スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~

そして、彼女の物語はグリムに助けられた今に戻る――。

♢♦♢

~遺跡~

「行っちゃった……。あ、名前だけでも聞いておくんだった。何やってるのよ私」

 俺が彼女を助けた数分後、偶然にも彼女の仲間達であろう魔法団の会話を聞いてしまった俺は、団員の者達が話している人物が彼女では無い事を祈っていたが……。

「すいません皆様ッ!」

 魔法団の元へ慌てた様子で走って来た1人の女の子。

「あーあ」

 そう。悪い予感は見事に的中――。 
 遠くから魔法団の元へ走って来た者は、さっき助けたばかりの木の杖の女の子だった。

 ここは王都に向かう途中にある遺跡。
大きな岩があちこちに転がっており、王都の魔法団員達は一際大きい岩の前に集まっている。モンスターの討伐にしては結構な人数だ。それによく見るとその大岩には穴が空いており、中は洞窟の様に奥深くまで続いている様に伺えた。

 そして、走って来たさっきの彼女は魔法団へと合流するなり、誰かに激しく怒られた。

「どこにいたのよアンタッ! 自分が今任務中だって事分かってるの⁉」
「も、申し訳ありませんエンビア様……! 洞窟に入る前にお手洗いを済ませていたら少し迷ってしまいまして……」
「本っっ当にクズで足手まといね! アンタの為にどれだけの人が待ってると思ってるのよ!」
「す、すみませんでした!」

 彼女に怒号を浴びせたのはエンビア様と呼ばれた女の人。魔法団の紋章が施されているローブを着ているが、他の者達が全員黒色に対してエンビア1人だけ色が違う。あれは恐らく団をまとめている団長の証だろう。紋章も当然の如く赤色だ。

 助けた彼女はエンビアの前で頭を下げながら、小刻みに体が震えていた。

「何でこんな使えない奴が来た訳?」
「それはエンビア様もご存知でしょうが、今はどこも人手不足の状況なので……」
「チッ。いい? 私達はノーバディとか言う気持ち悪い触手を何時までも相手にしている時間はないのッ!
こうしている間にも、騎士団の奴らは国王直々に命じられた白銀のモンスターを討伐する為に辺境の森に行ってるのよ。
このままだと騎士団奴らに全部手柄を持っていかちゃうじゃない!
こんな雑魚はさっさと討伐して、私達だって早く白銀のモンスターの討伐に参加しないといけないんだからねッ!」
「ほ、本当にすみません……」
「謝って済む話じゃないのよ!」

 激怒するエンビアは声を荒げ、彼女の顔を思い切り引っ叩いた。
 その反動でバランスを崩した彼女は地面に膝を付き、倒れる彼女にエンビアは更に蹴りまで入れ始めた。

 ――ドカッ! ドカッ! ドカッ!
「ホント、幾ら人手不足とだからって、こんな3級魔法も使えないゴミが何で私の団に来たのよ! こんなのが来るなんて微塵も思わなかったわ。流石呪われた世代の1人ね!
アンタもあのグリムとか言う無能な奴と一緒に、辺境の森に飛ばされれば良かったのよ! 見てるだけでムカつくわコイツッ!」

 吐き捨てるように言いながら、エンビアは何度も何度も彼女に蹴りを入れていた。彼女は耐えようと必死に身を屈めており、それを見ていた周りの団員達も誰1人彼女を助けようとはしない。それどころか、蹴られる彼女を嘲笑う声が聞こえていた――。

「ハァ……ハァ……もういいわ。疲れる。
今から洞窟であの触手を倒しに行くけど、また癇に障る行動したら直ぐに捨てていくわ。アンタみたいなゴミに構う暇はないからね。
まぁゴミはゴミらしく、触手の餌になって私達の囮にでもなってくれたら儲けものだけど! キャハハハ!」

 ――ズガッ!
「ゔッ……⁉」

 エンビアは笑いながら最後に彼女の頭を踏みつけた。そしてそのまま高笑いしながら団員達を率いて洞窟の中へと歩いて行った。

 散々蹴られた彼女は痛みを堪えながらゆっくりと体を起こし、痛む場所を手で押さえながら懸命に立ち上がって皆の後を追う様に歩いて行った。














「――クソみてぇな連中だな」
「バウワウッ!」

 事の一部始終を岩陰から見ていた俺ははらわたが煮えくり返る程の憤りを覚えた。抱えていたハクも俺同様に怒りを露にしている。ハクも今のを見て怒っている。

「流石王都の騎士魔法団……どっちもクソだらけみたいだ」
「バウバウッ!」
「それに、他にもなんか気になる事言っていたな」

 やっぱりハクの討伐を命じたのは国王。
 それにやたらと襲い掛かってきたあの触手のモンスターは“ノーバディ”とか呼ばれているらしいな。さっきの女の言い方だと、そのノーバディとやらの討伐の為に騎士魔法団の両方が狩り出されているみたいだし。

 しかもここの洞窟の周りには触手のモンスターの残骸みたいな物が散らばっている。数も多いところを見るとこの洞窟の中にノーバディ本体がいるって事か?

 そしてそのノーバディを討伐するべく彼女達の魔法団がここに来たと考えるのが自然か。だとすれば彼女がヤバいぞ。あのエンビアとかい奴は相当イカれてた。あの女なら本当にノーバディの餌にしかねない。

「う~ん……どうしよう。どう転んでも絶対目立っちゃうよなぁ。王都に行くまでなるべく面倒も避けたいけど」
「バウ!」
「そうだよな。やっぱこのまま放っておけないかハクも」
「バウワウ!」
「よし。じゃあ俺達も行くか――」

 やはり彼女の事が心配になった俺とハクは、魔法団の後に続きバレない様に洞窟の中へと入った。

♢♦♢

~遺跡・洞窟内~

「うわ、真っ暗」

 ――シュボッ!
 洞窟内が暗すぎて何も見えなかった為、俺は転がっていた木を拾い火を点け洞窟の奥へ向かった。

「確かに、この洞窟内にノーバディが蔓延っているな。そこら辺でウニョウニョ動いている」
「ワウ」
「魔法団の奴らはあっちか……。相当深いし入り組んでるから、気を付けないとコレ俺達出られなくなるなハク」
「バウ」

 しっかりと道を覚えつつ、バレないように奴らの元へ向かう――。
♢♦♢

~洞窟内・魔法団~

 洞窟内はとても暗く深い。
 ノーバディが通った後なのか、洞窟内は人間が数十人並んで歩いても余裕がある幅であり、高さも優に10m近くある。それに道は1本ではなく幾つも枝分かれした様に続いていた。

 グリムが助けた彼女達魔法団は順調に足を進めていた――。

「思った以上に深いわね。やっぱりここにノーバディの本体がいそうだわ」
「エンビア様、これ全部あの触手の通り道ですかね?
個体でもかなりの大きさでしたから、その“本体”となると一体どれ程の大きさ何でしょう……」
「デカさなんて関係ないわよ。私がいるんだから安心しなさい」
「こんなモンスターが至る所で現れるなんて、終焉の影響は何処まで広がっているのかしら」
「我らで一刻も早くノーバディの本体を叩き、本命である白銀のモンスターの討伐に加わりましょうエンビア様」
「勿論よ。私達はこんな所に時間を割いてる暇はない。フフフ、だから速攻で終わらせる為に、早くも“餌”を使いましょうか」

 不敵に笑みを浮かべながら、エンビアは団の後方へと振り返った。

「ちょっと、何時まで最後尾をたらたら歩いているの! さっさと前に来なさい!
「わ、私でしょうか?」

 エンビアが指示を出す視線の先には、エミリアの姿があった。

「アンタ以外に誰がいるのよ! 魔法もまともに使えない役立たずなんだから、せめて先頭で灯りを点けて進みやすくしなさいよ! 幾らなんでもそれぐらい出来るでしょ?」
「は、はい! それなら大丈夫です……!」

