♢♦♢
エミリアがデイアナ達と激しい戦いを繰り広げる一方で、フーリンとジャンヌもまた激戦を繰り広げていた。
――シュンシュンシュンシュン!
「はあッ!」
「まだまだ、そんなもんかッ!」
互いに凄まじい超波動を纏いながら鋭い切っ先の槍を連続で突く。両者槍を突いては躱し突いては躱しの連続であったが、フーリンとジャンヌは共に槍術や攻撃の威力、速さが尋常ではなかった。槍の動きが凄まじい2人は既に数百回を超える攻防を展開している。
ジャンヌの加勢をしようと周りに集まった団員達は皆2人の驚異的な戦いに全く入り込めずにいた。
「やるじゃねぇかお前」
「お前もかなりの強者だな。面白いぞ」
「はッ、俺とやり合って面白いなんて随分と余裕じゃねぇか」
――ガキィン!
ジャンヌはフーリンの槍を防ぐと同時に勢いよく振り払い、徐にバックステップをして距離を取った。
「いい槍持ってるな。俺のグルニグに引けを取ってねぇ」
「これは俺の大事な槍だ。お前の神器には負けん」
「ハハハ。敵にしておくのは惜しいな。どうだ? お前聞いた話じゃ元々騎士団にいたんだってな。土の槍しか使えなくて呪われた世代とかなんとか呼ばれてるらしいが」
「全くもって興味の無い事だな。それに強者と自由に戦えない騎士団など退屈過ぎて俺にとってはなんの価値もない」
「変わってんなぁお前。って、まぁそんな事はどうでもいいか。戻る気もないならやっぱここでお前を始末しないといけねぇよな――」
「……!」
ジャンヌはそう言った次の瞬間、強力な超波動を更に高めると同時に手にする神器『雷槍グルニグ』からも超波動を出し“共鳴”させた。
――バチバチバチバチバチッ!
ジャンヌと雷槍グルニグの凄まじい共鳴により、突如彼とグルニグの周りからバチバチと激しい音を鳴らしながら強い雷が生じ始めた。これがジャンヌの本領。雷槍グルニグから発生する雷は一撃で敵を仕留める。
「互いに出し惜しみは止めようぜ。お俺はこれから全開だ。お前もまだ実力隠してるだろ」
フーリンの実力を見極めたジャンヌがそう言うと、フーリンは口元を緩めながら嬉しそうに自らも力を解放したのだった。
「フハハ、これだから強者との戦いは面白い。確かにお前の言う通りだ。俺も出し惜しみはしない。本気で行くぞ――!」
ジャンヌ同様、超波動を一気に高めたフーリンは流れる様に天槍ゲインヴォルグと波動を共鳴させるや否や、更にそこから超波動を高めていく。
神々しい波動の光がフーリンを覆って力が強まると、次の瞬間周りにいた者達全員が思わず目を塞いでしまう程の強烈な輝きが発せられた。そしてその場にいた皆が再びゆっくりと瞼を開けると、そこには
まるでハクの様な“獣人”の姿に変化したフーリンの姿があった。
「ほぉ。フーリンの奴遂に“神威”を完璧に使いこなしたか」
「うん、何とかアビスが復活する前に間に合ったわ。頑張ったねフーリン」
これがフーリンの完全体。天槍ゲインヴォルグとの共鳴によってフーリンの体から紅色の獣耳や尻尾が生え、人間よりも屈強な筋力によってその身が纏われている。神威の真の力こそがこの“獣人化”である。
「おいおい、お前何で急に獣人族みたいな姿になってんだよ。何処までもふざけた野郎だぜ」
「俺は大真面目だ。ケリをつけようか」
フーリンとジャンヌは静かに強大な波動を放ちながらも静かに牽制し合い、数秒の間が空いた直後2人は同時に動き出したのだった。
「はああああッ!」
「くたばれぇぇッ!」
――ガキィィィンッ!!
金属のぶつかり合う衝撃音が響き、その勢いによって火花が散っていた。力を全開放したフーリンとジャンヌの攻防はより一層激しさを増し、周囲にいた団員達も最早近くにいられない程圧力が凄い戦場となっていた。相変わらずの両者の激しい攻防であったが、これまでと明らかに違う箇所があった。
――ザシュン!
「ぐッ……!」
「そんなもんか?」
「それはこっちの台詞だ」
――シュバン!
「がッ……! クソ、厄介だな」
常人離れしたフーリンとジャンヌの攻撃は、互いに少しづつではあったが確実に目の前の相手を捉え始めていた。フーリンの天槍ゲインヴォルグとジャンヌの雷槍グルニグが入り乱れ合う。神威の神々しい輝きが、雷槍の激しい稲妻が、2人がどれ程凄まじい攻防を繰り広げているのか容易に分かるものであった。
そして、フーリンとジャンヌのこの戦いは、誰もが思っていた以上に早い終わりの音を告げた――。
「ハァ……ハァ……しぶとい野郎だな……」
「ハァ……お互い様だろ……ハァ……」
「まだお前の他にあそこの邪神共も始末しないといけねぇからな。次で終わらせてもらうぜ」
「終わるのはお前だがな」
次の一撃が最後であると悟ったフーリンとジャンヌ。両者はここにきてこの日1番の超波動を練り上げる。獣人化したフーリンは神々しい波動を高め、ジャンヌは雷槍にバチバチと強力な雷を纏わせた。
「死ねッ! クソ獣ぉぉぉ!」
「はあーーーッ!」
――ズガァァァァァァァァァァンッ!
♢♦♢
「ユリマぁぁぁ!」
ユリマが磔にされている十字の台までもう少し。
距離自体は大して無いのに、次から次へと押し寄せて来る団員達の群れのせいで中々前に進まない。海の中を泳いでいるみたいだ。
「たかが1人の人間に何を手こずっている! 早く仕留めろ!」
「「うおぉぉぉ!!」」
1人1人はまるで強くないけど如何せん数が多過ぎる。フーリン達の方からは凄い波動を感じるし、いつの間にかエミリアの方まで敵の騎馬隊が向かって行くのが見えた。皆の事も気掛かりだが、何よりも先ずはユリマを助け出す事。
「魔法隊放てぇぇ!」
「……!?」
そんな事を思っていたのも束の間。ユリマの無事を確認する為に一瞬視線を動かしただけなのに、戻したら視界の端で魔法隊が既に攻撃魔法を発動させていた。
――ズドン! ズドン! ズドン!
「ちッ、小賢しいな」
無数に飛んでくる魔法攻撃。全てを躱し切ったと思ったら今度は騎士隊が突っ込んで来る。ずっとこの連携攻撃を俺は繰り返されていた。分かっているのにやはり数が多くて埒が明かない。このままでは体力を消耗するだけだと判断した俺は、少し無謀ながらも一気にユリマの元まで跳ぶ事を選んだ。
ここからなら2回も跳べばイケる。空中でこの数に狙われるのはかなりヤバいけど、そんな事言ってる場合じゃない。ユリマだってまだ無事か分からないんだから。
改めて決意を固めた俺は剣を思い切り振るって周囲の敵を薙ぎ払うと、僅かに生じた隙を突いて思い切りジャンプした。
「対象が跳んだぞ! 狙い撃てぇ!」
指揮を取る者の声が響いたが、俺の突然の行動と言う事もあり運良く敵の初動がワンテンポ遅れた。既に俺は着地寸前。着地点は何処も敵で埋め尽くされ、跳んできた俺をそのまま串刺しにしようと団員達が武器を掲げて狙って来たが、俺は再び剣を振るって敵を吹き飛ばし着地した。
「よし。かなり近づいた。後1回でイケるぞ」
『多少無茶な判断だが結果オーライだろう。このまま助け出せそうだ。それよりも、やはりあの者から只ならぬ魔力を感じるな――』
ドラドムートが不意にそう言葉を漏らす。俺の視線も自然と奴の方へ。
「ああ。ここに来てアイツを見た時から俺も感じていた。しかもその力がどんどんデカくなっている」
俺の視線は他ならぬヴィルを捉え、奴から溢れ出る底知れない不気味な気配を嫌と言う程感じ取っていた。
『アレは間違いなく深淵神アビスの魔力であろう。直に見るまで俄に信じ難い事であったが、どうやら主の弟であるあのヴィルとか言う少年は確かにアビスの力を持っている様だ』
「やっぱそうなのか。でも取り敢えず今はユリマだ。次でアイツの所まで一気に行く」
俺は再び跳ぶ為、向かってくる団員達を一掃した。そこから生まれた隙を突いて思い切り大地を蹴った俺は一直線にユリマの元までジャンプした。
「ユリマぁぁぁ!」
――ズガァァァン! ズドォォォン!
