「ドミナトルの装填が終わる前に片を付けてやろう」

 奴との間合いを詰めると同時に強い波動を練り上げたフーリンは、そのままのスピードと共に奴の胴体目掛けて槍を突き刺した。

 ――ザシュ! ……バキン。
 フーリンの槍は先程同様ラグナレクの胴体を見事貫き、奴の体からは勢いよく肉片と血が飛散した。

 込められた波動によって数段威力が増していたフーリンの一撃は、さっきよりもデカい風穴を奴の胴体に空けていた。だがそれと同時に持っていた槍も砕け散ってしまった。

 砕けた槍を捨てたフーリンは新しく次の槍を取り出す。しかし、この際にどうしても僅かな隙が生まれてしまう。

 ラグナレクはそれをしかと認識してか、新たな槍を取り出そうとするフーリンのその僅かな隙を狙って再び大きく口を開いて咆哮を放つ動作に入っていた。

「汚い口を閉じろ」

 ――ザシュン! ……バキン。
 神々しい青白い光が集まり切る寸前の所で、俺は奴の顔面を真っ二つに斬る。

 今の攻撃で折れた剣の剣と奴の顔半分がほぼ同時に地面に落ち、そ奴の口に集約していた青白い光も弱々しく消えていった。

「え、倒した!?」

 エミリアがそう声を漏らしたが、奴の直ぐ近くにいた俺とフーリンは“そうでない”事を瞬時に悟っていた。

 確かに手応えはあった。

 だが目の前のコイツはまだ生きている――。

 俺が斬った後一瞬動きが止まったかの様に見えたが、即座にラグナレクの殺気が俺達を襲っていた。そして案の定、斬った奴の頭は再び再生をし、同時に青白い光までもが一瞬で光輝いていた。

「エミリア、防御壁だ!」
「うん!」

 次の瞬間、放たれた奴の咆哮と俺とフーリンを守る様に出現したエミリアの防御壁が正面から衝突して消え去った。

 そして間髪入れず新たな槍を手にしたフーリンが奴の首を突き刺差さすと、弾ける様に首が破裂し頭がボトリと地面に転がり落ちる。フーリンは今の攻撃でまたも槍が1本砕けた。

「これでどうだ」
「いや、まだだ!」

 フーリンの完璧な一撃。
 一瞬本当に倒したかと思ったが、直後再び再生したラグナレクはその長い手足を俺達目掛けて振り回した。

 ――ズガン! ズガン!
「ぐッ!?」
「大丈夫かフーリン!」

 ラグナレクの攻撃でフーリンが吹っ飛ぶ。今の奴の攻撃が速過ぎてエミリアの防御壁も間に合わなかった。

 フーリンは直前で槍が折れたせいで武器での防御が不可。
 だから今の攻撃は諸に食らっただろう。
 俺は一瞬脳裏に最悪が過ったが、吹っ飛ばされた数十メートル先でフーリンが静かに立ち上がる姿が確認出来た。

「ハァ……ハァ……。大丈夫だ。間一髪急所は外した」

 反射的にフーリンは奴の攻撃に受け身を取っていたようだ。
 ダメージはあるが確かに大丈夫そうだな。良かった。

「ハク! フーリンの怪我を治してやってくれ!」
「ワウ!」

 俺の声で直ぐにハクがフーリンの元まで走って行った。
 俺は今の攻撃を咄嗟に剣でガードして防いだが、それによって剣が1本壊れてしまった。これで残りは3本。

「どうやったらアイツ倒せるんだよ」

 頭を切っても頭を落としてもダメ。洞窟や石碑の奴はこれで倒せたのに、この最強の第5形態とやらは本当に厄介だ。

 その後もラグナレクと激しい攻防を繰り広げた俺達は、遂に攻撃回数が底をついてしまった。

「ハァ……ハァ……無念だッ……!」
「大丈夫……。下がってろよフーリン。ハクとエミリアを頼む」
「こんなのどうやって倒せばいいのよ」

 ラグナレクを仕留め切れず、遂にフーリンの最後の槍が今の攻撃で砕けた。これでもうフーリンは槍のストックがない。俺ももうこの剣1本しかない状況だし、エミリアの木の杖も壊れる寸前だ。防御壁も後1度しか発動出来ないだろう。

「厄介な事になっているじゃない」

 いつの間にか俺達の所に戻って来ていたリリアンがそう声を漏らした。

「ラグナレクは通常、頭が“核”になっているわ。だから頭部を破壊すれば倒せる筈だけど、アレはまた何か特別仕様みたいね……。確実ではないけど、奴も体の何処かに核がある筈よ。そこを狙う以外に方法はないわ」
「そういう大事な事はもっと早く教えておけよ。って言っても、その核とやらが奴の何処にあるのか分からないけどな」

