――ズバァァンッ!
 エミリアは得意のディフェンションで自身の前に防御壁を出現させた。鋭い牙を剥き出しにして襲い掛かって来た水の龍はその勢いのまま防御壁に衝突し、物凄い衝撃音と共に弾ける様に消え去ってしまったのだった。

「これはこれは……。まさか私の王2級魔法をただの防御壁なんかで防ぎ切るとは」

 リューティス王国で最強の魔法使いであろうローゼン神父でさえも、エミリアの魔法に驚いている。エミリアのあの防御壁はやはり何かしら特殊なんだ。ユリマも驚いていたからな。

 見事ローゼン神父の強烈な一撃を防いだエミリア。何時もはこのレベルの攻撃を受けると防御壁が割れてしまっていたにも関わらず、今は割れるどころかヒビ1つ入っていない。これも気のコントロールの成果だろうか。だが、俺の思いに反してエミリアは何故か表情を曇らせていた。

「う~ん……また“失敗”しちゃった」
「くだらないところで浮かれてるからだよ。それじゃあ今までの防御壁と一緒じゃないか」

 ローゼン神父の攻撃を完璧に防ぎ切ったエミリアだったが、その口からは失敗という単語が。しかもイヴにもなんか怒られている。一体どう言う事だ? 

 俺がエミリアとイヴの行動に首を傾げているのと同時進行で、隣では変わらずフーリンと水分身が激しい攻防を繰り広げていた。

**

 ――ズバン! ズバン!
「はあッッ!」
『無駄ですよ。何度やっても結果は同じです』

 実体がない水分身相手では、フーリンが何度槍で貫いても全くの無傷だった。ローゼン神父本体とほぼ変わらない魔力を持ちながら意志を持って動き、その上攻撃を受けない不死身な体となればもう無敵じゃないか。反則だろ。俺は心の中でそう思っていたが、その間にもフーリンと水分身は互いに攻撃を繰り出しては防いでの連続だった。

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「王2級魔法、“アクア・デスリング”」
「精霊魔法、“ディフェンション”!」

 ――ズバァァン!
 エミリアとローゼン神父も一気に攻防が激しくなっていく。
 
 ローゼン神父の凄まじい王2級魔法の連続攻撃に対し、エミリアはひたすら防御壁で対抗する。エミリアは何度もローゼン神父の攻撃を防ぎ切るもやはり何故か苦渋な顔つきを浮かべていた。

 一方のローゼン神父も段々とその穏やかな表情が消え去り、何時しか眉間にシワを寄せた険し表情になっていた。

「いやはや、これは余りに想定外ですな。まさかこんなお嬢さんに私の魔法が防がれるとは。こんな不快な思いは数十年振りですよ」
「これも違う……! まだ完璧には魔力をコントロール出来ていないわ」
「ヒッヒッヒッ。やっぱアンタの実力はそんなもんかいエミリアよ」
「違うよ、これでももう感覚は掴んでるんだから! 絶対成功させてみせる」
「だから口じゃなくて行動で示しな」

 エミリアとイヴは明らかに“何か”をやろうとしている。だけど今のところその変化は見られない。ローゼン神父の攻撃を防御壁で防ぐという繰り返しだ。

「これでは何時まで経っても勝負がつきませんな。私も歳ですし、貴方の次には邪神達も相手にしなければなりませんので、そろそろ終わりにさせていただきますよ――」

 そう呟いたローゼン神父は次の瞬間、今までよりも更に魔力を強めた。この魔力の強さはラグナレクと同等……いや、それ以上か。

「ホッホッホッホッ、いかんいかん。歳を取るとどうも楽して効率ばかりを求めてしまいますな」

 不気味な笑みで高笑うローゼン神父の強力な魔力は、最早エミリアを狙うと言うより俺達“全員を対象”にしていた。ローゼン神父から溢れ出る魔力は留まる事なくどんどんと増幅していく。そして、瞬く間に溢れ出る魔力を圧縮し小さな1つの玉を出現させたローゼン神父は、俺達目掛けてその玉を飛ばしてきた。

「全員消し飛びなさい」

 ――ゾクッ。
 見た目は手のひらサイズのただの水の玉。だが水の玉から発せられた悍ましい恐怖は、この場にいる俺達全員が直感で感じ取っていた。

 “コレを食らったら死ぬ”と――。

 ローゼン神父の強力な魔力が圧縮された事により、水の玉はその見た目に反して凄まじい威力を蓄えている。恐らくコレを食らえば即死。俺達どころか周囲一帯を平気で吹っ飛ばしてしまう程の威力だろう。

 反射的に俺とフーリンとヘラクレスさんは身を守る態勢を取っていたが、ハクとイヴは微動だにしていない。カルと分身も自然とローゼン神父の方を見ていた。

「精霊魔法、“ディフェンション”」

 飛ばされた水の玉に対し、エミリアは得意の防御壁を発動する。

「ホッホッホッホッ! この攻撃はそんな防御壁じゃ防ぎ切れないですよお嬢さん! 言いましよね、全員消し飛びなさいと」

 そう言ったローゼン神父は自分と水分身とカルを包む様に防御壁を繰り出し、3人はそれぞれ水の球体に覆われる様に守られた。

 やはりこの水の玉は周囲まで簡単に吹っ飛ばしてしまう攻撃なんだ。だとしたらエミリアの防御壁だけでは防ぎ切れない。しかし俺のそんな思いも虚しく、次の瞬間には水の玉が勢いよくエミリアの防御壁に衝突したのだった。

「さようなら」

 ローゼン神父が静かに囁く中、衝突した水の玉は激しい光を周囲に放った。余りの眩しさに俺達は目を閉じ、そして、無意識に全身に力を入れていた俺達の体を容赦なく吹っ飛ばした。













 かと思いきや、刹那、辺りは一瞬の静寂に包まれたのだった――。

「え……」

 閉じた目を恐る恐る開ける俺。すると、ローゼン神父の放った水の玉は既に消えており、俺達は誰1人として吹き飛ばされていなかった。無傷だ。何が起こったのか分からない。場にいた全員が“その一瞬”の出来事に戸惑っていると、突如イヴの声がこの静寂を破った。

「今だよエミリア!」
「うん!」
「「……!?」」

 響いたイヴとエミリアの声。
 皆の視線が反射的にエミリアに注がれた。

 ローゼン神父の水の玉を受け止めたであろうエミリアの防御壁。俺達が無傷なのは然ることながらエミリアの防御壁もまた無傷だった。いや、それどころか彼女の防御壁は何故か神々しい光を纏い、次の瞬間、エミリアは間髪入れずに魔法を発動した。

「精霊魔法ディフェンション。からの“リバース”――!!」

 力強く発せられたエミリアの声。防御壁はそれに反応するかの如く神々しい光を更に強めると、次の刹那エミリアの防御壁から“ローゼン神父と全く同じ水の玉”が凄まじい勢いで発射された。