 たかが灯りを点けるだけ。
 それでもエンビアは、遂に自分でも出来る役割を与えられた事にやる気を出していた。

「全く、何でこんなゴミが私のところに」
「恐らくリリアン団長の仕業でしょう。彼女は最近裏で単独行動しているという情報があります。何やら今起きている“終焉”の事態を利用して、使えない人材を色んな団に飛ばしているそうですよ」
「何してるんだあの女は」
「狙いは手柄でしょう。リリアン団長は他の団長達の中でもエンビア様に固執している様に見受けられますからね」
「きっとエンビア様に先を越されるのが気に食わないのよ」

 エンビアもリリアンもオレオールの魔法団に所属している。
 リリアンは第九魔法団の団長であり、エンビアは第十魔法団の団長。

 どうやらリリアンは自身が1番手柄を得る為に、他の魔法団の邪魔をしている様である。加えて、リリアンは個人的にエンビアを最も敵視していた。勿論本来であれば互いに魔法団の仲間なのだが、リリアンがエンビアを敵視するのには理由がある――。

「エンビア様の魔法レベルは王国内でも随一。リューティス王国の神器でもある『聖杖シュトラール』を受け継がれるのは間違いなくエンビア様です。寧ろ現時点でも相応しいのはエンビア様ですよ」
「フフフ。別に王国の神器なんて無くても、私がリューティス王国で間違いなくNo.1の魔法使いよ。後はそれを王国中の人間に分からせてやるだけ。その為にも早く討伐するわよ!」
「「おおォォォォ!」」

 そう。
 エンビアとリリアンは共に実力ある魔法使い。エンビアは口ではそう言いつつ、リューティス王国の神器が1つ『聖杖シュトラール』の次なる後継を虎視眈々と狙っているのだ。だからこそ彼女は最も邪魔な存在であるリリアンを敵視している。

 エンビアの喝で魔法団員達の士気が高まり、そのままエンビア達はどんどん奥に進んで行った。先頭は変わらずにエミリアが歩いていたが、灯りを照らしていても如何せん足場が悪くエミリアは石で躓いてしまった。

「また? アンタ本当に何なのよ。さっさと立って進みなさい!」
「すみません」

 転んでしまったエミリアは直ぐに立ち上がり、再び歩みを始めた。だが次の瞬間、突如激しい轟音と共に洞窟が大きく揺れ出した。

「「――⁉」」

 その場にいた全員が一瞬にして困惑に包まれたが、その困惑を一蹴するかの如き更なる悲劇が魔法団を襲った。

「エ、エンビア様……ッ!」

 魔法団を襲った更なる悲劇の正体……それは他でもないノーバディ。揺れる地面から巨大な触手が勢いよく飛び出してきた。

 先頭にいたエミリアは触手との距離が最も近い。突然の事態と恐怖で腰を抜かしたエミリアは動けなくなったが、ノーバディはそんな事情一切お構いなしに容赦なくエミリアに襲い掛かったのだった。

『ギギァァァ!』
「“アクアハンマー”!」
「“ファイアショット”!」
「“ウィンドスラッシュ!”」

 大きく開かれた口がエミリアに届く寸前、彼女の後ろから幾つもの攻撃魔法が放たれ見事ノーバディに直撃した。

『ヴァ……ギィィッ……!』

 攻撃を食らったノーバディはダメージを負ったのか、不快な呻き声を上げながら洞窟の壁の中へと潜って逃げていった。

「上にいた触手より明らかに大きくて強いわね。同時攻撃で倒しきれないなんて初めてだわ」
「そうですね。何時もなら簡単に弾け飛んでいたのに僅かな傷しか与えられなかった所を見ると、体も硬く防御力が上がっています」
「あれが潜んでいるとなると厄介だ。絶対地上に出る前に倒さなくては」
「全団員行くわよ! 必ず私達の手でノーバディ本体を仕留める! ……何時までも座っていないでさっさと進めゴミがッ!」

 エンビアは恐怖で腰を抜かしているエミリアに強い口調でそう言った。エミリアは恐怖で震える体を必死に抑え込みまたゆっくりと歩き始めたのだった。

 エミリア達が洞窟のずっと奥へ向かっていると、今までよりも更に開けた大きな空洞へと出た。

「ここはまた広い場所ね」
「エンビア様、アレは何でしょうか」

 1人の団員が大きな空洞の奥を指差しながら言った。
 エンビアがその方向に視線を移すと、そこには何かの卵のような物が幾つも転がっていた。そして、ソレを見たエンビアや察しの良い団員は気が付く。

「恐らくノーバディの卵ね……」
「コレ全部がさっきの触手だと思うとマズいですね」
「でも卵があるって事はやっぱりここが奴らの巣って事で間違いないわ。きっと近くに本体である“親”がいる筈よ、各自小隊を組んで辺りを捜索! そこらに転がっている卵は全部潰しなさい!」
「「了解!!」」

 エンビアの指示により、団員達は卵を潰しながら周辺の捜索を始める。エミリアも自身が出来る事をしようと転がる卵を潰そうとした。だが、エンビアはそんな彼女を見るなり服を思い切り引っ張った。

「エ、エンビア様⁉」 
「黙ってなさい。アンタはこっちで別の“仕事”よ――」

 そう言いながら、エンビアは無理矢理エミリアを大きな空洞の中央まで引っ張って連れて行くと、そのまま突如彼女を蹴り飛ばした。

「ゔッ⁉ 痛たたた……。エ、エンビア様、何を……!」
「フフフフ。アンタって本当にムカつくわね。そんな木の杖使って魔法も使えないのによく生きていられるわね。恥ずかしくないの?」
「そ、それは……。勿論魔法が使えない事は自分でも情けないと思っています。ですが、それでも魔法団に入るのが夢で……どんな些細な事でも皆さんのお力になれればと……」
「あら、そうなの? ゴミのくせに心構えだけは立派ね。だったら口だけじゃなくて行動で見せてみな……“ウィンド”!」

 次の瞬間、エンビアは突如風魔法を繰り出し、エミリアを風の刃で斬りつけた。

「キャッ!」

 瞬く間に複数ヵ所を斬りつけられたエミリアの体からは血が流れている。命に関わる程ではないが、体を動かそうと僅かに動かしただけで全身に痛みが走った。

「ど、どうして⁉」
「何がよ? 自分で今言ったじゃない。皆の力になりたいって。だからアンタが望むようにしてあげてるの。魔法も使えない上に頭まで悪いのねアンタ。いちいち説明しなくても分かるでしょ?
騎士団からの情報によると、ノーバディは“血の匂い”に反応しやすいみたいなの。そしてここには肝心の本体がいない。だからアンタは奴をおびき出す為の餌になってね」

 血を流しながら倒れているエミリアを見下しながら、エンビアは不敵な笑みを浮かべてそう言った。

 そして、エンビアの思惑通り、ノーバディが再び姿を現す――。

「ホントに来た……」
 エンビアが一言呟いた直後、洞窟内がまたも激しく揺れだした。団員達はその余りに強い揺れに立っていられず、ほとんどの者が地面にしゃがみ込んでいた。

 岩を砕くような大きな轟音が一気にエンビア達のいる空洞近くまで迫って来ると、まるで今の揺れと音が噓かの如くピタリと止んだ。 

 時間にして僅か2秒程――。

 しかし、その場にいた全員にとってその2秒の静寂は永遠に感じられた。

 そして。

 静まり返った空洞の天井から、これまでとは比にならないデカさのノーバディが姿を現したのだった。

「やばッ……。思っていたよりデカいじゃない」
「出たぞぉぉ!」
「来ましたよエンビア様!」

 天井を突き破り現れたノーバディは、崩れ落ちる瓦礫と共に空洞内に飛び降りてきた。明らかに今までよりも大きいノーバディ。

 更に突如現れたこのノーバディは今までの蛇の様な触手とは形が異なり、大きな口の付いた頭部らしき触手が4つも連なり、体はまるで四足歩行の獣の如き姿形を成している異質な見た目であった。

