真っ青に広がる空のど真ん中に突如姿を現した漆黒のドラゴン――。
その異質な存在感に圧倒された俺達は完全に言葉を失ってしまった。
「元気そうで良かった、ドラドムート」
「ヒッヒッヒッ。手間を掛けさせる奴だねぇ」
ハクとイヴは空に浮かぶ黒龍と当たり前の様に言葉を交わす。
コレが黒龍……そしてこの黒龍こそが3神柱最後の神である『竜神王ドラドムート』なのか。
頭では理解出来ているけど言葉が出なくて体も動かない。ただ目の前の圧倒的な存在に度肝を抜かれていた。
「主達のお陰でようやく目覚める事が出来た。まさかここまで我らの力が弱体してしまうとはな」
「そうね。深淵神アビスの力がここにきて想像以上に強まっている。それに比べて私達はまんまと彼女の思惑通り力が弱められてしまったわ」
「今更そんな事をブツブツ言っていてもしょうがないだろう。全ては分かっていた事。その為にこっちだって種を撒いておいたんだからねぇ」
イヴは俺達に視線を移しながらそう言った。すると、黒龍を見て固まっている俺達にドラドムートが声を掛けてきたのだった。
「ようやく会えたな。世界を救う選ばれし者達よ――」
まだ実感が湧かない。まさかあのドラゴンに話し掛けられているなんて。
「何時までボケっと口を開いているんだいアンタ達は」
「いや……だってドラゴンなんて初めて見たし……」
戸惑いを見せる俺達を他所に、ドラドムートは流暢に会話を続けていった。
「シシガミの力を与えらしフーリン・イデント。そしてイヴの力を与えられしエミリア・シールベス。主達は見事自分の真の力を手に入れられた様だな。ここまでの道のりは極めて困難であっただろうが、それを乗り越えて来た主達は間違いなく他の者達より強い。
我ら3神柱の力となり共に戦ってくれている事を誠に感謝する――」
竜神王ドラドムートの言葉に、エミリアとフーリンは感銘を受けた様子で静かに頷いていた。
「そして我の力を与えたグリム・レオハートよ。主とはずっと共に暮らしていたが、こうして直接会うのは初めてであるな」
「あ、ああ……」
俺はドラドムートが世界樹エデンなんて全く知る由もなかった。毎日毎日当たり前の様に住み暮らしていた樹が神だったなんて、それも今こうして面と向かって話しているのが何とも言えない不思議な感覚だ。
「この世界の数百年後の未来を知った時、我は世界を救うグリム・レオハートという人間がとても気になっていた。どのような存在であるのかとな。
それから月日が流れ、主はこの辺境の森にやってきた。我は主が森で過ごした過酷な歳月を1番近くで見る事が出来たと同時に、この子ならば必ず世界を救えると確信が持てた。
だが我の力を与えた事によって主にはかなり酷な人生を歩ませてしまったな。本当にすまない。直ぐに許せるものではないが、改めてこの場で詫びをさせてもらうぞグリム」
そう言うと、下に降り立ったドラドムートはその大きな体を限りなく屈めて頭を低くした。
確かに、俺は何も知らずにこの力を与えられた。特殊な力のせいで周りの人達から馬鹿にされ嘲笑われ虐げられ、家族にも王国にも見放されたんだ。そしてそんな俺に手を差し伸べてくれる人もまた誰1人としていなかった。
将来は父親の様な最強の剣聖になる事を信じて疑わなかった俺にとって、自分が歩んできた人生は想像だにしなかった絶望の連続だ。何故こうなってしまったんだと本当に自分の人生を恨んだ。
今目の前にはその答えがある。
眼前で突如俺に詫びを告げてきたこの黒龍が全ての始まりだ。彼が俺に勝手に力を与えたからこうなった。全てを失い、死をも受け入れるまでに。
「そっか、そうだよな……。何となく忘れてたけど、元はと言えば“全部”お前のせいなんだよな」
俺は無意識にそう言葉を漏らしていた。
まさか俺の口からそんな言葉が出るとは思っていなかったのか、皆が不意に俺の方を向いた同時に妙な緊張感みたいなものが生じていた。
「ああ。力を与えた事によって、主の先の人生がどうなるかまでは我でも知り得なかった。だがそんな事は言い訳に過ぎぬ。結果が全てであるからな」
「成程な。分かった。なんかさ、今改めてお前の口から聞かされたら今までの事一気に全部思い出して嫌になってきたな俺」
「え、グリム……?」
「主がそう思うならそれが正しい答えだ。我らが力を与えた事は我らの勝手。それを拒否するのもまたグリムの勝手であるからな」
そこまで言葉を交えた瞬間、俺はある1つの答えに辿り着いた。
「そっか、じゃあ嫌になったからここで辞めるって事でも文句は言わないよな?」
「ああ」
「ちょ、ちょっとグリム! 何言い出してるのよ!」
「良いのだ。主が出した答えならばそれが正しい。何人も否定する権利はない」
ドラドムートはエミリアをなだめ、偽りない言葉で俺にそう告げて来た。
だが、何だか思った以上に空気が緊迫してしまった。
「ハハハハ、冗談だよ!」
俺の笑い声を聞いた瞬間、エミリアはきょとんした表情を浮かべた。
「俺は別にお前に恨みなんてないよドラドムート。何を言い出すかと思ったら急に謝ってくるんだもん。驚いたぜ」
「グリム……」
「謝ってもらう必要なんてない。寧ろ俺は感謝してる。言っただろ? 全部お前のせいだって。お前の力のお陰で俺は確かに思い描いていた人生とは全く違う道を歩んだけど、そのお陰で俺はハクと出会ってまた外の世界に出る事が出来た。
俺は色んな人と出会って触れ合えて、今こうして仲間と一緒に家に帰って来ている。それもこれも全てはお前のお陰なんだよドラドムート。ありがとう! お前が力を与える先を俺に選んでくれて――」
俺は心の底からドラドムートに感謝した。
辛い事も確かにあったけど、それ以上に多くのものを俺は得た。
「一緒に深淵神アビスを倒して、世界を終焉の手から守ろうぜドラドムート!」
「やはり主で間違いなかった様だ。我も心から感謝するぞ、グリムよ――」
改めて互いの存在を認め合った俺とドラドムート。これで俺達と3神柱が全員揃った。深淵神アビスの復活も近くなり、俺達には自然と結託感が強く生まれていた。皆世界を救いたいという気持ちは同じ。後は全ての元凶である深淵神アビスを倒すのみだ。
そう俺達皆が思っていた時、そこに突如、1つの声が響き渡った。
「ハハハハ! やっと見つけた。また会えて嬉しいよ“兄さん”――」
突如響き渡ったこの主。
それは恐らく現時点でリューティス王国最強であろう『神剣ジークフリード』に選ばれし七聖天が1人、ヴィル・レオハートであった――。
神器である神剣ジークフリードを掲げながら、何故かヴィルは空中にその姿を現した。
「ヴィル!?」
「あの人は確かグリムの……」
「何故こんなところに」
「アレは本体じゃないねぇ。誰かの魔法による“思念体”さ」
イヴがそう言うと、ヴィルは笑いながら口を開いた。
「流石“精霊王イヴ”だね。魔法は全てお見通しか。そうだよ、コレは魔法で飛ばしてる思念体。俺は王都にいるからね」
成程、そういうカラクリか。それよりも何故ヴィルは俺達の居場所が分かった? それに今精霊王イヴって言ったか……?
