召喚出来ない『召喚士』は既に召喚している~ドラゴンの王を召喚したが誰にも信用されず追放されたので、ちょっと思い知らせてやるわ~

<……と言う事は、貴様の息子が我を此処から解放すると? 召喚魔法など他の者でもいいだろう……>
『それはダメです。長きに渡り貴方を封印してきた我々リルガーデン家の者の召喚でしか、この封印を完璧に解く事は出来ないですから』
<何処までも貴様のペースだな。もういい……。だが最後に聞かせろ。何故今になって我の封印を解く気になった――>

 ジークは心の何処かでエミリオという1人の人間を認めた。そしてエミリオの意図も段々と分かってきたが、何故このタイミングでという事だけがジークは最後に気になっていた。

 どれだけ長い間封印されていたかは定かではないが、恐らく今でなくてもタイミングはあった筈だと。確かにモンスターの軍の襲来でピンチなのは分かるが、それだけが理由とは到底思えなかったのだ。

『それはですね……。今しがた起きているモンスター軍の襲撃という事も1つですが、それ以上に、代々受け継いできたリルガーデン家の魔力が限界となったからです。
長きに渡り強大な貴方を封印してきた事により、我々は時代を重ねるごとに受け継がれる魔力が弱まってきました。その証拠に、ルカは僅かな魔力しか宿らないFランクの診断を受けています』
<聞かぬ方が良かったな。最後まで結局貴様達の都合か>
『確かに貴方からすればそう思うかもしれません。ですが、先程も言った通り、運命とは必然でもあります。
我々リルガーデン家では過去にルカ以外、召喚魔法の適性を持って生まれた者がいないですからね。我々にとっても、貴方にとっても、きっとこれが運命であり最後の時なのですよ――』

 エミリオは全てを話し終えると、最後に焦る様に言った。

『もう時間がありません。頼みましたよ、竜神王ジークリート。
最後に貴方と話せて良かった。リルガーデン家の名において……貴方の封印を解きます――!』
<(最後の最後まで身勝手で偉そうに……。まぁいい。我にかかれば人間1人守るなど造作もない。しかもソイツしか我を此処から出せぬと言うならば仕方がないな。だが、飲む条件はそれだけ。

エミリオ……。貴様は言った通り我が食らってやる! 人間如きが王の我に一杯食わせるなど解せぬからな!
封印さえ解ければ我にもそれぐらいは出来る! ヌハハハッ――!)>

 エミリオが封印を解くと、真っ暗闇であったこの場に突如激しい光が生まれ、一瞬にして暗闇が光りに包まれた――。

<おお……>

 肉体の無いジークであったが、封印が解かれた瞬間確かに五感を得た。そして、真っ暗闇であった視界から瞬く間に切り替わると、そこは見慣れない何処か外……。目の前には壊れかけている建物の外で、1人の女の人間がジークを見ている。

 一瞬戸惑ったジークであったが、此処が外の世界であり、目の前にいる女の人間がエミリオであるという事を理解した。

<ヌハハハハ! 本当に封印が解かれたか! よし、貴様との条件は一先ず守ってやろう。だが我を散々侮辱した貴様だけはッ……⁉>

 次の瞬間、ジークは皆まで言いかけて止まった。

「貴方が……竜神王ジークリート……。初めまして……。私がエミリオ・リルガーデンよ……」
<貴様……>

 ジークがエミリオを食らおうとしたが、そのジークに視界で捉えたエミリオは全身から血を流し、既に瀕死状態であった――。

<何だ。貴様既に死にかけているじゃないか……。食らってやろうと思っていたのに>
「フフフフ……。もう助からないからお好きにどうぞ……。でも、約束だけは守ってもらうわよ……」
<死ぬ間際までいけ好かん奴だ……。こんな状態の貴様を食らっても面白くない>

 エミリオの現状を直に見たジークは、いつの間にか食らってやるという気持ちが冷めてしまっていた。

<我はどれだけ封印されていた?>
「もう2000年にはなるわね……」
<そんなに……? 思ったより時が経っているな>

 ジークは最後に改めて関心してしまった。

 例え強力な封印魔法を持つ一族だとしても、所詮は人間……。全種族のトップに君臨する王のジークを人間が2000年もの間封印し続けてきたからだ。ジークにとって、弱き人間がここまでやるとはとても意外だったのだろう。

「そうよ。でもそれももう限界……。貴方の封印に魔力を使い過ぎて、私達の代で最後だわ……。ルカも貴方を封印し続ける魔力なんて残っていない。
だけど……あの子は世界で唯一、貴方を完全に解き放つ事が出来る存在。ルカとジークリート……。お互いにとって欠かせない存在になると、私は思っている……」

 瀕死状態にも関わらず、エミリオは揺るぎない覚悟を持った真っ直ぐな瞳をジークに向けていた。

「どうしたの……? 何時でも食べていいわよ……。早くしないと死んじゃうけど……」
<ふん……。こんな状態では興醒めだ>
「フフフ。優しいのね貴方はやっぱり……」

 長きに渡り封印してきたリルガーデン家の者であるからこそ、ジークから感じる魔力は強さや憎悪だけでなく、奥底からしっかりと暖かさを感じ取っていた。エミリオはジークと実際に会い、ずっと感じていた暖かさが確信に変わったのだった。

<ふざけた事を……。まぁいい。貴様のその覚悟と我の封印を解いた事だけは認めてやろう。息子1人ぐらい我が守ってやる――。
どの道ソイツに死なれたら我は本当に終わりの様だからな。それに貴様の卑怯な空間魔法の事もある。それだけは王として絶対に許せぬわ>
「……ありがとう。多分ルカはもうすぐここに来ると思うわ……。分からないけど、そんな気がするの……。宜しくねジークリート……。
それと……この事……はルカに……内緒……で――」