宙に跳び上がった直後、おれの背後の方から大きな音が2つ同時に響いて来た。
「エミリア、フーリン」
その凄まじい音が聞こえたのはエミリアとフーリンがいた所から。2人がどれだけの激戦を繰り広げたか勿論分からなかったが、巻き上がる粉塵の間から俺は見慣れないフーリン? らしき天槍ゲインヴォルグを持った紅色の人影と、地面に倒れる七聖天のジャンヌの姿をこの目で捉えた。
どうやらフーリンがジャンヌを倒した様だ。
そう悟った俺は次にエミリアの方へと視線を移すと、そこには神々しい魔力を纏いながら杖を前方に構えていたエミリアの姿と、そのエミリアの周りに倒れる数十人の団員達の姿を確認出来た。倒れる団員達の最も奥ではもう1人の七聖天、デイアナがエミリアと対峙する様に銀色の弓を構えていたが、俺がエミリア達を見た数秒後にデイアナはゆっくりと膝から地面に崩れ落ちていってしまった。
直後、空中にいる俺に気付いたであろうエミリアは俺に向かって手を振ってきた。どうやらエミリアもデイアナを倒したみたいだ。
「放てぇぇぇッ!」
「やべ……!?」
完全にエミリアとフーリンに気を取られていた俺は、突如下から聞こえてきた声で我に返った。最初と違い、予め俺がまた跳ぶ事を想定していたであろう魔法隊が今度は完璧のタイミングで魔法を撃ち込んできた。案の定空中では躱す事が出来ない俺は、手にする双樹剣セフィロトを勢いよく振るって飛んでくる魔法を吹き飛ばした。
「やっぱり狙われたか」
『まだ来るぞグリム』
俺は体勢を保つのが難しい空中で何とか魔法攻撃を掻い潜り、遂にユリマが磔にされている十字が乗る台を視界に捉えた。後はあそこに着地するだけ。そう思い俺は飛んでくる攻撃を払いのけながらやっとの思いでユリマの元へ辿り着いッ……「来るのが遅いよ兄さん――」
「なッ……!?」
――ガキィィィン!
台に着地する刹那、死角から突如現れたヴィルの一振りによって、俺は勢いよくぶっ飛ばされた。
「くっそ、何処から現れやがった……」
間一髪剣で受け止められたけどお陰でユリマとまた距離が出来ちゃったじゃねぇかよヴィル。くそ。
「ハハハハ。よく反応出来たじゃない。幾らなんでも今ので死んだら興醒めだからね。それにコイツは1度俺の邪魔をしてる。簡単に兄さんに取られる訳にはいかないよ。兄さんを殺した後でコイツも切り刻む予定なんだからね」
そう言いながら不敵な笑みで俺を見るヴィルからはとてつもない程強大な力を感じた。
「そんな事させる訳ないだろ。そもそも何勝手に俺に勝つ気でいるんだよお前は。弟のくせに図々しいぞ」
「ハッハッハッハッ! 何それ、笑えるんだけど兄さん。逆に何で自分が負けないと思っているんだよ。兄だからって傲慢だよそれは」
「何でお前が深淵神アビスと繋がっている?」
「繋がっているという表現はちょっと違うかな。正確には俺がアビス様であり、アビス様が俺なんだよ。
スキル覚醒したあの日、俺はあの日からアビス様の“声”が聞こえる様になったんだ。もっともっと力を手にしろと。そうすれば俺の思い描く世界になるからとアビス様が教えてくれたんだ――」
スキル覚醒した日だって……? まさかそんな昔から既にアビスが……。
思い出話を語る様に喋るヴィルからは悍ましい力がひしひしと伝わってくる。これが間違いなく深淵神アビスの存在なのだろう。まだ気配しか感じないのにとてつもなく強力な力を感じる。
「世界が滅びる事がお前の望みなのか、ヴィル」
「ううん。世界なんて別にどうなろうが興味ないよ。ただ俺は誰よりも強い力を手にしてそれを証明したいだけ。でも皆俺が思っていた以上に弱くて無力な奴ばかりだったんだよね。リューティス王国で最強と謳われたあの父さんでさえも。クソみたいな世界だよここは。本当に詰まらない。
だからさ、俺は思い描いたんだよね。こんな詰まらない世界は1度壊してしまおうと。
それはそれでシンプルに面白そうだと思ったし、何よりアビス様もこの世界を手にしたいとずっと思っていたから協力する事にした。
もうこの世界での最後の楽しみは、兄さんを殺す事だけだよ――!」
次の瞬間、ヴィルは強大な超波動をその体から溢れ出させた。
「こ、この波動は……!」
『間違いない。この力はアビスのものだ。奴が復活するのはもう目前であるぞグリム』
「ハッーハッハッハッ! せいぜい楽しませてよね兄さん!」
――ガキィン!
「「……!?」」
殺意を溢れ出したヴィルが俺目掛けて動き出したと同時、突如ユリマが磔にされていた十字が破壊され、そのまま瞬時に何者かがユリマを抱きかかえて去って行った――。
「は……? 何してるのお前――」
突然の事態に動きを止めたヴィル。何がどういう訳か分からない状態だが、何故か俺達の視線の先にはユリマを抱えた七聖天、“カル・ストデウス”の姿がそこにあった。
「お前は七聖天の……」
「まさかとは思うけどさ、もしやお前まで愚かな考えしてる訳じゃないよねカル」
「俺の行動が愚かかどうかは俺自身が決める。例えその相手が国王であってもな」
ユリマを抱えたカルはヴィルにそう言い放った。更にカルは俺達から視線を逸らすと、エミリア達がいる方向に向かってこう叫んだ。
「おい! 早くユリマを預かれ! 戦いは終わっていないぞ!」
俺達は全員カルの思いがけない行動に戸惑ったが、イヴが弱った魔力を振り絞って瞬時にユリマだけを魔法で移動させた。ユリマがイヴ達の元へ渡った事を確認した俺は再び直ぐにカルへと視線を戻していた。
「お前何で……」
「ジニ王国でお前達と戦った後、俺は自分が抱いていた疑問を払拭する為に王都で情報を集めていた。そして遂に辿り着いたのさ。
俺が国王から受けた命は全て偽りであり、邪神として追っていたお前達の行動が真実であるとな。
勿論仲間のつもりはないが、ここからはお前達に加勢させてもらう――」
驚きの余り直ぐには言葉が出なかった。だけど今カルが言った事が全てだ。
「ユリマの事は礼を言うよ。ありがとな。でも後の事はお前の好きにしてくれ。悪いが俺も周りに構っている程余裕がある訳じゃないからな」
「そのつもりだ。お前達の戦いに邪魔が入らない様、周りの団員達は俺が相手をしといてやろう」
それだけ言うと、カルは本当に俺達の周りの団員達を相手に動き出した。
「ったく、どいつもこいつも使えない無能だね。しかも無能だけならまだしもことごとく俺の邪魔しちゃって。まぁいっか……兄さん殺したらアイツらも殺すし。さぁ、今度こそ始めようか!」
「お前の思い通りにはさせないぞヴィル!」
――ガキィィィィンッ!!