「何の用だヴィル。何故俺達の場所が分かったんだ」
「居場所ぐらいなら分かるでしょ。騎士魔法団の連中ならいくらでも魔法や感知が得意な奴いるんだから」
「だったら思念体なんてせこい事せずに自分が来いよ。まさかビビってるのか?」
「ハッハッハッハッ! まさかあの兄さんにそんな事言われるなんてね。フィンスターで誰がラグナレクから守ってあげたと思ってるの」
高笑いしながら言うヴィルに苛立ちを抑えられなかったが、奴の言ってる事は紛れもなく事実。それが余計に俺を苛立たせた。
「もうあの時とは違う。今ならお前にだって勝ってみせるさ」
「まぁ言うのは誰にでも出来るよね」
「結局何が目的だ。お前イヴの事を知っているのか?」
あたかも当然の様にイヴなを口にしたヴィルだが、俺はそれがとても引っ掛かった。
「そりゃ知っているよ。精霊王イヴ、獣天シシガミ、そして竜神王ドラドムート。3神柱はこの世界の神だからね。本来であれば全人類が知っていなければならない存在でしょ」
「これは驚いたねぇ。アンタ“何処まで知っている”んだい、ヴィル・レオハートよ」
余裕な表情を浮かべながら悠々自適に語るヴィルを見て、イヴは妙な違和感を感じ取っていた。
「ハハハハ、凄いね。やっぱ鋭いよ精霊王イヴ。その質問を答えるのにはまだ少し早いけど、俺はきっとお前が思っている以上に知っていると思うよ。いや、正確にはこの言い方は違うかな? 知っているんじゃなくて聞いたと言った方が正しいね。お前達が倒そうとしている“深淵神アビス”から――」
「「なッ……!?」」
ヴィルの口から出た思いがけない名に、俺達は一斉に驚いた。
「深淵神アビスからだって?」
「おい、ヴィル! お前が何で奴とッ!」
「どうしたの急に。皆でそんな血相変えてさ。兄さんが3神柱と出会った様に、俺は“アビス様”と出会った。ただそれだけの事。もしかして自分達だけが特別な存在とでも自惚れていたの?」
突如明かされたヴィルと深淵神アビスの繋がり。コイツらが一体何処でどうやって繋がったのかは分からないが、俺達の知らない所で事態は思った以上に複雑な動きを見せていた。
「深淵神アビスと繋がっているなら、奴が今この世界に終焉をもたらしている事を知っているんだよなヴィル」
「勿論。かつてリューティス王国が禁忌を犯して彼女を召喚した事から今に至るまで全て聞いたよ」
「だったらアビスの目的が分かっているだろ! 何故お前までそっち側にいるんだ!」
「ハッハッハッ。本当に可笑しな人だよ兄さんは。まぁそれも仕方がないよね。散々レオハート家と王国の面を汚した挙句、何の責任も取らないで辺境の森に行ってしまったんだから。兄さんはあの後の俺達の苦労を知らないだよね。
フィンスターでも言ったと思うけど、やっぱ身内の恥は身内がしっかり片付けないといけないんだよ。何年も経ったのに、未だに裏でコソコソとレオハート家や俺の事を悪く言う奴らがいるからさ。兄さんのせいで。
だから俺はどうしても兄さんをこの手で殺したいのさ! 俺とアビス様は誰よりも利害が一致しているんだ。兄さんは誰にも渡さないよ! 絶対俺が殺してやる! ハッーハッハッハッ!」
空から俺達を見下し、これでもかと高笑いを繰り返すヴィル。
確かに俺はレオハート家の顔に泥を塗ってしまった。勿論リューティス王国自体にも。俺がしてしまった事で少なからずヴィル達も被害を被っただろう。でもだからと言って八つ当たりもいい所だ。俺はお前以上に過酷な道を歩んでいたんだからな。
「どうやらお前とはハッキリ決別しないといけない様だなヴィル。俺達の邪魔はさせない。そんなに俺を殺したいなら正々堂々と姿を現せ。相手になってやる」
「よく言うよ。1度俺に負けて逃げたくせに。まぁでも兄さんがやる気になってくれて良かったよ。それだけでもこうして現れたメリットがあった。じゃあそうい事でまたね兄さん。本当は今すぐにでもやり合いたいけど、アビス様の“完全復活”には後少し時間がかかるから、それまで楽しみはお預けだね。じゃあ――」
そう言い終えると、ヴィルの思念体はユラユラと揺らめきながら次第に消えていった。だが思念体が完全に消え去る刹那、最後にヴィルは思い出したかの様に言葉を残していった。
「……あ、そうだ。そういえば大事な事を忘れていたよ兄さん」
「今更何だ」
「俺達を裏切った反逆者のユリマ。あの女は2日後に王都で“処刑”される事が正式に決まったらしいよ。もしまだ兄さん達の仲間なら最後に顔ぐらい見せてあげなよ。って事だから今度こそバイバイ」
「なッ、ちょっと待てヴィル!」
俺の叫び声も虚しく、次の瞬間ヴィルの思念体は完全に消えてしまった。
「畜生、あの野郎」
「噓でしょ……ユリマが処刑されちゃうなんて……」
「これは一刻を争う事態だな」
「ああ。こうしちゃいられない。直ぐにユリマを助けに王都に向かおう」
「待ちな。今のアンタの弟の話が正しいならまだ時間はある。焦るんじゃないよ」
「そんな事言われたって焦るに決まってるだろ! ユリマの命が懸かってるんだぞ」
「だからこそ冷静になりなって言ってるんだよ馬鹿者が。殺される運命ならとっくにユリマも殺されているよ。まんまと弟のペースにハマったらそれこそ思う壺だという事が分からんのかい」
イヴの抑止によって俺は少し冷静になった。確かにこのままではヴィルの思う壺だ。偉そうに啖呵を切ったが、奴に勝てる見込みはまだない。俺だけ神器も手にしていないしな。
「そうだな。イヴの言う通りだ。ユリマを助けて全てを終わらせる為にも、先ずはやるべき事をやらなくちゃ」
一旦冷静になった俺は、改めてドラドムートに視線を移した。既に状況を嫌と言う程理解しているドラドムートも一切余計な事を言わずに話を続けた。
「既に我の力を手にする準備は出来ている様であるなグリム。もうアビスとの決戦は目前。主に神器を渡せる時がようやくきた──」
ドラドムートはそう言うと、突如自身の身体から煌めく魔力を放出させ始めた。するとみるみるうちにドラドムートの漆黒だった両翼が、美しく輝く青いクリスタルに変化していった。
更にドラドムートは一回り二回りとその大きな身体が縮小させていくと、そのまま最後にはクリスタルの両翼だけとなってしまった。
「ドラドムート……?」
思いがけない展開に俺が声を漏らすと、残ったクリスタルの両翼からドラドムートの声が響いてきた。
『心配するでない。我はしかと此処にいるぞグリム。だが予想以上にもう我には魔力が残されていない。ドラゴンの姿を保って神器を生み出す余力すらないのだ。
だから我は残された魔力で主の神器となる。共に戦おうぞグリムよ──」
次の刹那、クリスタルの両翼は一瞬で形を変えると、美しく輝くクリスタルの双剣となって俺の両手に収まった。
「コレが俺の神器」