 普通のモンスターでない事は一目瞭然。
 エンビアを始め、全団員が目の前のノーバディの圧倒的な魔力を感じ、奴が“本体”であると悟っていた。

『ヴッガァボィィッ!』
「ボケっとしてるんじゃないわよ! 全員一斉攻撃ッ!」

 異形は勿論の事、嫌でも伝わってくるその凄まじい魔力の強さに団員達は完全に気圧されていた。しかし、エンビアの指示を合図に全団員がノーバディ目掛けて魔法を放った。

 ――ズバババババッ。
 業火の炎、凍てつく氷塊、鳴り響く雷鳴に鋭い風の刃。
 数多の攻撃魔法が何十発と同時に放たれ、その攻撃は全て4つ頭のノーバディに直撃。

 幾重にも重なる攻撃によって空洞内は一瞬で爆煙や砂埃が充満し、視界を完全に奪われた一行は攻撃の手を止めていた。そして、徐々に煙が晴れ視界がクリアになっていくと、エンビアは晴れていく煙の1番奥で、無傷で立っているノーバディの姿を誰よりも早く捉えたのだった。
 
「そ、そんな……嘘でしょ⁉ 今の攻撃で無傷なんて……ッ!」

 エンビアを含め、第十魔法団は決して弱くない。寧ろオレオールに存在する全10の魔法団の中でエンビア達は1、2を争う実力ある魔法団。エンビア達が弱いのではない。エンビア達第十魔法団の攻撃をあれだけ受けたにも関わらず無傷なノーバディが常軌を逸していた。

『ゥガャヴァァ』

 次の瞬間、4つ頭のノーバディは強大な魔力を練り上げ始めた。

「まずいッ! 後方隊、直ぐに防御壁を展開しなさい!」

 エンビアの焦る怒号が響いたまさにその瞬間、ノーバディの4つの大きな口から強力な魔力の咆哮が放たれた。

「“エアログルシールド”……ッ!」

 ――ズドォォォォン!
 寸での所で強力な防御壁を自らも繰り出したエンビア。彼女の防御壁と後方隊の展開した防御壁によって多くの団員がギリギリでノーバディの咆哮を防いだが、防御壁の範囲内に届かなかった団員や防御壁を破壊された団員達は諸に攻撃を食らっていた。

 衝撃で意識がなくなって倒れる者、体の一部を抉られた者、上半身が完全に吹き飛ばされた者……。他にも多くの団員が犠牲になり、あちこちで助けを求める声や悲鳴が上がり、夥しい量の血が流れている場所もある。

 辺りは瞬く間に惨劇と化した――。

「何なのよコイツッ……!」

 エンビアはノーバディを見上げながら声を漏らした。
 彼女が魔法団に入ってからというもの、これまでそれなりに修羅場を潜り抜け幾度となく強いモンスターとも対峙してきたが、今目の前にいるノーバディは次元が違った。

「エ、エンビア様、このままでは全滅してしまいます! 至急撤退しましょう!」
「冗談じゃないわ。コイツを狩ればこれ以上ない手柄よ。もしかしたら白銀のモンスターより上の功績かもしれないわ!
リリアンがくだらない企みを出来なくなるようここでコイツを仕留めて、一気に私の存在を王国中に轟かせてやるわ!」
「で、ですがエンビア様……」
「大丈夫よ。私の“王2級魔法”で倒せない奴なんていないから」
「おお! エンビア様、王2級魔法を発動するのですね! それならアイツにも絶対効きます!」

 激しい攻防により既に洞窟内が崩れ落ち始めている。皆のいる空洞も長くは持たない。一刻を争う事態だ。

「だ、誰か……」

 壁が崩れ天井からも大きな瓦礫が落ちてくる中、辛うじて生き残っていたエミリアが朦朧とした意識の中で声を振り絞った。

「へぇ、今の攻撃でアンタ生きてたの? 悪運だけは強いのね」
「ディ……フェンションが……何とか間に合って……」

 途切れ途切れの言葉を発する彼女は、既にエンビアから受けた傷で弱っていた所に天井からの落石で片足が下敷きになっていた。
 
「あっそ。でもその状態じゃもう終わりね。私は今から王2級魔法を奴に撃ち込むわ。アンタは最後に見学でもしながら死になさい」

 そう言ってエンビアは杖をノーバディに向け魔力を練り上げた。すると青白い光が少しづつ杖へと集まっていく。

「発動までに時間が掛かるの! だから動ける者は全員私を援護しなさい!」
「「了解!」」

 エンビアによって再び士気を取り戻した団員達は最後の力を振り絞り、一斉にノーバディ目掛け魔法を放った。だが先程同様全くダメージとはならない。それでも今回はノーバディを倒す為ではなく、エンビアの援護であると開き直っている団員達はただ撃ち続けた。


 “王2級魔法”――。

 それは遥か昔、大国の『王』が天災とも恐れられたドラゴンの襲撃から何十万という民の命を守るべく生み出した最強の魔法。当時、この王は最強の魔法使いとも称されており、王が生み出した魔法は現代でも最強の魔法である。

 王2級より更に上の神1級という魔法が存在するが、これは古来より神の所業と言い伝えられており、人間では到底扱えるものではないとされている。よって、実質最強と謳われているのがこの王2級魔法である。

 そして、この王2級魔法は実力ある魔法団の団長ですら会得するのは困難であり、扱える者は僅か一握り。王2級魔法の威力は言わずもがな強大。数多存在するモンスターの中でトップと言われるドラゴンですら一撃で仕留めてしまう程に――。

「よし、イケるわ。全員下がっていなさい! コレが私の最強技、王2級魔法……“ウィンド・ジ・アネモス”!!」

 エンビアから放たれた王2級魔法。
 杖に凝縮された眩い輝きが一気に解き放たれ、その神々しい青白い光線が巨体のノーバディを飲み込んだ。

 王2級魔法で倒れないモンスターなど存在しない。
 勝利を確信したエンビアは余裕の笑みを浮かべた。







 だが――。


「嘘でしょ……」

 凄まじい勢いで放たれた神々しい光が消え去ると、そこにはまたも無傷な状態で立っているノーバディがいた。

「「う、うわぁぁぁぁ!」」

 呆然と立ち尽くすエンビアを他所に、ノーバディは周りにいた団員達に襲い掛かった。団員達は必死に逃げ出すが無残にも食い殺されていく。辛うじて魔法や防御壁で逃げ延びている者もいるが最早そこまで。一斉攻撃で魔力を使い果たした団員達はもう限界であった。

「エンビア様ァァ! 直ぐに撤退命令をッ!」

 その声で我に返ったエンビアは、納得いかない表情を浮かべながらも全員に撤退の命令を出し全員がその場から走り去った。

 ただ1人を除いて――。

「お、お願いッ……! 待って……! 助けて!」

 そう。瓦礫により足を潰されたエミリアは動く事が出来なかった。

「待って下さいエンビア様!  た、助けて下さいッ!」

 エミリアの方へと振り返ったエンビアは静かに笑っていた。

「やっと役に立つ時が来たわね。そのまま餌となって、私達が逃げる時間を作ってちょうだい! じゃ、さよなら――」

 エンビアはそう言って本当に走り去ってしまった。そして挙句の果てに唯一の通路であった穴を防御壁で塞いだのだ。理由は勿論ノーバディを食止める為……ではなく、エミリアが間違っても逃げられない様にする為のもの。

 エミリアに注意を引きつけさせ、自分達が逃げる時間を稼いだ。

「う、嘘……」

 エミリアは最早開いた口が塞がらない状態。
 笑いながら走り去って行くエンビアの背中をただただ眺める事しか出来なかった。

『ギォジガァァ!』

 絶望するエミリアをノーバディが見つける。

 言葉が出ない。上手く呼吸が出来ない。震えが止まらない。

 エミリアは満身創痍の状態ながらも必死に杖を振った。震える手で何度も何度も何度も……。まともに扱えない3級魔法を何度も放ったが、ノーバディを倒すどころか全てが相手に届く前に力なく消え去っていた。

 エンビアの王2級魔法で倒せなかったノーバディを彼女が倒せる訳がない。自身でもそれをはっきりと理解していたエミリアは、大粒の涙を流しながら杖を振るのを止めた。

「もう本当に嫌……」

 泣き伏せる彼女の頭上で、ノーバディは無情にもその大きな口を開くと、そのまま彼女を食らった――。















――ドォォォンッ!
♢♦♢

~洞窟内・空洞前~

「――聞こえた。もう真横だ」
「バウ! バウ!」
「怒ってるのか? だから何度も迷ってごめんって言ってるだろう。まさかここまで道が入り曲がってるとは思わないよな普通。お陰で凄い遠回りしちゃったな。
って言うか、初めから洞窟の壁なんて壊して進めば良かったよなハク」
「バウ」

