「す、凄い……」

 闘技場を取り囲む数千人の団員達は、気が付けば皆グリードとヴィルが繰り広げる凄まじい戦いに固唾を飲んで見守っていた。

 ――ズガガガガッ! ガキィン! ガキィィンッ!
 金属と金属がぶつかり合う衝撃音がひたすら響く。齢15歳にして最強と一目置かれる様になったヴィルの実力は本物。レオハート家として生まれながらに才能を持っていた事もあるだろうが、彼はそんな事情関係なくただただその実力だけで周りを認めさせていた。

 だがしかし、最強の親は更に最強。
 
 由緒あるレオハート家の出身であり、リューティス王国での騎士魔法団創設以来史上最年少で最強の座に登りつめたグリードの実力もまた本物であった。

「くッ、やはり父さんの剣術は凄まじい。まるで隙が無い」
「成長はしている様だが所詮はこの程度かヴィル。最強と呼ばれて天狗になっていたか?」

 次の瞬間、今までよりも更に一段階ギアを上げたグリードの斬撃はヴィルの剣と体を大きく弾き彼を吹き飛ばした。

「やばッ……」

 そう思った瞬間には時すでに遅し。完全にガードを上げられ無防備になってしまったヴィルに対し、グリードは既に止めの攻撃態勢に入っていた。

「これで終わりだヴィル。もっと強くなれ――」

 ――ズバァァン!
 凄まじい超波動を纏ったグリードの一閃が見事ヴィルを捉えた。攻撃を受けたヴィルはグリードの強力な一振りにってよって体を吹っ飛ばされ、そのまま訓練場の分厚い壁に勢いよく衝突した。砕かれた壁の石は音を立てて崩れ落ち、立ち込めてる砂埃のせいでヴィルの姿が確認出来なかった。

 だが、今の一撃で決闘を観ていた大半の者が勝負ありと悟っていた。それ程までにグリードの攻撃が完璧に決まっていたからだ。

「姿が見えないな……」
「馬鹿。今のは決まりだろ」
「完璧に入っていたからなぁ。早くヴィル団長を助けに行った方がいいんじゃないか?」
「まだ分からないだろ! ヴィルが起き上がってくるかもしれない!」
「ないない、今のは確実に決定だよ。ヴィルも強かったがやはりグリード大団長は次元が違ッ……『――ガラガラッ……!』

 団員達がそんな会話をしていると、突如立ち込める砂埃の奥から瓦礫が動く音が響いた。そして砂埃が徐々に晴れていくと同時、気怠そうに頭を掻きながら転がる剣を拾うヴィルの姿が確認出来たのだった。

「――!」
「ふぅ~、危ない危ない。流石父さんの攻撃。一瞬死んだかと思っちゃった」
「「うおォォォォッ!!」」

 ヴィルの思いがけない復活に、訓練場は再び熱気と歓声に沸いた。

「おいおい、嘘だろ!?」
「今のグリード大団長の攻撃が当たっていなかったのか?」
「いや、どう見ても決まってたと思うぞ!?」
「だったら何で……」
「何をグダグダ言ってやがる! これで勝負の続きが見られるんだからいいじゃねぇか!」

 決闘を観戦していた大半の者には勝負ありに見えたグリードの一撃であったが、ヴィルはどうやらその攻撃から身を守っていたらしい。一瞬の疑問に思う者も確かにいたが、皆異次元の両者の戦いをまたみられると思うや否やそんな細かい事を誰を気にしていられないと言わんばかりに興奮を露にしているのだった。

 しかし、その疑問をうやむやにしなかったのは他でもない七聖天のメンバーであった。

「ホッホッホッホッ。いやはやこれは驚きましたな」
「何がどうなってやがる。 今のは完全にグリード大団長の攻撃が入っていただろ!」
「私にもそう見えたわ。それともあの状態から攻撃を防いだのかしら?」
「……」
「さて、それはどうでしょうか。いずれにしてもこの決闘は“次で決まる”事でしょう――」
「だぁぁぁ! おいユリマ! まさかそれお前の未来予知とかじゃねぇだろうな! こんな面白い戦いに水を差すんじゃねぇよ」
「落ち着いて下さいアックスさん。次で終わるのなら尚更よく見ておかねばいけませんよ」

 完全に決まったと思われたグリードの最後の一撃。だがそれは実力ある七聖天の目から見ても意見が割れる程に異様な瞬間でもあった。

 そしてそれはまたグリードも然り――。

 最後の一撃に“違和感”を覚えたのは団員達でも七聖天でもなく、その異様な感覚を感じ取っていたのは他の誰でもないグリード自身であった。

「ヴィル……お前今何をした」

 鋭い眼光を向けながら、グリードはヴィルに核心に迫る質問をした。とても呑気に世間話を交わせる気分ではない。それ程グリードは“今のヴィル”から何とも言えない不信感を感じていたのだ。

「ハッーハッハッハッ! 嫌だね父さん。なんか俺の実力を疑っているかの様な言い草だけど、今のが正真正銘俺の実力だよ。今父さんが思っている通り、俺はただ父さんの攻撃を正面から“受け流しただけ”。特別な事は勿論、魔法だって使っていないよ」

 高笑いを上げながら、グリードをこれでもかと見下す様な目つきで物言うヴィル。

 そう。
 グリードや七聖天が抱いた違和感は違和感ではなく、紛れもないヴィルの実力。誰もが決まったと思った最後の一撃を、彼は食らったのではなく瞬時に後ろに飛びながら威力を吸収し、更にそのまま攻撃をいなしたのだ。

 グリードの攻撃自体に威力があった為に勢いよく壁に衝突したヴィルであったが、攻撃を受けていない彼には微塵のダメージにもなっていなかったのだ。

「あらら。これが長きに渡りリューティス王国最強と謳われた俺の父親の一撃か。俺は父さんを買い被り過ぎていたみたい」
「何だと? 今の攻撃を躱しただけで何処まで調子に乗る気だ」
「だったら父さん本気の一振りを放ってみてよ。国王や立会人がいる決闘だからなんて言い訳はしないで、本気で俺を殺す一振りをさ――」
「ッ……!?」

 ヴィルが不敵な笑みで言い放った刹那、グリードはヴィルから底知れぬ禍々しい殺意を感じ取った。気が付いた時には反射的に神剣ジークフリードを構えていたグリード。

 彼はヴィルと対峙しているだけにもかかわらず次第に呼吸が荒くなり、肩で息をするまでの威圧をヴィルから受けていた。

「どうしたの父さん。攻撃しないの? こんな楽しい戦い初めてなんだから早く続きをやろうよ」
「ぐッ……! よ、寄るな! くたばれぇぇぇぇッ!」

 全部の細胞がヴィルを拒むかの如く、本能が目の前の敵を危険と察知したグリードは最早相手が自分の息子であるという事や正式な決闘であるという事を完全に忘れ、ただ無我夢中で目の前の敵を殺す為に渾身の一振りを放ったのだった。

 だが次の瞬間……。

 鮮血を噴き上げながら地面に静かに倒れたていったのはヴィルではなく、剣を振るった筈のグリード・レオハートであった――。