姿を神器へと変えたドラドムート。この双剣を手に取るのは勿論初めてなのに、俺は今まで手にしたどの剣よりも驚く程自分に馴染んでいた。
『元々、主達に存在する微量の魔力や波動は深淵神アビスのにより与えられし力。3神柱の力だけでは倒し切れぬと悟った我らは深淵神アビスを倒す為に奴の力を利用する決断をしたのだ。
結果我らの力とアビスの力を手にした主達が更なる高みへと達し、シシガミとフーリン、そしてイヴとエミリアは見事その力を昇華させた。
次は我と主の番だグリム。
我を扱えるのはグリムのみ。今度こそアビスを消滅させる為には、主が我の力を“完全”に自分のものとするのだ。
姿は見えずとも、我は何時も主の傍にいる。グリムがこの辺境の森に飛ばされ我の樹で暮らし始めたその時から――』
ドラドムートの何気ない一言。
俺はその言葉で森での日々が一気に蘇っていた。
俺にとっての全ての始まりとも言えるこの場所。俺はこの場所で生きる事を諦め、この場所で生き抜く事を決めた。更にこの場所が存在したからこそこうして全てが今に繋がっている。
長い様で短かった日々。
遂に全ての準備が整った。
「そうだな。なんか変感じがするけどこれでようやく準備万端だ。まさかヴィルがあの深淵神アビスと繋がっていたなんて驚いたけど、どの道奴らとは白黒ハッキリつけるだけだ」
「そうだねグリム。それにユリマを絶対に助け出して、全てを終わらせなくちゃ」
「深淵神アビスがどれ程の強者か楽しみだな」
俺とエミリアとフーリンは互いに目を合わせると、自然に各々力強く頷いていた。
「よし。そうと決まればユリマを助ける為に王都に行くぞ皆」
俺にとっては実に数年ぶりとなる王都。忘れもしない、家族からも王国からも追放されたあの日以来だ。
「ヒッヒッヒッ。だから焦んるんじゃない。処刑が2日後ならまだ1日猶予があるだろう。全員限界まで強くなりな。泣いても笑っても、全てはアンタ達に懸かっているんだからねぇ」
イヴのこの発案によって、改めて覚悟を決めた俺達は最後になるかもしれない特訓に打ち込む事を決めた。本当に泣いても笑ってもこれが最後となるかもしれない。
そして、1日特訓に明け暮れた俺達は、遂にユリマの処刑が行われる王都へと足を踏み入れた――。
**
~リューティス王国・王都~
懐かしさと新鮮さ。
俺は目に映る数年ぶりの王都を見て空気感を肌で触れ、同時にそう感じていた。
「ホント……久しぶりだな――」
所々変わっている所もあるが、その街並みはほぼ全てがあの時の記憶と大差ない。王都は活気に溢れ多くの人々が賑やかに行き交っている。
と、そんな平凡な日常の光景を思い描いていたのだが、今俺に映っている王都の景色はそんな懐かしむ余韻すら感じられない程様変わりしており、王都一帯が終焉の影響で腐敗した瓦礫の都市となっていた。
活気どころか王都に人間が1人もいない。異様な静けさが漂っている中、俺達の視線の最も奥からこの静寂を破る声が響いてきたのだった。
「ハッハッハッハッ! やっぱり来たね兄さん。待っていたよ!」
瓦礫が散乱する王都の中心部。そこには一際高い国王のいる城が聳え立っている。その城の下には何百人と言う騎士魔法団が隊列を組みながら待機していた。更にその大軍を見下ろす様に城壁の上からこちらを見ている1人の男。
静寂を高笑いで打ち破り、手には神剣ジークフリードを持ったこの男。そう。コイツは他でもない、一応俺の弟でもあるヴィル・レオハートだ。ヴィルの横には『雷槍グルニグ』を持つジャンヌ・ジャン 4世と『狩弓アルテミス』を手にするデイアナ・ムンサルトの姿も確認出来た。
ヴィルはまるで俺達が王都に来る事を分かっていたと言わんばかりの派手なお出迎えをしてくれた様だ。
「おいヴィル、ユリマは何処だ?」
「ハハハ、そんな焦らなくてももう楽しみは逃げないよ。それに兄さん達のお目当ては……ほら、ここにちゃんとあるでしょ――」
ヴィルはそう言うと、突如団員の方を見るなり顎をクイと動かし何かの指示を出した。すると数十人の団員達が徐にロープを引き始め、そのロープの先から縛られた十字型の大きな木材が体を起こした。
「「ッ……!?」」
起こされた大きな十字型の木材。俺達はその大きな十字よりも、更にそこに存在する小さな人影を見て絶句した。
「ユリマァァァッ!!」
俺達の目に飛び込んできたのは十字に磔にされたユリマ。彼女は意識がないのかぐったりと頭を垂れている状態だった。
「大丈夫だよ兄さん。コイツちゃんと生きてるから。って言っても、死ぬのも時間の問題だけどね。どっちみ今から処刑だしッ……「「――ぐわぁぁッ!!」」
刹那、ヴィルの言葉を遮る様に団員達の叫び声が響いた。
「全く、せっかちになったね兄さん」
「直ぐ片付けてやるから待ってろよヴィル!」
「え!? ちょっとグリムいつの間に……!」
「抜け駆けは許さんぞ。俺も参戦だ」
ユリマの磔を見た次の瞬間には、気が付けば俺は待ち構える数百人の騎士魔法団員達に斬りかかっていた。ヴィルの言葉を遮った団員の叫びも当然俺の攻撃によるもの。俺が斬った団員達は血を流しながら次々と倒れていき、静寂から一転。場は瞬く間に戦場と化したのだった。
「馬鹿だねぇホントに。もっと頭を使って効率よく敵を倒そうと考えるだろうが普通」
「確かにね。でも真っ直ぐ感情で動けるのがグリムの良い所よイヴ」
「ふん。そんな綺麗事は要らん。あの馬鹿、本来の目的を忘れているんじゃないだろうねぇ」
イヴが遠い目をしながら呆れ口調でそう言っていた事に、既に前線で剣を振るっている俺には到底知る由もなかった。
「これで十中八九イヴの“読み通り”の展開になったわね」
「読むまでも無い。見え見えだからねぇ」
「私も直ぐに参戦しなくちゃ!」
「アンタまで馬鹿を言い出すんじゃないよエミリア。昨日全員で話し合っただろう。これは誰もが分かる“罠”だよ。しっかりそれを教えてやったのに、あの前線の馬鹿2人の頭は一体どうなっているんだい。
こりゃいよいよ出て来るねぇ……奴が――」
エミリアとハクとイヴがそんな会話をするのを他所に、俺は俺、フーリンはフーリンで戦いの火蓋を切り落としていたのだった。
「うらぁ!」
「はッ!」
「「ぐわァァァ!!」」
待ってろユリマ。
直ぐに助けてやるからな――。
♢♦♢
~リューティス王国~
遡る事10年前――。
彼、ヴィル・レオハートは6歳でスキル覚醒を起こした。
「よくやったなヴィル。我がレオハート家の歴史でも、お前程の早さでスキル覚醒した者はかつていない。流石は私の息子だ」
「ありがとう父さん」
普段から極めて厳格で厳しい父親のグリード・レオハートは、滅多な事では自分の子供と言えど褒める事は無い。いや、リューティス王国最強の剣士と謳われ、凄まじい数の騎士魔法団を統べる大団長という立場であるからこそ、自身の子供と言えど甘やかす事は出来ないとグリードは思っていた。