こうして、遂に俺とヴィルの剣が激しい火花を散らしながら衝突した。
「良いよ良いよ兄さん! フィンスターの時はクソ弱かったからね! 一気にゾクゾクしてきちゃった」
「ヘラヘラしてられるのも今の内だ。俺はお前に勝つ」
超波動、気の流れ、そして双樹剣セフィロト。
俺は自分の持てる力を全開放してヴィルと剣を交えた。
たった一撃で伝わってくるヴィルの強さ。速度、威力、重さ、圧力。全てが今まで出会った敵の中で1番だ。でもあの時よりも俺だって強くなっている。負ける訳にはいかない。
――ガキィン、ガキィン、ガキィン、ガキィィンッ!
俺達は互いに容赦なく剣を振り合う。剣と剣が衝突する度に空気が震え、剣を振る度にヴィルから伝わる殺意がより冷酷に禍々しくなっていく。
「面白い! 面白いよ! ハハハハハッ!」
「ホントに狂ってやがるな」
ふざけた態度とは裏腹に力は確か。一瞬でも隙を突かれたら間違いなく殺られる。
――ガキィン、ガキィン、ガキィン、ガキィィンッ!
「ぐッ……!」
『焦るなよグリム。奴も強いが主も強くなっている。焦らず確実に隙を狙うのだ』
――ガキィン、ガキィン、ガキィン、ガキィィンッ!
怒涛の攻防が終わらない。僅か数分にも満たない時間にも関わらずまるで永遠かの如くに感じる。しかも心なしかヴィルの攻撃が……。
「あれ、ちょっと“遅れ出してるよ”。大丈夫?」
「ふざけんじゃねぇ……!」
そう。剣を振る度にヴィルの攻撃の鋭さと威力が増している。気のせいではなかった。
「隙あり」
――シュバン!
「ッ……!?」
ヴィルの一太刀が初めて俺に入った。斬られた脇腹からは血飛沫が舞ったが、反射的に身を躱した事によって傷は浅かった。
「くッ、危なかった」
「安心した。上手く避けてくれて。折角楽しくなってきたところなのにこれで終わったら詰まらないからね!」
『大丈夫かグリム』
「ああ、問題ない」
『奴の力がどんどん強まっているな。いや、正確にはアビスの力が』
やはりそうだったか。最初よりかなり力が強まっているよな。
『マズいな。このままだとあのヴィルという子自体が危険である。アビスの強大な力に飲み込まれてしまうぞ』
「マジかよ。って、ちょっと待った。もしかしてアビスは“それ”を狙って……?」
『可能性は大いにある。アビスが復活する事は分かっていたが、奴がどうやって復活するかまでは我らにも分からなかったからな』
「だったら尚更早く倒さないといけないな。ドラドムート、もう“アレ”で勝負を決めよう――」
『どうやらそれしかない様だ。もしかすると彼を倒せばアビスの復活も防げるかもしれぬ。だが気を付けろグリム。まだ主はあの力をコントロールし切れていぬからな』
分かってる。
だから勝負はこの一瞬で決める――。
俺が超波動を更に高めると、それに呼応する様にドラドムートも魔力を高め出す。そして次の瞬間、俺とドラドムートの力が混じり合い神々しい光が生まれると、俺の力は今までよりも遥か上をいく極限状態に達した。
「へぇ、あの落ちこぼれの兄さんにまだこんな力が残っていたなんて! これはフィンスターで殺しそびれた甲斐があったよ! ハハハハハ!」
「話す暇はない。これで終わりだヴィル――」
“竜神の生命”――。
エミリアが精霊魔法を扱える様に、フーリンが神威を扱える様に、ハク達3神柱にはそれぞれ唯一無二の力が存在するとの事。
つまり、これがドラドムートの、俺達の力の完成形であり、身体の全てを極限まで高める最終奥義“ドラゴンソウル”だ――。
この力の効果は凄まじい。故にコントロールが難しくて使った後は大幅に体力を持っていかれるという反動がある。まだ完璧に使いこなしている訳じゃないが、最早ヴィルを倒すのにはコレしか手段がない。
「行くぞヴィル!」
「……!?」
ドラゴンソウルによって強化された俺の動きはさっきと比べものにならない。その証拠にヴィルは反応が遅れて俺に背後を取られた。
――ガキィィン!
「うは、危なッ! 興奮するねその力!」
「言っただろ? もう終わりだって」
俺は最後にヴィルにそう言い残すと、攻撃を受け止めていた奴の剣を弾き、無防備に空いた体目掛けて神速の一太刀を食らわせた。
――シュバァァァン!
「な……ッ!?」
俺の剣が初めてヴィルを捉えると、肩から腹部まで一線に斬った傷口から瞬く間に鮮血が舞い上がった。初撃にして最後の一撃。そう確信出来る程完璧な手応えだ。斬られたヴィルは血を流しながら力無く持っていた神剣ジークフリードを地面に落とす。
俺にはその一連の流れがとてもスローモーションに見えた。
――カラァン……ドサッ。
「がッ……馬鹿な……何で俺が……ッ!」
地面に倒れるヴィル。奴は倒れながらも斬られた体を見て、小刻みに震えながら懸命に歯を食いしばって状態を起こした。そして迸る怒りを俺に向けるや否やフラつく体で顔の血管を浮き立たせ、俺に怒号を放ってくるのだった。
「ふ、ふざけるなよ兄さん! ぐッ……がはッがは……! マグレで一太刀浴びせたぐらいで俺を見下すんじゃねぇッ! ゲホッ、がッ……!」
激しい怒号と共に口から血が溢れる。
「無理して喋るなヴィル。お前の負けだ」
「ぐッ……! クソが……」
強がっているがもうヴィルは動けない。俺の勝ちだ。
俺とヴィルの激しい攻防に、何時からかこの場の全員が動きを止めて俺達の戦いを見ていた。そしてたった今決着が着いた事により場は静寂に包まれる。これで戦いは終わりだ。
「グリムー!」
場の静寂を破ったのはエミリアの声。俺とヴィルの戦いが終わり、エミリアとフーリンが俺の元へ駆け寄って来た。
「勝ったのねグリム!」
「ああ、何とかな」
「今までに感じた事がない程の強者の気配だった」
「確かに。間違いなく今までで1番強い敵だったよ。エミリアもフーリンも大丈夫だったか?」
俺の問いかけに、2人は戸惑うことなく「大丈夫」と言ってくれた。七聖天と戦っていたから心配だったけど、エミリアもフーリンも本当に無事で良かった。怪我もしていないみたいだし。
それに。
「終わった様だな」
「カル」
エミリアとフーリンと話している所へ、今度は七聖天のカルが俺やって来た。
「貴方は七聖天の……でも何で……?」
「何か俺達が邪神だったって事が嘘だと分かったらしいぜ。それで手を貸してくれたんだ」
「え、そうなの!? あの、ありがとうございます! ユリマを助けてくれて」
「別に礼を言われる筋合いはない。お前達の仲間でもないしな。俺はただ自分の思った通りに動いただけだ」
「カル……! お前……」
ヴィルは呼吸が荒くなりながらも鋭い視線をカルに向けて飛ばす。
「まさか国王とお前が裏でコソコソ動いていたとはな。まんまと手のひらの上で転がされた。本当の反逆者はお前達だった」
「ふん……。知った様な口を利くな……」
「そうだな。騙されていたのは己の責任でもある。だがコレで全て終わっただろう。後は大人しく罪を償うんだな」
「ハハハ……罪を償うだって……? 笑わせる。 ぐッ、ゲホゲホッ……!」
「遂に倒したのね、グリム」
ヴィルとカルが言葉を交わしていると、ユリマを抱えながらハクとイヴも俺達の元へ来た。
「ユリマ! 大丈夫?」
「うん。気を失っているみたいだけど大丈夫だよ」
「アンタにしては上出来だねぇグリム。後は肝心のアビスが“どうなったか”だが――」
イヴの何気ない一言で、俺達は一瞬にして緊張感に包まれると同時に一斉に皆がヴィルへと視線を注いだ。
『彼を倒した事で、彼から感じていたアビスの力は確実に消えかかっている』
「だったらもうコイツに止めを刺せば全て終わりだねぇ」
「ハクちゃん達が視た未来の世界ではアビスが復活していたの?」
「うん。確かにアビスが復活して皆で戦う未来が視えていたけど、アレはもう数百年以上も前になるし未来は少なからず変化するもの。だからもしグリムが彼と一緒にアビスを倒しているのなら、それはそれで貴方達がその力で新たな未来を切り開いたという事――」
ハクが言うのならそうなのだろう。確かにユリマだって未来を変える為にずっと健闘していたんだ。形はどうであれ俺達の最終目標はアビスを消滅させる事。もしヴィルを倒した事によってそれが達成されたのなら何の文句もないんだ。
「……って事は、アビスが完全復活する前に俺達が倒せたって事でいいのか……?」
「急に言われても実感がないな」
「何だ、本当の黒幕はヴィルと一緒に片付いたという事で良いのか?」
何処か実感がない俺達に加え、カルもまた同じ様な事を思っているのだろう。
『復活しないならそれ以上の事はないぞ皆の者』
「ヒッヒッヒッ、ドラドムートの言う通りだよ。未来は変化するもの。確かに急激にアビスの力が弱まり消えかけている。このまま全てを終わらせるよ」
そう言ったイヴからももう殆ど魔力を感じられないが、イヴはそれでも最後の力を振り絞って手のひらをヴィルに向けた。
「いいね? グリム」
「ああ――」
何時もなら容赦なく行動するイヴであったが、最後に何処か申し訳なさそうに俺にそう聞いてきた。イヴなりの俺への気遣ってくれた様だ。確かに目の前のヴィルは俺の弟。でもコイツはもう完全に力と欲望に蝕まれ取り返しがつかない。これがヴィル自身の責任の代償となるならば、それは誰かに裁かれるべきだろう。
イヴの手のひらに魔力が集まるとその魔力は圧縮して勢いよく放たれた。本来のイヴの魔法と比べるとかなり威力は弱まっているが、それでも今の瀕死のヴィルに止めを差すには十分過ぎる程だった。
これで終わり。
しかし、誰もがそう悟った次の刹那……。
――ズバァン!