 道に迷った俺とハクは、何度も何度も魔法団に近付いては遠ざかり、また近づいては遠ざかりを繰り返していた。直ぐ近くにいる筈だったののに道がグニョグニョ蛇行しているせいで大変な目に遭った。

 そんな下らない事をしている間に、いつの間にか魔法団の奴らはノーバディ本体と思われる魔力と対峙していた上に今では多くの足音がどんどん遠くへと走り去っている。

 恐らく真横から感じるこの強い魔力がノーバディ本体であり、大方それを討伐出来なかったアイツらが慌てて逃げているんだろう。

「良かった。あの子も何とか生きているみたいだな」
「バウ!」

 壁の向こうからさっきの女の子の声が確かに聞こえた。その声は消えそうな程小さいし魔力もほぼ感じられない。だが幸い命はある。

「行くぞハク」
 
 ――ドォォォォンッ!
 俺は洞窟の壁を破壊し、広い空洞へと出た。

 すると、思った通り今までとはレベルの違うノーバディの姿と、今まさに奴に食べられそうになっている彼女の姿を捉えた。辺りには他にも多くの魔法団員達が倒れており、皆夥しい量の血を流していた。

 もう息のある者は彼女以外いない。

 突如俺が壁を壊した事により、ノーバディと彼女はほぼ同時に俺の方を向いていた。彼女は余程怖かったのだろうか、その大きな瞳からは涙が溢れている。

「生きてて良かった。これでハクも安心しただろ?」
「バウッ!」
「あ、貴方は……!」

 安易に大丈夫と言える状態ではない。それは勿論分かっている。だが何よりも命があった。それが1番重要だ。ごめんな、もっと早く助けてあげられなくて。

『ャッヴォヴォォォォォォァァァッ!』
「うるさいな。洞窟で余計に音が響くって分からないのかこの馬鹿は」

 何を思っているのかまるで分からないが、4つ頭のノーバディは俺に気付くなり雄叫びを上げて威嚇してきた。馬鹿だが本能は察知している様だな。

 目の前の俺がお前よりも強いという事に――。

「貴方はさっきの……。いや、そ、それよりも……早く! 早く逃げて下さい……ッ! このモンスターは魔法団でも敵わなかったのッ!」

 自分が死にそうな状況なのに、なんて優しくて強い子なんだろう。

「ハハハ、大丈夫。俺は逃げないし、君を絶対に助ける」
「……⁉」
『ギィゴゴァァァ!』

 次の瞬間、ノーバディの1つの頭が汚い大口を開けて襲い掛かってきたが、俺は抜いた剣を軽く振って奴の頭を切断した。

 ――ザシュ。
『ヴァッギッ……⁉』

 斬った奴の頭がボトッと地面に落ち、切断した場所から緑色の血が溢れ出る。

「嘘……。エンビア様の魔法でも無傷だったのに……」

 彼女は目を見開いて驚いていた。
 ノーバディは頭を斬り落とされ、藻掻きながら悲鳴の様な呻き声を上げている。そのまま戦意喪失するかとも思ったが、奴は残りの3つの口を大きく開き魔力を練り出した。

「やっぱコイツがあの触手の本体か。お前がまだやる気なら付き合ってやるよ。また王都に向かってる途中で襲われても面倒だからな。
ハク、あの子の所に行ってろ。アイツ片付けてくるから」
「バウワウ!」

 俺はハクを彼女の元へ向かわせ、距離を取る為ノーバディを空洞の奥へと誘導する。そしてまんまと付いてきたノーバディは魔力が溜まったのか突如動きを止め、口に蓄えた眩い魔力を俺に放ってきた。

 ――スパァァン。
『……⁉』

 しかし、奴が放ってきた魔力の咆哮は一振りで相殺。そしてノーバディに止めを刺すべく俺は剣を振りかぶり、久しぶりにちょっとだけ強めに振るった。

「これで終わりな」

 ――ドパァァァン!
 俺の放った一撃によってノーバディの巨体は勢いよく弾け飛んだ。

「うわー、やっぱ気持ち悪いな。踏まない様に気を付けないと」

 辺りに散らばったノーバディ肉片と緑色の液体に気を付けながら、ハク達の元へ駆け寄った。

「大丈夫だったか?」
「バウ」
「君はどう?」

 俺はハクの横にいた彼女を見ながら言った。

「あ、はい……何とか大丈夫です……。また助けて頂き、本当にありがとうございましたッ……!」
「だから礼なんていいって。それより、流石にコレは医者に診せないとマズいな」

 彼女の足を潰していた岩をゆっくりと持ち上げると、色白の細い脚がとても痛々しい色に変色して腫れあがっていた。見るからに酷い状態というのが分かる。

 こういう時に回復魔法でも使えればと、無い物ねだりな事を考えながら、俺はせめてもの応急処置にと彼女に薬草を塗った。だがコレはあくまで擦り傷を治す程度。この足の怪我は医者に連れて行かないと治せない。

「俺が担ぐから直ぐ医者に行こう。本体は倒したけど洞窟内にまだ沢山いるから」
「あの……本当にありがとうございます! 何とお礼をすればいいか……」
「だからいいってそんなの。それより君名前は?」
「あ、私はエミリアです……。エミリア・シールベス」
「エミリアね。俺はグリム。宜しくな」

 軽く自己紹介を済ませ、俺が洞窟から出ようとエミリアを担ごうとした時、徐にハクがエミリアの足の上にそっと覆い被さった。

「お、おいハク何してるんだよ。足怪我してるんだぞ!」
「ワウ」
「え……?」

 さっぱり理解出来ない行動。
 そっと触れただけでも激痛が走りそうな彼女の足にハクは乗ってしまった。反射的に焦った俺は慌ててハクを動かそうとしたが、そんな俺を他所に、エミリアは不思議そうな表情で自らの足に覆い被さるハクを見ていた。

「あれ?」
「どうした? やっぱ痛いんだろ? 早くどけってハク!」
「ち、違うんです……! 痛いどころか……逆に何か痛みが和らいでいる様な――」

 え、そんな訳ないだろ。
 予想外過ぎたエミリアの言葉に俺は思わず心の中でツッコんでしまっていた。だってこんな酷い怪我に……。

「バウワウ!」
「ハク?」

 変わらずエミリアの足に覆い被さっているハク。
 しかしよく見ると、青紫色に腫れあがっていた彼女の足が瞬く間に治っていた――。
「噓だろ……」
「凄い、もう全然痛くない。 それに血も止まって傷まで塞がってます!」
「バウ!」
「おいおい、これお前の力なのかハク」

 エミリアは勿論俺も驚いた。まさかハクにこんな回復能力があるなんて全く知らなかった。怪我を治してもらったエミリアはハクに抱きついて「ありがとう!」と何度も言っている。ハクも嬉しいのか尻尾をぶんぶん振ってみせた。

「なんだよハク、そんな事出来るなら森で自分の傷を治せば良かったじゃないか」
「バウバウ」

 俺がそう言うと、ハクは首を横に振った。どうやら自分には出来ないらしい。

「そうなのか。まぁお前のお陰で助かったよハク。後はもう洞窟から出るだけだな」
「グリムさんもハクさんも本当にありがとうございます。ですが……一体どうやってここから出るのでしょう? 私達が通って来た唯一の道は塞がれてしまっていますし……」
「大丈夫だよ。道なんて幾らでも作れる。それにあの程度の防御壁なんて簡単に壊せるが、あっちは“ハズレ”だ――」
「え?」

 そう。
 魔法団の多くの足音が響いているあっちの道には、ノーバディの地面を這う音が大量に聞こえている。それに俺はさっきそこを通って来たが、あちこち崩れ落ちているせいで道が塞がっていた。

