ラシェルは完全に意識を失っている。 
 国王の命だと少し気になる事を言っていたから詳しく聞き出そうと思ったのに。これじゃあ無理だよな。ハクを始末する為だけにわざわざこんな数の騎士団を動かすなんて、一体何が理由なんだ……。

「なぁハク、お前何かしたのか?」
「バウワウ」

 俺の問いにハクは頭を横に振った。

「そうだよな。お前が何かする訳ないか。自分が追われていたぐらいだからな」

 そう思いながらも、やはり国王の動きが気になった。

「――無事だったかいグリム!」
「おばちゃん!」

 次の瞬間、俺のところへおばちゃんが駆け寄ってきた。

「良かったよグリム。ハクも無事で何よりじゃ」
「ありがとう。おばちゃんまで巻き込んじゃってゴメンね」
「何をまた水臭い事言っておる。それより、今さっき他の人から聞いた事じゃが、この騎士団の中に半グレ冒険者共が混じっているそうじゃ」
「え、どういう事……⁉」
「私にもよく分からんがのぉ、以前村にちょっかいを出してきた野良の冒険者がおったらしい。しかも風の噂では、数ヶ月前から騎士団がフリーの冒険者を誰これ構わず集めていたらしいのじゃ。半グレ冒険者も金で騎士団で雇うとな」

 何だそれ……。本当に何が起こっているんだ。

「そうなんだ。分かったおばちゃんありがとう!
俺ちょっと“王都まで”様子を見に行ってくる。さっき騎士団の奴らにも手を出しちゃったし、ハクを連れている俺を奴らも全力で追って来る思うからさ、暫くここから離れるよ」
「グリム……」
「大丈夫。心配しないでよ。俺が強いの知ってるでしょ?」
「まさかアンタが王国に行く気になるとはね。まぁ事態が事態じゃからのぉ。力になってやりたいが私にはもう何も出来ぬ」
「ハハハ。おばちゃんこそ何言ってるんだよ。もう十分過ぎるぐらいしてもらってるよ。村の皆にもね」
「そうかい、なら止めはしない。でも十分気を付けて行っておいで。絶対にと帰って来るんだよ」
「うん、勿論!」

 俺はおばちゃんにそう告げ、ハクと一緒に王都を目指すべく森を村を出た。辺境の森やこの村から更に王都に近付くのは実に8年ぶり。

 よくも俺の大事な家と村の皆をこんな目に遭わせやがって。

 ハクも絶対に渡さないぞ。

 目的は知らないが、こんな命令を出した国王を俺はもう許さない――。


♢♦♢

~リューティス王国・とある道中~

『――ギギャァァ』
「またか。邪魔だよ」

 ――シュバン!
 突如飛び掛かってきた“何か”を、再び俺は斬り倒した。

「今ので何体目だ?」

 道中でモンスターと遭遇するのは珍しくないと思うが、それにしても出てき過ぎだし何より、今まで出てきたモンスターはこれまでに1度も見た事がない。あんなモンスターいたかな?

 蛇でもないしワームの様なモンスターでもない気がする。ただ見た目がグロテスクな触手。そう言うのが最も近い表現だろうか……。しかもこの触手1体1体デカいし数も多ければ突然地面から襲い掛かってくる。

 微妙に個体ごとに大きさや長さが違うが、根本は同じだろうな。俺が辺境の森で過ごしていた8年の間に、モンスター達の生存環境が大幅に変わったとでも言うのか?

