スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~

 ラシェルは完全に意識を失っている。 
 国王の命だと少し気になる事を言っていたから詳しく聞き出そうと思ったのに。これじゃあ無理だよな。ハクを始末する為だけにわざわざこんな数の騎士団を動かすなんて、一体何が理由なんだ……。

「なぁハク、お前何かしたのか?」
「バウワウ」

 俺の問いにハクは頭を横に振った。

「そうだよな。お前が何かする訳ないか。自分が追われていたぐらいだからな」

 そう思いながらも、やはり国王の動きが気になった。

「――無事だったかいグリム!」
「おばちゃん!」

 次の瞬間、俺のところへおばちゃんが駆け寄ってきた。

「良かったよグリム。ハクも無事で何よりじゃ」
「ありがとう。おばちゃんまで巻き込んじゃってゴメンね」
「何をまた水臭い事言っておる。それより、今さっき他の人から聞いた事じゃが、この騎士団の中に半グレ冒険者共が混じっているそうじゃ」
「え、どういう事……⁉」
「私にもよく分からんがのぉ、以前村にちょっかいを出してきた野良の冒険者がおったらしい。しかも風の噂では、数ヶ月前から騎士団がフリーの冒険者を誰これ構わず集めていたらしいのじゃ。半グレ冒険者も金で騎士団で雇うとな」

 何だそれ……。本当に何が起こっているんだ。

「そうなんだ。分かったおばちゃんありがとう!
俺ちょっと“王都まで”様子を見に行ってくる。さっき騎士団の奴らにも手を出しちゃったし、ハクを連れている俺を奴らも全力で追って来る思うからさ、暫くここから離れるよ」
「グリム……」
「大丈夫。心配しないでよ。俺が強いの知ってるでしょ?」
「まさかアンタが王国に行く気になるとはね。まぁ事態が事態じゃからのぉ。力になってやりたいが私にはもう何も出来ぬ」
「ハハハ。おばちゃんこそ何言ってるんだよ。もう十分過ぎるぐらいしてもらってるよ。村の皆にもね」
「そうかい、なら止めはしない。でも十分気を付けて行っておいで。絶対にと帰って来るんだよ」
「うん、勿論!」

 俺はおばちゃんにそう告げ、ハクと一緒に王都を目指すべく森を村を出た。辺境の森やこの村から更に王都に近付くのは実に8年ぶり。

 よくも俺の大事な家と村の皆をこんな目に遭わせやがって。

 ハクも絶対に渡さないぞ。

 目的は知らないが、こんな命令を出した国王を俺はもう許さない――。


♢♦♢

~リューティス王国・とある道中~

『――ギギャァァ』
「またか。邪魔だよ」

 ――シュバン!
 突如飛び掛かってきた“何か”を、再び俺は斬り倒した。

「今ので何体目だ?」

 道中でモンスターと遭遇するのは珍しくないと思うが、それにしても出てき過ぎだし何より、今まで出てきたモンスターはこれまでに1度も見た事がない。あんなモンスターいたかな?

 蛇でもないしワームの様なモンスターでもない気がする。ただ見た目がグロテスクな触手。そう言うのが最も近い表現だろうか……。しかもこの触手1体1体デカいし数も多ければ突然地面から襲い掛かってくる。

 微妙に個体ごとに大きさや長さが違うが、根本は同じだろうな。俺が辺境の森で過ごしていた8年の間に、モンスター達の生存環境が大幅に変わったとでも言うのか?

 普通ならスライムとかゴブリンみたいな下級モンスターしか出てこない領域で、この訳の分からんモンスター達は絶対に異様だ。コレも今起きている事態と何か関係があるのか……。

「こんなペースで遭っていたら剣が持たないな。折角さっき丁度いい騎士団員の剣貰ってきたのにさ」
「バウ」
「やっぱハクもそう思うよな。やたらと地面から湧いて出てくるけど、下に何かいるのかな? 全部まとめて狩ってもいいけど、今はコレ相手にするより王都に向かおう」
「バウワウ!」
「ん、どうした?」

 触手のモンスターとなるべく遭遇しない様思い切り地面を蹴って跳躍していると、突然ハクが首をある方向に向け大きく吠え出した。俺がハクの向いている方向へ視線を移すと、そこは多くの岩が転がった遺跡のある場所だった。

「バウッ!」

 何やらハクが訴えかけているのはやはりあの遺跡のほうみたいだ。

「急に何だ。あっちに何かあるのか?」
「バウッ!」

 俺の言葉にハクは力強く吠えた。仕方ない。何か分からないが一旦遺跡に向かってッ……「――きゃあぁぁ……!」

 そう思った刹那、遺跡の方向から誰かの叫び声が響いてきた。

「誰だ。お前は今の声の奴の事を言ってるのか?」
「バウワウ!」

 耳を澄ますと、叫び声を上げた人物の他に、さっきの触手のモンスターの動く音も聞こえた。どうやらハクは触手に襲われている人間を教えてくれたらしい。

 俺は急いで遺跡の方向へ切り返し、無数に転がる大きな岩を潜り抜けて行くと、そこにはやはり触手のモンスターと人の姿があった――。

 腰を抜かしたように地面をへたり込んでいるのを見ると、触手のモンスターに襲われているのは一目瞭然だ。

「ちょっと待て」

 俺は襲われている人も気になったが、その人物が羽織っているローブに施された紋章に目が留まった。

 アレは王国の“騎士団の紋章”――。

 森や村を襲った騎士団員や倒したラシェル団長の甲冑にもこの紋章が施されていた。それにあの紋章は色によって実力や地位が分かれており、襲われている人物の赤色の紋章は“スキル覚醒者”。

「ダメだハク。アイツは王国の騎士団でしかも覚醒者。助けても意味ないどころか寧ろ敵だ」

 俺達は騎士団に狙われている立場。騎士団は絶対に団体で動いているから、恐らくこの周辺に他の団員達がいるだろう。

「ワウワウッ!」
「どうした、ハクなら分かるだろ?アレは助けてもダメだ」
「バウッ!」

 そう言ったが、何故かハクは俺に「助けろ」と言わんばかりに吠えて訴えかけてきた。

「もう、あの子が何だって言うんだよ。知らないぞどうなっても――」
 
 ハクの必死の訴えに根負けした。

 俺は仕方なく襲われている人物を助けようと再び視線を移すと、ローブの者は既に背後が岩に塞がれ、目の前では触手のモンスターがその鋭い牙を携えた大きな口を開き襲い掛かろうとしていた。

 そして、触手がローブの者に襲いかかった次の瞬間。

 ――ズバン!
「……ッ⁉」

 俺は触手のモンスターを一刀両断、真っ二つに割れた体はズドンと地に落ちた。

 ローブを纏った騎士団員は何が起こったのか分からない様子でキョロキョロ辺りを見渡し、俺を見つた団員はゆっくりと立ち上がりながらこちらに近付き口を開いた。

「あ、あのッ! ありがとうございました……!」

 団員は困惑しながらも、俺に勢いよく頭を下げた。

「ああ、いいよ別に。大丈夫?」

 そう言うと、彼女は頭を上げ真っ直ぐ俺を見てきた。

 綺麗な金色の髪が靡き、薄っすらと涙ぐんでいる大きな青い瞳。透き通るような白い肌と端正な顔立ちした団員の彼女は、不安さをまだ抱きつつも俺にニコリと微笑んだ。

 こんなところで何故1人なのか。
 覚醒者である団員があの程度の触手に何故襲われていたのか。
 君達騎士団は何が目的で動いているのか。

 様々な事が一瞬で頭を駆け巡ったが、俺は何よりも……団員で覚醒者でもある筈の彼女が手にしていた不釣り合いな“杖”が気になった――。
「なぁ、君って王国の騎士団……だよね?」

 俺が間違っていなければ彼女は確かに騎士団員。

 だが彼女の持つ杖はどう見ても1番ランクの低い“木の杖”。スキル覚醒者で騎士団員となれば相応の実力がある筈だけど、彼女の木の杖ではそれは絶対に無理。それに正式な騎士団員ならば武器ももっと良い物が支給されている。

 彼女もおばちゃんが言っていた、今回の騒動の為の金で雇われた人員なのだろうか。いや、それは有り得ない。仮に半グレや金で雇った奴らだとしたら、わざわざ赤色の紋章を施す訳がないからな。

「は、はい、そうです! とは言っても、まだ正式に騎士団にも魔法団にも属していない訓練生ですが……」

 成程、訓練生ね。甲冑ではなくてローブを着ているという事は一応魔法団志望という事か。それで杖をね。

「そうなのか。でもスキルは覚醒しているんだよな? ローブに赤色の紋章付いてるし」
「ええ、一応は……」

 スキル覚醒者ならばさっきの触手ぐらい訳ない筈だよな。しかもやっぱりただの木の杖。そもそもスキル覚醒していて“この歳”まで何で訓練生なんだろう。多分俺と変わらないぐらいだよな?

