまた違う強さを持っているな。

「じゃあ続きやるとするか。俺達はまだラグナレクを倒さなくちゃいけないからさ」
「……」

 俺は手にした双剣を再び構え直し、この特別指導で嫌と言う程特訓した波動と気を用いてカルに攻撃を仕掛けた。数度目の攻撃で分かったのは、カルは武器を使わない。体術を駆使する武闘家だ。

 武器を使わないと言うと語弊があるけど、奴の神器はあの腕に嵌めている“籠手”。

 あの神器の力なのかカル自身の力なのかまだ定かじゃないが、俺が全力で剣を振るっても威力を吸収されてしまう。攻撃に重みが乗らないからダメージになっていないんだ。それに俺は他に気になる事がもう1つある。

「アンタももしかして“気”の流れが見えてるのか?」

 そう。
 俺はハク達との特訓で気の流れと言うものを会得した。
 だからこそ、俺は目の前の相手も気の流れが見えているのかどうかも分かる様になっていた。感覚的な事だから上手く言えないけど、気の流れを知る者はその動きで分かる。

「気という呼び方は知らん。俺がそれを使っているのかどうかもな」
「ヒッヒッヒッ、どうやらこの人間は無自覚に気の流れを会得している様だねぇ。無礼な奴だがセンスはあるよ。波動も洗練されている」

 イヴが素直に認める所なんて初めて見た。それだけこのカルが強いという事か。でもだからって負けられない。エミリアとフーリンのあんな戦いを見せられたら尚更な。俺だって強くならなくちゃ。世界を救う処か何時まで経ってもヴィルにすら勝てないぞ。

 俺は波動を一気に練り上げ超波動を起こし、更に意識を集中させて気の流れを感じ取った。

「いくぜ」

 力強く大地を蹴った俺は一瞬でカルとの間合いを詰めた。俺も奴も近距離タイプ。互いの間合いに大した差はない。寧ろ剣を持っている俺の方がリーチがある。

 ――ガキィン! ガキィン! ガキィン!
 双剣を連続で振るう。
 カルは躱せる攻撃を躱しつつ、必要最低限だけの攻撃を籠手で受け止めていた。

「はあ!」
「ぐッ……!」

 カルの動きはまるで無駄がない。
 その上繰り出される突きや蹴り1発1発が速く鋭い。

 しかもそれだけじゃなく、何故かコイツの近くにいると自分の体が何時もより“重く感じる”。体が動かしにくい。最初の一撃から妙な違和感を抱いていた俺は、一旦奴との距離を取った。

「どうした、もう息が切れているな。降参か」
「ハァ……ハァ……ふざけるな。何しやがった……」

 くそ、何だコレ。今までこの程度の攻防で息が上がった事なんてない。しかも確かに体力が削られはしたが何故だ? 奴から距離を取った今は体が普段通りに軽い。

「俺の神器『龍籠手ポルック』は“重力効果”のある特殊な神器。お前は俺に近付けば近づく程自らの身体に重力が掛かるんだ」
「何だそれ、コイツも反則技じゃねぇか……」
「超波動と気の流れを駆使すれば大丈夫よグリム。強引に力任せな攻撃じゃなく、全ての流れを感じ取るの」

 ハクにそう促され、少し焦っていた俺は1度深呼吸をして態勢を整えた。

 そうだ。特訓中に何度も指摘されていた事じゃないか。俺は辺境の森に飛ばされてからというもの、生き抜く為にただがむしゃらに剣を振るってきただけ。気が付けば俺は自分の想像以上に確かに強くなっていたけど、まだ上には上がいる。モンスター相手ならまだしも、俺は“対人”の戦闘経験がまるでない。相手を良く見ろ。感じ取れ。目の前の敵に勝てる最善の戦い方をするんだ。

「そうだったな、ごめんハク。俺はもっと強くならないといけないんだった」
「夢を語るのはいいが、それは今じゃないな青年」

 そう言うと、今度はカルが一瞬にして俺との間合いを詰めてきた。しかも奴は超波動を更に高めていた挙句に既に攻撃態勢。引いていた右拳を一直線に俺目掛けて放ってきた。

 奴の攻撃に対し、俺は咄嗟に剣を前に出して何とかガードした。しかしカルは息つく暇もなく怒涛の連撃攻撃を繰り出してくる。

「ぐッ……!」

 大丈夫、焦るな。カルの攻撃は確かに鋭いけど、特訓で受け続けたハクの方が速さも威力も上だ。相手の動作を見てから動いていたんじゃ遅い。波動を……コイツの気の流れを感じ取れ。

 ――ガキィン! ガキィン! ガキィン!
 互いにもう何十発目の攻撃か分からない。俺の剣は空を切ったりカルに受け止められたりだったが、それは奴もまた然り。俺もカルも決定的な一撃を与えられないまま攻防を繰り広げていた。

 しかし、この数日の地獄の様な特訓の成果の兆しがここにきて現れ始めた。 

 意識を集中させ、自然と超波動を高めていく事によってカルの重力効果がかなり和らいでいる。しかも最も会得が困難だった気の流れの感覚が、徐々に体に馴染んできているのを感じられる。その証拠に見えてきたぞ。奴が動こうとしている次の動作が――。