♢♦♢
~ラドット渓谷~
グリム達がイヴと共に転移魔法でラドット渓谷を後にした数分後――。
イヴの圧倒的な強さを見せつけられ、微塵の戦意も残らず地面にへたり込んでしまったデイアナ。その近くではグリムに斬られたアックスが血を流しながら倒れている。更にそんなデイアナとアックスの周りにも、ハクの圧によって多くの団員達が戦意喪失していた。中には恐怖で気を失っている者までいる。
静まり返るラドット渓谷。
へたり込んで俯いていたデイアナは、ふとその顔を上げた。
(あれが邪神の力……。私の攻撃がまるで通じなかった……)
直前まで起こっていた現実がまるで夢であったのかの様に、デイアナはグリム達が異空間へと姿を消した場所をボーっと眺めていた。すると、デイアナに耳に突如何処からともなく誰かの声が響いてきた。
「ホッホッホッホッ。これはこれは、まぁ何とも滑稽な景色。生きておりますかな? デイアナさん」
声の主はグリム達でも周りにいる団員達でもない。デイアナが振り返ると、そこには彼女と同じ“七聖天”のメンバーが2人立っていた。
「ローゼン神父、カル……」
デイアナの視線の先には2人の男。
1人は神父の如き装いをし、白い髭を蓄えて手に大きな杖を持つ穏やかそうな老人。彼は七聖天のメンバーであり神器『聖杖シュトラール』に選ばれた魔法使い、“ローゼン・クリス神父”である。
更にその横にいるもう1人の男は、長い髪を束ねて武闘家の如き装いをし、腕には珍しい籠手をしている。彼もまた七聖天のメンバーであり神器『龍籠手ポルック』に選ばれた武の達人、“カル・ストデウス”だ。
デイアナは余程今の戦闘で憔悴し切っているのか、突如現れた仲間達に特に驚く様子もなかった。それよりも、彼女は「何故ここに?」という疑問の表情を浮かべながら2人を見ていたのだった。
そんなデイアナの感情を汲み取ったのか、ローゼン神父とカルと呼ばれた者達は彼女の疑問を氷解したのだった。
「良かった、どうやら生きているみたいですね。アックスさんは……死にかけですがまだギリ間に合うでしょう多分。それよりも、この状況はどういう事でしょうかデイアナさん。
私と彼は国王から、ここに全ての元凶である邪神が現れたから至急応援に向かってくれと言われてわざわざ出向いたのですが、これは思っていたのと全く違いますね」
ローゼン神父は倒れているアックスやしゃがみ込んでいる団員達を訝しい目で見渡している。
「七聖天ともあろう者が無様だな。王国が指名手配しているシシガミとかいう邪神を取り逃がしただけでなく、一緒に逃げている謎の男にコイツは斬られたのか。
この間のユリマといい、何をしてるんだお前達は」
冷静に状況分析をしたカル。彼は鋭い洞察力でこの場に起きたであろう事態を的確に予測していた。
「成程。それでこの有り様ですか。いやはやどうしましょう。邪神一行が捕まらず、国王は最近ずっと不機嫌ですからね。これを報告したら余計にお怒りになるでしょうな」
「し、仕方ないじゃない……! 邪神はかなり強かったわ! そ、それにッ、邪神はシシガミだけじゃなくてもう1体現れたのよ!」
「ほお。邪神がもう1体か。ならば益々奴らに負けたお前達の罪が重くなるな」
「なッ……⁉」
カルの言葉に言い返す事が出来ないデイアナ。
確かにシシガミとイヴ、そしてグリム達も強かった。ノーバディやラグナレクの親玉という事だけあって、邪神のその力は強大であった。だが理由はどうであれ結果は変わらない。邪神に負け、奴らを取り逃がしたというデイアナ達の事実は変わらないのだった。
「報告通りなら、そのもう1体はイヴという邪神だな」
「ええ……」
「奴らは何処に行った?」
「分からない……。けど、黒い異空間の様なものに姿を消したわ……」
「負けた挙句に分からないだと? 遊んでいたのか貴様。こっちだって暇じゃないんだよ」
カルは怒り口調で冷酷な視線をデイアナに向けて飛ばす。
自分の失態を悔やみ、デイアナはただただ苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるので精一杯だった。
「ホッホッホッ。確かに邪神はかなり手強い相手ようですな。魔力の“残り香”からも凄まじい強さを感じますね」
徐にそう言ったローゼン神父は、手を軽く扇ぎながら何かの匂いを嗅ぐ様な仕草をしていた。
「それに今のデイアナさんの話が確かであれば、その異空間は恐らく転移魔法の類でしょう。奴らはここから“あっち”に向かったようですな」
「分かるのか? ローゼン神父」
「勿論。邪神はかなり特殊な転移魔法を使っていて追うのが難しいですが、私ならば残り香を辿れるでしょう」
ローゼン神父は穏やかな表情から一変、不気味な笑みを浮かべながらカルに言った。そして、カルとローゼン神父は無言でアイコンタクトを取り、このままグリム達を追う事を決めたのだった。