 エミリオはそこで息絶えた――。

 そしてその数十分後、多くの人間が逃げ惑う中で1人の青年がエミリオの遺体の前で止まった。

「――嘘だろ……」

 青年はエミリオの遺体を見ると崩れる様にその場にへたり込んだ。遺体を抱く青年の腕には血が付いていたが、どうやらエミリオの血ではない。それどころかよく見れば彼自身も凄い出血であった。

<ん……もしかしてコイツか……?>

 ジークはエミリオを抱きしめる1人の青年に気が付いた。ジークが彼を視界に捉えた刹那、その青年から一気に怒り、虚無、絶望、憎悪……と様々な負の感情が溢れ出したのを感じ取った。

 エミリオを抱きながら大粒の涙を流す青年を見て、ジークはコイツだと確信した。

「くそモンスターがッ……! うあ゛ァァァァァ……!」

 エミリオと交わした約束。そして彼女が最後に残した言葉。
 ジークは面倒くさそうに小さく溜息を付いていた。

<(見るからに弱そうな人間だ……。本当に魔力もほぼ感じられぬ。面倒だが仕方がない。今の事も内緒にしたいらしいからな……適当に合わせておいてやるぞ。エミリオよ――)>

 ジーク自身も様々な思いを胸に、怒り泣き狂う青年に声を掛けた。

<――今のは主か……>

 何処からともなく聞こえた声に、青年は困惑しながら辺りを見渡している。

「は……? なにこれ……」
<どうやら主で間違いないようだな。ヌハハハ、まさか封印が解かれる日が来るとは――>

 こうして、ジークはエミリオの息子であるルカ・リルガーデンと出会った。

 唯一自分を解放出来る筈のルカであったが、既に彼も死にそうであった。そしてルカは、エミリオとの会話でジークが察していた通り、詳しい事情を何も知らない青年であった。

 ただ、その瞳の真っ直ぐさと纏う雰囲気がエミリオそっくりだとジークは思っていたのだった。

<(わざわざ内緒にしなくても、これなら大丈夫だろう。
エミリオよ、これで良いのだな……? 不本意ではあるが、主との約束は我が守ってやる。安心して静かに眠るが良い――)>


♢♦♢

~ペトラ遺跡~

 竜神王ジークリートの姿になった俺は、オロチ目掛けて勢いよく飛び掛かった。

『……いいねぇ。その姿を見たかったんだよ私は!』

 俺が完全体となって飛び掛かったとほぼ同時、オロチもその人間の様な姿から10の頭を持つ巨大な大蛇へと変化した――。

「<オロチィィィィィッ!!>」
『ハッハッハッハッーー!!』

 ――ズバァァァンッ!
 互いに繰り出した攻撃が衝突し、辺り一帯に凄まじい轟音が響き地鳴りが起こった。

『フフフフ。嬉しいよ。やっと……やっと私の手で君を殺せる時が来たんだジークリート! この日を迎える為に、私は出来る限りの施しを君にしてあげたんだよ』
<何が施しだ。元はと言えば貴様が望んで我を封印したのだろう。人間の強力な封印魔法を相手では、流石の貴様も成す術がなかった様だな>
『ふん。そのお陰で君は私から守られていたとも言える。封印だけでは不完全燃焼だった……。やはり君を直接殺したくなったのさ!
人間共の封印は思った以上に長く続いてしまったが、それも徐々に終わりが見えていた。だから私は誰よりも早く動き出していたのさ。君を葬る為にね』

 大蛇の姿でも不敵な笑みを浮かべるオロチ。
 ジークとオロチが何やら会話している間も、俺達は絶え間なく激しい攻防を繰り広げている。

<やり方が回りくどい。モンスター軍も他のモンスター共の突然変異も全て貴様の仕業だろう。 魔石を利用したのもな>
『よく分かっているじゃないか。封印されている時間で少し頭が良くなったんじゃないかな?
確かに君の言う通りさ。モンスター共に人間を襲わせたのは私。もう封印をしていた人間の一族も限界だったからね。
だからアレで折角封印を解かせたって言うのに、君ときたらまさか人間と一体化しちゃうんだから流石の私も驚かされたよ。余りに想定外の出来事だったからね』

 成程。やはり全ての元凶はお前だったのかオロチ……! 絶対に母さんの仇を取ってやる――。

「“メテオ・ギガブレス”!」
『“マーダーフレイガ”!』

 俺の放った豪炎の咆哮とオロチの青い炎が真正面から衝突し弾ける様に消え去った。

 コイツ強い……。
 口だけじゃなく実力もかなりのものだ。単純な魔力量だけなら俺達を凌いでいるかもな……。

 だが、俺達は絶対に負けない――。

「まだまだいけるよな?ジーク」
<誰にものを言ってるのだルカ。奴に負けるなど有り得ぬわ!>

 ――ズガァン!ズガァン!ズガァン!ズガァン!
 絶え間なく俺と奴の攻撃がぶつかり合っては大地を揺らす。
 一進一退の攻防が続く中、俺はふとダッジ隊長達の事も気になっていた。

 まだ此処に来ないが、皆大丈夫だよな……?
 まぁ今此処に辿り着いても逆に危ない。オロチ相手では流石に皆を気にしながら戦うなんて無理だからな。

<集中しろルカ。他の者なら皆無事だ。簡単にやられる連中ではない>

 そうだよな。皆なら大丈夫。俺は目の前のコイツに集中しないと。

『――私と戦っているのに他の事を考えているとは随分余裕そうじゃないか。舐められたものだね』

 互いに攻撃を放っては躱したり相殺したり。決定的なダメージや隙を付けないまま均衡が続いていた。

『流石ジークリート。そう簡単には死なないみたいだ。これじゃあ埒が明かないねぇ……。あ、そうだ。試しに“人間の方”と話してみようかな。面白そうだし――』

 オロチはそう言うと、絶え間なく繰り出していた攻撃の手をピタリと止め、ジークではなく“俺”に話し掛けてきた。

『フフフ、確かルカ……だったよね君。 ジークリートの魔力を持っているとは言え、正直人間の君がここまでやるとは思わなかったよ。過小評価していた』
「……」
『――ところで、人間の君が何故ジークリートをその身に宿せたか分かっているのかい?』
<貴様何を……>

 俺はオロチの発言がいまいち理解出来なかった。ジークは俺が召喚魔法を使ったから封印が解けたんだよな……?