珍しくそのグリードが息子のヴィルを褒めた。彼は厳しい表情を浮かべながらもヴィルの頭を軽く撫でると、物心着いてから初めて父親に褒められた事が理解出来たヴィルはとても嬉しそうな表情を浮かべている。
だがそんな暖かな空気が生まれたのは僅か一瞬。
父グリードは再び眉間にシワを寄せながら視線を移すと、そこにはグリードとヴィルのすぐ側で、懸命に剣を振るうグリム・レオハートの姿があった。
「ふッ! ふッ! ふッ!」
汗を流しながら一生懸命に剣を振るグリム。そんなもう1人の実の息子である彼を見つめながら、グリードは更に険しい表情を浮かべているのであった。
「おいグリム、弟のヴィルはもうスキル覚醒を起こしたぞ。お前は何時までそこで剣を振るつもりだ。由緒あるレオハート家の人間であるという事に自覚を持て」
「は、はい! それはちゃんと分かってるよ父さん……。だから僕だって毎日一生懸命ッ……「喋る暇があったらさっさとスキルを覚醒させろ。このレオハート家の長い歴史の中で、お前程覚醒が遅い者は未だかつていないぞ――」
鬼気迫る父親の圧を感じ、グリム少年は思い出したかの様に慌ててまた剣を振り始めた。グリードはそんなグリムを横目にその場を静かに立ち去ると、弟のヴィルは必死で剣を振るう兄を見て無意識の内に軽蔑の視線を飛ばしていた。そして彼はそのまま家へと帰って行ったのだった。
**
ヴィルがスキル覚醒をした翌日。
グリードが国王にスキル覚醒の胸を伝えた事により騎士魔法団の皆の注目が瞬く間にヴィルへと集まった。
「凄いなぁ。まだ6歳だってよ!」
「流石はグリード大団長のお子さんだ」
「これは王国の将来も安泰だな!」
「未来の大団長を継ぐのは間違いなくヴィル君だろう」
レオハート家が有名だからと言う訳ではない。皆はシンプルにヴィルの実力を認め称えていたのだ。厳格な父の元で育ったヴィルはにはこうして褒められたり称えられる免疫がまるで無い。彼はとても恥ずかしそうにしながらも何処か嬉しそうな表情を浮かべて喜んでいるのだった。
正式に騎士団員として入団した彼は、まず誰もがなる訓練生からスタートした。例え由緒ある名家であろうと現大団長の息子であろうとこの決まりに例外はない。しかし、訓練生のヴィルは自分よりも歳が上の子達相手でも負けず劣らず、寧ろ誰よりもその実力が群を抜いていたのだった。
それは訓練生の中だけでなく大人を交えた正式な団員相手でも変わらない。騎士団に6歳から入団した彼はみるみるうちに実力と名声を上げていき、若干15歳にして王都とオレオールの両方を含む全騎士魔法団員の中で“最強”と謳われる存在になっていた――。
**
~騎士団魔法団・訓練場~
「おい! こっちこっち!」
「こりゃまた凄いものが見られるな!」
「ああ。何て言ったってグリード大団長と息子のヴィルの“決闘”だからな」
15歳にして最強と謳われたヴィル・レオハート。彼は16歳の誕生日を迎えたこの日、己の実力も然ることながら、ヴィルは自分が物心着いた時から間違いなくずっとこのリューティス王国最強の剣士として君臨している父とのその“実力差”を知るべく、正式な決闘を申し入れていた。
勿論正式な決闘とは国王や立会人がいる正式な仕合である。ルール無用で殺し合ったり、どちらかが死ぬまで戦うというものではない。寧ろリューティス王国の国民ならば誰もが自由にこの決闘を観る事が出来る豪華な催しものと言って良いだろう。
ただその催し物の中心人物であるグリードとヴィルは当然真剣勝負する事を誓っていた。
「それでは始め――ッ!」
「「うおォォォォッ!!」」
広い訓練場を更に取り囲む形で、物凄い数の団員達が2人の決闘を観るべく集まっていた。予想以上の盛り上がりを見せたこの決闘。最初は誰でも観戦可能となっていたが、余りの盛り上がりの為に最終的に騎士魔法団員のみが観戦可能となったのだった。それ程レオハート家の名はリューティス王国でも大きく、国を守っている騎士魔法団の存在も大きいのである。
「決闘の申し入れを受けてくれてありがとうございます。父さん」
「お前がどれ程成長したか、その実力を見せてみよ」
訓練場のど真ん中。立会人の掛け声を合図に決闘が始まると、グリードとヴィルは大歓声が鳴り響く中で静かにそう言葉を交わしていた。
訓練場を見渡せる最も高い位置で2人の決闘を観戦するのは国王。
次の瞬間、互いに向かい合っていたグリードとヴィルはほぼ同じタイミングで自身の強力な超波動を練り上げたのだった。
――グワァァァン!
「「おおぉぉ……!!」」
グリードとヴィルの凄まじい超波動を目の当たりにした団員達が一斉に驚きの声を上げる。そんな団員達の声が既に耳に入っていないであろうグリードとヴィルは、練り上げた超波動を纏いながら互いに一瞬で間合いを詰めるや否や、火花が散る程勢いよく剣と剣を衝突させるのであった。
――ガキィィィンッ!
グリードとヴィルの目の前で剣が交わる。両者一歩も引かない鍔迫り合い。
「ハハハ、流石父さん。最近戦っていた人達は皆この一撃で片付いていたのに!」
「自惚れるな。そんな剣はまだ私に届かぬ。本気でかかって来いヴィルよ」
グリードはそう言うと手にする神剣ジークフリードで思い切り鍔迫り合いを払いのけた。弾かれたヴィルは数メートル飛ばされながらもしかと体勢を立て直す。
「俺は父さんを倒してその“神剣ジークフリード”を貰うよ」
「やってみろ。神器を持てるのは選ばれた人間のみだからな」
この会話を最後に、グリードとヴィルはそこから互いに一進一退の激しい攻防を繰り広げるのだった――。
「す、凄い……」
闘技場を取り囲む数千人の団員達は、気が付けば皆グリードとヴィルが繰り広げる凄まじい戦いに固唾を飲んで見守っていた。
――ズガガガガッ! ガキィン! ガキィィンッ!
金属と金属がぶつかり合う衝撃音がひたすら響く。齢15歳にして最強と一目置かれる様になったヴィルの実力は本物。レオハート家として生まれながらに才能を持っていた事もあるだろうが、彼はそんな事情関係なくただただその実力だけで周りを認めさせていた。
だがしかし、最強の親は更に最強。
由緒あるレオハート家の出身であり、リューティス王国での騎士魔法団創設以来史上最年少で最強の座に登りつめたグリードの実力もまた本物であった。
「くッ、やはり父さんの剣術は凄まじい。まるで隙が無い」
「成長はしている様だが所詮はこの程度かヴィル。最強と呼ばれて天狗になっていたか?」
次の瞬間、今までよりも更に一段階ギアを上げたグリードの斬撃はヴィルの剣と体を大きく弾き彼を吹き飛ばした。
「やばッ……」
そう思った瞬間には時すでに遅し。完全にガードを上げられ無防備になってしまったヴィルに対し、グリードは既に止めの攻撃態勢に入っていた。
「これで終わりだヴィル。もっと強くなれ――」
――ズバァァン!