「スキル覚醒しているのにまだ訓練生なんだ。しかもそれただの木の杖だよね? そんなので魔法使えるのか」

 そう。木の杖は別名“最弱の武器”でもある。杖に関係なく剣でも槍でも素材が木の物は最弱ランクの武器の証拠だ。

「ああ、コレですか? ハハハ。実は私、スキル覚醒はしているんですが、何故かこの“木の杖しか”使えないんですよね――」

 まさかの返答に俺は固まってしまった。

 だってそんな話聞いた事無い。
 
「やっぱり可笑しいと思いますよね……。自分でもそう思っているんです。女神様から魔法使いのスキルを与えられ、その時にこの木の杖も貰って奇跡的にスキル覚醒までしたのですが、何度試してもコレ以外全く他の武器が使えなくて」
「そんな事があるのか」

 彼女の話は真実なのだろう。
 だが、正直話を聞いてもピンとこなかった。10歳までは俺も王国にいたけどこんな事初耳だ。しかし、細かい事情は違うにせよ、彼女のその特殊なケースの悩みを聞いた俺は何処か自分と彼女が一瞬重なった気がした――。

「あ。こ、こんな話関係ないですよねッ! それより助けて頂いたお礼をしなくては! あの、直ぐに魔法団の団長さんを呼んできますのでお待ち頂いッ……「――それはいい。礼なんかいらないよ。急いでるから俺はもう行く」

 彼女が本当に俺に感謝してくれているという事は十分に分かる。でも冷静に考えて助かったのは俺だ。幸い、彼女は俺とハクが騎士団から追われているのを知らなそうだ。

 ならば一刻も早くここを離れるしかない。魔法団なんて呼ばれたらたちまち終わりだ。

「え、あの⁉ ほ、本当に行ってしまうんですか? 」
「色々面倒な事情があってね。じゃあ――」

 俺はそう言ってハクを抱えながらその場を後にした。

♢♦♢

「お前はあの子を助けたかったのか? ハク」
「バウ」
「そっか。お前はやっぱ優しい奴だ。国王は何が目的なんだよホント」

 辺境の森に飛ばされてからというもの、俺は王国内や王都での出来事を何も知らない。勿論知ろうと思えば知る事も出来たが、最早興味がなかった。

 唯一耳に入った事と言えば、辺境の森を訪れた冒険者達が何気なく話していた“騎士団大団長”の話。

 “グリード・レオハート”と息子の“ヴィル・レオハート”。

 その名を聞いたのは何年振りだったろうか。

 自身ではもう何とも思っていなかったのが、その名前に思わず体が反応してしまっていた。グリード・レオハートは紛れもない俺の父親の名であり、ヴィルは俺の弟の名。

 当時の冒険者達の話しでは、俺の歳下であった弟のヴィルが、王国の騎士団創設以来の最年少記録で大団長になったとか――。

 話が事実でも別に驚かない。奴はスキル覚醒も早かったし昔から才能があった。俺とは違ってな。だが今はまた違う。

 どこまでが事実であれ、最年少で騎士団大団長となっていようが、俺の家である森を焼き払いハクを狙うお前達は断じて許さない。コレが本当に国王の命なれば、俺は相手が国王だろうが騎士団の大団長だろうが相手にしてやるよ。

「ん?」

 そんな事を考えながら再び王都への道に戻ろうとしていた所、さっきの女の子の仲間と思われる魔法団のローブを纏った者達数人を見掛けた。

 そして、別に聞くつもりもなかったが、その魔法団達の会話が徐に聞こえてしまった。

「全く! どこ行ったのよアイツは⁉」
「ホント、使えない上にあそこまでグズだとイライラするわ!」
「さっき出会った触手に食われたんじゃない?」
「キャハハ! それはそれで別にいいけど、まだ餌になるのは早いのよね。これから行く“触手の住処”で餌になって貰わなくちゃ――!」

 やはり聞かなければ良かったか……?
 アイツらの探している奴って、もしかしてさっきの女の子じゃないだろうな。あー、何か嫌な予感がする。コイツらの事情なんて俺には全く関係ないのに。

 何でだろう。

 何故いまの会話を聞いただけで俺はさっきの女の子の顔がッ……「すいません皆様ッ!」

 俺がそう思っていると、魔法団の元へ1人の者が慌てた様子で走って来た。

「あーあ」

 そう。悪い予感は見事に的中――。
 
 遠くから魔法団の元へ走って来た者は、さっき助けたばかりの木の杖の女の子だった。
 この話は、グリムが助けた魔法使いの女の子がグリムに助けられる少し前まで遡る――。

♢♦♢

~ドラシエル王国・騎士団訓練場~

 この日、1人の少女は今日も訓練場で魔法の特訓をしていた。

 彼女の名前は“エミリア・シールベス”。
 彼女は5歳の時に『魔法使い』のスキルを女神に与えられ、そこから努力する事4年程経ったある日。もう諦めていた彼女にスキル覚醒が起こった。

 晴れてスキル覚醒者となった彼女は王国の魔法団に声を掛けられ、立派な団員となるべく訓練所に入ったのだった。正式な騎士団や魔法団に所属するには、実力があろうがスキル覚醒者だろうが関係なく誰もが先ずは訓練生として訓練所に入るのが決まりである。それはまた彼女も然り。

 兼ねてから団員になる事を目指していたエミリアは、何の迷いも無く訓練所へ入る事を決めたのだった。

「あら、あの子まだ訓練してるじゃない」
「本当だ。って言うかあの子でしょ? スキル覚醒者なのに未だに訓練生のままだっていう子……」
「え! それってあの人なんだ」
「スキルなんて覚醒すれば直ぐに団長クラスでしょ? あんなに訓練してまともに魔法使えないなんて、本当に覚醒してるのかしら」

 エミリアが訓練場で魔法の特訓をしていると、その姿を見掛けた他の訓練生が小声で話していた。

「“ファイア”!」

 エミリアが呪文を唱えながら手にしている木の杖を振ると、そこから1つの小さな火の玉が飛ばされ、弱々しく放たれたその火の玉は数メートル進むとそのまま消えてしまった。

「やっぱりダメだ……。幾ら訓練しても、1番使える木の杖でコレが限界。どうしてなの? 他の武器なんて全く使い物にならないし……」

 9歳で訓練所に入ったエミリアは、あれから毎日毎日魔法の特訓をしていた。目標は勿論自身が目指している魔法団に正式に入団する為。彼女はどうしても魔法団に入りたいある“理由”があった――。

 だが、エミリアが訓練生として入った日から早くも8年余りが経っていた。

 本来であれば、スキル覚醒者の訓練生としての平均期間は長くて5年。これは仮に5歳で覚醒したとしても、そこから魔法学を学んだり実践訓練など経験して10歳から直ぐに王国を守る騎士団や魔法団として動ける様にする為の言わば準備期間でもある。

 スキルが覚醒した時点で、そもそも団長クラスの剣術や魔法を扱える為訓練は必要最低限であり、実際に今まで“例外”はいなかった。10歳手前でギリギリで覚醒が起こったとしても、騎士団、魔法団共に創設以来15歳以上の訓練生など存在しなかったのだ。

 彼女、エミリア・シールべスを除いては。

 だから彼女はこの訓練所……いや、既に全騎士団、魔法団内で有名になっていた。勿論良くない意味でである。それはエミリア本人もしっかりと分かっていた。自分が笑われている事も冷ややかな目で見られている事も全部。

 だがしかし、彼女はそんな思いをしてまでも、どうしても魔法団に入りたかった。

「“アクアボール”!」

 ――パシャン。
 先程とは別の魔法を放った様子の彼女であったが、火の玉が水に変わっただけで結果は同じだった。エミリアは溜息を吐きながら大きく肩を落としている。

「ハァ、どの魔法もやっぱり基本の3級魔法にも満たない」

 スキルの覚醒有無に関係なく、3級魔法は誰もが使える超基本魔法である。エミリアは間違いなく覚醒者であるにも関わらず、長い特訓を経ても未だにこの3級魔法すらまともに扱えなかったのだ。