『成程。その反応だと、やはりちゃんとした真実をまだ知っていないようだね。フフフフ』
「どういう事だ。何が言いたいんだよお前」
<ルカ、奴はかく乱しようとしているだけだ。つまらん話などに耳を傾けるな>

 ジークは何時もと変わらない態度と口調でそう言った。俺も全く同意見。こんな奴と話しなんてしたくない。

 だが……ほんの僅かに、ジークの魔力が乱れたのが俺にも伝わってきた――。

 “ジークは何か知っている……?”

 何故か俺は直感的にそう思ってしまった。

『つまらない話かどうかは君が決めればいいよルカ。
そうだね……事の始まりはあの日。私がモンスター共に王国を負わせたのは、言わずもがなジークリートの封印を解く為だった。
そしてその封印を解く為に最も邪魔だったのが、2000年もの間ずっとジークリートを封印してきた人間の一族である“リルガーデン家”だったのさ――』

 ジークを封印してきた一族……? リルガーデンって……。

<黙っていろオロチ!>

 次の瞬間、ジークはオロチの話を止めるかの如く攻撃を放った。だがオロチはその攻撃を躱し再び話を続けた。

『元はと言えば2000年前、邪魔だったジークリートを消す為に私が全て手を回した事なんだけどね……。
人間は弱いが、中には特殊な力を持った者も少なからずいた。リルガーデン家がまさにそれさ。私の見込んだ通り、彼らの封印魔法は見事にジークリートを封印したんだよ。

私は遂に奴に勝つことが出来たと喜んだが、ずっとモヤモヤが残っていた。私も昔よりかなり力を付けたから、今ならばジークリートに勝てると思い、奴の封印を解こうとした。

しかし、ここだけが唯一の誤算だった……。

いざ封印を解こうと思っても、私の力を以てしても全く解けなかったのだ。仕方が無いから封印を解けと当時のリルガーデンの者に言ったが、彼らは拒んだ挙句に更に特殊な封印魔法を掛け、ジークリートの封印を解けない様にしたのさ――。

あの時は心の底から苛立ったのを覚えている。リルガーデンの者を皆殺しにしてやろうかとも思う程にね。だが私は直ぐに気付いた……。
彼らの特殊で強力な封印魔法は長くは続かないという事に。

あの時全員殺すのは簡単だったが、下手をして永久に封印が解けない方が私には困る。だから私は待ったのさ。代々受け継がれていく程、確実に魔力が弱まっていくリルガーデンが最後に力尽きるまでね――。

私が思った以上に彼らは頑張っていたよ。まさか人間如きが2000年も封印を続けるとは恐れ入った。
しかし、遂に私の待ちわびた日が訪れたのだ――。

また最後に悪あがきをされたら溜まったものじゃないから、私はあの日モンスター共に王国を襲わせ、リルガーデンの末裔である君と母親を狙った。
フフフフ。私が脅すよりも、自分達がピンチになった方が封印を解くだろうと考えたのさ。どの道君も母親ももう封印を続けられる程魔力が残っていなかったからね。

そして案の定、君の母親は死ぬ間際にジークリートの封印を解いた――。

2000年以上もこの日を待っていた私にとっては最高に胸が高鳴った瞬間だったよ!
だがその矢先、事もあろうか解き放たれたジークリートの魔力が消えてしまったではないか……。
まさかと思い私が確認しに行くとそこにいたのがルカ……君と、何故か君の中にいるジークリートの姿だった――』


 何時からだろう……。

 延々と語るオロチの話が、まるで雑音の様に聞こえていた……。

 どこから整理すればいいのか分からない。
 だってそんな話1度も聞いた事がないから。
 どこまでが嘘でどこまでが真実なんだ?
 いや。相手はオロチだがこの話は全て偽りない真実だ。
 根拠はないが、俺の体の全細胞が反応している。
 間違いない。
『本当に……。君達リルガーデンの人間には驚かされるよ。まさかやっとの思いで封印が解けたと思ったら、信じられない事にジークリートが人間の中に入っちゃうんだから無理もないよね! ハッハッハッハッ!

君の母親を見くびったよ。狙い通りジークリートの封印は解かせたけど、事もあろうか自分を助ける為じゃなく、息子である“君”と王国の人々を守る為だったからね。人間と言うのは何を考えているのか分からない。あれは本当に驚いた。自分がもう死ぬ寸前にも関わず他の者を優先するなんてさ――』

 

 何で……? 
 ジークの封印を解いたのは母さんだったのか?
 あんな大怪我で大量の血を流していたのに?
 しかも俺や皆を助ける為?
 そもそもリルガーデンが封印をしてきた一族っていうのは?
 だったら俺の召喚でジークの封印が解けたのは嘘?
 それに、ジークは今のを全部知っていたって事か?


