**
一旦村へ行くのは中止し、俺は森の中にある広い湖へ来た。
辺境の森も住めば都。
だがこの森の中は何処も薄暗く湿った空気で溢れている。もう慣れた俺には全く気にならないが、唯一この湖周辺だけは空気が澄んでいるんだ。
だからここは数少ない俺のお気に入り場所。
「バウ」
「お前も気にいったか?」
白銀の犬はすぐに湖に駆け寄ると、舌を伸ばしゴクゴクと水を飲み始めた。
よほど喉が乾いていたんだな。
どういう経緯か知らないけど、きっと何かあってこんな森まで迷い込んだのだろう。運悪くオークにも襲われてまともに水分補給も出来なかったか。
「なあ、腹は減ってないか?」
「ワウ?」
俺は背負っていた荷物の中からある包みを取り出した。これは森にいるガーデンバードと言う鳥のモンスターのチキン。この鳥の肉は焼いても揚げても美味いんだ。チキンを見た白銀の犬は凄い尾を振りながら口を開けていた。
「やっぱ腹減ってたか。ほら、食べな」
勢いよくかぶりつく白銀の犬の姿を見ながら、俺はフワフワの頭を撫でた。
「俺の家ならまだチキンがあるぞ。行くか?」
「バウワウ!」
涎を垂らしながら白銀の犬は吠えた。よほど空腹らしい。そんなに腹ペコなら幾らでも食べさせてあげるよ。俺は「行くぞ」と言って白銀の犬を抱き抱え、家へと向かった。
**
~辺境の森・グリムの家~
「さぁ着いたぞ。ここが俺の家――」
「バウ!」
辺境の森の最深部。森の最も深い場所には、この世界で1番大きな樹である“世界樹エデン”が存在している。周囲何㎞と続く太い幹に雲を突き抜ける程の高さ。そして空を覆うかの様に枝や葉が広がっている。
ここが俺の家。世界樹エデンの超太い幹にいい感じに空いたこの大きな穴が俺の家だ。
雨風が凌げることは勿論、見晴らしもいい。
「秘密基地みたいで格好いいだろ」
「バウ!」
「ハハハ、分かってくれるか。いい奴だなお前は」
王家出身の者からしたらとても家と呼べる代物ではない。でも俺にとってはそんな豪華な家よりも落ち着ける世界で1番居心地の良い場所だ。初めて見つけた時から一目惚れしている。
「確かまだ備蓄用のチキンがここに……。あ、あったあった」
俺がチキンを取り出すと、白銀の犬はまた勢いよく食べ始めた。
「誰も取らないから落ち着いて食べろって。そうだ、お前の事を調べないと」
今までに見た事の無いこの白銀の犬。当然この世界には多くの種族やモンスターが存在するからただ俺が見た事ないだけだとは思うけど、何か気になるんだよな。そう思いながら手に取った本を開いた。
これは何年か前に辺境の森を訪れた学者のおじさんから貰った本。
こんな場所にいる俺を見て驚いていたが、事情を話すと直ぐに理解を示してくれた。そして「少しばかりの助けになれば」とこの本を俺にくれたんだ。
本にはモンスターの種類や生息地、他にも剣と魔法の知識や薬草や薬学の事まで幅広くしかも詳細に記されていた。正直、この森で生き抜くのに少しどころかとても助けとなった俺の大事な仲間みたいなものだ。
「モンスターについてのページはここだな」
何でもいいからこの白銀の犬の情報が欲しい。
そう思ったんだけど、あれ? どこにも書いてないな。
似たような姿をした犬や狼のモンスターは確かにいるけど、こんな色をした奴はいないぞ。
「可笑しいなぁ。見当たらないぞお前。これは似てるけど毛色が違うし、こっちは耳と尻尾が違う」
辛うじて気付いた事と言えば、多分犬ではなく狼のモンスター。耳とか尻尾が狼系の特徴にピッタリだ。
「犬じゃなくて狼のモンスターっぽいなお前。あ、スカルウルフ。コイツ見る度にあの時の事を思い出すな畜生」
それから分厚い本を何ページも捲ったが、この白銀の犬……じゃなくて狼の事は書いていなかった。しかし唯一最後のページに、ドラゴンと獣人、そして白銀の狼によく似たモンスターの絵が描かれていた。