 この世界の魔法クラスは全部で6段階。
 下から3級魔法、2級魔法。1級魔法。そして超3級魔法、王2級魔法、神1級魔法と、当然上のランクになればなる程強力な魔法になる。

 エミリアは落ち込みながらも足元に置いてある魔法書を開いた。

「魔法書通りにちゃんと魔力を練ってコントロール出来ているのに、どうして直ぐに消えちゃうんだろう」

 エミリアは何度も何度も魔法書を見ては特訓していたのだろう。開く魔法書は見るからにくたびれており、表紙や中のページも大分汚れている。

「あ! またいやがったぞ。 “魔法打てないモンスター”!」
「うわ本当だ! “パチモン魔法使い”だ!」
「本当にスキル覚醒してるとは思えねぇ“金色訓練生”だよな」
「何歳まで訓練生でいる気だあの“オバさん”!」
「「ハハハハハハッ!」」

 魔法書を読んでいるエミリアに突如聞こえてきたのは、これでもかと自分を馬鹿にする10歳前後の少年達の声であった。

「ゔッ。1番の強敵が来ましたね……」

 どれだけ周りに笑われようと虐げられようと気にしていなかったエミリアであったが、子供の純真無垢さ故か、時折現れる少年達の包み隠さないどストレートな言葉だけがエミリアの唯一にして最大の相手であった。

 防ぎようのない少年達の“言葉”の魔法攻撃。

「どれだけ練習しても意味ねーんだよ!」
「へへへ、俺なんかもう訓練生終わったもんね!」
「あんなオバさんに構うと俺達まで魔法が下手になりそうだぜ!」
「ハッハッハッ! ホントだよね!」
「でもな、見てろよお前ら! ポンコツ魔法使いのアイツでも“1個だけ”魔法使えるんだよ!」

 1人の少年はそう言うと、地面に転がっていた石を徐に拾いエミリアに投げつけた。

 すると。

「“ディフェンション”」

 エミリアは瞬時に魔法を繰り出し、淡く光る防御壁で自身を覆う。
 少年が投げた石は彼女の防御壁によって弾かれてしまった。

「うわ出たよ!」
「な! アイツあの魔法だけは使えるんだぜ?」
「何で防御壁だけ出せるんだよ! 他の攻撃魔法全部ダメなのに」
「やっぱ可笑しいよなあのオバさん!」
「やーい、ヘボ杖のニセ魔法使い!」
「「ギャハハハハハ!」」

 少年達の嘲笑が響き渡る中、エミリアは再び魔法の特訓を始めるのだった。

「もうあんなの相手にしてもつまらないからさ、遊び行こうぜ!」
「そうだよな! 行こう行こう!」
「そう言えば今日魔法団の実践演習やってるらしいぞ」
「マジか! じゃあそれ見に行こう!」

 少年達はそう言いながら元気よくその場を去って行った。

「ハァ。私は子供にも馬鹿にされるヘボ杖のニセ魔法使いだわ本当に」

 去った少年達がいた場をボーっと見つめながら、エミリアは静かに呟いていた。

 彼女は自身の持つ木の杖でしか魔法を出せない。他の杖では一切ダメなのだ。そして唯一使えるその木の杖ですら3級魔法もまともに放てない。強いて使えるのがさっきの“ディフェンション”という防御魔法のみであった。

 このディフェンションは勿論3級魔法。
 だが実力者達は通常、自分の魔法に火属性や風属性などの得意な性質を加えてより強力な魔法にするのが一般的であるが、エミリアはそれも出来なかった。

 どの属性も直ぐに消えてしまう。
 何年もの特訓の中で、唯一使えたのがこのディフェンションのみであった。これでは到底魔法団に入団するどころか訓練生すら卒業出来ないという事をエミリアは誰よりも実感していた――。
♢♦♢

「“ウィンド”!」

 翌日。
 エミリアは今日も特訓を行っていた。相変わらず全く成長していない。3級魔法も使えないままだ。

「彼女が例の子か――」
「はい」
「どうしたのものか。王国が“終焉の主(ノーバディ)”の脅威に蝕まれている最中で、貴重な覚醒者からまさかあんな者が出てくるとは」

 訓練所の隣に位置する建物の上。
 そこで数人の団員達が特訓をしているエミリアに軽蔑の視線を落としながら話していた。
 
「あんな奴は初めてじゃないか?」
「ああ。今までに前例がないそうだ。スキルの覚醒者で未だに訓練生どころか3級魔法も扱えない奴など見た事がないとな」
「あの子だろ? 確か“呪われた世代”とか言われた子って」
「そうだ。あの年は歴代最強と謳われる剣聖、グリード大団長の長男がスキルを与えられる年だったから全員が注目していた」

 団員達の話はエミリアから一転、何時かのグリムの話になっていた。

「だが結果は残念だったよな。剣のスキルを与えられた時は流石だと思ったけどよ、まさか大団長の息子が覚醒しないなんて驚いたよな。
それだけで辺境の森に追放までしちまうんだから、本当に恐ろしい人だよ大団長も国王も」
「口を慎め。お前が如きが軽口を述べていい事情ではない。それにもう1人のご子息であるヴィル様は既にその才能を王国中に轟かせた。
騎士団史上の最年少記録で“大団長”になっただろう」
「まぁな。それは確かに驚かされたよ。だってまだ16歳だろ? グリード大団長だって19歳で就いて当時の最年少記録打ち立てた人なのによ。改めて恐ろしいよ、レオハート家の才能は――」
「後数日で正式な大団長就任式だ。そこで晴れて新たな大団長が誕生する。俺達も今一度気を引き締めないとな」

 団員達はそう言いながらエミリアを横目に去って行った。

「そう言えば、呪われた世代って大団長の息子とあの子と“もう1人”いたよな? 槍かなんかが与えられた……」
「その話はもういい。それより今は王国に迫る“終焉”の対処だ。早く次の任務の準備をするぞ――」

 去って行く団員達の会話など気が付く筈もなく、ひたすら特訓していたエミリアは落ち込んだ様にその場にへたり込んでいた。

「もう本当にダメだ……。これじゃあ魔法団にも入れないし“お父さん”を捜す事も出来ない」

 泣きそうな声でそう言葉を漏らしてたエミリア。

 彼女が魔法団にどうしても入りたい理由。
 それは、この広い世界のあちこちを飛び回っている自分の父親に会う為だった――。

 王国から世界に出る為には最低限の実力が必要だ。だからこそエミリアは自身の力を証明出来る1つの形として、魔法団への入団を目指していた。

 もし魔法団に入る程の実力があれば外の世界で危険なモンスターと遭遇しても戦える。それに魔法団は任務で王国の外へ出る事が多い。しかも実力を証明して団長になれば、もっと遠くの王国や見知らぬ土地でさえも自由に行動する許可が貰える。

 勿論自由な行動が許可される分、責任は全て自分が背負う事にもなるが、団長ともなる実力が伴っていればそうそう命を落とす事も無いだろう。エミリアは世界の何処かにいる父に会うべく毎日毎日懸命に魔法の特訓をしていた。

 だが、とうとうその夢は叶わなかった。

「ハァ、もう諦めよう」

 絞り出す様に呟いた彼女は木の杖を握り締め、俯いたまま訓練場を去った。

 しかし次の瞬間。

「いたいた。貴方ね。ようやく見つけましたわ――」
「ッ⁉」

 突如、エミリアの前に1人の女が現れた。
 その女の人は魔法団の紋章が施されたローブを羽織っていた。そして彼女の紋章は覚醒者の証でもある赤色であり、手には見るからにランクの高そうな細かい装飾があしらわれた杖を持っている。

「あ、貴方は……?」
「初めまして。私の名前は“リリアン・ゾー”。第九魔法団の団長をしています」
「え⁉  魔法団の団長さん?」

 エミリアは予想外の言葉に驚いた。
 急な事に理解が追い付かない様子であったが、リリアンと名乗った女性のローブや紋章を見てエミリアは徐々に頭の中で整理が出来ていた。

 ただ、長年訓練生としてここにいたエミリアだが、リリアンという目の前の女性の名前も顔も全く見覚えがなく戸惑った表情を浮かべていると、それに気が付いたリリアンがエミリアの疑問を氷解した。