「母さんは……俺を守る為にジークを……」
『本当に何も知らないみたいだね。ある意味すごいよ。それだけ母親や
ジークや多くの人に守られてきたんだ。大切にされているね。フフフ』

 今の俺にはもうオロチの言葉が耳に入ってこなかった。

「だったら……もしかして母さんは……俺のせいで死んだ……? 自分じゃなくて……俺を助けたから……」
<――それは断じて違うぞルカ!しっかりしろッ! 主の母親……エミリオは我の封印を解いた時に既に助からなかったのだ!>

 そうか……。
 やっぱりジークは俺の知らない事を知っていたんだな……。
 ……って事は、ジークの封印を解いたのも俺じゃなくて母さん……。  
 今ジークもそうハッキリ言ったよな……。
 
 だったらやっぱり……俺なんかを助けようとしたから……母さんは……。

「お前知っていたんだなジーク……。何がどうなってるんだよ……」
<すまないルカ。今はただそれしか言えぬ。全てが終わったら主に全部話そうだから気を保つのだ!>

 ジークにそう言われ改めて実感する。
 今の自分は心にポカンと穴が空いた気分だ。
 気持ちが全く追い付かない――。

『フフフフ。私の話で楽しんでもらえたなら嬉しいよ。部外者の私は君達の詳しい事情なんて知らないが……母親が死んだのは君のせいだと思うよ』

 ――ズキン……ッ!
 オロチのその一言が、今までのどんな強力な魔法よりも効いた。まるで心臓を鷲掴みにされ鋭い刃で突き刺された気分だ。

<黙れオロチッ! それ以上その軽い口を開くな!>
「やっぱり……母さんが死んだのは俺のせい……。だとしたら、俺は今まで何の為に何をしてきたんだ……」
<勘違いも甚だしい! ルカのせいである訳がない!
寧ろ我にだって原因はあるだろう。なにせ我の封印を続けてしまったからこそ、魔力が尽きてしまった……。だから絶対にルカのせいではない。前を向け!我らの敵は奴だぞッ!>

 珍しくジークが取り乱しているな……。今まで隠していた事に負い目でも感じてるのか……?
 
 そっか……。俺がオロチに殺されたらお前もいなくなるもんな……。そりゃ必死にもなるか……。

 ――シュゥゥゥ……。
<ル、ルカ……⁉>

 様々な感情が一気に入り乱れ、俺は無意識の内にドラゴン化が解けていた。
 
『さて。愉快な話も終わって盛り上がってきたみたいだし、君も戦意喪失した様だね。大丈夫……私が直ぐに殺して母親の元へ逝かせてあげるよ。
フフフフッ……ハーハッハッハッハッ!死ね、ジークリートォォォッ!!』

 不愉快な高笑いをしながら、オロチは元の姿に戻った俺を食い殺そうとその大きく鋭い牙で勢いよく飛び掛かってきた。

 ――シュバンッ!
 全身の力が抜け、全てがどうでもよくなっていた俺は、向かってくるオロチの大きな口で嚙み殺された。









……かと思ったが、オロチの鋭い牙が俺に当たる刹那、突如“何か”が俺を庇う様に目の前に現れ、無残にもその何かが真っ二つに引き裂かれ地面に散った――。










「……ニ、ニクス……?」



 俺の足元に落ちた何かが“ニクスだと”理解した瞬間……全ての時間が止まった錯覚に陥った――。

 だが無論……。

 1秒として時が止まる事など有り得ないのだ――。

<ニクスッ!>
「ニ、クス……ッ! なんで……⁉ 何してんだよお前ッ!!」

 オロチの攻撃から俺を庇ったニクスは、体が真っ二つに引き裂かれ地面に落ちていた。

 辛うじて僅かな意識を保ちながら、ニクスは小さな声で口を開いた。

「ルカ……さん……。無事で……良かった。大丈夫……ルカさんは悪く……ない……。オロチを倒して……全て……を……終わら……せ――」

 切断されたニクスの体から僅かに炎が揺らめいていたが、それも風前の灯火……。最後に一瞬強く燃え上がった炎は、次の瞬間には輝きを失い灰と化した――。

「嘘だ……ろ……ッ。 ニク……ス……ッ!」
『邪魔が入ったな。自ら死ぬなど何たる愚かさだ。今度こそ……』

 体勢を立て直したオロチは次こそ俺を殺そうと再び食いついてきた。

『死ねッ!』
「――“アイスマジック”!」

 オロチの大きな口が再度俺に向かって来た瞬間、突如辺りが凍える様な寒さに包まれたと同時、俺の後ろから勢いよく無数の氷の槍が通過していき、その氷の槍は次々にオロチを襲った。

『雑魚の分際でちょろちょろと……』

 凄まじく威力のある攻撃魔法だったが、オロチの頭1つとして傷が付いていなかった。

 攻撃を放ったのは他でもないレベッカ。ただ呆然と立ち尽くしている俺の前に現れ、初めて見るであろう怒った表情と荒っぽい声で俺に怒鳴った。

「何してるのよルカッ! アイツに何言われたのか知らないけど、ちゃんとしなさいよ! 今は目の前の事だけ集中して!だから……ニクスがッ……!」

 大きな瞳を涙で滲ませながら、震える声でレベッカはそう言った。

「レベッカ……すまないッ……! ち、違うんだ……俺はただッ……「――いい訳なんて聞きたくない! 約束したでしょ、皆で一緒に帰るって! なのにッ……なのに何で!……ゔゔッ……」

 何をしているんだ俺は……。一体何がしたいんだ俺は……。俺のせいでニクスが……。レベッカもこんなに泣いているぞ……。そうだ。皆で約束した筈じゃないか……。生きて帰ると。それなのに何だコレは?俺は何をしている――。








『――ルカ。貴方は優しくて強い。冒険者になるというなら母さんと約束して……。どんな状況でも諦めない、大切なものを守れる真の強さを持った人間になると――」







 母さん……。

 俺の脳裏に、何時かの母さんとの思い出が駆け巡った。
 
 そうだよな……。
 今更どうしようもない事を何グダグダ考えているんだ俺は。これじゃあ全てを終わらせても、堂々と母さんに顔向け出来ないじゃないか。不甲斐ない俺のせいでニクスもいなくなってしまった……。レベッカが怒るのも当然だ。

