突如姿を現したユリマに対し、俺は反射的に身構えていた。

「ち、違うのよグリム! 大丈夫、心配しないで」
「そうだ。この人は“敵ではない”」
「ワウ」

 警戒する俺とは裏腹に、何故かエミリアフーリンは彼女を受け入れていた。しかもハクまで。

「フフフフ。エミリアとフーリンの言う通り、そんなに身構える心配はありませんよグリム。まぁいきなりこんな事を言われても無理だと思いますが」
「当たり前だ。一体何がどうなってる?」

 俺の記憶が正しければ、コイツは元々魔法団の団長であるリアンの姿をしていた。それが突如ヴィルとの戦いの最中で姿を変え、ユリマ・サーゲノムと名乗り、俺達を何処か知らないこの地まで飛ばした。こんな訳の分からない事ばかりする奴をいきなり信じる奴なんて1人もいないだろう。

 俺がそんな事を思っていると、彼女は俺の疑問を氷解する様に全てを語り始めた。

「そうですね。無事に回復した様ですし、貴方にも1から此度の真相を全てお話します。
いえ、これから私が話す全てを、貴方は“知らなければいけません”――」
「真相?」
「はい。全ては私が視た“未来”の通りなのです。そしてここまではそれが順調に進んでいます。貴方と初めてヴォールガ川の関所前で出会った時から既に。
もっと正確に申せば、私は何年も前から今日の事を知っておりました」

 ユリマはそう言いながら微笑んだ。
 俺は何気なく彼女が笑みを浮かべたその瞬間、目の前のユリマ・サーゲノムとリリアン、そして王家のユリマの顔が全て重なって見えた。僅か一瞬の事だったが、俺の中では何かが全て繋がり、自然と腑に落ちていた。

「いいですか? グリム。既にエミリアとフーリンにはご理解を頂いておりますが、そもそも私の事や今から伝える話を貴方が信じるかどうかは全てあなた次第です。ですが、これは私が視た決して変える事の出来ない運命……。

そしてもうお気付きかと思いますが、私はリューティス王国の神器であるこの『魔道賢書ノアズ』に選ばれた七聖天のユリマ・サーゲノムであり、時には魔法団団長のリリアンでもあります。そして更にある時には王家のユリマとして、私は自分が視た予知の為に動いておりました。

貴方の前に現れたのもまた必然――。

グリム。エミリア、フーリン、ハク。全ては貴方達と出会う為に私が計画してた事なのです。
関所で貴方達と接触した事、ラドット渓谷でフーリンと遭遇した事、ラグナレクの討伐に加わる様に促したの事、ドミナトルを発動しても奴は倒せなかった事、そしてラグナレクが更なる進化をした事まで全てね。

唯一計画がズレたと言えば、本来ならばラグナレクが立ち上がって団員達の包囲が崩れたあの混乱に乗じてこのデバレージョまで飛ぶ手筈だったのですが……貴方の弟、ヴィル・レオハートが私が視た予知よりも早くあの場に現れた事。計画通りなら私達が飛んだ後に彼が来るタイミングだったのですが、少しだけズレてしまったみたいですね。

まぁ遅かれ早かれ、どの道貴方とヴィル・レオハートは再び相まみえる運命でした。8年越しの再会が若干早くなっただけです。貴方はまた彼と戦わなくてはならないのですよグリム。

貴方達呪われた世代がまとめて戦っても倒しきれなかったラグナレクを……そしてそこからまた強くなったラグナレクを一撃で仕留めた貴方達の弟、ヴィル・レオハートとね。

ですが諦めないで下さい。
再三言っておりますが、ここまでは全て私の計画通りなのです。予知とは別に貴方達呪われた世代の実力を直に見た私は、やはり全ての運命を貴方達に委ねる事を決意致しました。貴方達がもう少し武器の本数に余裕があればあのラグナレクも十分倒しきれたでしょう。

そしてこれまでの一連の事態よりも何より、貴方はその白銀のモンスターの事を知らなければなりません――」

 ユリマの言葉には偽りがない。
 彼女の話を聞いていた俺は素直にそう思った。

 だがそれと同時に、このユリマという人物が何処まで俺に本性を晒し、そして何処まで本性を包み隠しているのかが分からなかった。彼女が未来予知という類の力がある事は確かだろう。色々タイミングが良過ぎるからな。

 でもだからと言って、やはりここまで彼女の手のひらの上で転がされていたと思うと信用しきれないのも事実。もうエミリアとフーリンはこの話を聞いて納得しているって事だよな?

 まともに人と接してこなかったせいなのか、疑り深いせいなのか。

 ユリマの話を聞きながら俺がごちゃごちゃ考えていると、それすらも知っていたと言わんばかりにユリマが次なる動き見せた。

「分かっていますよ。貴方はまだ完全には私を信用していない。ですがお仲間のエミリアとフーリンは貴方よりもう何日も前に話を理解し、私やこの町の者達とも打ち解けていますよ」
「2人共本当か……?」
「ああ。ここにはなかなかの強者がいてな、毎日手合わせをしている」
「ユリマの言う事は本当だよ。町の皆も団員さん達も皆いい人! ここには私達を狙う人は1人もいないんだよグリム!」

 エミリアとフーリンの言葉にも嘘はない。と言うか2人は元々嘘を付ける様なタイプじゃないから本音で言っている事が分かる。ユリマは信用し切れないかもしれないが、エミリアとフーリンは違う。

 そして俺はそんな2人の態度よりも、ユリマに心を開いているハクの姿に驚いていた。

「ハク」

 ハクはユリマに近づき尾を振っている。側まで行くとユリマがハクを抱き上げたが、ハクはユリマを警戒するどころか完全に心を許している様だ。

「この子はとても優しく賢い。貴方がヴィル・レオハートから受けたダメージは正直かなりのものでした。私の回復魔法でも治しきる事が出来ない程にね。
ハクは貴方が倒れた日から今日までずっと治癒を施していました。彼女の助けがなければ、貴方はまだ眠りから覚めていなかった事でしょう」

 そうだったのか……。ハク、本当にありがとう。
 皆が信じているなら、俺もこの人の事を信じてみよう。

「分かったよ。俺はアンタの事を信じてみるぜユリマ。だから俺に全てを教えてほしい。今起きている事も、ハクの事も全てを――」