「おい、デイアナ。お前は団員の奴らとアックスを連れて直ぐに撤退しろ。ここで起きた事も状況も全て国王に伝えてな。俺とローゼン神父は奴らを追う」
「分かったわ……。後はお願い」
カルはデイアナと話し終えると、ふと辺りを見渡していた。
(ノーバディやラグナレクが現れる様になったのは終焉の影響。そしてその終焉をもたらしているのが、国王の命で追っている白銀のモンスターである邪神シシガミ。
3体いるという邪神が全ての元凶であり、この世界を破滅させようと企んでいると聞いていたが……。何故だ。妙な“違和感”を感じるのは――)
この場の状況を再度見渡していたカルは、心の片隅で何かが引っ掛かった。勿論明確な理由は分からない。突如抱いてしまったこのしこりが何であるのか、そもそも何でもない只の思い過ごしなのかも、今のカルには到底答えが出なかった。
しかし、彼だけが“何か”を確かに思い抱いていたのだった。
(国王からの言伝を聞く限り、邪神は血も涙も存在しない全ての命を奪う悪しき存在だと思っていた。
だがどういう訳か、アックスこそ深手を負っていものの、ここでは“1人も死人が出ていない”。
偶然なのか、急を要する理由があったのか、単なる気分なのか……。
それとも……いや、“ユリマが言っていた事”は幾らなんでも突拍子が無さ過ぎる。
まぁいい、ここで考えていても答えは分からない。今は兎も角奴らを追わねばいかんな)
カルが1人静かに考え込んでいると、ローゼン神父が彼に声を掛けた。
「どうかされましたかカルさん」
「いや。何でもない。直ぐに奴らを追おう」
「ホッホッホッ。珍しくやる気が出ている様ですな。丁度邪神の使った転移魔法の残り香も見つけましたので、早速向かいましょうか。どの道急がないと消えてしまいますからね」
「そうか。ならば尚更急ごう。(直接邪神共を見つけて、どんな奴なのか直に確かめるしかない)」
「分かりました。では奴らを追いましょうか」
次の瞬間、ローゼン神父が手にしていた杖を軽く振るとイヴが使った転移魔法とよく似た空間の歪みが突如ローゼン神父の前に現れ、瞬く間にローゼン神父とカルはその異空間の歪みへと姿を消してしまったのだった。
彼らが向かう先は勿論グリム達のところ。
新たな刺客が自分達に忍び寄っているとは思いもしないグリム達の元へ、虎視眈々と不穏な影が迫り来るのであった――。
~ラドット渓谷~
グリム達がイヴと共に転移魔法でラドット渓谷を後にした数分後――。
イヴの圧倒的な強さを見せつけられ、微塵の戦意も残らず地面にへたり込んでしまったデイアナ。その近くではグリムに斬られたアックスが血を流しながら倒れている。更にそんなデイアナとアックスの周りにも、ハクの圧によって多くの団員達が戦意喪失していた。中には恐怖で気を失っている者までいる。
静まり返るラドット渓谷。
へたり込んで俯いていたデイアナは、ふとその顔を上げた。
(あれが邪神の力……。私の攻撃がまるで通じなかった……)
直前まで起こっていた現実がまるで夢であったのかの様に、デイアナはグリム達が異空間へと姿を消した場所をボーっと眺めていた。すると、デイアナに耳に突如何処からともなく誰かの声が響いてきた。
「ホッホッホッホッ。これはこれは、まぁ何とも滑稽な景色。生きておりますかな? デイアナさん」
声の主はグリム達でも周りにいる団員達でもない。デイアナが振り返ると、そこには彼女と同じ“七聖天”のメンバーが2人立っていた。
「ローゼン神父、カル……」
デイアナの視線の先には2人の男。
1人は神父の如き装いをし、白い髭を蓄えて手に大きな杖を持つ穏やかそうな老人。彼は七聖天のメンバーであり神器『聖杖シュトラール』に選ばれた魔法使い、“ローゼン・クリス神父”である。
更にその横にいるもう1人の男は、長い髪を束ねて武闘家の如き装いをし、腕には珍しい籠手をしている。彼もまた七聖天のメンバーであり神器『龍籠手ポルック』に選ばれた武の達人、“カル・ストデウス”だ。
デイアナは余程今の戦闘で憔悴し切っているのか、突如現れた仲間達に特に驚く様子もなかった。それよりも、彼女は「何故ここに?」という疑問の表情を浮かべながら2人を見ていたのだった。
そんなデイアナの感情を汲み取ったのか、ローゼン神父とカルと呼ばれた者達は彼女の疑問を氷解したのだった。
「良かった、どうやら生きているみたいですね。アックスさんは……死にかけですがまだギリ間に合うでしょう多分。それよりも、この状況はどういう事でしょうかデイアナさん。
私と彼は国王から、ここに全ての元凶である邪神が現れたから至急応援に向かってくれと言われてわざわざ出向いたのですが、これは思っていたのと全く違いますね」
ローゼン神父は倒れているアックスやしゃがみ込んでいる団員達を訝しい目で見渡している。