 本当にごめんニクス……。お前は命懸けで俺に伝えようとしてくれたんだよな……。ごめんな――。


「……悪かった……ジーク、レベッカ!」
「ルカ……」
<やっとか馬鹿者>

 ニクスと母さんのお陰で正気を取り戻した俺は、目の前のレベッカを自分の後ろに引っ張った。

「ありがとうレベッカ。お陰で目が覚めた。ごめんな心配かけて。もう大丈夫だ――」
「ゔゔ……ルカぁ……」
『ん? なんか元に戻った? あーあ、折角面白い顔していたのに残念だね』

 俺がやるべきことはただ1つ――。

「ジーク、絶対にオロチ倒すぞ」
<当たり前だ>
『なんだ、本当に立ち直ったのか。フフフフ。それなら“コレ”はどうかな――?』
「「……⁉」」

 突如、オロチは再び美しい青年の姿に戻ったかと思いきや、直後にまたグニャグニャと体を変形させると、次の瞬間“奴”が現れた。

「――グ、グレイ……⁉」
 見間違える筈がない。
 幼少の頃からずっと見てきたのだから――。

『ハッハッハッ!どうだ? これも面白いだろう!』

 オロチが笑いながら姿を変えたのは、紛れもなくあのグレイだった。

<何処までも趣味が悪い> 

 グレイ……。
 そうか。お前もオロチにやられていたんだな……。ラミア達は既に分かっていたけど、お前はここで見かけたという情報があったからオロチの仲間にでもなったかと……生きてるかと思っていたのに……。

 グレイ、お前達の事は今でも許していない。でも、死ぬ事なんて望んでいなかった……。俺はただお前達がちゃんと自分達の非を認めて改心してくれればそれだけで良かった……。そう思っていたのに、何でこんな事になってんだよ――。

 折角ニクスとレベッカと母さんが俺を立ち直らせてくれたのに、また胸を締め付けられる思いだよ……。

「――ル、ルカ! 助けてくれッ! 俺はコイツに捕まったんだ! 頼む、助けてくれよ! 仲間だろ!」

 グレイは必死の表情で俺に訴えかけてきた。

<ルカ。グレイはもうこの世にいない……。アレは上っ面だけだぞ>
「ああ……。大丈夫だよジーク。しっかり分かってる。魔力も匂いもオロチのものだ」

 確かに気持ちの整理はまだ付かない。でもここで奴のペースにハマったら負けだ。見た目はグレイそのものだが、中身はオロチ。考えたくないがあの上っ面だけは“本物”だろう……。だがお前は絶対にグレイではない。

「なんだ、全然さっきみたいに動揺しないじゃないか。面白くないなぁ。君の仲間じゃないのかい?コイツ。
じゃあしょうがないね。だったら次は“お前”を使ってみよう――!」

 そう言ったオロチは突如魔法を発動させ、一瞬でレベッカを自分の元へと引き寄せた。

「ちょッ……⁉ 嫌よ、離してッ……!」
「レベッカ!」
『そうそう。その表情が素敵だよ。この女が死ぬのを見たいか?』
 
 捕まったレベッカは奴が繰り出した青い炎によって拘束されてしまった。動こうと藻掻いているが抜けられない。そしてオロチはグレイの姿から再び10の頭の大蛇へと変化していた。

「オロチ……!レベッカを離せ」
『フフフフ。君が下手に動くと彼女がどうなるか分からないよ。まぁどの道全員死ぬんッ……『――スパン。ボトボトッ……!』

 オロチは何が起こったかまるで分かっていない。今の俺の“攻撃”に反応出来ていない様だ。

 ただ、奴が視界に捉えたのは……地面に転がった自らの頭2つだろう――。

『なッ……⁉』
「どうした――?」

 ――スパン!スパン!スパン!
『ぐあァァァッ!!』

 先に斬り落とした2つの頭部に加え、俺はゼロフリードで更に3つ奴の頭部を斬り落とした。

<いい叫びだオロチ。それが見たかった>
『ちッ……! 一体何がどうなってやがる……。まるで奴の動きが見えんではないかッ……!それに“その姿”は何だ貴様ッ!』

 そう。奴が驚くのも無理はない。
 今の俺は全身がドラゴンの硬い鱗に覆われ、背からは翼が生えている。何時もは俺がドラゴン化してるが、“コレ”は寧ろ逆。ジークが俺の体を媒体に人化している……。

 言うなればドラゴンの“竜人化”。

 これは俺とジークの最大にして最終奥義――。

「……“竜人召喚《サモンズ・ドラゴン》”……」

 この変化は完全体の竜神王ジークリートさえも凌ぐ“召喚魔法”だ。

「凄い……」
『な、何だこの魔力は……。有り得ない……』
「<何処までも俺達を馬鹿にしやがってオロチ……。テメェだけは絶対に許さねぇぞ――>」

 俺とジークの魔力を合わせた召喚魔法によってもう1体ジークを召喚させ、2倍となった竜神王ジークリートの魔力を更に圧縮させる為のこの変化。

 竜人化した今の俺達は、オロチを遥かに上回る魔力――。

『クソッ……! ちょっと見た目を変えただけで調子に乗るな!』

 ――ボコンボコンッ……!
 オロチは再生能力で斬り落とされた頭部を復活させた。だが……。

 ――スパンスパンスパン!
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁッ……!』

 再生した頭部を俺は再び斬り落とす。
 そしてオロチは斬られた箇所をまた再生させていくが、その度即座に奴を斬る。

『あがッ……!! ぐッ……や、止めろぉぉぉッ!』

 再生をしなければ自らの命が危ないオロチ。身を守ろうと、反撃をしようと再生を何度も何度も行うが、その度に俺は死なない程度に奴を斬り続けていた。

 この何時まで続くか分からない痛みと再生の繰り返しに、まるで拷絶状態となったオロチは徐々に戦意も力も弱まっていった。

『ゔぐぁぁぁぁぁぁぁぁッッ……!!』
「<俺の大切なものを散々奪い弄びやがって! お前は俺達の全ての元凶だ!オロチ、お前だけは絶対に許さねぇッ!>」

 これで止めだ――。

「<食らえオロチィィィィ――!>」

 ――ドゴォォォォォォォォンッ!!