「フフフ。貴方が私の事を知らなくても無理はありませんよ。魔法団の団長と言っても、私は王都の反対側である“オレオール”の所属ですからね」

 リリアンの説明によってエミリアの謎が解けた。

 彼女の言ったオレオールはエミリアのいるリューティス王国の王都とは反対側に位置する“大都市オレオール”の事である。リューティス王国は王都とこのオレオールの2大都市が有名であり、国王や城のある王都には勿論オレオールにも騎士団と魔法団が存在するのだ。

 そんなオレオールの魔法団、しかも団長であるリリアンが何故自分のところに来たのか不思議に思っているエミリアは彼女に尋ねた。

「そういう事だったのですね。でも、何故魔法団の団長さんが……。私に何かご用ですか?
もしかして、私正式に訓練生をクビとなってここから出て行かなければいけないのでしょうか」

 最早エミリアにはそれしか思い当たる節が無かった。そうでなければ一体何の様で団長がわざわざ自分に話し掛けるのだろうと。

 だがリリアンから返ってきた言葉は想定外のものであった。

「貴方をクビに? フフフフ、まさか。むしろ逆よ。今リューティス王国は、騎士魔法団共に“終焉の主(ノーバディ)”の存在のせいで戦力不足。どこの団も早急に人手が欲しいのよ。だから私は貴方をスカウトに来たって訳」
「え! わ、私をですか⁉」
「ええ。貴方の事は知っているわ。覚醒者にも関わらず3級魔法も扱えない不憫な子がいると噂になっていたからねぇ」
「まさかオレオールにまでそんな事が……」

 言い訳出来ない事実であったが、まさか王国の反対側にまで自分の事が知られているとは思わなかったエミリアはガックリと肩を落としていた。

「フフフ。落ち込む事はないわ。これはある意味貴方の分岐点。
どうかしら? うちも人手に困っていてね、もし貴方にその気があるのなら私からの任務を引き受けてくれない?

噂通り行く当てもなさそうだし、損な話ではないと思うけど。それにこの任務で成果を上げれば、周りの酷評も一気に覆せるでしょう――」

 願ってもいないリリアンからの提案に興奮したエミリアは、即座に「お願いします!」と返事を返そうと思ったまさにその刹那……ふと自身が握っていた木の杖の感触を感じた彼女は、一瞬にして現実へと引き戻されてしまった。

「とても嬉しいお話ですが……防御壁しか出せない、3級魔法もまともに扱えない私では、団長さんの期待に応えるなどやはり到底無理です」
「やる前から諦めているのならそれは無理ですね。いいじゃないですか、防御壁だけでも出せるなら。防御壁だって貴方の使い方でどうにかなると思いますよ。

それに貴方に任せる任務は簡単ですよ。王都から少し離れた場所に現れたモンスターの討伐に加わってもらうだけです。

それも当然1人ではなく、既に優秀な魔法団員が戦っているので、その者達の後方支援や援護に回るだけで良いのです。それでもやる気にはならないかしら?」

 完全に諦めていた筈のエミリアはであったが、リリアンの言葉で少しづつ上を向き始めていた。

「私なんかでも、誰かの役に立てるのでしょうか?」
「当たり前さ。その為に貴方と話している。それに今回の討伐には、王国内でも1、2を争う魔法の使い手である“エンビア・ガルシリ”も加わっている。
彼女と共に討伐に参加すれば何か魔法のコツでも掴めるかもしれないよ」
「本当ですか? 分かりました。やっぱり私やってみます! ううん、是非私にやらせて下さい。お願いします!」
「いいわねぇ。これで契約成立よ。それじゃあ早速行くとしましょうか、エミリア――」

 こうして、エミリアはリリアンより任されたモンスターの討伐任務に加わる事となった。

 だがこの時、当然エミリアは知る由もなかったのだ。

 突如現れたリリアンという者の真の目的を。
 そして、この出来事が後にエミリア自身にどれだけの危険を被るのかを。

 そんな事一切知る由もない彼女は、諦めた自分の夢を再び懸命に追おうと、リリアンに付いて行ってしまったのだった――。
そして、彼女の物語はグリムに助けられた今に戻る――。

♢♦♢

~遺跡~

「行っちゃった……。あ、名前だけでも聞いておくんだった。何やってるのよ私」

 俺が彼女を助けた数分後、偶然にも彼女の仲間達であろう魔法団の会話を聞いてしまった俺は、団員の者達が話している人物が彼女では無い事を祈っていたが……。

「すいません皆様ッ!」

 魔法団の元へ慌てた様子で走って来た1人の女の子。

「あーあ」

 そう。悪い予感は見事に的中――。 
 遠くから魔法団の元へ走って来た者は、さっき助けたばかりの木の杖の女の子だった。

 ここは王都に向かう途中にある遺跡。
大きな岩があちこちに転がっており、王都の魔法団員達は一際大きい岩の前に集まっている。モンスターの討伐にしては結構な人数だ。それによく見るとその大岩には穴が空いており、中は洞窟の様に奥深くまで続いている様に伺えた。

 そして、走って来たさっきの彼女は魔法団へと合流するなり、誰かに激しく怒られた。

「どこにいたのよアンタッ! 自分が今任務中だって事分かってるの⁉」
「も、申し訳ありませんエンビア様……! 洞窟に入る前にお手洗いを済ませていたら少し迷ってしまいまして……」
「本っっ当にクズで足手まといね! アンタの為にどれだけの人が待ってると思ってるのよ!」
「す、すみませんでした!」

 彼女に怒号を浴びせたのはエンビア様と呼ばれた女の人。魔法団の紋章が施されているローブを着ているが、他の者達が全員黒色に対してエンビア1人だけ色が違う。あれは恐らく団をまとめている団長の証だろう。紋章も当然の如く赤色だ。

 助けた彼女はエンビアの前で頭を下げながら、小刻みに体が震えていた。

「何でこんな使えない奴が来た訳?」
「それはエンビア様もご存知でしょうが、今はどこも人手不足の状況なので……」
「チッ。いい? 私達はノーバディとか言う気持ち悪い触手を何時までも相手にしている時間はないのッ!
こうしている間にも、騎士団の奴らは国王直々に命じられた白銀のモンスターを討伐する為に辺境の森に行ってるのよ。
このままだと騎士団奴らに全部手柄を持っていかちゃうじゃない!
こんな雑魚はさっさと討伐して、私達だって早く白銀のモンスターの討伐に参加しないといけないんだからねッ!」
「ほ、本当にすみません……」
「謝って済む話じゃないのよ!」

 激怒するエンビアは声を荒げ、彼女の顔を思い切り引っ叩いた。
 その反動でバランスを崩した彼女は地面に膝を付き、倒れる彼女にエンビアは更に蹴りまで入れ始めた。

 ――ドカッ! ドカッ! ドカッ!
「ホント、幾ら人手不足とだからって、こんな3級魔法も使えないゴミが何で私の団に来たのよ! こんなのが来るなんて微塵も思わなかったわ。流石呪われた世代の1人ね!
アンタもあのグリムとか言う無能な奴と一緒に、辺境の森に飛ばされれば良かったのよ! 見てるだけでムカつくわコイツッ!」

 吐き捨てるように言いながら、エンビアは何度も何度も彼女に蹴りを入れていた。彼女は耐えようと必死に身を屈めており、それを見ていた周りの団員達も誰1人彼女を助けようとはしない。それどころか、蹴られる彼女を嘲笑う声が聞こえていた――。

「ハァ……ハァ……もういいわ。疲れる。
今から洞窟であの触手を倒しに行くけど、また癇に障る行動したら直ぐに捨てていくわ。アンタみたいなゴミに構う暇はないからね。
まぁゴミはゴミらしく、触手の餌になって私達の囮にでもなってくれたら儲けものだけど! キャハハハ!」

 ――ズガッ!
「ゔッ……⁉」

 エンビアは笑いながら最後に彼女の頭を踏みつけた。そしてそのまま高笑いしながら団員達を率いて洞窟の中へと歩いて行った。

 散々蹴られた彼女は痛みを堪えながらゆっくりと体を起こし、痛む場所を手で押さえながら懸命に立ち上がって皆の後を追う様に歩いて行った。














「――クソみてぇな連中だな」
「バウワウッ!」

 事の一部始終を岩陰から見ていた俺ははらわたが煮えくり返る程の憤りを覚えた。抱えていたハクも俺同様に怒りを露にしている。ハクも今のを見て怒っている。

「流石王都の騎士魔法団……どっちもクソだらけみたいだ」
「バウバウッ!」
「それに、他にもなんか気になる事言っていたな」

 やっぱりハクの討伐を命じたのは国王。
 それにやたらと襲い掛かってきたあの触手のモンスターは“ノーバディ”とか呼ばれているらしいな。さっきの女の言い方だと、そのノーバディとやらの討伐の為に騎士魔法団の両方が狩り出されているみたいだし。

 しかもここの洞窟の周りには触手のモンスターの残骸みたいな物が散らばっている。数も多いところを見るとこの洞窟の中にノーバディ本体がいるって事か?