「七聖天ともあろう者が無様だな。王国が指名手配しているシシガミとかいう邪神を取り逃がしただけでなく、一緒に逃げている謎の男にコイツは斬られたのか。
この間のユリマといい、何をしてるんだお前達は」
冷静に状況分析をしたカル。彼は鋭い洞察力でこの場に起きたであろう事態を的確に予測していた。
「成程。それでこの有り様ですか。いやはやどうしましょう。邪神一行が捕まらず、国王は最近ずっと不機嫌ですからね。これを報告したら余計にお怒りになるでしょうな」
「し、仕方ないじゃない……! 邪神はかなり強かったわ! そ、それにッ、邪神はシシガミだけじゃなくてもう1体現れたのよ!」
「ほお。邪神がもう1体か。ならば益々奴らに負けたお前達の罪が重くなるな」
「なッ……⁉」
カルの言葉に言い返す事が出来ないデイアナ。
確かにシシガミとイヴ、そしてグリム達も強かった。ノーバディやラグナレクの親玉という事だけあって、邪神のその力は強大であった。だが理由はどうであれ結果は変わらない。邪神に負け、奴らを取り逃がしたというデイアナ達の事実は変わらないのだった。
「報告通りなら、そのもう1体はイヴという邪神だな」
「ええ……」
「奴らは何処に行った?」
「分からない……。けど、黒い異空間の様なものに姿を消したわ……」
「負けた挙句に分からないだと? 遊んでいたのか貴様。こっちだって暇じゃないんだよ」
カルは怒り口調で冷酷な視線をデイアナに向けて飛ばす。
自分の失態を悔やみ、デイアナはただただ苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるので精一杯だった。
「ホッホッホッ。確かに邪神はかなり手強い相手ようですな。魔力の“残り香”からも凄まじい強さを感じますね」
徐にそう言ったローゼン神父は、手を軽く扇ぎながら何かの匂いを嗅ぐ様な仕草をしていた。
「それに今のデイアナさんの話が確かであれば、その異空間は恐らく転移魔法の類でしょう。奴らはここから“あっち”に向かったようですな」
「分かるのか? ローゼン神父」
「勿論。邪神はかなり特殊な転移魔法を使っていて追うのが難しいですが、私ならば残り香を辿れるでしょう」
ローゼン神父は穏やかな表情から一変、不気味な笑みを浮かべながらカルに言った。そして、カルとローゼン神父は無言でアイコンタクトを取り、このままグリム達を追う事を決めたのだった。
「おい、デイアナ。お前は団員の奴らとアックスを連れて直ぐに撤退しろ。ここで起きた事も状況も全て国王に伝えてな。俺とローゼン神父は奴らを追う」
「分かったわ……。後はお願い」
カルはデイアナと話し終えると、ふと辺りを見渡していた。
(ノーバディやラグナレクが現れる様になったのは終焉の影響。そしてその終焉をもたらしているのが、国王の命で追っている白銀のモンスターである邪神シシガミ。
3体いるという邪神が全ての元凶であり、この世界を破滅させようと企んでいると聞いていたが……。何故だ。妙な“違和感”を感じるのは――)
この場の状況を再度見渡していたカルは、心の片隅で何かが引っ掛かった。勿論明確な理由は分からない。突如抱いてしまったこのしこりが何であるのか、そもそも何でもない只の思い過ごしなのかも、今のカルには到底答えが出なかった。
しかし、彼だけが“何か”を確かに思い抱いていたのだった。
(国王からの言伝を聞く限り、邪神は血も涙も存在しない全ての命を奪う悪しき存在だと思っていた。
だがどういう訳か、アックスこそ深手を負っていものの、ここでは“1人も死人が出ていない”。
偶然なのか、急を要する理由があったのか、単なる気分なのか……。
それとも……いや、“ユリマが言っていた事”は幾らなんでも突拍子が無さ過ぎる。
まぁいい、ここで考えていても答えは分からない。今は兎も角奴らを追わねばいかんな)
カルが1人静かに考え込んでいると、ローゼン神父が彼に声を掛けた。
「どうかされましたかカルさん」
「いや。何でもない。直ぐに奴らを追おう」
「ホッホッホッ。珍しくやる気が出ている様ですな。丁度邪神の使った転移魔法の残り香も見つけましたので、早速向かいましょうか。どの道急がないと消えてしまいますからね」
「そうか。ならば尚更急ごう。(直接邪神共を見つけて、どんな奴なのか直に確かめるしかない)」
「分かりました。では奴らを追いましょうか」
次の瞬間、ローゼン神父が手にしていた杖を軽く振るとイヴが使った転移魔法とよく似た空間の歪みが突如ローゼン神父の前に現れ、瞬く間にローゼン神父とカルはその異空間の歪みへと姿を消してしまったのだった。
彼らが向かう先は勿論グリム達のところ。
新たな刺客が自分達に忍び寄っているとは思いもしないグリム達の元へ、虎視眈々と不穏な影が迫り来るのであった――。