『……がは……ッ……ァ………………!』

 奴に放った魔力の衝撃波が大地を揺らしながら消え去ると、オロチの魔力も姿も完全に消え去っていた――。

「倒したか……」
<ああ。これで本当に終わりだ>
 
 俺とジークは遂にオロチを倒した様だ――。

「ルカー!」
「レベッカ……。そうだ、ニクス……!」

 レベッカは無事。そして俺達は遂にオロチを倒した。
 だがそれと引き換えに、俺達は大切なものを失ってしまった……。

 俺は直ぐにニクスの元に駆け寄る。

「……ニクスッ……! 本当にごめん……。俺のせいでッ……! 俺がしっかりしていれば……!」

 無情にも、真っ二つに切断され地面に転がっているニクスの体を俺はギュっと抱きしめた。

 何時もは燃えるように熱いフェニックスの炎が跡形も無く消えてしまっている。もう真っ黒な灰だ。

 ごめんニクス……。

 無邪気に笑うあの笑顔も、熱い炎ももう感じられない。俺は自分への怒りと不甲斐なさで涙が溢れ出た。

「ニクスゥゥゥゥ……ッ!!」















「――ルカさん……?」




 幻聴が聞こえたと思った。

「え……?」

 戸惑う俺を他所に、抱きしめていたニクスの体から、徐々に温かさを感じた――。

「ニクス……⁉」

 状況が直ぐには理解出来ないが、確かに体から温かさ感じる。

 そして、その温かさは瞬く間に燃える様な熱さを帯び、地面に落ちていた真っ黒な灰が、煌めく灼熱の炎を纏いながら空を飛び、再び不死鳥フェニックスの神秘的な姿が出現した――。

「――ルカさん!遂にオロチを倒したみたいですね! 凄いですよ!」
「「ニクス!」」

 ニクスはまるで何事もなかったかの如く、何時もと変わらぬテンションで話し掛けてきた。

「本当に……ニクスだよな……⁉」

 ダメだ。本当にもう頭が追い付かない。

「ええ、そうですよ。オロチ倒したのに何で泣いているんですかルカさん。あ、もしかして……私が死んだと思いました?」

 悪戯っぽく笑いながらそう言うニクス。不死鳥の姿だが、俺には表情がよく分かった。

「そりゃそうだろ……。だってオロチの攻撃食らって完全に灰になってたぞニクス……!」
「ハハハハ。私は聖霊のフェニックスですよ? あの程度なら死にません。幾らでも再生出来ますからね。
ただ、流石あのオロチと言うべきでしょうか……。体を切断された後、直ぐには元に戻れなくて時間が掛かってしまいました。こんな事は初めてだったのでちょっと焦りましたよ!」
「ニクスー!」
「レベッカさん!」

 そう言って、ニクスは地上に降りてレベッカと思い切りハグをしていた。

 何だよ……。大丈夫だったなら早く教えてくれ……。今日は心臓に悪い事ばかりだ。まぁ俺の不甲斐なさが原因だからそんな事言える立場じゃないけどな。

 何にせよ、無事で良かった……。本当に無事で良かったよニクス。ありがとう――。

「ゔゔッ……!良かったニクス!生きてたんだねッ!私……私……!」
「すみませんレベッカさん。直ぐに伝える事が出来れば良かったんですけど、状況が状況だったので……」
「いいの!ニクスが無事で良かった……!」

 レベッカも安堵の涙を流しながらニクスを抱き締めている。

<――他の者達のところへ向かうか。恐らく心配はないだろうが……>

 オロチを倒し、ニクスが復活した事によってすっかり気を抜いてしまった俺達だったが、ジークの一言で再び我に返った。

「そうだ、まだ皆がオロチのモンスター達と戦っている」
「皆も大丈夫だよね?」
「直ぐに行きましょう! ルカさん、レベッカさん。そのまま私に乗って下さい!」
「頼むぞニクス」

 こうして、遂にオロチを倒した俺達は皆の元へ向かった――。
♢♦♢

~ペトラ遺跡・西ルート~

「――いた。あそこだ! クレーグ達がいる」
「モンスターと戦ってるみたい」
「ニクス。奴の真上に行ってくれ。俺が仕留める」
「了解!」

 見つけたクレーグ達2番隊はやはりモンスターと戦っていた。見た事の無いモンスターだが強さはかなりのもの。恐らくオロチが魔石を使って生み出したモンスターだろう。

「“トール”!」

 ――バリバリバリバリッ!
「「……!」」

 俺はニクスから飛び降り、真上からモンスターに攻撃を食らわせそのまま仕留めた。

「……ルカ⁉」
「ニクスもレベッカもいるぞ!」
「ここにいるという事はもしかして……!」

 俺達が突如現れた事に、クレーグ達は皆驚きの表情を浮かべている。

「クレーグ! それに皆も無事か?」
「こっちは大丈夫だよ。まぁまぁ手強かったけどね。それより……」
「ああ。オロチの野郎は倒してきたぜ!」
「「おおー!!」」

 俺がそう伝えると、皆ガッツポーズをして喜んでくれた。

「ルカ達も無事で良かったよ!」
「一安心……」
「よくオロチを倒したわね。未だに信じられないわ……」
「取り敢えず話は後で。皆俺の背中に乗って。ダッジ隊長のところにも向かおう」

 今度は俺がドラゴン化して、クレーグ達全員を背に乗せた。そしてダッジ隊長達の元へ向かう――。


~ペトラ遺跡・北ルート~

 魔力を辿って急いでダッジ隊長達の元へ来たが……。

「流石隊長……。こっちは片付いているみたいだね」

 上空からダッジ隊長を見つけたが、隊長達の周りにはモンスターの残骸があちこちに散らばっていた。どんな戦い方をしたらこうなるんだろうか……。まぁ兎も角無事で良かったけど。

