ハクの言葉を受け、獣王モロウも再び口を開いた。

「シシガミ様。我がまだ過去に囚われているという事は自身でも重々承知です。我もまた人間と共に暮らせる日を心の奥底でずっと願ってていました……」
「うん。分かってるよ。貴方は優しいから」
「シシガミ様がこの人間達を連れて来たという事は、この者達が世界を救う選ばれた人間という事ですよね」

 モロウはそう言いながら俺達に鋭い視線を向けて来た。

「人間達よ。其方達に対する我ら獣人族の怒りは簡単には消えぬ。だが今は深淵神アビスの代償、世界の終焉が訪れてしまっている。
我は数百年前にシシガミ様と今日の日の事を約束した。だから我はシシガミ様との約束の為に其方達に手を貸す。間違っても許した訳ではないから勘違いするでないぞ」

 獣王モロウから放たれた殺気。冗談ではない。彼の気持ちや覚悟が半端なものではないものだと凄く伝わってきた。

「獣王モロウ。貴方の協力に感謝する。そしてさっきの俺の軽率な発言を謝りたい。俺は貴方達獣人族の思いを軽んじてしまっていた。申し訳ない」

 俺がモロウに頭を下げると、視界の端でエミリアとフーリンも一緒に頭を下げてたのが見えた。

「ごめんなさい、獣王モロウ様。私も人間と獣人族の過去を知っていたけど、まさかここまで深刻なものだとは思っていませんでした。

仲間を奪われ傷付けられたモロウ様達の心境は計り知れませんが、ハクちゃん……獣天シシガミ様や他の3神柱に託してもらった未来を絶対私達が救ってみせます! 
私なんかに何が出来るのかまだ分からないけど、必ず皆が仲良くしている未来にしたい」

 エミリア……。

「俺は難しい話が苦手だ。ただ強者と手合わせする為に槍を振るっている。だが、そんな俺でもお前達獣人族の怒りや恨みを直に受け取った。仲間を殺されたならば当然の態度だろう。
俺は話を聞くまでそんな過去があった事すら知らなかった。同じ人間として恥ずかしい」

 フーリン……。

「どう? 貴方も薄々感じているわよねモロウ。彼らは運命に選ばれし者達。必ずやこの世界に明るい未来をもたらしてくれるわ」
「シシガミ様にそこまで言われては返す事がありません……。分かりました。我もこの人間達を1度だけ信じてみよう。何度も言うが勘違されては困る。シシガミ様との約束の為、そして世界の為。今だけ其方達を信じてやろう」
「ありがとうモロウ」
「其方に礼を言われる筋合いなどない。それに例え我が其方達に手を貸そうと、まだ何も“問題は解決していない”ぞ」

 やっと話がまとまったと思った矢先、モロウの口からまた意味深な言葉を聞かされる。俺とエミリアとフーリンには疑問符が浮かんでいたが、ハクだけは何か思い当たる節があったのか再び神妙な面持ちに変わっていた。

「モロウ。やっぱりまだ“ラウアー”は……」
「はい。奴とはもう200年以上顔を合わせていません。獣人族の中でも1番恨みが強い上に、シシガミ様の力が――」

 ハクとモロウは何やら訝しい会話をし始め、モロウは何故か話しながらフーリンに視線を移していた。

「そう。分かったわ。でもどの道ラウアーとも話を着けないといけないわ」
「なぁハク。そのラウアーっていうのは誰の事なんだ?」

 俺は勿論、エミリアとフーリンも同じ疑問を抱いている。ハクに聞くとその答えが返ってきた。

「ラウアーはモロウと同じ、当時のリューティス王国との戦争で常に最前線で戦っていた“大猩々《ゴリラ》”の獣人族よ」
「元々祖の王国は我ら獣人族だけしか存在しない為に、身内で争う事など無かった。だが戦争によって、少なからず我らの間にも意見の食い違いが起き亀裂が入ってしまった。
そしてその僅かな綻びが、遂にはこうして何百年も互いに干渉しない疎遠関係となってしまったのだ……」
「ラウアーの協力無くしては、私の力を取り戻すことが出来ないのよグリム」

 ひょっとしてこれがモロウの言っていた“問題”とやらなのか?

