「あら、まさかバレていないとでも思ったの? 案外いい案だけど、こんな所で犬の散歩するなんて流石にちょっと目立つわよ」
「間違いない。それは確かにアンタの言う通りだ。既に知られてるならしょうがねぇ。でもだからと言って、こっちも簡単に捕まる訳にはいかないぜ」

 俺は瞬時に剣の柄を握り戦闘態勢に入った。

「ちょっと。いきなり物騒な事は止めてくれるかしら。一応まだイリウム様からの討伐説明が終わった訳じゃないし、また魔法使って怒られるのも嫌なの私。
安心しなさい。指名手配の貴方の顔を“ちゃんと知っている”のは、私と貴方達にやられたラシェルぐらいでしょう。他の団はまだ貴方の顔や姿をしっかりと認識出来ていない。

それにイリウム様も勿論だけど、このフィンスターにいる間は貴方達に手を出すなと“偉い御方”から言付かっているの――。
だからそんなに身構えなくても大丈夫よ」

 偉い御方?

 理由も根拠もないが、俺はその言葉を聞いてふとユリマさんの顔が頭に浮かんだ。あの人もいまいち掴めない人だったからな。しかもこの女は俺やハクの事をしっかり認知してやがる。ラシェルとの一件も何故知っているんだ。

「偉い御方ねぇ。どうも最後まで信用し切れない人だったが、言っている事や行動の全てが嘘ではなかった様だな」
「フフフフ。何か思い当たる人がいたかしら? まぁそういう事だから、例え王国に追われている貴方達でも私は手を出さないわ。私にとってその御方は誰よりも恐ろしくて逆らえない人ですし、本音を言うと私も少し貴方達に興味があるの。有名な“呪われた世代御一行様”にね」

 コイツ……。

「王国一の剣の才能を持つレオハート家を、そしてこのリューティス王国からも追放され8年以上もの間辺境の森で生き抜いきたグリム・レオハート。
洞窟と石碑でラグナレクの攻撃を防いだエミリア・シールベス。
5年前忽然と王都から姿を消し、ここ数年ラドット渓谷で夜叉と呼ばれていたフーリン・イデント。

不運な力を与えられ不遇な環境の日々を過ごし、呪われた世代と蔑まれている貴方達ですが、その実力は到底無視できるものではないと私は思っている。だからこそ興味があるのよ。あのラグナレク相手にどこまでやるのか」
「お前は一体……」

 俺の事は勿論、エミリアやフーリンの事まで知られている。

「フフフフ。勿論この情報は私ではなく、全ては偉い御方の力によるもの。彼女の“未来を視る力”を持ってすれば全てがお見通しなのよ。ラグナレクを既に2体倒している事も当然ね」
「“彼女”って事はやはり女か」
「あらヤダ。ちょっと話が過ぎたわね。どう? イリウム様の話しでまだ此処は凄い盛り上がっている様だから、静かな場所でもっとお話ししましょうよ」

 リリアンは手にしている杖をフワフワ浮かばせながら、奥の部屋に繋がっているであろう通路へと静かに歩いて行った。相変わらずやる気になっている冒険者達の盛り上がりが凄いが、彼女の言葉はとてもクリアに俺の耳に入ってきた。

 そして、熱気に包まれる大聖堂内を他所に、この大きな空間から続く薄暗い廊下にリリアンの姿は消えていったのだった。

「怪しい匂いがプンプンするが、取り敢えず行ってみよう」
「大丈夫なのか? 奴は確かに強者の気配がするが、それ以上に怪しい雰囲気を纏っているぞ」
「そうよグリム。リリアン様は私に声を掛けてくれた人でもあるけど、何か罠の可能性って事もあるわ……」
「ワウ」
「大丈夫だよ。もしもの時は強硬手段に出ればいいだけだからな」

 俺はそう言ってリリアンの後を追い廊下へと向かった。後にはエミリアとフーリンも続き、そのまま真っ直ぐな廊下を少し歩くと、扉を開けながら手招きしているリリアンの姿を確認出来た。