「「――隊長!」」

 俺達はゆっくりと地上に降り、皆の無事を確認した。

「ルカではないか……。まさか、オロチを倒したのか?」
「はい。結構危なくてギリギリでしたが何とか……。隊長達は余裕みたいですね」
「当たり前だ。コイツらのいいトレーニングにもなった」
「おー……ルカじゃねぇか……」
「何? もう親玉倒したの……」
「流石ね……」

 成程。余裕なのはダッジ隊長だけで、こっちもこっちで相当な激戦だった様だ……。ヴァンもエレナもジェニーも何とか無事みたいだが完全に目が死んでる。

 お疲れ様です……。

「ニクス。皆に回復魔法使えるか? 特にヴァン達が余りにも不憫で……」
「はい勿論。というか私も同じ事思っていたので……」

 そう言って、ニクスは全員に回復魔法を施した。
 すると、今にも疲労で倒れそうだったヴァンとエレナとジェニーの3人はみるみるうちに元気を取り戻していき、他の皆も体力と魔力が回復した様子だ。
 
「――よし!それでは全員、特殊隊へと帰るぞ!」
「「はいッ!!」」

 こうして、俺達はペトラ遺跡を後にした――。


♢♦♢

~ドラシエル王国~

 俺達特殊隊がオロチを倒した事は、瞬く間に王国中……そして世界へと伝わった――。

 ジークが封印されてからというもの、実質全モンスターのトップに君臨していたオロチの影響力は想像以上に凄まじいものだった。故に、その強力な力の存在が無くなり、世界中のあちこちで直ぐに変化が生じたのだった。

 これまでSランクやAランク指定のモンスターが数多く存在していたのだが、暫くすると急激に数が減っていき、数ヶ月も経つとSランクやAランクはおろか、強くてもBランク程度のモンスターがたまに出る程度となった。

 世界中からモンスターの脅威が無くなった事により大勢の人が喜び祝った。何処の王国でも連日のように宴や催し物が開かれ、世界中がお祭り状態だ――。

 オロチ討伐の報告を国王にした俺達特殊隊は、国王の粋な計らいにより全員が特別報酬を受け、皆ここぞとばかりに欲しい物や要求をしまくった。

 皆の勢いに若干引いたが、世界を救ったと考えれば、全然ありなのかもしれない。

 レベッカは何時ぞやのネオシティで泊まった、あの宿のフカフカベッドが未だに忘れられないらしく、それを国王にお願いしていた。何だかんだバタバタで直ぐ特殊隊にも入ったから、結局ベッド買ってあげられなかったな。まぁでもこれで間違いなくゲットだ。良かったなレベッカ。


♢♦♢

~大聖堂~

「――失礼します。“新婦”の準備が整いましたのでこちらへどうぞ」
「は、はい!」

 やっべー。もうずっと緊張が収まらない……!心臓がバクバクだ。半年前にオロチと戦った時よりヤバいかも……。

「では“新郎様”はこちらでお待ち下さい」
「あ、はい!分かりました!」

 そう。
 オロチ討伐から早半年。

 世界中が徐々に落ち着きを見せていく中、俺は今日結婚をする――。

 勿論相手はレベッカだ。それ以外考えられない。

 俺はオロチ討伐の特別報酬で国王に、レベッカとの結婚式をプレゼントしてもらった。

 元から物欲があまり無かった俺は直ぐに欲しい物が浮かばず、気が付いたらレベッカと結婚式がしたいと口走っていた……。

 ふと我に返った瞬間は体が燃える様に熱かったのを覚えている。レベッカも恥ずかしくてずっと下を向いていた。特殊隊の皆の茶化され弄られたのを一生忘れないだろう。

 まぁそんなこんなで、今俺は色々な思い出が詰まったこの大聖堂で、レベッカと結婚をする――。

 俺にとっては全ての始まり。
 ここは母さんを失った絶望の場所でもあったが、ここから全てが始まったんだ。

 ジークと出会い、そしてレベッカと出会った。それに他にも多くの出会いをさせてくれた。

 この大聖堂は俺にとってもう悲しい場所ではない。寧ろかけがえのない場所だ。しかもここならきっと母さんも見てくれている筈――。

「――新郎様、参列者の皆様の移動が終わりましたので、こちらの扉から祭壇へお向かい下さい」
「わ、分かりました……」

 そう言って係りの人が扉を開くと、国王やモレー大団長、それにマスターやジャックさんやフリードさんダッジ隊長や……って兎に角大勢の人が盛大な拍手で迎えてくれた。

 とんでもなく恥ずかしくて照れくさい。

 何度も皆に頭を下げながら、俺は神父の待つ祭壇まで足を運び、レベッカが来るのを待った。

 そして……。

 綺麗な音色が奏でられると同時、聖歌隊の歌も響き、直後に開いた扉の向こうから純白のドレスに身を包んだレベッカが現れた――。
 
「綺麗~!」
「可愛い過ぎるよレベッカ」
「素敵です!」
「ルカには勿体ないな」
「俺より先に結婚しやがって……」
「可愛いよ~レベッカ!」

 レベッカの登場に皆も盛り上がりを見せた。

 俺が言うのもアレだが……マジで可愛い。

 多くの拍手を送られる中レベッカは1歩1歩ゆっくりとこちらに向かって来る。隣ではレベッカのお父さんがエスコートをしている。今も勿論緊張してるけど、レベッカの両親に挨拶に行った時も緊張したな。

「――頼んだよルカ君」
「はい」

 エスコートを終え、レベッカの手が俺へと移された時、お義父さんが静かにそう言ってくれた。本当にしっかりしなくちゃと改めて思った。

「レベッカ、凄い綺麗だよ」
「フフフ、ありがとう。ルカも格好いいよ」

 そんな言葉を交わしながら、俺達は2人で祭壇を上がり神父様の前に立った。

「――新郎、ルカさん。そして新婦、レベッカさん。貴方達はこの先健やかなるときも病める時も、互いに支え合い一生寄り添う事を誓いますか?」
「「はい。誓います」」
「それでは……誓いの口付けを――」