 何度か奴に攻撃は食らわせている。だがそれで倒れていないという事はやはりその核とやらを攻撃出来ていないのだろう。一体奴の体の何処にあるんだそんな物。

「おい、リリアン。それよりドミナトルはまだか!」

 戦いに集中しているせいで気が付けばアイツを倒す事ばかり考えていたが、思い返せば本題はこっち――。

「本当にもう直ぐよ。後数分ってとこ」
「ホントかよ。頼むぞマジで。簡単に数分とか言ってるけどな、アイツ相手だと何時間にも感じッ……「そっちいくぞグリムッ!」

 会話を遮る様に響いたフーリンの声。
 俺とリリアンがラグナレクに視線を移すと、奴はもう何発目になるかも分からない得意の咆哮モーションに入っていた。

 何度見てもあの眩しい青白い光にイラっとする。

「王2級魔法。“ルフュー・ウォール”!」

 まるでデジャヴ。
 こちらに向けて放たれた咆哮に対し、リリアンが再び王2級魔法の防御壁を繰り出して攻撃を防いだ。

「よく3人と1匹でずっと耐えていたわね。今回の討伐は間違いなく貴方達のお手柄ね。王家から一杯報酬貰えるわよ」
「要らないんだよそんなの。それより絶対ハクの事教えてもらうから死ぬなよお前」
「貴方が倒してくれればその心配もないけどね」
「ドミナトルが発動出来るまでの後数分。最後に賭けでその核を狙ってみるか――」

 左手には折れた剣。右手には最後の剣。泣いても笑っても、次が俺の最後の一撃だラグナレク。

 覚悟を決めた俺は奴との距離を一気に詰め、互いに攻撃を繰り出しては躱し繰り出しては躱しを続けながら最後の攻撃のタイミングを伺っている。

 外す事は以ての外。
 更には何処にあるかも分からない核を破壊しなくちゃいけない。

 何十回と繰り返しているこの激しい攻防の中で、俺は最後の攻撃に出た――。

「一か八か」

 これが本当に最後の一振り。

 せめてコイツがもう少し小さければ一掃出来たかもしれないが、このサイズと強度では“半分”持っていくのが限界か。
 
 振りかぶった剣に渾身の力を込め、俺は賭けで奴の体右半分を勢いよく斬り飛ばした。

 ――ズバァンッ!
 まるで弾ける様に斬り飛ばされた奴の体。
 何処にあるか分からない核を破壊する為、なるべく多くの面積を斬り飛ばした。

 今日一の攻撃。

 俺の斬撃を食らったラグナレクはこの日、初めてバランスを崩して体ごと地面に倒れる。それと共に俺の最後の剣もカランと壊れて地面に落ちた。

「す、凄いよグリムッ!」
「へぇ。まさか本当に倒しちゃったかしら」

 今までも攻撃の手応えだけはあった。だがそこから決まって奴は自己再生を施す。

 しかし、地面に倒れたラグナレクの左半分は、倒れたままゆっくり動いているものの、これまでの様に瞬時に再生出来ずにいた。

「賭けで振ったのが当たったか?」

 もしそうなら俺達の勝ち。
 だがこれで立ち上がられたらッ……「――バウワウ!」

 “勝利”の2文字が思い浮かんだ刹那、後方からハクが大きな鳴き声を上げた。

 そして、俺は同時に背後から感じる“絶望”を察知していた――。
 
「避けろグリム!」
「逃げてぇぇ!」

 ハクに続き聞こえてきたエミリアとフーリンの叫び。

 何故かは分からない。

 目の前で斬り倒した筈のラグナレクの野郎が、いつの間にか俺の“後ろ”に存在している。

 信じ難いがこれは現実。

 俺が振り向いて直接を奴の姿を確かめなくとも、ハクの鳴き声とこの悪寒とエミリアとフーリンの叫びが、俺の後ろから放たれるこの神々しい程に輝く青白い光が、俺に一切の迷いなく“死”を連想させたのだった――。



「“ディフェンション”!!」



 ――ドバァァン!
 振り返る間もなく放たれたであろうラグナレクの咆哮。
 
 一瞬過ぎて何が起こったのか分からない。

 俺が死を覚悟したまさに次の刹那、目を閉じてしまう程の強烈な光と轟音が生じ、次の瞬間には視界一杯に広がっていた砂塵が徐々にクリアになっていき、気が付けば俺の目の前でラグナレクが静かに立っていた。

「グ、グリム! きゃッ!?」

 睨み合う様に対峙する形となっている俺とラグナレク。
 何が起こったか分からない後の数秒の沈黙。
 静かに砂塵だけがどんどん晴れていく。
 そしてその数秒の沈黙破ったエミリアの声と、弾け壊れた木の杖の音。

 俺はフラッシュバックするかの如く、一瞬で状況を理解した――。