凄まじい超波動を纏ったグリードの一閃が見事ヴィルを捉えた。攻撃を受けたヴィルはグリードの強力な一振りにってよって体を吹っ飛ばされ、そのまま訓練場の分厚い壁に勢いよく衝突した。砕かれた壁の石は音を立てて崩れ落ち、立ち込めてる砂埃のせいでヴィルの姿が確認出来なかった。
だが、今の一撃で決闘を観ていた大半の者が勝負ありと悟っていた。それ程までにグリードの攻撃が完璧に決まっていたからだ。
「姿が見えないな……」
「馬鹿。今のは決まりだろ」
「完璧に入っていたからなぁ。早くヴィル団長を助けに行った方がいいんじゃないか?」
「まだ分からないだろ! ヴィルが起き上がってくるかもしれない!」
「ないない、今のは確実に決定だよ。ヴィルも強かったがやはりグリード大団長は次元が違ッ……『――ガラガラッ……!』
団員達がそんな会話をしていると、突如立ち込める砂埃の奥から瓦礫が動く音が響いた。そして砂埃が徐々に晴れていくと同時、気怠そうに頭を掻きながら転がる剣を拾うヴィルの姿が確認出来たのだった。
「――!」
「ふぅ~、危ない危ない。流石父さんの攻撃。一瞬死んだかと思っちゃった」
「「うおォォォォッ!!」」
ヴィルの思いがけない復活に、訓練場は再び熱気と歓声に沸いた。
「おいおい、嘘だろ!?」
「今のグリード大団長の攻撃が当たっていなかったのか?」
「いや、どう見ても決まってたと思うぞ!?」
「だったら何で……」
「何をグダグダ言ってやがる! これで勝負の続きが見られるんだからいいじゃねぇか!」
決闘を観戦していた大半の者には勝負ありに見えたグリードの一撃であったが、ヴィルはどうやらその攻撃から身を守っていたらしい。一瞬の疑問に思う者も確かにいたが、皆異次元の両者の戦いをまたみられると思うや否やそんな細かい事を誰を気にしていられないと言わんばかりに興奮を露にしているのだった。
しかし、その疑問をうやむやにしなかったのは他でもない七聖天のメンバーであった。
「ホッホッホッホッ。いやはやこれは驚きましたな」
「何がどうなってやがる。 今のは完全にグリード大団長の攻撃が入っていただろ!」
「私にもそう見えたわ。それともあの状態から攻撃を防いだのかしら?」
「……」
「さて、それはどうでしょうか。いずれにしてもこの決闘は“次で決まる”事でしょう――」
「だぁぁぁ! おいユリマ! まさかそれお前の未来予知とかじゃねぇだろうな! こんな面白い戦いに水を差すんじゃねぇよ」
「落ち着いて下さいアックスさん。次で終わるのなら尚更よく見ておかねばいけませんよ」
完全に決まったと思われたグリードの最後の一撃。だがそれは実力ある七聖天の目から見ても意見が割れる程に異様な瞬間でもあった。
そしてそれはまたグリードも然り――。
最後の一撃に“違和感”を覚えたのは団員達でも七聖天でもなく、その異様な感覚を感じ取っていたのは他の誰でもないグリード自身であった。
「ヴィル……お前今何をした」
鋭い眼光を向けながら、グリードはヴィルに核心に迫る質問をした。とても呑気に世間話を交わせる気分ではない。それ程グリードは“今のヴィル”から何とも言えない不信感を感じていたのだ。
「ハッーハッハッハッ! 嫌だね父さん。なんか俺の実力を疑っているかの様な言い草だけど、今のが正真正銘俺の実力だよ。今父さんが思っている通り、俺はただ父さんの攻撃を正面から“受け流しただけ”。特別な事は勿論、魔法だって使っていないよ」
高笑いを上げながら、グリードをこれでもかと見下す様な目つきで物言うヴィル。
そう。
グリードや七聖天が抱いた違和感は違和感ではなく、紛れもないヴィルの実力。誰もが決まったと思った最後の一撃を、彼は食らったのではなく瞬時に後ろに飛びながら威力を吸収し、更にそのまま攻撃をいなしたのだ。
グリードの攻撃自体に威力があった為に勢いよく壁に衝突したヴィルであったが、攻撃を受けていない彼には微塵のダメージにもなっていなかったのだ。
「あらら。これが長きに渡りリューティス王国最強と謳われた俺の父親の一撃か。俺は父さんを買い被り過ぎていたみたい」
「何だと? 今の攻撃を躱しただけで何処まで調子に乗る気だ」
「だったら父さん本気の一振りを放ってみてよ。国王や立会人がいる決闘だからなんて言い訳はしないで、本気で俺を殺す一振りをさ――」
「ッ……!?」
ヴィルが不敵な笑みで言い放った刹那、グリードはヴィルから底知れぬ禍々しい殺意を感じ取った。気が付いた時には反射的に神剣ジークフリードを構えていたグリード。
彼はヴィルと対峙しているだけにもかかわらず次第に呼吸が荒くなり、肩で息をするまでの威圧をヴィルから受けていた。
「どうしたの父さん。攻撃しないの? こんな楽しい戦い初めてなんだから早く続きをやろうよ」
「ぐッ……! よ、寄るな! くたばれぇぇぇぇッ!」
全部の細胞がヴィルを拒むかの如く、本能が目の前の敵を危険と察知したグリードは最早相手が自分の息子であるという事や正式な決闘であるという事を完全に忘れ、ただ無我夢中で目の前の敵を殺す為に渾身の一振りを放ったのだった。
だが次の瞬間……。
鮮血を噴き上げながら地面に静かに倒れたていったのはヴィルではなく、剣を振るった筈のグリード・レオハートであった――。
その場にいた何千人と言う人間が無言になり、訓練場は瞬く間に静寂に包まれた。
何が起こったのか分からない。
グリードが渾身の一撃を放とうと剣を振り上げた刹那、気が付けば次の瞬間にはグリードが鮮血を噴き出していたのだ。恐らく……いや、間違いなくグリードを斬ったのはヴィルであった。それ以外到底有り得ないと誰もが分かってはいたものの、全員目の前の光景に呆気を取られ正常に処理が働いていなかった。
上半身を深々と斬られたであろうグリードはゆっくりと膝から崩れ落ち、そのまま仰向けに地面に倒れ込む。
「……がッ……!」
「ハハハハ、これが王国最強と謳われた父さんの実力なの? 弱すぎるね」
倒れる実の父をまるでゴミを見る様な視線で見下すヴィル。ヴィルはそんな父を見下しながら視線を少し横にズラす。そこにはグリードの手から離れた神剣ジークフリード。ヴィルはゆっくりと落ちている神剣ジークフリードに近付くと、そのまま剣を拾い上げた。
「コレが神剣ジークフリードか。いいねぇ。父さんに勝った記念に、この剣は俺が貰うよ。アンタはここでお終い。ゆっくり休んで」
そう言うと、ヴィルは新たに手にした神剣ジークフリードを既に深手を負っているグリードの右腕目掛けて突き刺した。
「ぐあぁぁぁぁッ……⁉」
「な、何をしているんだヴィルッ!」
「おい! 早く仕合を止めろ!」
ヴィルの思いがけない行動に、訓練場は瞬く間に騒がしくなった。誰かの声によりふと我に返った立会人が慌てて仕合を止めようと2人の元に駆け寄る。しかしその立会人はヴィルの一睨みで体が委縮し動きを止めてしまった。
彼を睨むヴィルの冷酷な目が訴えかけている。
“邪魔をするなら殺す”と――。
余りに禍々しい殺意を向けられた立会人はただただその場で体を震わせる事しか出来ない。そして、再び視線をグリードに戻したヴィルは突き刺した剣を勢いよく引き抜くと、そこから耳、左腕、太股、足……と次々にグリードの体の至る所を剣で突き刺したのだった。
断末魔の叫びを上げる父グリードに対し、微塵の躊躇いなく剣を突き刺し続けるヴィルの姿はまるで悪魔。ヌチャヌチャと肉を切り裂く音とヴィルの高笑いだけが訓練場に響く。
仕合を観戦していた団員達は、ヴィルのその恐ろしい行動と彼から発せられている悍ましいオーラに完全に思考と体が停止し動けなくなってしまっていた。
時間にして約10秒程であろうか。