「「……!?」」
「ハァ……ハァ……図に乗るなよ……!」
ヴィルは今にも気絶しそうな状態からいつの間にか落ちていた神剣ジークフリード拾い上げ、イヴの魔力弾を斬り払った。
「お前……!」
「落ちこぼれの兄さんに負ける訳ないよね……! ハハハハ、本当は俺が直接切り刻んでやりたかったけど……このまま死ぬぐらいなら、俺の体を使えよ“アビス”。俺が生贄になってお前を完全復活させてあげるよ……ッ!」
ヴィルはそう言った直後、持っていた神剣ジークフリードを自らの胸に突き刺した。
「ヴィルッ!?」
そして、ヴィルが己に剣を刺した次の瞬間、まるで大きな玉が弾けて中身が飛び出す様に、剣を刺したヴィルの体から悍ましい程強大な魔力が一瞬にして溢れ出てきたのだった。更に刹那、その魔力から凄まじく冷酷で禍々しい殺意が辺り一帯に放たれた。
「何だこの魔力は……!?」
驚き言葉を失う俺達を他所に、溢れ出したとてつもなく強大な魔力はどんどんと空高く上昇する否や空宙で1ヵ所に固まった。そして固まった魔力はみるみるうちに形を変化させていくと、次の瞬間突如そこに1人の女が姿を現した――。
「アビス――」
ハクは静かにその名を口から零す。
空中に佇む人影。銀髪の長い髪が風に靡き、肌は人間とは違う紫色。首や腕に煌びやかな装飾を着けた彼女は全てを飲み込む様な深緑の瞳を俺達に向け、ゆっくりと口を開くのだった。
「実に何百年振りかしらね……3神柱の神々よ――」
「アイツが深淵神アビス……」
人間の様な見た目だが決して人間のそれとは異なる異質な存在。彼女から感じる気配、魔力、圧力、オーラ、存在感。そういった類の全てがどんな生物をも優に上回る程超越されている。
「一時はどうなる事かとも思ったけど、やっとこの日を迎えられて嬉しいわ。貴方達もそうでしょ?」
「久しぶりねアビス……。でも悪いけど誰も貴方の復活なんて望んでいないの。邪魔をする気なら今度こそ貴方を消滅させるわ」
「久々だと言うのに穏やかじゃないわねシシガミ」
「相変わらず癇に障る高飛車な女だねぇアンタは」
「あら、貴方も元気そうねイヴ。黒龍のドラドムートはいないのかしら?」
『我ならここにいる。それよりもアビスよ、我らは貴様と交わす言葉など無い。無駄な争いを避けたいのなら直ぐにこの世界から立ち去れ』
ドラドムートが鬼気迫る圧力でそう言うと、殺伐としたこの雰囲気の中で突如深淵神アビスが豪快に笑い始めた。
「アッ~ハッハッハッハッ! 私を倒せないから脅して諦めさせるつもり? そんな皆から意識されちゃうと寧ろ興奮して堪らないわ。神なら神らしくその力で全てを納得させなきゃね。お互いに――」
「「……!」」
刹那、深淵神アビスが軽くを手を動かす仕草を見せると、何処からともなくアビスの周りに数十個の杖が出現した。しかもその杖はリューティス王国の神器の1つであり、七聖天のローゼン神父が使用していた『聖杖シュトラール』と瓜二つの物。更に出現した全ての聖杖シュトラールが瞬く間に魔力の輝きを纏うと、再び深淵神アビスが軽く手を振ったのを合図に強烈な魔法攻撃が俺達目掛けて放たれた。
「マズいッ! 避けろぉぉ!」
「ダメ、間に合わない! 皆近付いて! “ディフェンション”!」
「フフフフ。防げるかしら?」
――ズババババババババババババババババッ!!
まるで災害かの如き魔法攻撃が上空から放たれ、エミリアが瞬時に防御壁を展開してくれたお陰で間一髪皆身を守る事が出来た。だが無数の聖杖シュトラールから放たれた魔法は凄まじく、今まで無傷だったエミリアの防御壁に亀裂が入った。
「そ、そんなッ……!」
「コレはマズいねぇ、皆入りな!」
滝の様に強烈な魔法が降り注ぐ中、エミリアの防御壁が崩れそうだと判断したイヴが転移魔法を繰り出した。俺達は避難する為に異空間へと逃げ、数十メートル離れた位置に転送した。
「あら、いつの間に」
逃げた俺達に気が付いたアビスは攻撃を止める。
「何だあの攻撃は。それにあの杖は……」
「神器は元々アビスの力。いや、数百年の間に与えられた全てのスキルと武器が奴の物なのさ」
「嘘でしょ……。それじゃああの聖杖シュトラールは本物って事で、もしかして他の神器も?」
「そうよ。全てはアビスが本来使っていた武器。それも完全復活した今の彼女は同時に複数の武器を召喚する」
何だそのデタラメな力は。神器1つでも凄まじい力を宿しているのに、その上あんな数を使うだって? 次元が違い過ぎる。
「おいおい、あんな化け物どうやって倒すんだよ」
『そう腐るでないグリムよ。今や主達の力は我ら3神柱を上回っている。それだけ成長しているのだ。自信を持て』
「そんな自信を持てって言われてもッ……「お前は歴代最強の強者。是非手合わせ願おう――!」
俺がドラドムートの会話していた一瞬、つい数秒前まで俺の近くにいた筈のフーリンがいつの間にか深淵神アビスに飛び掛かっていた。
神威で紅色の獣人と化したフーリンは強力な超波動を纏いながら空中で狙いを定めると、その鋭い切っ先をアビス目掛けて勢いよく振り抜いた。
――シュン、シュン、シュン、シュン!