「なんか全員で魔法撃ちまくってなかった?」
「は、はい。さっきのノーバディを倒す為に一斉攻撃を……。その後もエンビア様の援護でもう1回一斉攻撃をしていました」
「やっぱりな。この洞窟ただでえ穴だらけだから崩れやすくなっているんだろうな。そこへその一斉攻撃とやらの衝撃が加わったせいで凄い崩れてたぞ。
しかもそれだけ魔法使ったとなると、もうアイツらはノーバディの残党と戦う力残ってないだろなぁ」
「そうなんですね……」

 俺とエミリアがそんな会話をしていると、洞窟内の遠くから悲鳴が聞こえてきた。魔法団の奴らがノーバディの残党と遭遇したのだろう。

 最初の数秒こそ勢いよく魔法が放たれている音がしたが、それも直ぐに消え去りどんどん声も無くなっていった。そして、最後に一際大きな女性の叫び声が響き、洞窟内は静かになった。

 仕方がない。これが奴らの運命だった。それだけの事だ。

 今の一部始終が聞こえていたのは勿論俺だけ――。

「エミリアを置き去りにしなかったら、また違う運命だったかもしれないのにな」
「ワウ」
「よし。じゃあ俺達も急いで出るぞ。こっちだ」
「あ、待って下さい!」
「俺が道を作るからそのまま付いて来てくれ。ただ足場が悪いから気を付けろよ」

 エミリアにそう告げ、俺は剣で壁を破壊した。ここに来るまでの道中とノーバディとの戦いでそろそろ剣が限界。もって後2~3振りだな。それまでに地上に出ないと生き埋めだ。

「す、凄いですねグリムさん。この穴と言いさっきのノーバディと言い……強過ぎます」
「そうか?」
「はい! 絶対強過ぎますよ! どこの騎士団の方ですか?」
「いや、俺は騎士団じゃない」
「え、そうなんですか。あ、じゃあ剣を使っていますが魔法なんですねそれ! どこの魔法団ですか?」
「いや、魔法団でもない」
「じゃあフリーの冒険者なんですね!」
「いや、冒険者でもない」
「え……?」

 普通であれば彼女の反応が自然だろう。勿論どこにも属さない一般の人もいるが、そもそもそんな普通の人がこんな場所にいるのは絶対に可笑しいからね。

「う~ん、ちょっと色々事情があるんだけど、エミリアはレオハート家って名前は知ってる?」
「え、はい勿論です。レオハート家は王国で1番有名な剣聖の名家です。逆にリューティス王国で知らない人なんていないですよ」
「まぁそうだよな。俺さ、実はそのレオハート家の人間だったんだよ。名前はグリム・レオハート」

 俺がフルネームを出すと、エミリアは目を見開いて明らかに驚いている様子だった。

「え⁉ あ、貴方が“あの”グリム・レオハートさんだったんですか⁉」

 彼女がそんなに驚く事も気になったが、それ以上に俺は“あの”という言い方が気になってしまった。

「えっと……何をそんなに驚いているんだ? しかも“あの”ってどういう意味?」
「あ、いえ、すみません……! 実はもう何年も前に1度、スキルが覚醒しないと言う理由だけでグリム・レオハートという方が辺境の森に飛ばされたと、風の噂で聞いた事がありまして……まさかその方が本当に実在してるとは――」

 成程。
 彼女が急に苦虫を嚙み潰した様に歯切れが悪くなったのも頷ける。俺が辺境の森に追放されてからもうかれこれ8年は経っているが、まさか王国内でそんな噂が広まっていたとは……。まぁしょうがないか。一応有名なレオハート家であって父さんの息子だったんだから。

 エミリアは急にハッとした表情をして、俺なんかを気遣ってくれたのか慌てた様子で謝ってくれた。

「あ、あの、すみませんッ! 私失礼な事を……」
「ハハハ。別に大丈夫だよ。それにその噂本当だし。正真正銘、俺が辺境の森に追放されたグリム・レオハートです」
「そんな……」

 まだ信じ難いのか、エミリアはその青い大きな瞳をパチパチさせながら俺を見て固まっていた。彼女からすれば死人でも見ているかの様な気分だろうな。王国で噂になったレオハート家の恥さらしがのうのうと生き残っていたんだから。そりゃ当然そういう反応にッ……「――とても嬉しいです!」

 ん?

「実は私、ずっと貴方にお会いしてみたかったんです!」

 どうやら聞き間違いではないらしい。
 エミリアは急にパッと明るい表情を浮かべながら興奮気味にそう言ってきた。

「え、どういう事……?」
「まさか私なんかを何度も助けてくれた命の恩人が…、あの噂のグリム・レオハートさんだったなんて! 私とても感激しています!」

 俺の質問の答えとなっていないエミリアは、そう言いながらグッと俺に近付き勢いよく手まで握ってきた。意味不明。

「あの! 急に失礼かと思いますが、宜しければ私を“仲間”にしてくれないでしょうか! どうかお願いします! まさか“呪われた世代の1人”にお会い出来るなんて……! それに私、どうしてもグリムさんの様に強くなりたいんですッ!」

 理解不能の展開は更なる予想外なところに着地した。
 本当に急過ぎるし色々ツッコミたい所だらけ。いつの間にこうなった? 突然噂を暴露され感激され仲間にしてくれと志願されている挙句に再び気になるワードが出てきた。

 呪われた世代って何だ……?

 うん。シンプルに困った――。

「あ、あのさ、一先ず落ち着いてくれるか? 兎に角今はここから急いで出る。そして今の話は地上に戻ってからゆっくり聞きましょう」
「分かりました!」

 と、そんなこんなで俺は取り急ぎまた壁を破壊し、崩れていく洞窟を横目に全員で無事脱出したのだった――。
♢♦♢

~遺跡近くの平原~

「ふぅ。取り敢えずここら辺ならもう大丈夫だろう」
「ありがとうございますグリムさん」

 洞窟を無事に脱出した俺とハクとエミリアは、王都へと続く広くて静かな平原に来た。ここなら周囲の見晴らしもいいし、ノーバディの残党の気配もない。

「よし。じゃあ一旦落ち着いたところで話を整理しようか」

 順番に追って行かないと頭がパンクする。

「まず最初に、君が俺の事を知っていると言うのは分かった。不本意な噂だったらしいけど事実だから仕方ない。それにお互いの名前も分かった。
……で、強くなりたいから俺の仲間になりたいと?」
「はい。お願いします!」

 これが急に分からないんだよ。

「あのさ、え~と、困ったな。どっから話そう」
「逆に私が聞いていいですか? 一応確認なんですけど、私と同じ呪われた世代の1人という事は18歳ですよね? 騎士団でも魔法団でも冒険者でもないのに、こんなところで何されているんでしょうか? そして何故そんなに強いのですか?」

 おっと、まさかの怒涛の質問攻め。まぁいい。1つずついこう。

「さっきからその“呪われた世代”とか言うのが分からないけど、取り敢えず俺は18歳だ。エミリアも同い年って事だよな?
そして俺が何者でもないのはご存じの通り、スキルが覚醒しなくてレオハート家や王国の面汚しをしたから辺境の森に飛ばされたんだ。それがかれこれ8年前の話し。

俺はそれからずっと森で暮らしていたんだけど、突然騎士団の奴らに森を焼かれた上に、ここにいるハクを何故だか狙ってやがるんだ。だからその理由を確かめる為と、俺の家でもあった森を焼いた国王に文句を言ってやろうと王都に向かっていたら、襲われていた君をハクが見つけた……ってそんな感じ」
「成程。そういう事だったんですね……」
「じゃあ今度は俺が聞くぞ。さっきから言っている呪われた世代ってのは何の事だ? それにノーバディとか言うあの触手のモンスターも、君達騎士魔法団が総出でハクを狙う理由は?」

 彼女からの質問に答えた俺は逆に気になっている事を全部聞いた。だが自分で彼女に問うと同時に、このエミリアという子のフワフワした感じというか天然というか少し鈍臭いという感じが、どうも今起きている事態を把握しているとは思えなかった。