ヴィルが5、6度グリードの体に剣を突き刺した所で、呆気に取られていた七聖天の面々が一斉にヴィルを止めに入った。
「何やってんだよテメェッ!」
「あれ、もう終わりなの?」
「グ、グリード大団長……ッ⁉」
「ヤバいぞこれは。早く傷を塞いで回復させるんだ」
「まだ息はあります! 急いで下さいッ!」
「おいユリマ! お前こうなる事分かっていたなら何で止めなかったんだ!」
「これは私の視た未来とは違います……! もしかして――」
場が異様な慌ただしさに包まれたと同時、七聖天のユリマはふと時が止まった様に冷静になると、彼女は無意識の内にヴィルに視線を移していた。
(もしやこれは深淵神アビスの影響? 私が視た未来よりもかなり時期が早くなっていますね……。私も急がなければ)
この時、唯一この世界で起きている全てを知るユリマのみが事態を把握する事が出来た。
いや、正確にはユリマと“もう1人”。
「なぁんだ、本当に終わりなんだね。詰まらないなぁ。でもこれからもっと楽しめるんだよね、“アビス様”?」
『ええ。私と共にいればもっと貴方を満足させてあげられる。来るべき日は近いわ――』
訓練場が騒ぎに包まれる中、不敵な笑みを浮かべながらヴィルと“深淵神アビス”が言葉を交わしていた事に誰も気付く者はいなかった――。
「思った以上に出血が酷いぞ!」
「早く処置をしろッ!」
異様な空気に包まれた訓練場。そこからはただ全員がグリード大団長の無事を願い続け、静かにその日は終わりを迎えたのだった。
♢♦♢
~リューティス王国~
ヴィルとグリードの決闘から数日後。もう剣士としての復帰はおろか、日常生活でさえも困難を極める体となったしまったグリードは大団長の座を退いた。この数日間七聖天のメンバーや他の団長達からも様々な意見が飛び交ったが、最後は国王の一言によって正式にヴィル・レオハートが新大団長の座に就く事が決められた。
国王も確かにヴィルに対して疑念を抱いたのは間違いない。だがそれと同時期、既に世界の至る所でこれまでに見た事がないモンスターが出現しているとの情報が相次いでいてた。世界はそれを“終焉”と呼び出し、深淵神アビスの強まっている事を一早く感づいた白銀のモンスター……獣天シシガミことハクは国王に直談判し、世界の未来を全て告げていたのだ。
だがこの交渉は決裂する。
国王の迷える決断を促したのは他でもないヴィル・レオハート。そして彼と何時からか密かに行動を共にしていた、全ての元凶である深淵神アビスだった。
ハクが国王の元に訪れる前日、ヴィルは深淵神アビスの存在や3神柱、リューティス王国の歴史やこれから起こり得るであろう未来の話をしていたのだ。ヴィルから全ての話を告げられた国王は半信半疑でもあったが、リューティス王国が衰退してしまうという道だけは絶対に避けたかった。
国王は自身とリューティス王国の無事を約束すると、ヴィルと深淵神アビスと心中する事を決断したのだった。
後に訪れたハクを終焉の元凶とし、国王は七聖天や騎士魔法団員全てに偽りの情報を伝えた。全ての悪はハクと3神柱という存在であると。国王は真実を闇に葬ったのである。
それから更に強まった深淵神アビスの力によって、終焉の影響は目まぐるしい早さと勢いで世界に蔓延っていった。それと同時にヴィルと深淵神アビス、更にハク、イヴ、ドラドムート。そして世界を救う運命を託されたグリム、エミリア、フーリンといった様々な存在の運命と思惑が複雑に絡み合い、実に数百年前から動き出していた全ての歯車が今まさに重なったのである――。
♢♦♢
~リューティス王国・王都~
そして現在――。
「何か兄さん急にやる気になったみたいだね。まぁそっちの方が俺も楽しいからいいけどね! ハッハッハッハッ!」
ヴィルは得意の高笑いを響かせると、配備していた団員達に突っ込んで来るグリムとフーリンを見てとても満足げな表情を浮かべていた。何やら嬉しそうなのが手に取る様に分かる。直ぐ側にいたジャンヌとデイアナもそれには気付いている。
「アイツらを殺せば全て終わりなんだよな?」
「そうだよ。あ、兄さんに手を出したらお前でも許さなッ……「分かってるっつうの。サイコパスのお前の邪魔をする気もなければ、俺にはあの兄さんも興味ない。逆にあっちの槍男は俺が貰うぜ」
「話が早くて助かるよジャンヌは。俺も槍の方は全く興味ないから好きにしてよ」
「ちょっと。アックスとローゼン神父は深手で動けないって聞かされたけど、カルは何処に行ったの? まだ今日姿を見ていないけど」
そう言ったデイアナはカルがいないか辺りを見渡していたが、やはりカルの姿は何処にもなかった。ヴィルとジャンヌも彼の行方は知らないとの事。それ以前にヴィルは既に気持ちがグリムだけに向いていた。他の事なんてどうでもいいのだ。
「あっちにいる杖を持った女の子だけならまだしも、邪神が一緒となると私では無理よ。認めたくないけどその実力差はラドット渓谷で痛感させられているから」
「だったらその時より数引き連れて行けばいいだろ。今はこうして戦力を王都に集めたんだからよ」
「それはそうかもしれないけど……」
「別に無理に倒しに行かなくてもいいんじゃないデイアナ。俺が兄さん殺した後でどの道全員消すからね。さぁ、俺達もお楽しみと行こうよ――!」
こうして、ユリマの処刑が掛かった王都での決戦が幕を上げたのだった――。
♢♦♢
「雑魚は引っ込んでろ! 待ってろよユリマ!」
磔にされたユリマを見て、俺は気が付けば待ち構えている無数の騎士魔法団の大群に突っ込んでいた。
「ぐはッ!」
「がッ……!?」
次々に押し寄せる敵を全員斬り倒す。俺は自分の真の神器である『双樹剣セフィロト』をドラドムートから授かった事もあり、明らかに今までよりもパワーアップしている。何よりこの青いクリスタルの双剣は、俺がどれだけ渾身の力を込めて何百回振ろうとまるで折れる気配がない――。
コレが俺の本当の力なんだと改めて実感する事が出来た。
『彼女が未来の運命を知っているユリマか』
「ああ、そうだ。ユリマは俺達の命の恩人でもある。絶対に助けなくちゃ」
双剣に姿を変えたドラドムートはしかとここに存在している。武器と意思を通じて言葉を交わしているなんてきっと俺とドラドムートだけだろう。そんな事をふと思っている間にも、大量にいる団員達は更に次から次へと俺目掛けて攻撃を仕掛けてきていた。
剣、槍、斧、魔法。
ありとあらゆる武器と攻撃魔法が飛んでくるが、この程度の攻撃は俺には通用しない。気の流れを会得しているだけでもその実力差は段違いだ。
「そういえば勢いで飛び出してきちゃったけど、多分またイヴが怒ってるよな?」
『過ぎた事は仕方がない。イヴの事であるから顔を合わせた時に必ず文句を言われるだろう。もう動き出した以上その間すら生ませない様にひたすら戦い続けるのだグリム』
双剣となった今、恐らく自分もイヴに文句を言われるであろうと悟ったドラドムートは俺にそうアドバイスしてくれた。長い付き合いだからやっぱ良く分かってるな。どの道俺が用あるのはヴィルのみ。こんな有象無象達に構っている時間も体力もない。何故一緒にいるのかは知らないが、お前のところに深淵神アビスもいるならまとめて倒すだけだ。
「1,2番魔法隊、用意ッ!」
激しい戦場と化したこの場で、一際大きな声が轟いた。俺はそれが直ぐに団長や指揮官の合図である事が分かり、直ぐ近くにいる団員達を斬り倒しつつその声が轟いた方向を見た。するとそこには前線から少し離れた位置で弓を構える者や魔力を高めている者達が攻撃態勢に入っていた。
「放てぇぇぇッ!」
次の瞬間、これまた無数の矢や攻撃魔法が一斉に俺とフーリン目掛けて発射された。
「精霊魔法、“ディフェンション・リバース”――!」
――ズガガガガガガガッ!