 そしてそのノーバディを討伐するべく彼女達の魔法団がここに来たと考えるのが自然か。だとすれば彼女がヤバいぞ。あのエンビアとかい奴は相当イカれてた。あの女なら本当にノーバディの餌にしかねない。

「う~ん……どうしよう。どう転んでも絶対目立っちゃうよなぁ。王都に行くまでなるべく面倒も避けたいけど」
「バウ!」
「そうだよな。やっぱこのまま放っておけないかハクも」
「バウワウ!」
「よし。じゃあ俺達も行くか――」

 やはり彼女の事が心配になった俺とハクは、魔法団の後に続きバレない様に洞窟の中へと入った。

♢♦♢

~遺跡・洞窟内~

「うわ、真っ暗」

 ――シュボッ!
 洞窟内が暗すぎて何も見えなかった為、俺は転がっていた木を拾い火を点け洞窟の奥へ向かった。

「確かに、この洞窟内にノーバディが蔓延っているな。そこら辺でウニョウニョ動いている」
「ワウ」
「魔法団の奴らはあっちか……。相当深いし入り組んでるから、気を付けないとコレ俺達出られなくなるなハク」
「バウ」

 しっかりと道を覚えつつ、バレないように奴らの元へ向かう――。
♢♦♢

~洞窟内・魔法団~

 洞窟内はとても暗く深い。
 ノーバディが通った後なのか、洞窟内は人間が数十人並んで歩いても余裕がある幅であり、高さも優に10m近くある。それに道は1本ではなく幾つも枝分かれした様に続いていた。

 グリムが助けた彼女達魔法団は順調に足を進めていた――。

「思った以上に深いわね。やっぱりここにノーバディの本体がいそうだわ」
「エンビア様、これ全部あの触手の通り道ですかね?
個体でもかなりの大きさでしたから、その“本体”となると一体どれ程の大きさ何でしょう……」
「デカさなんて関係ないわよ。私がいるんだから安心しなさい」
「こんなモンスターが至る所で現れるなんて、終焉の影響は何処まで広がっているのかしら」
「我らで一刻も早くノーバディの本体を叩き、本命である白銀のモンスターの討伐に加わりましょうエンビア様」
「勿論よ。私達はこんな所に時間を割いてる暇はない。フフフ、だから速攻で終わらせる為に、早くも“餌”を使いましょうか」

 不敵に笑みを浮かべながら、エンビアは団の後方へと振り返った。

「ちょっと、何時まで最後尾をたらたら歩いているの! さっさと前に来なさい!
「わ、私でしょうか?」

 エンビアが指示を出す視線の先には、エミリアの姿があった。

「アンタ以外に誰がいるのよ! 魔法もまともに使えない役立たずなんだから、せめて先頭で灯りを点けて進みやすくしなさいよ! 幾らなんでもそれぐらい出来るでしょ?」
「は、はい! それなら大丈夫です……!」

 たかが灯りを点けるだけ。
 それでもエンビアは、遂に自分でも出来る役割を与えられた事にやる気を出していた。

「全く、何でこんなゴミが私のところに」
「恐らくリリアン団長の仕業でしょう。彼女は最近裏で単独行動しているという情報があります。何やら今起きている“終焉”の事態を利用して、使えない人材を色んな団に飛ばしているそうですよ」
「何してるんだあの女は」
「狙いは手柄でしょう。リリアン団長は他の団長達の中でもエンビア様に固執している様に見受けられますからね」
「きっとエンビア様に先を越されるのが気に食わないのよ」

 エンビアもリリアンもオレオールの魔法団に所属している。
 リリアンは第九魔法団の団長であり、エンビアは第十魔法団の団長。

 どうやらリリアンは自身が1番手柄を得る為に、他の魔法団の邪魔をしている様である。加えて、リリアンは個人的にエンビアを最も敵視していた。勿論本来であれば互いに魔法団の仲間なのだが、リリアンがエンビアを敵視するのには理由がある――。

「エンビア様の魔法レベルは王国内でも随一。リューティス王国の神器でもある『聖杖シュトラール』を受け継がれるのは間違いなくエンビア様です。寧ろ現時点でも相応しいのはエンビア様ですよ」
「フフフ。別に王国の神器なんて無くても、私がリューティス王国で間違いなくNo.1の魔法使いよ。後はそれを王国中の人間に分からせてやるだけ。その為にも早く討伐するわよ!」
「「おおォォォォ!」」

 そう。
 エンビアとリリアンは共に実力ある魔法使い。エンビアは口ではそう言いつつ、リューティス王国の神器が1つ『聖杖シュトラール』の次なる後継を虎視眈々と狙っているのだ。だからこそ彼女は最も邪魔な存在であるリリアンを敵視している。

 エンビアの喝で魔法団員達の士気が高まり、そのままエンビア達はどんどん奥に進んで行った。先頭は変わらずにエミリアが歩いていたが、灯りを照らしていても如何せん足場が悪くエミリアは石で躓いてしまった。

「また? アンタ本当に何なのよ。さっさと立って進みなさい!」
「すみません」

 転んでしまったエミリアは直ぐに立ち上がり、再び歩みを始めた。だが次の瞬間、突如激しい轟音と共に洞窟が大きく揺れ出した。

「「――⁉」」

 その場にいた全員が一瞬にして困惑に包まれたが、その困惑を一蹴するかの如き更なる悲劇が魔法団を襲った。

「エ、エンビア様……ッ!」

 魔法団を襲った更なる悲劇の正体……それは他でもないノーバディ。揺れる地面から巨大な触手が勢いよく飛び出してきた。

 先頭にいたエミリアは触手との距離が最も近い。突然の事態と恐怖で腰を抜かしたエミリアは動けなくなったが、ノーバディはそんな事情一切お構いなしに容赦なくエミリアに襲い掛かったのだった。

『ギギァァァ!』
「“アクアハンマー”!」
「“ファイアショット”!」
「“ウィンドスラッシュ!”」

 大きく開かれた口がエミリアに届く寸前、彼女の後ろから幾つもの攻撃魔法が放たれ見事ノーバディに直撃した。

『ヴァ……ギィィッ……!』

 攻撃を食らったノーバディはダメージを負ったのか、不快な呻き声を上げながら洞窟の壁の中へと潜って逃げていった。

「上にいた触手より明らかに大きくて強いわね。同時攻撃で倒しきれないなんて初めてだわ」
「そうですね。何時もなら簡単に弾け飛んでいたのに僅かな傷しか与えられなかった所を見ると、体も硬く防御力が上がっています」
「あれが潜んでいるとなると厄介だ。絶対地上に出る前に倒さなくては」
「全団員行くわよ! 必ず私達の手でノーバディ本体を仕留める! ……何時までも座っていないでさっさと進めゴミがッ!」

 エンビアは恐怖で腰を抜かしているエミリアに強い口調でそう言った。エミリアは恐怖で震える体を必死に抑え込みまたゆっくりと歩き始めたのだった。

 エミリア達が洞窟のずっと奥へ向かっていると、今までよりも更に開けた大きな空洞へと出た。

「ここはまた広い場所ね」
「エンビア様、アレは何でしょうか」

 1人の団員が大きな空洞の奥を指差しながら言った。
 エンビアがその方向に視線を移すと、そこには何かの卵のような物が幾つも転がっていた。そして、ソレを見たエンビアや察しの良い団員は気が付く。

「恐らくノーバディの卵ね……」
「コレ全部がさっきの触手だと思うとマズいですね」
「でも卵があるって事はやっぱりここが奴らの巣って事で間違いないわ。きっと近くに本体である“親”がいる筈よ、各自小隊を組んで辺りを捜索! そこらに転がっている卵は全部潰しなさい!」
「「了解!!」」