 何となくで決めつけて申し訳ないが、直感でそう思ってしまったのだ。だが、この直感は正しかった――。

「あ、えーと、それはですね……まず呪われた世代というのは、少し言いづらいのですが、きっかけはグリムさんのスキルが覚醒しなかった事なんです……。
その時はまだそんな呼ばれ方はしていなかったのですが、グリムさんが森に飛ばされてから数年後、スキルが覚醒しているにも関わらず3級魔法すら使えない私の事がいつの間にか多くの人に知れ渡っていました。
魔法が扱えない事に加えてこの木の杖しか使えないという事も重なり、そこから皆さんに笑われ馬鹿にされるのはとても早かったのを覚えています。

そして、私が皆さんから笑われる様になった頃からまたある噂が流れていました。私も直接会った事はありませんが、どうやらその方は“槍”のスキルの持ち主で槍術の腕が凄かったらしいのです。

ですが私と同じようにスキル覚醒はしたものの、最弱な“土の槍”しか使えない挙句に何度も槍を壊してしまうそうで、一時は訓練生としていたらしいのですが突然何処かへ行ってしまってそのまま行方不明になったとそうです……。

呪われた世代と呼ばれる様になったのは、グリムさんと私とその槍のスキルの方が全員“同じ年”だったいう事が後に判明したからであり、偶然に偶然が重なった結果そう呼ばれる様になってしまったという訳です。

なんかすみません……」

 エミリアは丁寧に説明してくれた後に頭を下げた。呪われた世代と言われる原因になってしまった理由に少なからず自分が関係している事を俺に謝っているのだろう。

「謝る事じゃない。エミリアは何も悪くないし、寧ろ被害者だ」

 環境こそ違えど、エミリアも俺と同じ様な思いをしてきたんだな。俺は森でずっと1人だったけど、彼女はきっと毎日毎日辛い目に遭っていた。その気持ちは計り知れない。

「ありがとうございますグリムさん。呼ばれ方は良くないですけど、私は心の何処かで親近感を覚え、グリムさんともう1人の方に何時か会ってみたいと勝手に思っていました」
「成程。まさか俺がいなくなってからそんな事になっていたとは……。なんか俺のせいでゴメンな。エミリアに辛い思いさせていたみたいで」
「い、いえ、それは違いますよ!  私は私に才能がなかったから皆さんに馬鹿にされていただけです。グリムさんのせいではありません!」

 彼女が俺に謝るなど以ての外。逆に俺が謝れって感じだよな。

「あ、すみません。何か話が長くなってしまって……。まだノーバディとハクさんの事も知りたいんですよね」
「ああ。何か知っているか?」
「結論から言いますと、申し訳ありませんがハクさんを狙っているという理由は分かりません。私もグリムさんの話でこのハクさんが討伐対象ある白銀のモンスターと知ったぐらいなので……」
「やっぱりそうなのか。分かったよ、ありがとうエミリア」
「いえ。もっとグリムさんのお役に立てる事を知っていれば良かったのですが」
「でも益々怪しくなってきたな。ちゃんと理由も告げずにこれだけの団員が動いているのは異常だ」
「そうですね。私はそれも少し感じていました。王国は今“終焉”にも手をこまねいてますから」
「終焉って何の事だ?」

 エミリアの口から出た聞いた事のない言葉。

「グリムさん終焉もご存じないですか?」
「ああ。何の事かさっぱり。ずっと1人で森にいたから外の事がまるで分からないんだ」
「そうだったんですね。だからノーバディの事も聞かれたのですか」
「ああ。あんなの初めて見たからな。森にいなかったし」

 俺はエミリアの話を聞いて、そしてエミリアは俺の話を聞いて、互いに少しずつ相手の事と今起きている現状を把握し始めた。

「王国に終焉というものが訪れる様になったのは、あの触手のモンスター……ノーバディがリューティス王国に突如現れ、王国の人々を襲いだしたからです。
爆発的にノーバディの数が増えて至る所で団員が討伐を行っているのですが、王都もオレオールも騎士魔法団が人手不足の状態です。
そんな時に、ずっと訓練生でいた私にオレオールの魔法団の団長さんが声を掛けてくれたのです」
「へぇ、王国ではそんな事が起こってるのか」
「はい。ですが私は魔法もろくに扱えない為、派遣されたエンビア様の団でも迷惑ばかり掛けてしまいました。その結果がアレです。最後は捨てられてしまいました……」

 そう語るエミリアの姿が、やはり何時かの自分と重なって見えていた。

「そっか。奴らに裏切られた上に、エミリアがいた魔法団はもうノーバディの腹の中。行く当てもないから俺の仲間になりたいと」
「はい。私にとっては運命です! 2度も命を救ってくれた恩人が、私と同じ呪われた世代のあのグリムさんだったなんて、それ以外考えられません! それに私はグリムさんの様に強くなりたいんです!」 

 ようやくここまで話がきたか。うん。これが最後の問題だ。

「仲間になりたいだの強くなりたいだの言われてもな……。
俺はエミリア達が追っているハクを連れている挙句に騎士団とも揉めたばっかりだからなぁ。もう指名手配されてるんじゃないかな俺。
一応エミリアとは敵対している立場なんだけどそもそも……」
「私には関係ありません! もう魔法団になるのは諦めていましたし、派遣された魔法団もなくなってしまいました。元から正式な団員でもなければ私はもうグリムさんと出会ってしまいましたから!」

 今までとは一転し、まるで開き直ったかの如く堂々と言い放ってきたエミリア。彼女の言ってる事はもっともだが、今の俺とハクと一緒に行動するのはかなり危険だと思う。

「エミリアがどんな道を進もうが、それを俺にどうこう言える資格はなし。ただ、俺とハクは今や狙われる身だ。その事も分かって仲間になりたいなんて言ってるのか?」
「はい。ちゃんと分かってます! 本当は魔法団の団長になるのが夢でしたけど、その夢は潰えてしまいました……。ですが今日、同じ呪われた世代のグリムさんと出会って、終わりだと思っていた自分の人生に突如希望の光が差し込んできました!」
「ちょっと大袈裟だな」
「いいえ、そんな事ありません。心の底からそう思っています!諦めていましたが、やっぱり少しでもグリムさんの様に強くなりたいんです。お願いします!」

 エミリアはそう言って、深々と俺に頭を下げてきたのだった。
 彼女が軽い気持ちで言っているのではないと直ぐに分かった。奇しくも似た境遇に置かれ、彼女もまた周りから軽蔑された目で見られていたのだろう。8年前の俺と全く同じだ。

 あの時、誰かが手を差し伸べてくれていたらもっと違う未来が待っていたかもしれない。根本は自分にも原因があるのかもしれないが、それでも俺は誰かに助けてもらいたかった。

 エミリアは今まさにその真っ暗闇の中――。

 自分がそれだけ頑張って足掻いても変えられない状況。周りの目はどんどん冷たく冷酷になっていくにも関わらず、誰も助けてくれないどころか笑われ馬鹿にされてしまう……。

 昔の自分とそっくりだ。

「エミリア……。俺は剣士だから魔法は使えない。だから強くなりたいと言われても、魔法が使えない俺は魔法なんて到底教えられないんだ。
だけど、今エミリアがいる暗闇から抜けだす方法なら、俺でも少しは教えられるかもしれない。これでもエミリアと似た道を歩んできた呪われた世代の1人だからな――」
「グリムさん……」
「きっとエミリアも、その暗闇から抜け出せば自分の力で強くなれる筈だよ。それなら俺にも助言が出来るしな。
だからエミリア、こんな俺でもいいなら君の助けになる。だが、何度も言うが俺は狙われている身だ。当然危険があるだろう。それでも仲間になって来るか? 俺と一緒に――」

 俺がエミリアにそう問うと、彼女は微塵の迷いもない真っ直ぐな瞳を俺に向けて頷いた。

「はいッ――!!」


♢♦♢


「……全然帰ってこないな……」
「バウ……」

 俺とハクは、エミリアが向かって行った方向を見ながらそう話していた。

 あれから、一応エミリアは俺と仲間?になったみたいで、俺が王都に向かうと言ったら快く了解してくれた。だがさっきの洞窟でのノーバディとの戦闘と壁の破壊で剣がまた壊れてしまっていた。