絵の下には“精霊”、“獣人”、“ドラゴン”の“3神柱”が世界の始まりと記されているが、それ以上の事は書かれていない。知識が乏し過ぎる俺には意味不明。
「しょうがない。考えても分からないからまぁいいや」
「バウ?」
「何でもないよ。チキンは食べたか?」
「バウ!」
「そうか。下にいけば水も流れているから、喉が乾いたら何時でも飲めばいいからな」
「バウワウ~!」
こんな会話をするのは何年ぶりだろうか。
森に入って初めて会ったのが学者のおじさんだから、あれからもう4年近く話していないな。おじさん以降も2、3回冒険者っぽい人を見かけた事があったけど、いちいち話すのも面倒くさいと思って接していないし。
「そう言えばまだ名前を言ってなかったな。俺はグリム、グリム・レオハートだ。宜しくな!」
「バウ!」
「もしかして名前呼んでくれてる? ありがとな。お前は名前とかあるのか?」
「バワワワ」
おっと困った。
今何となく名前を言った気がするがさっぱり分からん。どうしよう。
「ごめん……。名前が分からないからさ、悪いけど俺が付けてもいいか?」
「ワウ!」
良かった。どうやら分かってくれたみたい。ごめんな。でも名前があるっぽいから、コイツひょっとして誰かに飼われていたのか?
「ありがとう。言っといてアレだけど、名前どうしよう。う~ん、そうだなぁ。白銀だから、シロマルとか!」
「ワウゥ……」
おお。明らかに嫌そうな表情だ。
名前なんて付けた経験がないから難しぞ。
「じゃあ、銀のすけは?」
「……」
「じゃあチキンが好きだからチキン」
「……」
やばいやばいやばい。
自分でも分かるぐらいネーミングセンスがねぇ。最後なんて反応もしなくなった。早くも友情関係が崩壊になってしまう。
う~ん、ちょっと待てよ。そもそもコイツ“雄”なのかな?
俺勝手に男の子っぽい名前つけてたけど。
「なぁ。お前雄じゃないのか?」
「バウ!」
「成程。そう言う事か。まぁだからと言ってこの絶望的なネーミングセンスが改善させる訳ではないけど、それならじゃあ……“ハク”って言うのはどうだ? 綺麗な白銀だし。って言うかそれぐらいしかもう思いつかないから勘弁してくれ」
「バウ!」
俺がそう言うと、意外に反応よく返事を返してくれた。しかも手をペロペロと舐めている。何とか気に入ってくれたか?
「じゃあこれからはハクって事で。宜しくな!」
「バウ!」
こうして、無事に白銀の狼はハクと言う名前に決まった。本人が何処まで納得しているかは分からないが。
「さて、お前の事調べて名前まで考えていたらいつの間にか日が落ちてきた。晩飯用にちゃちゃっとモンスター狩って久々に贅沢な飯にしよう! ハクと出会った記念だ」
まだ疲れが溜まっているであろうハクを家で待たせ、俺は手頃なモンスターを狩りに行った。何時もなら自分用で終わりだが、今日は当然ハクの分も飯を用意。チキン以外にも何が好きか分からないから一通り食べられるモンスターを狩りまくった。
貰った本には食べられるモンスターや薬草や木の実まで書かれており、その上美味しく調理する方法まで書かれて為、俺は結構調理の腕も上達した。まぁ誰とも比べられないから、俺の腕がいいのかどうかは分からない。
一先ずそれはさておき、あれだけチキンを食べたのにも関わらずハクは俺が用意した飯を嬉しそうに全て平らげてしまった。本当に凄い食欲だ。それに自分の作った飯を美味しそうに食べてもらうのがこんなにも嬉しいとはな。
そんなこんなですっかり夜も更け、疲れていたハクは勿論、俺も眠りに着いた。俺の寝床にハクが潜り込んで一緒に寝ている。何度触ってもフワフワで気持ちいいな。それに暖かい。
俺は凄く久しぶりに深い眠りについた――。
一旦村へ行くのは中止し、俺は森の中にある広い湖へ来た。