「そのラウアーって奴と何があったかのか知らないけど、ハクの力を取り戻すのにどんな関係があるんだ」
「シシガミ様の力は神の力。その力をここに置いていくと決断された時、間違っても誰かの手に渡ってしまったり力を悪用してしまわない様にと特殊な条件で封を施した。
シシガミ様の力を解放するには、我とラウアーの魔力が必要になるのだ」

 成程。ラウアーって奴の協力がないとダメとはいうのはそう言う事か。そしてそいつとは疎遠関係になっていると。これは確かに問題だな。

「モロウ、そもそも何でラウアーと200年以上も疎遠状態になっているんだ?」
「理由は全て戦争だ。ラウアーは獣人族の中で最も人間への恨みが強い。戦いで自らも相当な深手を負った挙句、仲間も多く殺されているからな。
其方達に何度もこんな話をして悪いとも思うが、結局それが全ての始まりであり理由に至るのだ」

 モロウの説明に付け加えるかの様に、ハクもラウアーの事を口にした。

「人間も獣人族も、ドラゴンもモンスターも、この星に生命を生んだのは私達3神柱が始まり――。
ラウアーは戦闘の実力だけで言えば祖の王国……いえ、私達3神柱と深淵神アビスを除けば間違いなく1番だった。

力を持ってしまったせいで、彼は幼少期の頃から心の何処かで人間を自分達獣人族よりも下の存在だと見ていた傾向があったわ。
その証拠に、リューティス王国との戦争が始まる前まではラウアー
が率いていた大国が最も力を誇示していたの。その事実が余計に彼を勘違いさせてしまった。世界は力が全てであると。

だからリューティス王国との戦争で、ラウアーはどの獣人族よりも早く先陣を切って最前線で戦った。でも結果は皆が知る通り……。

彼は最も自信のあった“力”という土俵で完全敗北を味わった。それも相手は自分が下に見ていた人間という存在。プライドもズタズタにされ、ラウアーは自分を見失う程の怒りに蝕まれてしまった。

それでも私とモロウは何とかラウアーを落ち着かせ、これから起こる世界の未来を2人に告げた。私の話を聞いたモロウとラウアーはその未来を受け入れ理解してくれたの。だから私は彼らを信じてここに力を置いていったわ。でも……」

 この先は言わなくてももう分かる。
 結局ラウアーの人間への恨みは消えていなかった。それどころか、モロウと200年以上も疎遠になる程恨みが増しているという事だろう。

「でもハクが未来を話したなら、いずれ世界がこうなる事も俺達がハクと一緒に祖の王国に来ることも知っていたんだよな」
「うん。私が話したから当然2人共知っていたわ。だけど過去と違って、少なからず未来は変えようと思えば変えてしまう事も出来るわ。その思いが強ければ強い程にね。

だからラウアーは“自分の力”で未来を変えようと決意してしまったの――。

私達3神柱の力は、来るべき時の為にグリム達に力を与えた。でもラウアーはその事実がまた納得出来なかったのよ。敗れたとは言え、それは人間が禁忌に触れた深淵神アビスの力。それが無ければ1番強いのは間違いなく自分であると疑わなかった。ラウアーはね。

しかも事もあろうか私達3神柱の力を、そんな人間であるグリム達に与えるのが我慢ならなかった。だからこそラウアーは来るべき時に備えて、自ら他の獣人族と共に戦力を整え始めた。それは今こうしている間にも、ラウアー達は自らの力でまたリューティス王国と……人間達と争おうと復讐を狙っている。

それも、ここに置いてある私の力を自分が手にしてね――」

 ハクが話し終えると、意外にも次に口を開いたのはフーリンだった。