 普通ならスライムとかゴブリンみたいな下級モンスターしか出てこない領域で、この訳の分からんモンスター達は絶対に異様だ。コレも今起きている事態と何か関係があるのか……。

「こんなペースで遭っていたら剣が持たないな。折角さっき丁度いい騎士団員の剣貰ってきたのにさ」
「バウ」
「やっぱハクもそう思うよな。やたらと地面から湧いて出てくるけど、下に何かいるのかな? 全部まとめて狩ってもいいけど、今はコレ相手にするより王都に向かおう」
「バウワウ!」
「ん、どうした?」

 触手のモンスターとなるべく遭遇しない様思い切り地面を蹴って跳躍していると、突然ハクが首をある方向に向け大きく吠え出した。俺がハクの向いている方向へ視線を移すと、そこは多くの岩が転がった遺跡のある場所だった。

「バウッ!」

 何やらハクが訴えかけているのはやはりあの遺跡のほうみたいだ。

「急に何だ。あっちに何かあるのか?」
「バウッ!」

 俺の言葉にハクは力強く吠えた。仕方ない。何か分からないが一旦遺跡に向かってッ……「――きゃあぁぁ……!」

 そう思った刹那、遺跡の方向から誰かの叫び声が響いてきた。

「誰だ。お前は今の声の奴の事を言ってるのか?」
「バウワウ!」

 耳を澄ますと、叫び声を上げた人物の他に、さっきの触手のモンスターの動く音も聞こえた。どうやらハクは触手に襲われている人間を教えてくれたらしい。

 俺は急いで遺跡の方向へ切り返し、無数に転がる大きな岩を潜り抜けて行くと、そこにはやはり触手のモンスターと人の姿があった――。

 腰を抜かしたように地面をへたり込んでいるのを見ると、触手のモンスターに襲われているのは一目瞭然だ。

「ちょっと待て」

 俺は襲われている人も気になったが、その人物が羽織っているローブに施された紋章に目が留まった。

 アレは王国の“騎士団の紋章”――。

 森や村を襲った騎士団員や倒したラシェル団長の甲冑にもこの紋章が施されていた。それにあの紋章は色によって実力や地位が分かれており、襲われている人物の赤色の紋章は“スキル覚醒者”。

「ダメだハク。アイツは王国の騎士団でしかも覚醒者。助けても意味ないどころか寧ろ敵だ」

 俺達は騎士団に狙われている立場。騎士団は絶対に団体で動いているから、恐らくこの周辺に他の団員達がいるだろう。

「ワウワウッ!」
「どうした、ハクなら分かるだろ?アレは助けてもダメだ」
「バウッ!」

 そう言ったが、何故かハクは俺に「助けろ」と言わんばかりに吠えて訴えかけてきた。

「もう、あの子が何だって言うんだよ。知らないぞどうなっても――」
 
 ハクの必死の訴えに根負けした。

 俺は仕方なく襲われている人物を助けようと再び視線を移すと、ローブの者は既に背後が岩に塞がれ、目の前では触手のモンスターがその鋭い牙を携えた大きな口を開き襲い掛かろうとしていた。

 そして、触手がローブの者に襲いかかった次の瞬間。

 ――ズバン!
「……ッ⁉」

 俺は触手のモンスターを一刀両断、真っ二つに割れた体はズドンと地に落ちた。

 ローブを纏った騎士団員は何が起こったのか分からない様子でキョロキョロ辺りを見渡し、俺を見つた団員はゆっくりと立ち上がりながらこちらに近付き口を開いた。

「あ、あのッ! ありがとうございました……!」

 団員は困惑しながらも、俺に勢いよく頭を下げた。

「ああ、いいよ別に。大丈夫?」

 そう言うと、彼女は頭を上げ真っ直ぐ俺を見てきた。

 綺麗な金色の髪が靡き、薄っすらと涙ぐんでいる大きな青い瞳。透き通るような白い肌と端正な顔立ちした団員の彼女は、不安さをまだ抱きつつも俺にニコリと微笑んだ。

 こんなところで何故1人なのか。
 覚醒者である団員があの程度の触手に何故襲われていたのか。
 君達騎士団は何が目的で動いているのか。

 様々な事が一瞬で頭を駆け巡ったが、俺は何よりも……団員で覚醒者でもある筈の彼女が手にしていた不釣り合いな“杖”が気になった――。