辺境の森も住めば都。
だがこの森の中は何処も薄暗く湿った空気で溢れている。もう慣れた俺には全く気にならないが、唯一この湖周辺だけは空気が澄んでいるんだ。
だからここは数少ない俺のお気に入り場所。
「バウ」
「お前も気にいったか?」
白銀の犬はすぐに湖に駆け寄ると、舌を伸ばしゴクゴクと水を飲み始めた。
よほど喉が乾いていたんだな。
どういう経緯か知らないけど、きっと何かあってこんな森まで迷い込んだのだろう。運悪くオークにも襲われてまともに水分補給も出来なかったか。
「なあ、腹は減ってないか?」
「ワウ?」
俺は背負っていた荷物の中からある包みを取り出した。これは森にいるガーデンバードと言う鳥のモンスターのチキン。この鳥の肉は焼いても揚げても美味いんだ。チキンを見た白銀の犬は凄い尾を振りながら口を開けていた。
「やっぱ腹減ってたか。ほら、食べな」
勢いよくかぶりつく白銀の犬の姿を見ながら、俺はフワフワの頭を撫でた。
「俺の家ならまだチキンがあるぞ。行くか?」
「バウワウ!」
涎を垂らしながら白銀の犬は吠えた。よほど空腹らしい。そんなに腹ペコなら幾らでも食べさせてあげるよ。俺は「行くぞ」と言って白銀の犬を抱き抱え、家へと向かった。
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~辺境の森・グリムの家~
「さぁ着いたぞ。ここが俺の家――」
「バウ!」
辺境の森の最深部。森の最も深い場所には、この世界で1番大きな樹である“世界樹エデン”が存在している。周囲何㎞と続く太い幹に雲を突き抜ける程の高さ。そして空を覆うかの様に枝や葉が広がっている。
ここが俺の家。世界樹エデンの超太い幹にいい感じに空いたこの大きな穴が俺の家だ。
雨風が凌げることは勿論、見晴らしもいい。
「秘密基地みたいで格好いいだろ」
「バウ!」
「ハハハ、分かってくれるか。いい奴だなお前は」
王家出身の者からしたらとても家と呼べる代物ではない。でも俺にとってはそんな豪華な家よりも落ち着ける世界で1番居心地の良い場所だ。初めて見つけた時から一目惚れしている。
「確かまだ備蓄用のチキンがここに……。あ、あったあった」
俺がチキンを取り出すと、白銀の犬はまた勢いよく食べ始めた。
「誰も取らないから落ち着いて食べろって。そうだ、お前の事を調べないと」
今までに見た事の無いこの白銀の犬。当然この世界には多くの種族やモンスターが存在するからただ俺が見た事ないだけだとは思うけど、何か気になるんだよな。そう思いながら手に取った本を開いた。
これは何年か前に辺境の森を訪れた学者のおじさんから貰った本。
こんな場所にいる俺を見て驚いていたが、事情を話すと直ぐに理解を示してくれた。そして「少しばかりの助けになれば」とこの本を俺にくれたんだ。
本にはモンスターの種類や生息地、他にも剣と魔法の知識や薬草や薬学の事まで幅広くしかも詳細に記されていた。正直、この森で生き抜くのに少しどころかとても助けとなった俺の大事な仲間みたいなものだ。
「モンスターについてのページはここだな」
何でもいいからこの白銀の犬の情報が欲しい。
そう思ったんだけど、あれ? どこにも書いてないな。
似たような姿をした犬や狼のモンスターは確かにいるけど、こんな色をした奴はいないぞ。
「可笑しいなぁ。見当たらないぞお前。これは似てるけど毛色が違うし、こっちは耳と尻尾が違う」
辛うじて気付いた事と言えば、多分犬ではなく狼のモンスター。耳とか尻尾が狼系の特徴にピッタリだ。
「犬じゃなくて狼のモンスターっぽいなお前。あ、スカルウルフ。コイツ見る度にあの時の事を思い出すな畜生」
それから分厚い本を何ページも捲ったが、この白銀の犬……じゃなくて狼の事は書いていなかった。しかし唯一最後のページに、ドラゴンと獣人、そして白銀の狼によく似たモンスターの絵が描かれていた。