電光石火の如き速さで槍を突くフーリンであったが、アビスは更にその上をいく速さで全ての攻撃を躱した。
「良い攻撃ね。でも、まだまだ足りないわ」
「成程。これは凄まじい強者だ」
アビスの所まで思い切り跳んで攻撃を繰り出したフーリンの体は、そのまま重力に促され再び地面に戻ってくる。しかしそのタイミングを見計らって、アビスはフーリンに攻撃を仕掛けたのだった。
「槍には槍でいいかしら」
「……!?」
杖が消えたかと思いきや次は数十本の槍が突如アビスの周りに出現する。しかもその槍は他でもないジャンヌが使っていた『雷槍グルニグ』だ。フーリンが地面に着地するまではほんの数秒。だが攻撃を繰り出すには十分な時間。
そして次の瞬間、落下中のフーリンに一切の躊躇なくアビスは全ての槍を放った。
――シュババババババババババッ!
「ぐッ……!」
「フ、フーリン!」
天から降り注いだ無数の槍は容赦なくフーリンを襲い、フーリンは槍と共に瞬く間に地面へと落下。フーリンはあの体勢からも何とか降り注ぐ槍を防いだ様だが、それは辛うじて致命的なダメージを防いだに過ぎない。流石のフーリンでもあの状況からアビスの攻撃を受けて無事ではなかった。
「大丈夫かフーリン!?」
「あ、ああ……。流石深淵の世界の神だけある。かなりの強者だ……」
フラフラと立ち上がったフーリンの体は無数の数とそこから流れる血で一杯。アビスの攻撃の凄まじさが一目で分かった。
「あんなの一体どうやって倒せばいいのよ……!」
「大丈夫よエミリア。全員で力を合わせれば必ずアビスを倒せるわ」
「シシガミの言う通りさ。その為に全てを今日という日に託したんだからねぇ」
そうだ。
俺達に全ての運命が託されている。どう転んだって最終的にコイツを倒さなければ終わらないんだ。
「動けるかフーリン」
「これぐらい大丈夫だ」
「よし。なら全員で一気にアビスを倒そう。今の俺達ならイケる」
「うん、分かった!」
「微力ながら俺も加わるとしよう。神器が全て奴の物であるなら当然この龍籠手ポルックもそうなるが、不幸中の幸い。神器の力を知っている俺ならばいないよりは何かの役に立つだろう」
カルはそう言って俺達側に付いてくれた。確かにこれは頼もしい。
「ありがとう。じゃあ改めてアビス討伐と行こうか皆」
「「おお!」」
俺、エミリア、フーリン、ハク、イヴ、ドラドムート、そしてカルは一斉にアビス目掛けて攻撃を繰り出した。
これが最後の戦い。絶対にお前だけは倒すぞアビス――。
「遊びは無し。最初から最後まで全開でいくよアンタ達!」
「精霊魔法、“エルフズ・フルフレイム”!」
イヴの一喝で更に士気が高まった俺達。次の瞬間、先手必勝と言わんばかりにエミリアが攻撃魔法を繰り出した。強力な魔力が瞬く間に豪炎と化し一直線にアビスを襲う。エミリアの最大攻撃は最大防御でもあるディフェンションだが、既に今のエミリアは攻撃魔法も“神1級魔法”の威力を持つ。
「貴方達が私を倒す為に3神柱に力を与えられた人間ね。まんまと私の力まで利用されて少し不快だけど、その分楽しませて頂戴」
そう言ったアビスは魔力を高めると、今度は『狩弓アルテミス』を無数に出現させると同時に自らに向かって来ていた豪炎向けて一斉に矢を射た。
――ズバァァァン!
エミリアとアビスの攻撃は激しい衝突音と共に爆煙を巻き上げながら相殺され消え去った。だがエミリアの攻撃に続いて間髪入れずに仕掛けていたのはカル。彼は強力な重力の力で宙を漂っていたアビスを大地へと引き寄せた。
「あら。これも私の武器の力じゃないかしら?」
「ご名答。このまま自分の力で止めを差されるのも良いだろう」
アビスが大地に落ちてくるとほぼ同時、カルは超波動で高めた正拳突きを勢いよくアビス目掛けて放った。何時かの戦闘でカルの実力は十分理解している。シンプルな戦闘力なら七聖天の中でも1,2を争う実力だろう。知ってか知らずか、今までに七聖天の奴らを見たところ気の流れを会得していたのはヴィルとカルだけだ。
しかし、カルは流れる様な動きから鋭い拳をアビスに放ったものの、その拳は無情にも空を切った。
「ッ……!?」
「フフフ、ここまで私の武器も使いこなしているのも立派だけど、あなた自身の力もまた大したものね。まぁそれも所詮は“人間レベル”での話ですが――」
一瞬だから何が起こったのか正確には分からない。だがアビスはカルの拳をそっと手で触れ攻撃の軌道をズラした。いや、今の動きには何か違う違和感があった。
カルの拳を躱した次の刹那、アビスは驚異的な速さでカルの背後を取ると、そのままカルの背中にこれまたそっと手を置いた。
「この力はこう使うのよ」
アビスが静かにそう呟いた次の瞬間、まるで凄まじい打撃を受けたかの如くカルが地面に叩きつけられた。
――ドゴォォォン!
「がはッ……!」
「カル!?」
よく見るとアビスの腕にはいつの間にかカルの神器と同じ『龍籠手ポルック』が付けられていた。という事は今のはアビスが懸けたた重力の攻撃か。
「私の武器なんだから私に通じる訳ないじゃない」
「だったら違う武器で倒すしかないな――」
「……!」
声に気付いたアビスが咄嗟に振り返る。するとそこには紅色の毛並みを逆立て槍を構えるフーリン。しかもアビスを挟み込む形で反対側には剣を構えるハクの姿もあった。
「消えなさいアビス!」
「はあッ!」
完璧なタイミングで繰り出されたフーリンの槍とハクの剣は神速のスピードでアビスに振るわれた――。
――ブオォォン!
「「……!?」」
「危ない。今のは一瞬ヒヤリとしたわ。流石私を封印した3神柱の力だけあるわね」
「速いな」
「力は健在の様ね」
見事捉えたかに思えたフーリンとハクの攻撃であったが、寸での所でアビスがそれを躱してしまった。
だが。
「まだまだぁ!」
『いけグリム』
皆に続き俺も間髪入れずアビスに剣を振るう。奴はフーリンとハクの攻撃を避けた直後。コレは躱し切れないだろ。
――ガキィィィン!
「ちッ、それはヴィルの……」
「中々の攻撃の連続ね。正直驚くばかりだわ」
その言葉が何処まで真意かは定かじゃないが、まだアビスは余裕そうな表情を浮かべている。俺の剣は後僅かというところでアビスの出した『神剣ジークフリード』によって受け止められてしまった。しかし俺は更にもう片方の剣でアビスの体を狙う。
――ガキィン、ガキィン、ガキィィン!
「くそ。鬱陶しい剣だな」
「お互い様じゃない?」
俺は持てる力を駆使してアビスに連続で剣を振るったが、何処からともなく瞬時に現れる神剣ジークフリードによって攻撃が全て防がれてしまった。本当にふざけた能力だ。反則じゃないかコレ。
――ガキィン、ガキィン!
「直ぐそこにいるのに届かない……!」
更なる追撃も儚く、次の手を考える為に俺は一旦アビスと距離を取った。そこには地面に倒れるカルの姿も。
「畜生。厄介な相手だぜ。おい、大丈夫かカル!」
「あ、ああ……。これしき問題ない」
俺の呼び掛けに反応したカルはゆっくりと立ち上がり再び波動を練り上げた。それを見たフーリンとハクも俺達の所へ。
「相当の強者だぞアイツ」
「ああ。これは思った以上にヤバい相手だった」
「大丈夫よ。確かにアビスは強いけど、絶対に貴方達なら勝てる」
誰も諦めた訳ではない。しかし目の前の深淵神アビスという強大な力の存在に安心出来ないのも事実。コイツを倒すイメージがまるで湧いてこない。
「フフフフ。思った以上に刺激は感じたけど、それもここまでかしらね。その程度の実力では到底私には勝てないわよ」
「精霊魔法、“エルフズ・ギガボルト”!」
次の瞬間、強力な雷攻撃がエミリアからアビス目掛けて放たれた。天より放たれた雷はバチバチと激しい音を鳴らしながら一瞬でアビスを捉える。
――ドゴォォォン!