 何処かで剣を調達しないといけないなと話していたら、エミリアが「この近くに街がありますよ」と教えてくれた。

 だが俺とハクは人目の多い場所を極力避けたい。まだ辺境の森からそう離れていないこの場所では、騎士団や魔法団の奴らが近くにいても可笑しくないからだ。だけど進むにはどうしても剣は必須。
 
 どうしたものかと悩んでいたら、エミリアが「私が行ってきます!」と張り切って申し出てくれたのだ。

 俺は流石に申し訳ないと思い断ったが、彼女もハクもお腹が空いたらしく買い物がてらに行ってくると言って本当に行ってしまった次第である。

「まぁ確かに助かったけど、それにしても遅くないか? もう日が沈み始めてるぞ」
「バウ」

 エミリアが向かって早くも何時間が経っただろう。俺の都合で街に行ってもらっているのだが、幾らなんでも時間が掛かり過ぎじゃないか? 俺が思っている以上に街との距離があったのか、それとも何かトラブルに巻き込まれたんじゃ……。 

「ワウ!」
「お、来たか」

 そんな事を思っていると、向こうから音が聞こえてきた。ハクも気付いたらしい。しかし近づいてくる音はエミリアの足音ではなく、何故か馬の走る音とガタガタと車輪が転がる音だった。

 一瞬騎士団や魔法団かと思い慌てて道の向こうを確認したが、そこには1頭の馬が馬車を引いており、その馬車の荷台の上にエミリアが乗っていた。そして彼女は俺達に向かって大きく手を振っている。

「おーい、グリムー! ハクちゃーん!」
「ん……どういう事?」
「バウ」

 取り敢えず騎士魔法団でない事に安堵したと同時、エミリアのまさかの登場の仕方に驚いた。同い年だから名前も呼び捨てでいいし敬語も止めてくれと言ったのは俺だが、いざ呼ばれると少し恥ずかしい。

 そんな事を思っていると、エミリアを乗せた馬車は俺とハクの前で止まった。

「ただいま! 遅くなってすみませ……じゃなくて、遅くなってごめんね。ハクちゃんもお腹空いたよね。コレなら食べられるかな?」
「バウ!」
「グリムはコレどうぞ。街に売ってる双剣がコレしかなかったんだけど……」

 そう言いながら馬車から降りてエミリアは俺に剣を渡した。

「コレで十分だよ。ありがとなエミリア。それよりも……」

 買い物は確かに助かった。だが、それよりも気になったのが馬車を運転していた1人のお爺さんだ。

「ああ。こちらは街の町長さんです! 」
「初めまして」
「あ……初めまして……」
「実はねグリム。町長さんがなんか困っているらしくて、強い人を探しているらしいの。だからここまで送ってもらうついでにグリムと1度会ってみたらどうかと思ってね」

 エミリアの事だから全く悪気はないんだろう。経緯は分からないが、目の前にいる町長さんが本当に困っているから助けたいと思っての行動だと思う。

 だがエミリアよ……。さっきも言ったが、俺達はもう追われているという事を自覚しなければならない。目立つのは良くないんだ。君にもちゃんとそう言ったよな?

 え、俺のこの考えで間違ってないよね……? 合ってるよね……? 状況理解してるよね……?

 俺はそう思いながら慌ててエミリアを引き寄せ、小声で確認した。
「ハハハ……ちょっといいかエミリア」
「ん、どうしたの?」
「あのなぁ、俺はあまり目立ちたくないって言っただろ? 俺が狙われたらエミリアも危険だ。何の為に1人で街まで行ってくれたんだよ。もしこの町長さんに俺やハクの情報が伝わっていたらどうッ……「――それは大丈夫! ちゃんと町長さんに確認したから!」

 エミリアは屈託のない笑顔を俺に向けて言ってきた。

「いや、そういう事じゃなくて。俺達は今から王都にも向かわなきゃいけないだろ」
「ごめんなさい。それは分かっていたんだけど、たまたま町長さんと街の方が話しているのが聞こえちゃって……。とても困ってるみたいだからどうかお願いします!」
「言ってる事滅茶苦茶だぞ。俺は困った人を助けるヒーローじゃない」
「勿論それも分かってるけどそこを何とか! ヒーローになれるチャンスだよ!」

 やっぱり仲間にしなければ良かったと率直に思ったが、俺とエミリアが口論しているとハクが俺の足元に寄ってきた。

「どうしたハク。 まさかお前この村長の助けろとか思ってるんじゃ……」
「バウ!」

 ハクはそうだと言わんばかりに大きく吠えた。
 どうやら俺はもう請け負うしかないらしい。何だ?まるで俺が空気読めない奴みたいなこの雰囲気は。

 思うところが多々あったが、エミリアとハクに促された俺は一先ず町長さんの話を聞く事にした。すると町長さんは「ありがとうございます」と言いながら話を始めた――。
 
 町長さんの話しによると、街から南に数キロ行った場所に石碑が置かれた広場があるらしく、そこは昔から街の人達が先祖への祈りの為に皆で管理している場所との事。

 だがここ暫くの間、終焉の影響でノーバディが出没しているせいで街の皆が石碑に行く事が出来ず、その間に何やら怪しい者達が石碑の場所に住み着いてしまった挙句に不審な行動をしているそうだ。

 村長さんが俺に頼みたいのは、この怪しい者達を石碑の場所から退去させる事。

 話を聞いた俺は「申し訳ないがそれは俺じゃなくて王都の騎士魔法団に頼んだ方がいいと思う」と告げると、町長さん達は既に何か月以上も前に依頼を出したにも関わらず未だに団員が来てくれないという――。

「つい先日も3度目の依頼を騎士団に依頼したのですが、今は終焉のせいでどこも人手不足だから無理だと言われてしまいました……。
それでも街の多くの者にとって、あの場所は代々先祖を祭ってきた大事な神聖な場。騎士魔法団がダメならと、皆で話し合ってフリーの冒険者を雇ったのですが、物凄い怪我で戻ってきたのです……」
「その石碑に住み着いてる奴らが強いという事か?」
「私共には詳しく分かりません。ただ、その冒険者の方は“悍ましい化け物”を見たと全身震えるながら口にして、そのまま大きな病院のある王都まで運ばれていってしまいました……」

 成程。それで強い人を探しているって訳か。

「今日出会ったばかりの方にこんなご相談はとても失礼かと思いますが、あの場所は昔から街の皆で管理してきた大事な場所であります。
騎士魔法団も当てにならない今、もう我々では成す術がなかったのですが、こちらのエミリアさんがとても強い仲間がおられると申してくださいまして……。失礼を承知しながら藁にも縋る思いで頼ませていただいた所全です。
勇者様、どうかお助け願います……! 当然お礼はしっかりとさせて頂きますのでどうか――!!」

 村長さんは本当に藁にも縋る程の勢いで頭を下げてきた。そんな村長を見てエミリアとハクは俺をジッと見ている。

 はぁ。マジかよ。これで断ったら何か俺が悪者みたいじゃないか。

「村長さん。それにエミリアもハクも。冷たい言い方かもしれないが、俺はヒーローでもなければ勇者でもない。なんなら今や騎士団とは敵対し追われる身。それは俺とハクは勿論、仲間になったエミリアもだ。それをお前達はちゃんと理解しているか?」
「それは分かっているけど、でも……」
「ワウ……」

 俺が厳しくそう言うと、ハクもエミリアも少し顔を俯けた。

「だったらこれからはもう少し緊張感を持ってくれ。それだけ分かってくれれば今回だけは話を受ける。
エミリアに1人で街まで行ってもらったし、町長さんにもこんな所まで来てもらったからな――」
「グリム……ッ!」
「バウワウ!」
「本当ですか⁉ あ、ありがとうございます勇者様!」

 俺の言葉に、皆が嬉しそうに喜んでいる。

「だから俺は勇者ではないんですって」
「あ、そうでしたね! 名前はグリム様でしたよね? 本当にありがとうございます。もう何とお礼を申し上げればよいか」
「いえ、まだ全く解決もしてないのでお礼は全部終わった後で」
「確かにそうですが、こんな話を聞いて受けてくれるという返事を聞けただけでも有難い事でして……!
そうだ! 今回の報酬はどうすれば宜しいですかな?」
「報酬か……。それならお金は要らないから、もし出来るならコレ以外にもう1組だけでも双剣を用意してもらえませんか?」