 エンビアの指示により、団員達は卵を潰しながら周辺の捜索を始める。エミリアも自身が出来る事をしようと転がる卵を潰そうとした。だが、エンビアはそんな彼女を見るなり服を思い切り引っ張った。

「エ、エンビア様⁉」 
「黙ってなさい。アンタはこっちで別の“仕事”よ――」

 そう言いながら、エンビアは無理矢理エミリアを大きな空洞の中央まで引っ張って連れて行くと、そのまま突如彼女を蹴り飛ばした。

「ゔッ⁉ 痛たたた……。エ、エンビア様、何を……!」
「フフフフ。アンタって本当にムカつくわね。そんな木の杖使って魔法も使えないのによく生きていられるわね。恥ずかしくないの?」
「そ、それは……。勿論魔法が使えない事は自分でも情けないと思っています。ですが、それでも魔法団に入るのが夢で……どんな些細な事でも皆さんのお力になれればと……」
「あら、そうなの? ゴミのくせに心構えだけは立派ね。だったら口だけじゃなくて行動で見せてみな……“ウィンド”!」

 次の瞬間、エンビアは突如風魔法を繰り出し、エミリアを風の刃で斬りつけた。

「キャッ!」

 瞬く間に複数ヵ所を斬りつけられたエミリアの体からは血が流れている。命に関わる程ではないが、体を動かそうと僅かに動かしただけで全身に痛みが走った。

「ど、どうして⁉」
「何がよ? 自分で今言ったじゃない。皆の力になりたいって。だからアンタが望むようにしてあげてるの。魔法も使えない上に頭まで悪いのねアンタ。いちいち説明しなくても分かるでしょ?
騎士団からの情報によると、ノーバディは“血の匂い”に反応しやすいみたいなの。そしてここには肝心の本体がいない。だからアンタは奴をおびき出す為の餌になってね」

 血を流しながら倒れているエミリアを見下しながら、エンビアは不敵な笑みを浮かべてそう言った。

 そして、エンビアの思惑通り、ノーバディが再び姿を現す――。

「ホントに来た……」
 エンビアが一言呟いた直後、洞窟内がまたも激しく揺れだした。団員達はその余りに強い揺れに立っていられず、ほとんどの者が地面にしゃがみ込んでいた。

 岩を砕くような大きな轟音が一気にエンビア達のいる空洞近くまで迫って来ると、まるで今の揺れと音が噓かの如くピタリと止んだ。 

 時間にして僅か2秒程――。

 しかし、その場にいた全員にとってその2秒の静寂は永遠に感じられた。

 そして。

 静まり返った空洞の天井から、これまでとは比にならないデカさのノーバディが姿を現したのだった。

「やばッ……。思っていたよりデカいじゃない」
「出たぞぉぉ!」
「来ましたよエンビア様!」

 天井を突き破り現れたノーバディは、崩れ落ちる瓦礫と共に空洞内に飛び降りてきた。明らかに今までよりも大きいノーバディ。

 更に突如現れたこのノーバディは今までの蛇の様な触手とは形が異なり、大きな口の付いた頭部らしき触手が4つも連なり、体はまるで四足歩行の獣の如き姿形を成している異質な見た目であった。

 普通のモンスターでない事は一目瞭然。
 エンビアを始め、全団員が目の前のノーバディの圧倒的な魔力を感じ、奴が“本体”であると悟っていた。

『ヴッガァボィィッ!』
「ボケっとしてるんじゃないわよ! 全員一斉攻撃ッ!」

 異形は勿論の事、嫌でも伝わってくるその凄まじい魔力の強さに団員達は完全に気圧されていた。しかし、エンビアの指示を合図に全団員がノーバディ目掛けて魔法を放った。

 ――ズバババババッ。
 業火の炎、凍てつく氷塊、鳴り響く雷鳴に鋭い風の刃。
 数多の攻撃魔法が何十発と同時に放たれ、その攻撃は全て4つ頭のノーバディに直撃。

 幾重にも重なる攻撃によって空洞内は一瞬で爆煙や砂埃が充満し、視界を完全に奪われた一行は攻撃の手を止めていた。そして、徐々に煙が晴れ視界がクリアになっていくと、エンビアは晴れていく煙の1番奥で、無傷で立っているノーバディの姿を誰よりも早く捉えたのだった。
 
「そ、そんな……嘘でしょ⁉ 今の攻撃で無傷なんて……ッ!」

 エンビアを含め、第十魔法団は決して弱くない。寧ろオレオールに存在する全10の魔法団の中でエンビア達は1、2を争う実力ある魔法団。エンビア達が弱いのではない。エンビア達第十魔法団の攻撃をあれだけ受けたにも関わらず無傷なノーバディが常軌を逸していた。

『ゥガャヴァァ』

 次の瞬間、4つ頭のノーバディは強大な魔力を練り上げ始めた。

「まずいッ! 後方隊、直ぐに防御壁を展開しなさい!」

 エンビアの焦る怒号が響いたまさにその瞬間、ノーバディの4つの大きな口から強力な魔力の咆哮が放たれた。

「“エアログルシールド”……ッ!」

 ――ズドォォォォン!
 寸での所で強力な防御壁を自らも繰り出したエンビア。彼女の防御壁と後方隊の展開した防御壁によって多くの団員がギリギリでノーバディの咆哮を防いだが、防御壁の範囲内に届かなかった団員や防御壁を破壊された団員達は諸に攻撃を食らっていた。

 衝撃で意識がなくなって倒れる者、体の一部を抉られた者、上半身が完全に吹き飛ばされた者……。他にも多くの団員が犠牲になり、あちこちで助けを求める声や悲鳴が上がり、夥しい量の血が流れている場所もある。

 辺りは瞬く間に惨劇と化した――。

「何なのよコイツッ……!」

 エンビアはノーバディを見上げながら声を漏らした。
 彼女が魔法団に入ってからというもの、これまでそれなりに修羅場を潜り抜け幾度となく強いモンスターとも対峙してきたが、今目の前にいるノーバディは次元が違った。

「エ、エンビア様、このままでは全滅してしまいます! 至急撤退しましょう!」
「冗談じゃないわ。コイツを狩ればこれ以上ない手柄よ。もしかしたら白銀のモンスターより上の功績かもしれないわ!
リリアンがくだらない企みを出来なくなるようここでコイツを仕留めて、一気に私の存在を王国中に轟かせてやるわ!」
「で、ですがエンビア様……」
「大丈夫よ。私の“王2級魔法”で倒せない奴なんていないから」
「おお! エンビア様、王2級魔法を発動するのですね! それならアイツにも絶対効きます!」

 激しい攻防により既に洞窟内が崩れ落ち始めている。皆のいる空洞も長くは持たない。一刻を争う事態だ。

「だ、誰か……」

 壁が崩れ天井からも大きな瓦礫が落ちてくる中、辛うじて生き残っていたエミリアが朦朧とした意識の中で声を振り絞った。

「へぇ、今の攻撃でアンタ生きてたの? 悪運だけは強いのね」
「ディ……フェンションが……何とか間に合って……」

 途切れ途切れの言葉を発する彼女は、既にエンビアから受けた傷で弱っていた所に天井からの落石で片足が下敷きになっていた。
 
「あっそ。でもその状態じゃもう終わりね。私は今から王2級魔法を奴に撃ち込むわ。アンタは最後に見学でもしながら死になさい」

 そう言ってエンビアは杖をノーバディに向け魔力を練り上げた。すると青白い光が少しづつ杖へと集まっていく。

「発動までに時間が掛かるの! だから動ける者は全員私を援護しなさい!」
「「了解!」」

 エンビアによって再び士気を取り戻した団員達は最後の力を振り絞り、一斉にノーバディ目掛け魔法を放った。だが先程同様全くダメージとはならない。それでも今回はノーバディを倒す為ではなく、エンビアの援護であると開き直っている団員達はただ撃ち続けた。


 “王2級魔法”――。

 それは遥か昔、大国の『王』が天災とも恐れられたドラゴンの襲撃から何十万という民の命を守るべく生み出した最強の魔法。当時、この王は最強の魔法使いとも称されており、王が生み出した魔法は現代でも最強の魔法である。

 王2級より更に上の神1級という魔法が存在するが、これは古来より神の所業と言い伝えられており、人間では到底扱えるものではないとされている。よって、実質最強と謳われているのがこの王2級魔法である。

 そして、この王2級魔法は実力ある魔法団の団長ですら会得するのは困難であり、扱える者は僅か一握り。王2級魔法の威力は言わずもがな強大。数多存在するモンスターの中でトップと言われるドラゴンですら一撃で仕留めてしまう程に――。