「うお! やったか!?」
凄まじい衝撃音と閃光によって反射的に視界を覆った俺達であったが、エミリアの雷攻撃がアビスに直撃したのを確かに横目で確認出来ていた。
今の攻撃が入っていたとしたら……。
自然とそんな事が頭を過りながら一瞬閉じた目を開けた俺は、期待と現実をほぼ同時に目の当たりにした。
「やはり3神柱の力を与えられたと言っても、人間レベルではこの程度が限界のようね。もう飽きたわ」
「「……!?」」
エミリアの雷攻撃を受けたアビスはまるで無傷と言わんばかりに当たり前に言葉を発すると、直後今までよりも更に強力な魔力を練り上げたアビスは凄まじい魔法攻撃を繰り出してきた。
「さようなら。邪魔だから消えてくれるかしら。“ロスト・デス”――!」
アビスから繰り出された黒い魔力の玉。その玉は悍ましい程の魔力が圧縮されており、玉を見た瞬間全員の本能が“逃げろ”と脳に訴えかけていた。
「逃げろォォッ!!」
――ブオォォォォォォォォン!!
「「ッ……!!」」
物凄い衝撃と飛ばされる体。
言葉に出来ない程の強烈な衝撃波が発せられたと同時、俺達はアビスの攻撃によって瞬く間に吹き飛ばされた。
元々壊滅的状態であった王都の街並みを更に一掃してしまうかの如く驚異的な範囲と威力を誇ったアビスの攻撃は、気が付けば俺達を王都からかなり離れた位置まで散り散りに辺り一帯に飛ばされていた。
「……ぐッ……み、皆……大丈夫か……?」
何処をどう打ちつけられたのかも分からない。
ただ全身のあらゆる箇所から痛みが。
耳鳴りもして頭がクラクラしている。
だが幸いと言うべきか酷い怪我はない。徐々に耳鳴りも弱まりゆっくりと視界もクリアになってきた。
「痛ッつ……。何処だここは……」
『大丈夫かグリムよ。どうやらアビスの攻撃でかなり吹き飛ばされた様だ』
何気なく辺りを見渡した俺は何処となくこの場所に見覚えがある感覚に陥っていた。
「ん……もしかしてここ辺境の森か?」
『ああ。我らが1番遠くへ飛ばされたな。他の者達も皆王都から大分飛ばされた様だが、辛うじて魔力を感知出来る。死んではいないだろう』
やはり辺境の森だったか。所々焼け野原になっているから分かりづらかったな。それにしてもここが辺境の森って、どんだけ飛ばされたんだよ俺。そんな事を思っていた刹那、突如遠くから“何か”がこちらに勢いよく飛んできた。
――ズザァァッ……!
「え、おい……! カルじゃねぇか!」
そう。突如飛んできたのはカル。しかもカルは気を失っている。
「おい、大丈夫かカル! どうしていきなり飛んできたんだよ!」
俺が倒れるカルを抱きかかえながら声を掛けていると、次の瞬間事もあろうか再び幾つかの物体が勢いよく俺の所へ飛んできた。
――ズザァァ、ズザァァ!
「なッ!? ハク……! フーリン! イヴ! エミリア……!」
矢継ぎ早に飛んできたのは呼吸を荒くし苦しそうな表情を浮かべたハク達だった。
「お、おいッ! どうしたんだよお前ら!? 一体何がッ……『奴だ。グリム――』
俺の声を遮る様にそう言ったのはドラドムート。
俺はそのドラドムートの言葉と同時に視界の奥から不気味な気配を感じ取った。
「アビス……!」
木々の間からゆっくりと姿を現したのは他でもない深淵神アビス。俺は奴がうっすらと笑みを浮かべる表情を見て事態を一瞬で把握した。皆を攻撃をしたのは間違いなくアビスだ。
「フフフフ。どうしたのかしら、そんな怖い顔をして。全員私を見るなり襲い掛かって来たから正当防衛したまでよ」
「テメェッ……!」
「次は貴方かしら?」
『挑発に乗るでないグリムよ! ここで感情のままに動けば奴の思惑通りだ』
「そんな事言ったってアイツが皆をこんな目に遭わせたんだぞ!」
「だ、大丈夫よグリム……私達はまだ動ける……」
倒れていたエミリア達は皆フラつきながらもゆっくりと体を起こし始めた。
「何言ってるんだ。そんな状態じゃ無理だろ!」
「無理でもやらなくちゃ……! 絶対にアビスは私達で倒さないと」
「よく言ったぞエミリア。俺もまだ戦える。奴はここで確実に仕留めなければならん強者だグリム……」
ボロボロになりながらもエミリアとフーリンの心は決して折れていなかった。それはハクとイヴとカルもまた同様。
「こんな邪神に思うがまま操られていたと思うと腹立たしい」
「皆まだ戦えるわね……? 諦めなければ絶対に勝機は生まれるから」
「ヒッヒッヒッ。3神柱ともあろう私らが情けないねぇ全く。私に関してはもうほぼ魔力が残っていない。いいかいアンタ達、もう後にも先にもアビスを倒せるのはアンタ達しかいないんだよ。どんな卑怯な攻撃でも構わないから奴を始末しな」
再びイヴの喝で気が引き締まった俺達は、言葉通り最後の力を振り絞った。イヴはあからさまに体力の限界が違い。ハクも徐々に力が弱まっている。それに俺達だって限界が近い。ここで勝負をかける――。
「これで終わらせるぞ。エミリア、フーリン!」
「うん!」
「ああ!」
俺も最後の力を振り絞り再度ドラゴンソウルを使用する。
俺達3人が戦闘態勢に入りアビスに攻撃を仕掛けようとしたまさにその刹那、突如頭の中から声が響いてきた。
<全員よく聞きな――>
「イヴ……?」
響いてきたのはイヴの声。しかも俺だけでなくエミリア、フーリン、ハク、そしてカルにまで同じ事が起こっている様だ。
<これは私の“念話”だ。私らにしか聞こえていない>
「あら、まさかやる気だけ出して怖気づいたかしら」
反射的に動きを止めてしまった俺達を見て、アビスが一瞬訝しい表情を浮かべながら冗談っぽくそう言った。
<念話がバレたら最後だ。奴にバレない様に兎に角攻撃を仕掛けな>
イヴに言われるがまま、俺達は全員でアイコンタクトを取ると一斉にアビス目掛けて攻撃を仕掛けた。
「うらッ!」
「はッ!」
「また馬鹿の一つ覚えみたいな攻撃ね。それじゃあ私は倒せないわよ」
<いいかい? 森羅万象、この世に存在するものには必ず“急所”がある。ラグナレクの核の様にねぇ。それは私ら3神柱も同じであり、奴もまた然りなのさ。
私がアンタ達にエネルギーの流れを会得させたのはこの時の為。全員で連携して僅か一瞬でいいからアビスの隙を生み出し核を狙うんだ。私が完璧なタイミングでアンタ達をそこへ導いてやるから、それまで死に物狂いで攻撃し続けな――!>
イヴの念話をしかと受け止めた俺達は全員自然と頷くとと共に、そこから息つく間もなく怒涛の連続攻撃を展開した。
俺が剣を振るってはフーリンが槍を突き、エミリアが後方から防御と攻撃を的確に魔法でサポート。更にカルが拳と蹴りを交えてハクの剣も振るわれる。四方八方から繰り出す連続攻撃。だが無数の神器を同時に出現させるアビスの強力な魔法によって中々決定的なダメージを与えられずにいた。
――ズガガガガガガガ!