 これから王都に向かうのにやはり双剣1組では心細い。多くても邪魔で動けないが、それでも予備を準備しておかないと。それに、今の話しの“悍ましい化け物”とやらも何か嫌予感がする。

「え、双剣……ですか?」
「はい。今街で買わせてもらったんですが、コレしかなかったみたいで……。どうにか町長さんの力でもう1組だけ双剣を譲ってもらえないでしょうか?」

 俺の申し出に村長さんは戸惑いを見せながらも、「街中を探して用意しておきます!」と力強く言ってくれた。

 こうして、俺達は村長さんから石碑の場所を記した地図を受け取り、何やらそこに住み着いているという怪しい者達の討伐に明朝向かう事を決めたのだった――。
♢♦♢

 視界全てが真っ暗な“夢”の世界。

 俺はその中で横たわっている。

 誰かが自分の頭を優しく撫でている事に気が付いた俺は、ゆっくりと瞼を開いた。

 すると、そこには白銀の綺麗な髪を靡かせる綺麗な女の子がいた。

 何故か俺はその女の子の膝に頭を置き横たわっている。そして俺の頭を撫でるその女の子と不意に目が合うと、彼女はそっと微笑んだ。

 神秘的な雰囲気を纏うこの子に俺は見覚えがあった。

 そう。
 彼女は確か森が火事になった時の夜に、夢の中で必死に俺を呼んでいた子――。

 ぼんやりとした夢の中で彼女を見た事も覚えているし、珍しく深い眠りについていた事も覚えている。

 またこの感覚。
 
 とても優しくて暖かいこの感じ。

 このままずっとここで眠っていたいと思った次の瞬間、突如遠くの方から声が聞こえてきた。

 そしてそれと同時に、何かに体を揺らされている不思議な感覚に襲われた――。
 















「……グリム、起きて! もう朝だよ!」

 ――バッ!
「エ、エミリア……⁉」

 ぐっすり眠っていたのか、エミリアに声を掛けられていた俺はバッと体を起こした。

「おはようグリム。凄い疲れてたんだね。何回呼んでも目を覚まさないんだもん。もう少し休む?」
「もうこんなに明るく……」

 有り得ない。“また”だ。

 森に飛ばされてからというもの、俺はずっと寝ている時でさえも辺りに注意していた。なのに火事の時といい今といい、人にこんなに呼ばれながら体も揺すられていたのに気付かないなんて有り得ない。

 一体何なんだあの夢は。

「ごめんエミリア。俺なら全然疲れていないから直ぐに出発しよう。あれ、ハクは?」
「フフフ。そこにちゃんといるよ」

 俺がきょろきょろとハクを探していると、エミリアが笑いながら俺の後ろを指差した。すると、俺が寝ていた頭の辺りで気持ちよさそうに寝ているハクの姿があった。

「お、こんなところにたのか」
「グリムってば、ずっとハクちゃんを枕にしてたよ」
「俺がハクを枕に?」

 何気なくハクに視線を落とすと、俺はハクの白銀の毛並みが夢の中の女の子と一瞬に重なって見えた。

 いや、まさかな……。ただの夢だし。

「ハクも起こして朝食を済ませよう。そしたら直ぐに出発だ」
「分かった」
「おーい、ハク。朝だぞ」
「ワウ」

 俺はハクを起こし、皆で朝食済ませた。
 

♢♦♢

「そう言えばエミリアってこの辺りに詳しいの? 街がある事も知っていたし」
「来た事はないんだけど、私世界中を飛び回る事が夢だったからよく色んな場所の地図を見てたの。王国内もね」
「そうだったのか。今から行くこの石碑のある場所も知ってるのか?」
「何となく名前を聞いた事があるぐらいかな……。ここら辺だと“3神柱(さんしんちゅう)”の神殿の方が有名だから」
「あー、それってドラゴンとかいるやつだよな? 難しい事はさっぱり俺には分からないけど」
「そう。3神柱は精霊、獣人、ドラゴンの3種族の事で、これが世界の始まりとも言われているの。
大昔はこの3神柱が神だと崇められて多くの人達が信仰していたみたいだけど、リューティス王国は今“女神様”を信仰しているわよね。

これは、今では当たり前の“スキルが与えられる”という習慣が何百年も前にこの女神様と共に誕生した事がきっかけになっているみたい。
だからこの3神柱の歴史は今ほとんど知られていないって、前にお父さんから聞いた事があるの」
「へぇ、そんなのが存在していたんだな。元々勉強得意じゃないし、女神が当たり前の存在だと思ってたよ」
「私もお父さんから聞くまで全く知らなかったよ。
何百年か前にリューティス王国が一気に大国へと発展した理由がこの女神様の力によるものなんだって。

何でも、当時の国王と側近達が女神様を召喚する儀式とやらに成功したみたいで、現れた女神様と“制約”の契りを結んだとか。

そのお陰でスキルが与えられる様になって、優秀な人材が毎年生まれる様になったリューティス王国は瞬く間に一大大国を築いたらしいの――」

 スラスラと話すエミリアの知識は凄い。流石世界を飛び回ろうとしているだけはある。俺なんて全くそんな事知らないもんな。

「凄いなエミリアは。それにお父さんも歴史に詳しいんだな」
「そうなの。お父さんはモンスターや王国の歴史をずっと追っていて、それであちこち飛び回っているみたい」

 エミリアとそんな話をしながら石碑のある場所へ向かっていると、俺達の目と鼻の先に目的の石碑らしき物が見えてきた。

 「あそこだな」

 街を出てからずっと森林が続いていたが、大きな石碑とその周辺は木々がなく、石碑以外にも大小様々な大きさの岩があちこちに転がっていた。遺跡の様な雰囲気と言うのが近いだろう。

 奥にあるあの一際大きな物が石碑だな。
 アレだけ手入れされている様だし、目の前も綺麗に舗装されている。

「これが町長さんの言っていた石碑か。俺達以外誰もいないな」
「そうね。何か逆に静か過ぎて不気味」
「ああ。でもやっぱ“いる”みたいだな。まだ新しそうな足跡が幾つかあるぞ」

 町長さんが言っていた通りなら街の人達は暫くここには来れていない。だとすれば、この足跡はその怪しい連中のものと考えるのが自然だ。

「でもどこにもいる気配がないな。音も聞こえない」

 俺が辺りの様子を伺っていると、エミリアが何かを見つけた。

「グリム、こっちに来て!」
「どうした?」
「ねぇ、コレちょっと見て。石碑の横にあるこの岩に、何か模様みたいなものが彫られているの」
「ん? どれどれ」

 エミリアの言う通り、そこには何かの模様のような絵のようなものが彫られていた。

「何だコレ」
「確かな事は言えないけど、多分3神柱の模様だと思う」
「それって今さっき話していたやつか」
「うん。3神柱はこの世に“生命”を誕生させたとも言われていて、『精霊王イヴ』『獣天シシガミ』『竜神王ドラドムート』と呼ばれる神々達が自然や動物、そして人間や数多の種族のモンスターを生み魔力を与えたと語られているの。
前に読んだ書物でこの模様とよく似た3神柱の模様を見た事がある……。確実ではないけど」

 自信がなさそうに語ったエミリア。到底俺なんかの浅はかな知識ではよく分からないが、この模様と似たものを俺も見た覚えがある。それも最近。ハクの事を調べた時に、本にこんな絵が載っていた。

 気がする。

「でも3神柱とやらの模様が何でこんな所に」
「そこまではちょっと分からない」
「エミリアが分からないなら仕方ない。コレは一旦置いておくとして、やっぱりどこにも人の気配がしないな」

 エミリアの話しで確かに3神柱とやらも気になっているが、今は取り敢えず町長さんに言われた怪しい連中が先。住み着いているみたいな事言っていたけど一体何処にッ……「――バウワウ!」
 
 次の瞬間、突如ハクが吠えながら石碑のとは違う方向に走っていた。