攻撃の雨が俺達に降り注ぐ寸前。俺とフーリンの前にはそれぞれ防御壁が現れた。言わずもがなこれはエミリアの防御壁。助かった。何時もここぞのタイミングで助けてくれて本当に感謝してるぜエミリア。
これだけの攻撃全て防ぎ切るエミリアの防御壁。だが生まれ変わったエミリアの精霊魔法は更にここから。攻撃を全て受け切った防御壁は神々しい光を纏うと同時に、今受けた攻撃を全て倍にしてそっくりそのまま敵軍目掛けて返された。
「「ぐわぁぁぁぁッ!!」」
凄まじいカウンターが団員達を襲うと、俺とフーリンの前の敵軍一角が一瞬にして壊滅状態となった。相変わら凄い魔法だな。
「ありがとなエミリア!」
俺は離れたエミリアに向かって大声でお礼を言った。だがそれと同時に“しまった”とも思ってしまった。何故なら……。
「馬鹿者がッ! まんまと奴らのペースにハマってんじゃないよこの大馬鹿者がッ!」
時すでに遅し。
気を付けようとドラドムートと話していたばかりなのに怒られてしまった。あーあ。まぁしょうがない。
『やはり開口一番あれであったか』
「ごめんドラドムート。ついうっかりしてた」
「何をブツブツ話しているんだいアンタ達は! もういいからさっさと奴ら全員片付けなッ!」
相変わらずだなイヴは。
俺とフーリンが目を合わせてそう思っていると、突如強力な超波動を纏った何者かが俺達の前に颯爽と姿を現した。
「よくもまぁこんな派手にうちの団員倒してくれちゃって」
現れた男は金色の短髪に細い三日月の如し目で俺達を見てそう言った。男は背丈以上に長く鋭い切っ先の付いた槍を手にし、その身から溢れ出ている超波動が只者で無い事を容易に示していた。
「誰だお前」
「俺はジャンヌ。七聖天の1人だ。お前がヴィルの兄貴だろ? ハハハ、狂った弟に比べてまともそうじゃねぇか」
ジャンヌと名乗ったこの男。七聖天という事は奴が手にしている槍は神器である『雷槍グルニグ』か。ちょっと面倒なのが出てきたな。
「どうでもいいだろそんな事」
「確かに違いねぇな。ホントはお前の相手もしたかったんだけどよ、ヴィルが絶対に手ぇ出すなってうるせぇんだ。だからそっちのお前が相手してくれよ」
ジャンヌは槍をフーリンに向けながらそう言った。
「お前はかなりの強者の様だな。いいだろう。手合わせ願おう」
「ノリがいいじゃねぇか。槍男同士、どっちが上が楽しみだな」
「コイツは俺が倒す。先に行ってくれグリム」
「分かった。頼んだぞフーリン。勝って直ぐに来いよ」
「ああ」
フーリンとジャンヌは既に超波動を高め合いながら互いに睨み合っている。一旦フーリンと別れた俺は2人を横目に再び前方にる団員達に向かって走り出した。
♢♦♢
グリムとフーリンの元に七聖天のジャンヌが現れたと同時、グリムを囲う城の正面に配置された団員達とは別に、銀色の弓を携えたデイアナは実力ある団長10名と200以上の団員を率いた騎馬隊でエミリア達の元へと奇襲を仕掛けたのだった。
「狙うは邪神の首! 全員で1体ずつ確実に仕留めるわよ!」
「「おおぉぉぉッ!!」」
既にハクやイヴの実力を知っているデイアナには僅かな慢心も無い。七聖天が2人いたとはいえ、ラドット渓谷の時よりも戦力は今のが方が圧倒的に上である。
「わッ! なんか凄い数がこっちに来てるんだけど!」
「いちいち騒ぐんじゃないよ五月蠅いねぇ。あんなの束になったところで実力が知れているよ。今のアンタなら1人で勝てるから早く片付けてきなエミリア」
「え、私1人で……? でも、うん。分かったよイヴ。私やってみるね」
以前のエミリアからは想像だに出来ない行動。人は直ぐに成長する事なんて出来ない。だがエミリアは少しずつだが着実に実力と精神が強くなっていた。
(ハクちゃんとイヴには本当に感謝してもしきれない。こんな私を信じてここまで導いてくれた。だから今度は私の番。
イヴの事だから絶対に認めないと思うけど、出会った時より確実にイヴは魔力が“弱まってきている”――。
ハクちゃんはまだ大丈夫そうだけど、ドラドムートも最終的に残った魔力を使ってグリムの神器になった事を考えると、ここからはもう私達が頑張るしかない!)
そう。ハク達の力が徐々に弱まってきている事にエミリアは気付いていた。無論ハクもイヴもドラドムートもその事は一切口にしていないが、それはまたグリムとフーリンも薄々感じ取っていた事実である。
「精霊魔法、“エルフズ・ウインド”!」
「「ぐあぁぁぁぁ……ッ⁉」」
エミリアの攻撃魔法が騎馬隊の先頭集団を襲う。
残された3神柱の力は限界が近付いてきている。それと同時に着々と復活の兆しを強める深淵神アビス。行きつく未来がどういう結果であれ、全ての決着はもう直ぐそこまで迫っていると皆が思い抱いているのであった。
「あの杖の子、前会った時よりも数段強くなってるわ……! これも邪神の力なのねきっと。でも今度こそ倒す。魔法団員はこの場で私達の援護! それ以外の騎士団員と全団長は私に続きなさい! 何が何でも邪神達を討ち取るわよ!」
デイアナの鬼気迫る掛け声で団員達の士気が一気に高まる。後方支援の魔法隊約20人が魔力を練り上げ何時でも援護が出来る態勢を取り、残る約150人の騎士隊が武器を振り上げながら勢いよくエミリア達に向かって突撃する。
「王2級魔法、“サウザンド・ソムストーム”」
デイアナによって放たれた王2級魔法。それは何時しかエミリア達目掛けて放たれたあの時の千本の矢であった。デイアナは騎士隊が突撃するのとほぼ同じタイミングで矢を放ち、一気にエミリア達を討ち取ろとしているのだ。
「精霊魔法、“ディフェンション・ドーム”」
エミリアはデイアナの攻撃に対し何時もの丸い1枚の防御壁ではなく、ハクやイヴも含めた自分達を覆うようなドーム型の防御壁を展開した。
ディフェンションの応用。
エミリアはイヴとの特訓でディフェンションの幅を更に広げていたのだ。普段の1枚の防御壁に対して全方位に対応したこのディフェンションに防げないものはない。勢いよく向かって来る騎馬隊より僅かに先に届いたデイアナの千本の矢が次々と防御壁に撃ち込まれる。
――ズガガガガガガガッ!