 向かい合ってレベッカのベールを上げると、いつの間にか緊張が消えていた。目の前にいる何よりも大切なレベッカを見て、安心感が生まれていた。

 これから先もずっと、俺はレベッカを守って幸せにする。

 そう思いながら、俺はレベッカの唇にそっと口付けをした――。
♢♦♢

~ドラシエル王国・ルカの家~

 俺とレベッカの結婚式から早半年――。
 
 オロチを倒したのはもう1年前にもなる。本当に時間が経つのは早い。

 あれから世界中は平和に包まれ、モンスターの数も激減状態が続いていた。出てくる数も少ないし、Cランク以上のモンスターなど滅多に出てこないのが現状だ。だがそれでもモンスターが全ていなくなった訳ではないから、必ずしも安心は出来ないと思う。

 まぁそれでも冒険者の数もかなり減ったし、何処の王国もギルドは必要最低限となっているらしい。何だか寂しい感じもするが、それだけ平和だという証拠でもあるからいい事だよな。

「――ルカ~!」
「お、来た来た」

 遠くから俺の名前を呼ぶ心地よい声。結婚して半年になるが、未だに自分の“奥さん”という立場が慣れない。

「皆への挨拶は済んだか?」
「うん!皆って言っても、ほぼルカと一緒だからね。お父さんとお母さんも家に帰ったし。ルカももういいの?」
「ああ。俺も大丈夫。何時でも行けるよ」
「あれ、ニクスはまだ来てない?」

 俺とレベッカがそう話していると、今度は上から俺とレベッカの名前を呼ぶ声が響いてきた。

「おーい! ルカさん、レベッカさん!お待たせしましたー!」
「あ、ニクスー!」
「これで揃ったな」
<さて、本当に最後の“一仕事”といくか。もう雑魚ばかりだが……>

 そう――。

 俺達がこうして集まっているのは他でもない、モンスター討伐の為だ。

 全ての元凶であったオロチは倒した俺達は、モンスターの激減に伴い特殊隊を抜けた。もうそこまで人手もいらなければSランクモンスターの討伐に行く必要もないからだ。

 勿論特殊隊を抜ける言った時は国王も特殊隊の皆も残念そうにしていたが、俺とジークの目的は最初からモンスターの“全滅”。オロチがいなくなった今かなり平和な世界になったとはいえ、まだモンスターは残っている。だから俺達は世界中を旅しながらモンスターを倒しに行きたいんだと国王や皆に伝えると、皆俺達の気持ちを汲んで笑顔で送り出してくれた。

 始まりは確かに俺とジークだけど、今ではレベッカもいる。当然モンスターを倒したいという事はレベッカに真っ先に相談した。そうしたらレベッカは快く理解してくれた。俺の我が儘を受け入れてくれるレベッカには本当に頭が上がらない。

 しかもレベッカは「どうせなら新婚旅行も兼ねて世界中を旅したい!」とポジティブな方向に舵を切ってくれたので2人で話してニクスも誘う事にした。するとニクスは「当然付いて行きます!」と一切の迷いなく即決してくれた。

 嬉しくて有り難いが、本当にいいのかなと少し心配してしまった。だが直ぐに旅の支度をしてやる気も満ち溢れているからいいのだろう……。結婚式依頼イディアナ王国にいるマスターにも会っていないし、バーレーン様とニクスも会わせてあげたい。あれからも互いに少しづつ向き合っているからな。

「――何ボーっとしてるのよルカ」
「私はもう何時でも出発出来ますよ!」
<もう張り合いのある敵はいないが、モンスターを全て駆逐してやろう。いずれ強い奴と出会うかもしれないしな>

 俺はふと思う時がある……。

 人生っていうものは本当に分からない――。

 次の瞬間には絶望の淵に立たされている時もあれば、またその次の瞬間には世界が180度変わっている時もある。

 突然1人になってしまったと思っても、周りを見れば自分に手を差し伸べてくれる人がいる。

 母さんが死んでジークと出会ってグレイ達に見捨てられレベッカと出会って……。

 奇妙で不思議な何とも言えない出会いや経験は、何時も偶然のように思えるけど、もしかたらそれは自分が生きていく上で決まっていた必然であり運命なのかもしれないな――。

「皆……ありがとう」

 気が付くと、俺はそう口に出していた。

「ねぇ、本当に大丈夫? ボーっとしてると思ったら急にお礼言い出して……」
「どっか悪いんですかルカさん? 回復魔法掛けますよ」
<オロチを倒して平和ボケしているな。いや、結婚とやらをしてから浮かれている>
「そんな事ないってジーク。それに俺は大丈夫だし普通だ。ふと今までの出来事に浸っただけだよ」
<浸るのは早い。まだ終わっておらぬからな>
「そうよ。私達のモンスター討伐新婚旅行は今から始まるんだからねルカ!」
「楽しみですね!」

 ジークもレベッカもニクスも相変わらずだ。今までも色々あったし、きっと今からも色々起こるだろう。でも、俺達ならもう大丈夫。辛く困難な事も乗り越えてきたし、今は1人じゃない。困った時には頼れる仲間達がいる。

「――よし。ジークもレベッカもニクスも準備はいいよな? 出発するぞ?」
「私達はとっくに大丈夫よ。ルカがずっと変なだけ」
「ハハハ、悪い悪い。それじゃあ切り替えて……いざ出発だ!」
「「おおー!」」

 こうして、俺達は再び新たな冒険へと旅立った。

 いや、正確にはモンスター討伐新婚旅行……?

 まぁ別に何でもいいか。

 俺には大切な仲間達がいる。

 ただそれだけで、この先も大丈夫だから――。












【完結】

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