「グリム・レオハート。貴方のスキルは――『剣』になります」

 洗礼の儀によって女神から言われた言葉。

 俺は18歳だから、もうかれこれ13年も前の話しか。早いな。

 今思えばこの一言が俺の人生を180度変えたのだろう。

 これが女神の“間違い”だったとも知らずに――。



♢♦♢

~リューティス王国~
 
 時は遡る事13年前。

 此処リューティス王国はこの世界でも1、2を争う程の大きな大国である。豊かな自然と多くの人々が暮らし賑わうこのリューティス王国は、人の多さや王国としての規模は勿論、他国にも名が轟く騎士団が存在していた。

 この世界では5歳になると全ての者が“洗礼の儀”を受ける。この儀式によって全ての者に『スキル』が与えられるのだ。

 洗礼の儀で与えられたスキルは、その後の自分の人生を決めると言っても過言では無い。それ程までに大事であり特別な日なのだ。

 そして今日。5歳になった俺は洗礼の儀を受けた――。

 俺の父親であるグリード・レオハートはリューティス王国の騎士団でり、全ての団長のトップに立つ大団長。王国最強と謳われる剣士である事に加え、俺の家は先祖代々語り継がれている程剣の才能に秀でた名のある王家であった。

 “レオハート家に生まれれば大団長になって当然”。

 そう言われるのが当たり前の事であり、俺自身も王家の名に恥じない様、そして父親の様な強く誇り高い最強の剣士になれると思っていた。

 いや、絶対になるとそう思っていたんだ――。

「次の者、ジャック・ホーキンスよ。前に出なさい」

 洗礼の儀の日にだけ現れる女神。

 リューティス王国の城の玉座の間にて、スキルを手にするべくその年の5歳の子供達が多く集まっていた。部屋の中央に並ぶ子供達と、我が子に与えられるスキルに期待を寄せて見守る親達。

 儀式は滞りなく進んでいく。

「ジャック・ホーキンス。貴方のスキルは『大剣』になります」
「おお、大剣だ!」

 女神にそう言われた男の子。そして今声を上げたのが彼の親だと分かる。

 男の子は両手を出す様に促され、女神がそっと彼の手に触れると、眩い光と共に大剣が現れた。

「うわぁ、かっこいい!」

 城にいた騎士団員が喜ぶ男の子を連れながら親の元へと向かった。

 アレは将来の為のスカウトみたいなもの。まだ5歳、されど5歳。その感覚は人それぞれであるが、スキルが人生に与える影響はとても大きい。
 
 珍しいスキルや才能のありそうな子。
 この時点で騎士団や魔法団の者達がスカウトをするのは何も珍しい事ではない。

「次の者、ラミア・フレアルよ。前に出なさい」

 そんな事をしている間にも、儀式は次々と進んでいく。次に呼ばれたのは女の子。

「ラミア・フレアル。貴方のスキルは『杖』になります」
「よし。魔法使いだ」

 与えられるスキルはその武器によって決まる。その種類はざっくり分けて2つ。1つはこの女の子が与えられた杖の様に、魔法に長けたスキル。杖の他にもメイスや書と言ったものが魔法に長けた代表的な武器である。

 もう1つが、さっきの男の子に与えられた大剣の様に、剣に長けたスキル。普通の片手剣や長剣は勿論、槍や斧やこん棒もこちら側に入る。

 剣のスキルを与えられた者は騎士団へ。魔法のスキルを与えられた者は魔法団へ。そしてどちらにも属さない者はフリーの冒険者へ。それがこの世界の一般的な常識だ。

 ただし、将来を担うこのスキルには、大きな分岐点が1つある。
 
 それが、後にスキルが“覚醒”するか否かだ――。
 
 5歳で与えられるこのスキルを第一段階と言うならば、第二段階がスキルの“覚醒”である。勝負はここから5年。10歳になるまでの間に起こるスキル覚醒こそが、その後の人生に多大な影響を与える。

 スキル覚醒のその効果は天と地ほどの差。
 スキルが覚醒した子供においては、覚醒していない熟練の大人の騎士団員や魔法団員と戦ったとしてもその差は歴然……。スキル覚醒した子供が圧倒的な実力差で勝つ事となる程にね。

「わ~い! かわいい魔法使いになるもん」
「ハハハ。しっかり魔法を使える様にならないとな」
「うん。ラミアがんばる!」

 杖のスキルを与えられた女の子もまた嬉しそうだ。

 よーし、遂に俺の番が来るぞ。
 
 レオハート家や父さんに恥じない剣の才能を与えてくれ女神様! そうすれば俺も、絶対に父さんの様な最強の騎士団大団長になってみせるぞ!