怒涛に降り注ぐ矢の雨。しかし、デイアナの王2級魔法であっても
矢1本としてエミリアの防御壁を貫けなかった。そして、このエミリアのディフェンションは更にここから――。
「“リバース”!」
エミリアの力強い声に反応するかの如く、ドーム型の防御壁で受け止めた千の矢は瞬く間に神々しい光と共にエミリアの目の前まで迫っていた騎馬隊目掛けて一気に放たれた。
エミリアはドーム型の防御壁によって上から降り注いできたデイアナの矢を全て受け切ると同時に、今度はそのまま正面から騎馬隊目掛けてリバース効果を発動させる。今のエミリアにはまさに死角がない。究極の守りが最大の攻撃と化すのだ。
七聖天クラスともなれば、リバースで返したその魔法の威力は優に“神1級魔法”クラスといっても過言ではなかった――。
「「うぐぁぁぁぁッ……!!」」
「ば、馬鹿なッ⁉ 私の攻撃魔法をそのまま返した……⁉」
「ヒッヒッヒッ。相変わらず行儀の悪い矢だねぇ。それに正確にはそのままではなく倍さ。アンタの攻撃なんか遥かに上回っているよ」
余裕の笑みを浮かべながらイヴは言い放つ。デイアナは初めてエミリア達と対峙したあの日と同じ様なデジャヴに襲われていた。自身の王2級魔法が全く通じなかったあの日の事を。
「くッ、嫌な事を思い出してしまったわ。でもあの時よりもこっちの戦力が上。それに確かに杖の子は強くなっているけど、肝心の邪神達は何故か前よりも魔力が弱く感じるわね。気のせいかしら……?」
ハク達の魔力が弱まっている事にデイアナも気付き始めていた。だがいくら弱ってると言っても元の次元が違う。勿論これだけでデイアナも油断した訳では一切ないが、思いがけない僅かな綻びに勢いを増すのは簡単であった。
「邪神の魔力は凄まじい! だが理由は分からないが以前よりもその力が弱まっている! 確かに脅威な敵に変わりはないが、今の私達なら倒し切れるわよ!」
流石七聖天の1人。実力も然ることながら、自分が率いる団員達を要所要所のところで鼓舞し士気を保っていた。数の多さが必ずしも有利とはならないが、エミリア達にとって一筋縄で片付く敵でもなかった。エミリアはカウンター攻撃で数こそ減らしたものの、実力あるデイアナや団長達はまだ無傷だった。
♢♦♢
エミリアがデイアナ達と激しい戦いを繰り広げる一方で、フーリンとジャンヌもまた激戦を繰り広げていた。
――シュンシュンシュンシュン!
「はあッ!」
「まだまだ、そんなもんかッ!」
互いに凄まじい超波動を纏いながら鋭い切っ先の槍を連続で突く。両者槍を突いては躱し突いては躱しの連続であったが、フーリンとジャンヌは共に槍術や攻撃の威力、速さが尋常ではなかった。槍の動きが凄まじい2人は既に数百回を超える攻防を展開している。
ジャンヌの加勢をしようと周りに集まった団員達は皆2人の驚異的な戦いに全く入り込めずにいた。
「やるじゃねぇかお前」
「お前もかなりの強者だな。面白いぞ」
「はッ、俺とやり合って面白いなんて随分と余裕じゃねぇか」
――ガキィン!
ジャンヌはフーリンの槍を防ぐと同時に勢いよく振り払い、徐にバックステップをして距離を取った。
「いい槍持ってるな。俺のグルニグに引けを取ってねぇ」
「これは俺の大事な槍だ。お前の神器には負けん」
「ハハハ。敵にしておくのは惜しいな。どうだ? お前聞いた話じゃ元々騎士団にいたんだってな。土の槍しか使えなくて呪われた世代とかなんとか呼ばれてるらしいが」
「全くもって興味の無い事だな。それに強者と自由に戦えない騎士団など退屈過ぎて俺にとってはなんの価値もない」
「変わってんなぁお前。って、まぁそんな事はどうでもいいか。戻る気もないならやっぱここでお前を始末しないといけねぇよな――」
「……!」
ジャンヌはそう言った次の瞬間、強力な超波動を更に高めると同時に手にする神器『雷槍グルニグ』からも超波動を出し“共鳴”させた。
――バチバチバチバチバチッ!
ジャンヌと雷槍グルニグの凄まじい共鳴により、突如彼とグルニグの周りからバチバチと激しい音を鳴らしながら強い雷が生じ始めた。これがジャンヌの本領。雷槍グルニグから発生する雷は一撃で敵を仕留める。
「互いに出し惜しみは止めようぜ。お俺はこれから全開だ。お前もまだ実力隠してるだろ」
フーリンの実力を見極めたジャンヌがそう言うと、フーリンは口元を緩めながら嬉しそうに自らも力を解放したのだった。
「フハハ、これだから強者との戦いは面白い。確かにお前の言う通りだ。俺も出し惜しみはしない。本気で行くぞ――!」
ジャンヌ同様、超波動を一気に高めたフーリンは流れる様に天槍ゲインヴォルグと波動を共鳴させるや否や、更にそこから超波動を高めていく。
神々しい波動の光がフーリンを覆って力が強まると、次の瞬間周りにいた者達全員が思わず目を塞いでしまう程の強烈な輝きが発せられた。そしてその場にいた皆が再びゆっくりと瞼を開けると、そこには
まるでハクの様な“獣人”の姿に変化したフーリンの姿があった。
「ほぉ。フーリンの奴遂に“神威”を完璧に使いこなしたか」
「うん、何とかアビスが復活する前に間に合ったわ。頑張ったねフーリン」
これがフーリンの完全体。天槍ゲインヴォルグとの共鳴によってフーリンの体から紅色の獣耳や尻尾が生え、人間よりも屈強な筋力によってその身が纏われている。神威の真の力こそがこの“獣人化”である。
「おいおい、お前何で急に獣人族みたいな姿になってんだよ。何処までもふざけた野郎だぜ」
「俺は大真面目だ。ケリをつけようか」
フーリンとジャンヌは静かに強大な波動を放ちながらも静かに牽制し合い、数秒の間が空いた直後2人は同時に動き出したのだった。
「はああああッ!」
「くたばれぇぇッ!」
――ガキィィィンッ!!
金属のぶつかり合う衝撃音が響き、その勢いによって火花が散っていた。力を全開放したフーリンとジャンヌの攻防はより一層激しさを増し、周囲にいた団員達も最早近くにいられない程圧力が凄い戦場となっていた。相変わらずの両者の激しい攻防であったが、これまでと明らかに違う箇所があった。
――ザシュン!
「ぐッ……!」
「そんなもんか?」
「それはこっちの台詞だ」
――シュバン!
「がッ……! クソ、厄介だな」
常人離れしたフーリンとジャンヌの攻撃は、互いに少しづつではあったが確実に目の前の相手を捉え始めていた。フーリンの天槍ゲインヴォルグとジャンヌの雷槍グルニグが入り乱れ合う。神威の神々しい輝きが、雷槍の激しい稲妻が、2人がどれ程凄まじい攻防を繰り広げているのか容易に分かるものであった。
そして、フーリンとジャンヌのこの戦いは、誰もが思っていた以上に早い終わりの音を告げた――。
「ハァ……ハァ……しぶとい野郎だな……」
「ハァ……お互い様だろ……ハァ……」
「まだお前の他にあそこの邪神共も始末しないといけねぇからな。次で終わらせてもらうぜ」
「終わるのはお前だがな」
次の一撃が最後であると悟ったフーリンとジャンヌ。両者はここにきてこの日1番の超波動を練り上げる。獣人化したフーリンは神々しい波動を高め、ジャンヌは雷槍にバチバチと強力な雷を纏わせた。
「死ねッ! クソ獣ぉぉぉ!」
「はあーーーッ!」
――ズガァァァァァァァァァァンッ!