「よし、イケるわ。全員下がっていなさい! コレが私の最強技、王2級魔法……“ウィンド・ジ・アネモス”!!」

 エンビアから放たれた王2級魔法。
 杖に凝縮された眩い輝きが一気に解き放たれ、その神々しい青白い光線が巨体のノーバディを飲み込んだ。

 王2級魔法で倒れないモンスターなど存在しない。
 勝利を確信したエンビアは余裕の笑みを浮かべた。







 だが――。


「嘘でしょ……」

 凄まじい勢いで放たれた神々しい光が消え去ると、そこにはまたも無傷な状態で立っているノーバディがいた。

「「う、うわぁぁぁぁ!」」

 呆然と立ち尽くすエンビアを他所に、ノーバディは周りにいた団員達に襲い掛かった。団員達は必死に逃げ出すが無残にも食い殺されていく。辛うじて魔法や防御壁で逃げ延びている者もいるが最早そこまで。一斉攻撃で魔力を使い果たした団員達はもう限界であった。

「エンビア様ァァ! 直ぐに撤退命令をッ!」

 その声で我に返ったエンビアは、納得いかない表情を浮かべながらも全員に撤退の命令を出し全員がその場から走り去った。

 ただ1人を除いて――。

「お、お願いッ……! 待って……! 助けて!」

 そう。瓦礫により足を潰されたエミリアは動く事が出来なかった。

「待って下さいエンビア様!  た、助けて下さいッ!」

 エミリアの方へと振り返ったエンビアは静かに笑っていた。

「やっと役に立つ時が来たわね。そのまま餌となって、私達が逃げる時間を作ってちょうだい! じゃ、さよなら――」

 エンビアはそう言って本当に走り去ってしまった。そして挙句の果てに唯一の通路であった穴を防御壁で塞いだのだ。理由は勿論ノーバディを食止める為……ではなく、エミリアが間違っても逃げられない様にする為のもの。

 エミリアに注意を引きつけさせ、自分達が逃げる時間を稼いだ。

「う、嘘……」

 エミリアは最早開いた口が塞がらない状態。
 笑いながら走り去って行くエンビアの背中をただただ眺める事しか出来なかった。

『ギォジガァァ!』

 絶望するエミリアをノーバディが見つける。

 言葉が出ない。上手く呼吸が出来ない。震えが止まらない。

 エミリアは満身創痍の状態ながらも必死に杖を振った。震える手で何度も何度も何度も……。まともに扱えない3級魔法を何度も放ったが、ノーバディを倒すどころか全てが相手に届く前に力なく消え去っていた。

 エンビアの王2級魔法で倒せなかったノーバディを彼女が倒せる訳がない。自身でもそれをはっきりと理解していたエミリアは、大粒の涙を流しながら杖を振るのを止めた。

「もう本当に嫌……」

 泣き伏せる彼女の頭上で、ノーバディは無情にもその大きな口を開くと、そのまま彼女を食らった――。















――ドォォォンッ!
♢♦♢

~洞窟内・空洞前~

「――聞こえた。もう真横だ」
「バウ! バウ!」
「怒ってるのか? だから何度も迷ってごめんって言ってるだろう。まさかここまで道が入り曲がってるとは思わないよな普通。お陰で凄い遠回りしちゃったな。
って言うか、初めから洞窟の壁なんて壊して進めば良かったよなハク」
「バウ」

 道に迷った俺とハクは、何度も何度も魔法団に近付いては遠ざかり、また近づいては遠ざかりを繰り返していた。直ぐ近くにいる筈だったののに道がグニョグニョ蛇行しているせいで大変な目に遭った。

 そんな下らない事をしている間に、いつの間にか魔法団の奴らはノーバディ本体と思われる魔力と対峙していた上に今では多くの足音がどんどん遠くへと走り去っている。

 恐らく真横から感じるこの強い魔力がノーバディ本体であり、大方それを討伐出来なかったアイツらが慌てて逃げているんだろう。

「良かった。あの子も何とか生きているみたいだな」
「バウ!」

 壁の向こうからさっきの女の子の声が確かに聞こえた。その声は消えそうな程小さいし魔力もほぼ感じられない。だが幸い命はある。

「行くぞハク」
 
 ――ドォォォォンッ!
 俺は洞窟の壁を破壊し、広い空洞へと出た。

 すると、思った通り今までとはレベルの違うノーバディの姿と、今まさに奴に食べられそうになっている彼女の姿を捉えた。辺りには他にも多くの魔法団員達が倒れており、皆夥しい量の血を流していた。

 もう息のある者は彼女以外いない。

 突如俺が壁を壊した事により、ノーバディと彼女はほぼ同時に俺の方を向いていた。彼女は余程怖かったのだろうか、その大きな瞳からは涙が溢れている。

「生きてて良かった。これでハクも安心しただろ?」
「バウッ!」
「あ、貴方は……!」

 安易に大丈夫と言える状態ではない。それは勿論分かっている。だが何よりも命があった。それが1番重要だ。ごめんな、もっと早く助けてあげられなくて。

『ャッヴォヴォォォォォォァァァッ!』
「うるさいな。洞窟で余計に音が響くって分からないのかこの馬鹿は」

 何を思っているのかまるで分からないが、4つ頭のノーバディは俺に気付くなり雄叫びを上げて威嚇してきた。馬鹿だが本能は察知している様だな。

 目の前の俺がお前よりも強いという事に――。

「貴方はさっきの……。いや、そ、それよりも……早く! 早く逃げて下さい……ッ! このモンスターは魔法団でも敵わなかったのッ!」

 自分が死にそうな状況なのに、なんて優しくて強い子なんだろう。

「ハハハ、大丈夫。俺は逃げないし、君を絶対に助ける」
「……⁉」
『ギィゴゴァァァ!』

 次の瞬間、ノーバディの1つの頭が汚い大口を開けて襲い掛かってきたが、俺は抜いた剣を軽く振って奴の頭を切断した。

 ――ザシュ。
『ヴァッギッ……⁉』

 斬った奴の頭がボトッと地面に落ち、切断した場所から緑色の血が溢れ出る。

「嘘……。エンビア様の魔法でも無傷だったのに……」

 彼女は目を見開いて驚いていた。
 ノーバディは頭を斬り落とされ、藻掻きながら悲鳴の様な呻き声を上げている。そのまま戦意喪失するかとも思ったが、奴は残りの3つの口を大きく開き魔力を練り出した。

「やっぱコイツがあの触手の本体か。お前がまだやる気なら付き合ってやるよ。また王都に向かってる途中で襲われても面倒だからな。
ハク、あの子の所に行ってろ。アイツ片付けてくるから」
「バウワウ!」

 俺はハクを彼女の元へ向かわせ、距離を取る為ノーバディを空洞の奥へと誘導する。そしてまんまと付いてきたノーバディは魔力が溜まったのか突如動きを止め、口に蓄えた眩い魔力を俺に放ってきた。

 ――スパァァン。
『……⁉』

 しかし、奴が放ってきた魔力の咆哮は一振りで相殺。そしてノーバディに止めを刺すべく俺は剣を振りかぶり、久しぶりにちょっとだけ強めに振るった。

「これで終わりな」

 ――ドパァァァン!
 俺の放った一撃によってノーバディの巨体は勢いよく弾け飛んだ。

「うわー、やっぱ気持ち悪いな。踏まない様に気を付けないと」

 辺りに散らばったノーバディ肉片と緑色の液体に気を付けながら、ハク達の元へ駆け寄った。

「大丈夫だったか?」
「バウ」
「君はどう?」

 俺はハクの横にいた彼女を見ながら言った。

「あ、はい……何とか大丈夫です……。また助けて頂き、本当にありがとうございましたッ……!」
「だから礼なんていいって。それより、流石にコレは医者に診せないとマズいな」

 彼女の足を潰していた岩をゆっくりと持ち上げると、色白の細い脚がとても痛々しい色に変色して腫れあがっていた。見るからに酷い状態というのが分かる。

 こういう時に回復魔法でも使えればと、無い物ねだりな事を考えながら、俺はせめてもの応急処置にと彼女に薬草を塗った。だがコレはあくまで擦り傷を治す程度。この足の怪我は医者に連れて行かないと治せない。