「どうぞこちらへ――」

 通された部屋は大聖堂の中のとある一室。ここは王家が所有する建物なのか、部屋のテーブルやソファ等の家具がどれも高価そうなばかり。俺達は彼女に促され、目の前の大きなソファに腰を掛けた。

「で? わざわざ場所を移して何の話をする気だ?」
「随分とせっかちな性格の様ですね、グリム・レオハート。辺境の森で育つとそうなるのかしら」
「お前は、いや、その偉い御方とやらは何処まで俺達を知っている? 王国が追っている人物と知って何故見逃すんだ」
「バウ!」

 ハクも警戒しているのかリリアンに向かって吠えた。

「フフフフ。彼女が何処までを知っているのかは私にも分かりません。あくまで聞いた範囲の情報だから。それにしても、見れば見る程その白銀のモンスターがこの王国に終焉をもたらす様な存在だとは思えないわね」
「ハクが王国に終焉をもたらす……? まさかそれが理由でハクを狙い辺境の森も焼き払ったのか。誰が言い出したそんな事」
「さぁ。私もそこまで知らないわ。ただ騎士魔法団は国王の命で動いているだけなの。そこのワンちゃんがどう終焉をもたらすのかも、それを最初に言い始めた人も勿論分からない」
「だったらもうお前とはもう話す事はないな。未来を視られるとか言うその偉い御方にもう1度会わせてくれ。直接聞く」
「それは無理よ。何処にいるかも私は分からないから。知らない事だらけで御免なさいね。それに、私が話したいのはそこじゃないの。本題は目の前のラグナレクの脅威――」

 今までの雰囲気から一転、リリアンは鋭い視線を俺達に飛ばしてきた。

「貴方達の本来の目的は王都へ向かう事。そしてそこのワンちゃんが何故終焉をもたらす存在として国王から命を狙われているのか理由を明らかにしたい。

さっきも言ったけど、彼女は未来を……全てを視る事が出来るのよ。貴方が辺境の森へ追放されスカルウルフの群れに襲われた事も、やけくそで墓を建てた事も双剣のスキルが覚醒した事も全部ね。
ついでに言うと貴方がお父さんを探している事も、貴方が強者と手合わせしたいという事も全部視られている。

その白銀のワンちゃんが何故“祖の王国”からこのリューティス王国まで辿り着き、国王から命を狙われるまでに至るのかを貴方は知りたくないのですか? グリム・レオハートよ」

 リリアンが話し終えた瞬間、悔しくも俺は彼女の術中にハマってしまっていると気付かされた。

「これが本当の本題って訳か」
「理解が早くて助かるわ」

 確かに、彼女の知っているであろう情報は俺が1番知りたいもの。そしてフィンスターが襲われているというあのラグナレクの話しも真実であり、大方俺が知りたい情報と交換で討伐に参加しろって事だな。

「分かった。どの道約束だから、ラグナレクの討伐にはこのまま参加してやる。その代わり、絶対その情報を教えろ」
「安心したわ。彼女から、貴方達なら他の冒険者と違ってラグナレクと十分渡り合えると聞いていたわ。それに珍しく律儀で約束も破らないだろうと。
でも、実際にさっきの映像を見て気持ちが変わってしまったのではないかと少し心配になっていたけど、どうやら大丈夫みたいね」

 成程。それでわざわざ絡んできたのか。コイツにペースを握られているのは気に入らないが、思いがけない形で欲しい情報が手に入りそうだ。第五形態のラグナレクを見せられたからといって元々逃げる気もなかったし、トータルでみれば関所も突破してハクの情報も手に入れられるのだから俺としても十分だ――。

 互いに改めて話がまとまった所で、リリアンは先程壁に映していた映像を再度この部屋の壁に映し始めた。

「ちょっと話が長くなっちゃったわね。もうあまり時間がないから最終的な要点を言わせてもらうわ――」