絵の下には“精霊”、“獣人”、“ドラゴン”の“3神柱”が世界の始まりと記されているが、それ以上の事は書かれていない。知識が乏し過ぎる俺には意味不明。
「しょうがない。考えても分からないからまぁいいや」
「バウ?」
「何でもないよ。チキンは食べたか?」
「バウ!」
「そうか。下にいけば水も流れているから、喉が乾いたら何時でも飲めばいいからな」
「バウワウ~!」
こんな会話をするのは何年ぶりだろうか。
森に入って初めて会ったのが学者のおじさんだから、あれからもう4年近く話していないな。おじさん以降も2、3回冒険者っぽい人を見かけた事があったけど、いちいち話すのも面倒くさいと思って接していないし。
「そう言えばまだ名前を言ってなかったな。俺はグリム、グリム・レオハートだ。宜しくな!」
「バウ!」
「もしかして名前呼んでくれてる? ありがとな。お前は名前とかあるのか?」
「バワワワ」
おっと困った。
今何となく名前を言った気がするがさっぱり分からん。どうしよう。
「ごめん……。名前が分からないからさ、悪いけど俺が付けてもいいか?」
「ワウ!」
良かった。どうやら分かってくれたみたい。ごめんな。でも名前があるっぽいから、コイツひょっとして誰かに飼われていたのか?
「ありがとう。言っといてアレだけど、名前どうしよう。う~ん、そうだなぁ。白銀だから、シロマルとか!」
「ワウゥ……」
おお。明らかに嫌そうな表情だ。
名前なんて付けた経験がないから難しぞ。
「じゃあ、銀のすけは?」
「……」
「じゃあチキンが好きだからチキン」
「……」
やばいやばいやばい。
自分でも分かるぐらいネーミングセンスがねぇ。最後なんて反応もしなくなった。早くも友情関係が崩壊になってしまう。
う~ん、ちょっと待てよ。そもそもコイツ“雄”なのかな?
俺勝手に男の子っぽい名前つけてたけど。
「なぁ。お前雄じゃないのか?」
「バウ!」
「成程。そう言う事か。まぁだからと言ってこの絶望的なネーミングセンスが改善させる訳ではないけど、それならじゃあ……“ハク”って言うのはどうだ? 綺麗な白銀だし。って言うかそれぐらいしかもう思いつかないから勘弁してくれ」
「バウ!」
俺がそう言うと、意外に反応よく返事を返してくれた。しかも手をペロペロと舐めている。何とか気に入ってくれたか?
「じゃあこれからはハクって事で。宜しくな!」
「バウ!」
こうして、無事に白銀の狼はハクと言う名前に決まった。本人が何処まで納得しているかは分からないが。
「さて、お前の事調べて名前まで考えていたらいつの間にか日が落ちてきた。晩飯用にちゃちゃっとモンスター狩って久々に贅沢な飯にしよう! ハクと出会った記念だ」
まだ疲れが溜まっているであろうハクを家で待たせ、俺は手頃なモンスターを狩りに行った。何時もなら自分用で終わりだが、今日は当然ハクの分も飯を用意。チキン以外にも何が好きか分からないから一通り食べられるモンスターを狩りまくった。
貰った本には食べられるモンスターや薬草や木の実まで書かれており、その上美味しく調理する方法まで書かれて為、俺は結構調理の腕も上達した。まぁ誰とも比べられないから、俺の腕がいいのかどうかは分からない。
一先ずそれはさておき、あれだけチキンを食べたのにも関わらずハクは俺が用意した飯を嬉しそうに全て平らげてしまった。本当に凄い食欲だ。それに自分の作った飯を美味しそうに食べてもらうのがこんなにも嬉しいとはな。
そんなこんなですっかり夜も更け、疲れていたハクは勿論、俺も眠りに着いた。俺の寝床にハクが潜り込んで一緒に寝ている。何度触ってもフワフワで気持ちいいな。それに暖かい。
俺は凄く久しぶりに深い眠りについた――。