「俺が担ぐから直ぐ医者に行こう。本体は倒したけど洞窟内にまだ沢山いるから」
「あの……本当にありがとうございます! 何とお礼をすればいいか……」
「だからいいってそんなの。それより君名前は?」
「あ、私はエミリアです……。エミリア・シールベス」
「エミリアね。俺はグリム。宜しくな」

 軽く自己紹介を済ませ、俺が洞窟から出ようとエミリアを担ごうとした時、徐にハクがエミリアの足の上にそっと覆い被さった。

「お、おいハク何してるんだよ。足怪我してるんだぞ!」
「ワウ」
「え……?」

 さっぱり理解出来ない行動。
 そっと触れただけでも激痛が走りそうな彼女の足にハクは乗ってしまった。反射的に焦った俺は慌ててハクを動かそうとしたが、そんな俺を他所に、エミリアは不思議そうな表情で自らの足に覆い被さるハクを見ていた。

「あれ?」
「どうした? やっぱ痛いんだろ? 早くどけってハク!」
「ち、違うんです……! 痛いどころか……逆に何か痛みが和らいでいる様な――」

 え、そんな訳ないだろ。
 予想外過ぎたエミリアの言葉に俺は思わず心の中でツッコんでしまっていた。だってこんな酷い怪我に……。

「バウワウ!」
「ハク?」

 変わらずエミリアの足に覆い被さっているハク。
 しかしよく見ると、青紫色に腫れあがっていた彼女の足が瞬く間に治っていた――。
「噓だろ……」
「凄い、もう全然痛くない。 それに血も止まって傷まで塞がってます!」
「バウ!」
「おいおい、これお前の力なのかハク」

 エミリアは勿論俺も驚いた。まさかハクにこんな回復能力があるなんて全く知らなかった。怪我を治してもらったエミリアはハクに抱きついて「ありがとう!」と何度も言っている。ハクも嬉しいのか尻尾をぶんぶん振ってみせた。

「なんだよハク、そんな事出来るなら森で自分の傷を治せば良かったじゃないか」
「バウバウ」

 俺がそう言うと、ハクは首を横に振った。どうやら自分には出来ないらしい。

「そうなのか。まぁお前のお陰で助かったよハク。後はもう洞窟から出るだけだな」
「グリムさんもハクさんも本当にありがとうございます。ですが……一体どうやってここから出るのでしょう? 私達が通って来た唯一の道は塞がれてしまっていますし……」
「大丈夫だよ。道なんて幾らでも作れる。それにあの程度の防御壁なんて簡単に壊せるが、あっちは“ハズレ”だ――」
「え?」

 そう。
 魔法団の多くの足音が響いているあっちの道には、ノーバディの地面を這う音が大量に聞こえている。それに俺はさっきそこを通って来たが、あちこち崩れ落ちているせいで道が塞がっていた。

「なんか全員で魔法撃ちまくってなかった?」
「は、はい。さっきのノーバディを倒す為に一斉攻撃を……。その後もエンビア様の援護でもう1回一斉攻撃をしていました」
「やっぱりな。この洞窟ただでえ穴だらけだから崩れやすくなっているんだろうな。そこへその一斉攻撃とやらの衝撃が加わったせいで凄い崩れてたぞ。
しかもそれだけ魔法使ったとなると、もうアイツらはノーバディの残党と戦う力残ってないだろなぁ」
「そうなんですね……」

 俺とエミリアがそんな会話をしていると、洞窟内の遠くから悲鳴が聞こえてきた。魔法団の奴らがノーバディの残党と遭遇したのだろう。

 最初の数秒こそ勢いよく魔法が放たれている音がしたが、それも直ぐに消え去りどんどん声も無くなっていった。そして、最後に一際大きな女性の叫び声が響き、洞窟内は静かになった。

 仕方がない。これが奴らの運命だった。それだけの事だ。

 今の一部始終が聞こえていたのは勿論俺だけ――。

「エミリアを置き去りにしなかったら、また違う運命だったかもしれないのにな」
「ワウ」
「よし。じゃあ俺達も急いで出るぞ。こっちだ」
「あ、待って下さい!」
「俺が道を作るからそのまま付いて来てくれ。ただ足場が悪いから気を付けろよ」

 エミリアにそう告げ、俺は剣で壁を破壊した。ここに来るまでの道中とノーバディとの戦いでそろそろ剣が限界。もって後2~3振りだな。それまでに地上に出ないと生き埋めだ。

「す、凄いですねグリムさん。この穴と言いさっきのノーバディと言い……強過ぎます」
「そうか?」
「はい! 絶対強過ぎますよ! どこの騎士団の方ですか?」
「いや、俺は騎士団じゃない」
「え、そうなんですか。あ、じゃあ剣を使っていますが魔法なんですねそれ! どこの魔法団ですか?」
「いや、魔法団でもない」
「じゃあフリーの冒険者なんですね!」
「いや、冒険者でもない」
「え……?」

 普通であれば彼女の反応が自然だろう。勿論どこにも属さない一般の人もいるが、そもそもそんな普通の人がこんな場所にいるのは絶対に可笑しいからね。

「う~ん、ちょっと色々事情があるんだけど、エミリアはレオハート家って名前は知ってる?」
「え、はい勿論です。レオハート家は王国で1番有名な剣聖の名家です。逆にリューティス王国で知らない人なんていないですよ」
「まぁそうだよな。俺さ、実はそのレオハート家の人間だったんだよ。名前はグリム・レオハート」

 俺がフルネームを出すと、エミリアは目を見開いて明らかに驚いている様子だった。

「え⁉ あ、貴方が“あの”グリム・レオハートさんだったんですか⁉」

 彼女がそんなに驚く事も気になったが、それ以上に俺は“あの”という言い方が気になってしまった。

「えっと……何をそんなに驚いているんだ? しかも“あの”ってどういう意味?」
「あ、いえ、すみません……! 実はもう何年も前に1度、スキルが覚醒しないと言う理由だけでグリム・レオハートという方が辺境の森に飛ばされたと、風の噂で聞いた事がありまして……まさかその方が本当に実在してるとは――」

 成程。
 彼女が急に苦虫を嚙み潰した様に歯切れが悪くなったのも頷ける。俺が辺境の森に追放されてからもうかれこれ8年は経っているが、まさか王国内でそんな噂が広まっていたとは……。まぁしょうがないか。一応有名なレオハート家であって父さんの息子だったんだから。

 エミリアは急にハッとした表情をして、俺なんかを気遣ってくれたのか慌てた様子で謝ってくれた。

「あ、あの、すみませんッ! 私失礼な事を……」
「ハハハ。別に大丈夫だよ。それにその噂本当だし。正真正銘、俺が辺境の森に追放されたグリム・レオハートです」
「そんな……」

 まだ信じ難いのか、エミリアはその青い大きな瞳をパチパチさせながら俺を見て固まっていた。彼女からすれば死人でも見ているかの様な気分だろうな。王国で噂になったレオハート家の恥さらしがのうのうと生き残っていたんだから。そりゃ当然そういう反応にッ……「――とても嬉しいです!」

 ん?

「実は私、ずっと貴方にお会いしてみたかったんです!」

 どうやら聞き間違いではないらしい。
 エミリアは急にパッと明るい表情を浮かべながら興奮気味にそう言ってきた。

「え、どういう事……?」
「まさか私なんかを何度も助けてくれた命の恩人が…、あの噂のグリム・レオハートさんだったなんて! 私とても感激しています!」

 俺の質問の答えとなっていないエミリアは、そう言いながらグッと俺に近付き勢いよく手まで握ってきた。意味不明。

「あの! 急に失礼かと思いますが、宜しければ私を“仲間”にしてくれないでしょうか! どうかお願いします! まさか“呪われた世代の1人”にお会い出来るなんて……! それに私、どうしてもグリムさんの様に強くなりたいんですッ!」

 理解不能の展開は更なる予想外なところに着地した。
 本当に急過ぎるし色々ツッコミたい所だらけ。いつの間にこうなった? 突然噂を暴露され感激され仲間にしてくれと志願されている挙句に再び気になるワードが出てきた。

 呪われた世代って何だ……?

 うん。シンプルに困った――。

「あ、あのさ、一先ず落ち着いてくれるか? 兎に角今はここから急いで出る。そして今の話は地上に戻ってからゆっくり聞きましょう」
「分かりました!」

 と、そんなこんなで俺は取り急ぎまた壁を破壊し、崩れていく洞窟を横目に全員で無事脱出したのだった――。