 俺はそう思って疑わなかった。

「次の者、グリム・レオハートよ。前に出なさい」
 
 きた。

 幼いながらに、胸の奥がとても高鳴ったのをしっかり覚えている。

「お願いします。なんでもいいから、俺にも父さんと同じ剣のスキルをちょうだい女神様……!」

 俺は祈る様にして女神の前に立った。

「グリム・レオハート。貴方のスキルは――」

 こいこいこいこい。 剣のスキルこぉぉいッ!

「あら?」

 ん……? 今のつぶやきは女神様?

 目を瞑って祈るようにして俺は、女神様のその声に反応してパチリと目を開けた。だがそれはほんの一瞬の出来事。何事もなかったかの様に話は進んでいった。

「グリム・レオハート。貴方のスキルは……『剣』になります……?」
「よぉぉぉし!」

 やった。やったぞ。念願の剣のスキルが出た。

「おお、流石レオハート家の倅だ」
「早くも将来の大団長が誕生ですな」
「リューティス王国の未来も安泰ね」

 俺が剣のスキルを与えられた事で、周りにいた大人達も盛り上がっていた。

「それでは手を出して下さいグリム・レオハート」
「はい!」

 俺が元気よく両手を差し出すと、女神様の力によって俺の手の上に剣が現れた。

「やった。これで俺も剣士への道が開けたぞ。女神様!見た感じ普通の剣だから、これは大剣や長剣ではなく『片手剣』って事でいいんですよね!」
「え、ええ……。そうですよグリム・レオハート。貴方のスキルは『片手剣』……になります」
「分かりました! ありがとうございます!」

 これで一先ず剣の道を歩める。別に魔法でもいいんだけど、やっぱりレオハート家の人間なら剣じゃないと。

 スキル覚醒、騎士団入団。そして最強の大団長となり王国の危機を救うヒーローとなる――。
 
 そんなビジョンが俺の脳裏にバッと流れ込んできた。
 
 そして俺自身もそうなりたいと強く思った。俺の夢は、レオハート家に恥じない立派な大団長となりこの王国の平和を守る事。そして父さんの様な最強の剣士になる事だ!







 ……と、この時の俺はなにも疑わなかった。気に留める事も疑問に思う事もない。

 そりゃそうだよ。

 念願の剣のスキルを手にして興奮していたし、希望ある将来を夢見ていた。それに何より、女神様が『片手剣』だと言ったんだ。だから“その事”に気が付く筈もなければ、当然その事を知る由もなかった。

「これにて今年の洗礼の儀は終わりとなります。また来年お会いしましょう」

 そう言って女神様は消えた。今年の洗礼の儀も無事全員終了――。


♢♦♢

~天界・女神様~

「ふぅ。私も疲れが溜まっているのでしょうか。集中力が切れてスキルを“見逃して”しまいましたね。確か名前はグリムという男の子。こんな事は初めてですね……。
辛うじて『剣』と現れていたのは確認しましたが、それが大剣なのか長剣なのか、はたまた短剣か刀というパターンもありますが、取り敢えず慌てて普通の剣を出してしまいました。

ですがあの子はあのレオハート家の子。スキルは『片手剣』と言ってしまいましたが、きっと全部の種類の剣が揃っているから大丈夫でしょう。
次からはもう起こらない様に、しっかりと疲れを取って集中しなくちゃいけませんね――」



 消え去った女神が口にしていたそんな“独り言”を、一体誰が知る事など出来ようか――。