俺達の絶え間ない攻撃がことごとくアビスの神器によって防がれては攻撃を放ってくる。繰り出しては躱し繰り出しては躱しの連続。その間も念話でイヴから的確な指示が入っている。
そして。
終わりが来ないのではないかと錯覚さえしてしまうこの激しい攻防に、遂に“その瞬間”が訪れる――。
<もう奴の核は捉えているかい? アビスは神器を切り替える僅か一瞬に隙が生じる。全員でそこを狙うよ>
念話で響くイヴの声に、全員が無言で頷いていた。
<アビスが次魔法を繰り出したらエミリアがディフェンションで返す。更にそのカウンターに追撃でフーリン、シシガミ、カルの3人は攻撃を仕掛けて兎に角奴の注意を散らす。そして奴に生じた一瞬の隙を突いてグリムが止めを差しな。奴だって完璧ではないんだよ。必ず倒せる――>
次でアビスを倒す。
改めてそう決意を固めた俺達は自然と意識をそれだけに集中していた。
<来るよ!>
「段々と動きが鈍くなって来た様ね。頑張ったけどここまでよ」
勝ち誇ったかの様にそう言ったアビスは聖杖シュトラールを出現させると、無駄のない動きで強力な魔法を放ってきた。
<今だエミリア!>
「精霊魔法、“ディフェンション・リバース”!」
「そんな防御壁じゃ防げないわよ」
確かに1度破壊されてしまった防御壁であったが、エミリアは渾身の力を振り絞ってこの一撃に懸けていた。エミリアの思いが乗った防御壁は強力なアビスの攻撃を受けながらも、今度はヒビ1つ入る事無く全てを防ぎ切った。
「……!」
「よし! リバース!」
一瞬驚いた様な表情を浮かべたアビス。だがそんな事はお構いなしに、エミリアは今受けたアビスの攻撃を倍の威力で跳ね返した。
――ズバァァァァン!
「くッ……!」
これは流石のアビスも想定外だったのか、自身の攻撃を防がれた上に自分の攻撃が更に威力を増して返されアビスはこの日初めてその余裕な顔を僅かに歪ませた。
<今だ! 畳み掛けなッ!>
イヴだけではなく、全員が初めて勝機という綻びを見つけていた。エミリアの決死の魔法によって既に攻撃を仕掛け始めていたフーリン達の対応に僅かに遅れを見せたアビス。
「はッ!」
―ズガンズガンズガンズガンズガン!
「ちッ……!」
勝機を感じた事により自然と皆の力が増す。フーリン、ハク、カルの怒涛の連続攻撃はアビスに一切の余裕を与えない。
そして……その瞬間は来た――。
「はあッ!」
「ぐッ、小癪な!」
アビスがフーリンの攻撃を防ごうと神器を繰り出したまさにその刹那。
<そこだ! 行けグリムッ!>
「なッ……!?」
本当に僅かな一瞬の隙を突かれたアビスはここにきてあからさまに顔を歪めた。完全にフーリンに気を取られた一瞬。俺達はずっと狙っていたこの一瞬に全てを懸けていた。
既にアビスの体の中心に存在する核を見極めていた俺は、微塵の迷いなく一心不乱で核目掛けて剣を振るう。
「終わりだアビスッ!!」
「しまッ……!?」
遂に俺達の攻撃がアビスに届いた――。
と、誰もがそう思った次の瞬間、俺の剣がまさにアビスの核に触れたとほぼ同時に突如アビスの体から凄まじい衝撃波が発せられた。
「なッ!?」
「ハッハッハッハッ! 随分と危ない事してくれたわね貴方達。今のは本当にヤバかったわ」
「ぐッ……!」
「失敗……? そんな……」
立場逆転。
何が起こったのかも分からないままに、俺達はアビスを仕留め切れなかった事に一瞬で体全身が絶望感に襲われている。
「万が一に備えて核に魔法を施しておいて正解だったわ。発動するとかなり魔力と体力を持っていかれる1度きりの護衛技だったけど、それだけの効果は十分あったみたいね」
「クソッ……! そんなのありかよ」
全員が自らに押し寄せる虚無感に体を動かす気力が無くなっていた。アビスに再び余裕の笑みが戻るのとは裏腹に、俺達は一気に追い詰められてしまった。
たった“1人”を除いて――。
――ガチィィィン!
「……!」
「ヒッヒッヒッヒッ。私らの攻撃は“まだ終わっていないよ”」
変わりかけていた場の空気を、イヴがたった一言でまた引き戻した。しかもさっきまで念話で聞こえていた声が今はハッキリと耳に響いて。
「イヴ!?」
「ボケっとしてるんじゃいよ! これが“最後のチャンス”だ! やれグリムッ!」
全員が諦めかけたその瞬間、イヴは残された魔力を全て振り絞ってアビスに魔法を繰り出していた。イヴの結界魔法によってアビスは金縛りにあったかの如く動きが止まっている。
瞬時に状況を理解した俺は、抜けていた全身に再び力を込め、今度こそアビスを倒す為に思い切り剣を振るった。
「うらぁぁぁ!」
「ふ……ッざけるなぁぁ!」
――ガキィィン!
「何ッ!?」
イヴの結界魔法によって動きを封じられていたアビスであったが、既にイヴの魔力が弱まっていたせいだろうか奴は強引にイヴの結界魔法を突破した。
完璧に打ち破った訳ではない。だが辛うじて動かせるようになった足で俺の攻撃を勢いよく弾いたのだ。
「あら、ずっと戦っていなかったからまさかとは思っていたけど、もうまともに力が残っていないのねイヴ」
「くッ……。癪に障るが事実だねぇ。グリム! もう結界も持たないよ!」
「分かってる!」
俺は直ぐに体勢を立て直し、結界魔法を完璧に打ち破ろうとしているアビス目掛けて再び剣を振るった。
だが次の瞬間、またもや俺の剣が奴に届く寸での所でアビスが結界を打ち破り、俺の攻撃を防いでしまった。
「ぐッ、テメェ……!」
「フフフフ! 実に惜しかったわね。ここまで本当に楽しませてもらったッ……『――ガチンッ!』
次から次へと状況が一変していく。
結界を打ち破った筈のアビスが再び拘束されたかの様に体が動かなくなっていた。
「ちょっと……! なんなのよまた」
アビスはそう言ってまた結界を打ち破ろうと藻掻くが、今度はさっきと違い全く結界を打ち破れない。
「どうなってるの……!」
「ヒッヒッヒッヒッ。言っただろ? 私らは“全員”でアンタを倒すとねぇ」
結界を施したのはイヴではない。皆が瞬時にそう悟り不意に辺りを見渡すと、少し離れた木の陰から姿を現したのはユリマだった――。
「ユリマ⁉」
「驚くのは後よグリム。私の結界も長くは持たない。早くアビスを!」
突如現れたユリマの一言で場は一気に緊迫した空気に包まれたが、ふと我に返った俺はこの日何度目となるかも分からない攻撃をアビス目掛けて繰り出した。
「これが本当に最後だアビスッ!」
「そ、そんな馬鹿なッ……『――ガキィン!』
アビスの言葉を遮る様に、俺の剣が奴の核を捉えた。
「う……うぐァァァァァァァァァァッ……!!」
実感はない。だけどアビスは凄い悶絶の表情を浮かべながら断末魔の叫びを上げる。核を破壊した事によってアビスの体からは黒い蒸気の様なものが立ち込め、どんどんと魔力が弱まっていくのを感じられた。
「倒した……のか?」
『ああ。よくやったぞグリム』
「凄いわよ皆!」
「ヒッヒッヒッ、まさか本当に倒すとはねぇ」
「ぐあァァァァァァ……!」
叫び声を上げ続けていたアビスであったが、奴は魔力と共に体も徐々に塵と化し消え始めていた。そして体がどんどんと消え去っていくアビスは最後に俺達を物凄い形相で睨めつけてきた。
「ゔゔッ……く、クソ共度がァァァァ……! 私がお前達に負ける等……絶対に有り得なッ『――フッ……』
アビスは皆まで言いかけると、彼女は蝋燭の火の如く一瞬で消え去ってしまったのだった。
「グリム、エミリア、フーリン! 皆よくやったわね! ユリマもカルも!」
子供の様にはしゃぎながらそう言って駆け寄って来たハク。そんなハクを見て俺達にも徐々にアビスを倒したと言う実感が湧き始めた。
「え、本当に倒したんだよね!? アビスを!」
「そうだろうな。魔力が完全に消え去った」
「倒せたのはいいけどさ、まだ実感が湧かないよな。それに何がどうなってんだよ。ユリマにもイヴの念話が伝わっていたって事か?」
「ヒッヒッヒッ。敵を騙すにはまず見方から。勝負の鉄則だよ」
どうやらユリマとイヴは初めからここまでが作戦だったらしい。何も知らなかった俺達はまんまとイヴに騙されていたという訳だ。
「ふざけるなよイヴ! 何時からユリマとグルだったんだ! こうするなら初めから言えよな。本当に気力が無くなって動けなくなる所だったぞ」
「馬鹿者。だから成功したんだよ。あのリアルな事態が最後の一撃に繋がったんだ。あのアビスを倒して何を文句言う理由があるんだい馬鹿者!」
いつの間にかなんか逆に怒られてるし。何で?
「フフフ。何はともあれこれで本当に終わりですよ皆さん。貴方達は見事終焉から世界を救ったのです。おめでとうございます。そして、私を助けて頂きありがとうございました」
そう言ってユリマは優しく俺達に微笑んだ。
「あ~~……本当に終わったんだよな」
改めてそう口にした瞬間俺は全身の力が抜け、そのまま地面に寝転がる様に倒れ込んだ。そんな俺を見てエミリアとフーリンもその場に座り込む。皆緊張の糸が切れどっと疲労が押し寄せた様子。だがその表情はこれまでの日々の中で1番清々しい顔つきだった――。
♢♦♢
~リューティス王国~
見事深淵神アビスを倒した俺達。
あれから早くも数ヶ月が経ち、世界は大きな変化を見せていた。
深淵神アビスの力が無くなった事により、スキルの力を失った多くの人間達は皆大いに戸惑った。だがハク達3神柱によって今回の全貌を伝えられた多くの民達はリューティス王国やスキルの歴史、そして国王やアビスの思惑、終焉の真相等全てを知らされた。
真相を知った民達はスキルや武器の力を忌み嫌ったが、その力によって王国や暮らしが豊かになり平和になっていたのも事実であったと改めて思い知らされた。既にスキルの力がほぼ全ての民にとって必要不可欠な力であると悟ったハク達は、消え去ったアビスの力の代わりに自分達の魔力を新たな力として与えてくれたの。
しかしこれはアビスの様に戦う為の力ではない。国、人、動物、モンスター……生きとし生けるもの全てが平和で豊かに共存していける為の力だとハク達は皆に伝えた。
初めのうちは各地で大きな戸惑いが生まれていたそうだが、皆が、世界が少しづつ着実に前を向いて進み出していた。今の時代を作れるのは今を生きている者達だけ。この世界は大きな変化に見回れたが、それでも確実に新たな平和な世界へと動き出していた――。
そして……。
**
「もう行くのか?」
「うん。元々私達3神柱はいていない様な存在。まだまだ他の世界にも行かないといけないから」
「そうなんだね……。寂しいな」
深淵神アビスとの壮大な戦いに終止符が打たれ、世界も徐々に落ち着きを見せ始めた頃、ハク、イヴ、ドラドムートの3神柱はこの世界を離れる事になった。
とは言っても元からハク達は神の存在。今回は俺達の世界がアビスによって滅ぼされるのを防ぐ為に、彼女達は来るべき日に備えてその身を潜ませていたに過ぎない。本来であればいる方が稀なケースだと言っていた。だから使命を終えたハク達がこの世界から離れるのはごく自然な流れだろう。
「ヒッヒッヒッヒッ。まぁアンタら人間は寿命が短いからねぇ。死ぬ時までに会えるか分かったもんじゃない」
「ちょっとイヴ! そんな言い方しないでよ」
「本当の事を言って何が悪いんだいシシガミや」
ハクもイヴも相変わらず。世界が変わってもここだけは何も変わらない。
「短い時間だったとはいえ、改めて別れとなると名残惜しくもある。次会う時には主と過ごした辺境の森も、今よりもっと元気な姿で拝みたいものだ」
「そうだな。アビスを倒して一気にやる事もなくなったからさ、俺が頑張って森を回復させるよ。俺の家でもあるからな」
「グリムが初めて森に訪れた日がつい昨日の事のようである。己で墓も建てたから、余生も心配いらぬな」
「ハハハハ! 確かに」
多くの民が自然と3神柱を崇拝する様になった事により、ハク達はこの世界で本来の力を取り戻していた。だからドラドムートも今では最初に見たあの黒龍の姿に。改めて見ると凄い存在感だよな。普通に会話しているのが何か可笑しくて笑えてくる。
「それじゃあそろそろ行きましょうか」
「今回は大分体力を使ったからねぇ。暫く静かに時間を過ごしたいものだ」
「どの世界も平和ならばそうなるだろう」
そう言うと、ハク達は神々しい光にその身を包んで空に飛びあがった。
「グリム、エミリア、フーリン。絶対にまた会おう! 元気でね!」
「おう。お前達も元気でな!」
「ゔゔッ……ハクちゃん、イヴ……ドラドムート……!」
「げッ、泣くなよエミリア」
「結局お前達と手合わせ出来なかったな。今度来た時は必ず手合わせしてくれ」
「泣いてるエミリアもだけど、それもどうかと思うぞフーリン」
何時もの様な他愛もない会話。俺達はそんな言葉を交わしながらハク達に別れを告げた。
「じゃあな、ハク! イヴ! ドラドムート! 生きていたらまた会おうぜ! お互いにな――!」
そう言いながら大きく手を振る俺達。
ハクがこちらに手を振り返すと、ハク達は強い光に包まれるや否や天高く舞い上がっていった。
ハク達のその光は一瞬で空の彼方へ消えると、そのまま見えなくなってしまった。
「行っちゃったな」
「ゔゔッ……! そうやって泣かせるような事言わないでよグリム!」
「別にそんなつもりは全くないんだけど」
「さてと、じゃあ俺はもう行くぞ」
「お前はお前で切り替え早いなおい」
「今度は何処に行くの? フーリン」
「それは決まっていない。きっとまだまだこの世界には俺の知らない強者が沢山いるだろうからな。全員と手合わせを願うだけだ」
「途方の無い旅だなそれはまた。エミリアはどうするんだ?」
「私は特に明確な予定はないけどこの間お父さんから連絡があって、近々会うつもりなの」
「そうなのか。良かったなエミリア!」
「うん、ありがとう。グリムはどうするの?」
エミリアの何気ない問い掛けに、俺は頭を悩ませた。
「う~ん、そうだなぁ……俺も別にする事無いんだよな。でもずっと森にいたからさ、ちょっと外の世界に触れようかなと思ってる。ちょろちょろ出歩きながらドラドムートと約束した通りに、俺はこの森も少しづつ元の姿に戻したいな」
「そっか。私に手伝えることがあったら何時でも言ってねグリム。フーリンもね」
「ああ」
**
こうして、俺達の壮大な旅は幕を下ろした。
思い返せば本当に色々な事があり、毎日がとても濃厚な日々だった。
深淵神アビスを倒すと言う大きな役割は何とか果たす事が出来たけど、俺達の人生の旅はまだまだこれからだろう。今回の様な事はきっとこれからの長い人生の中でも極めて特殊。だが一瞬先から何が起こるのか分からないのが人生だとも今回の事で体感した。
世界は俺が思っている以上に広く壮大だ。
そんな世界を少しづつ自分の目で見て肌で感じるのも悪くないかもな。
さてと……意外とこれは忙しくなりそうか?
まぁ何を始めるにしても色々準備しないといけない。ホント、この間までの自分からは想像出来ない生活になっているもんな。
「おーい! 何ボーっとしてるのよグリム! 先行っちゃうよ」
「あ、悪い悪い。ちょっと待ってくれって。別にそんな急がなくてもいいだろ――」
俺はいつの間にか先を行ってしまっていたエミリアとフーリンの元へ走って向かう。
走りながら俺は不意にハク達が舞い上がっていった空を見上げていた。
また会おうな、皆で――。
【完】