見間違える筈がない。
 幼少の頃からずっと見てきたのだから――。

『ハッハッハッ!どうだ? これも面白いだろう!』

 オロチが笑いながら姿を変えたのは、紛れもなくあのグレイだった。

<何処までも趣味が悪い> 

 グレイ……。
 そうか。お前もオロチにやられていたんだな……。ラミア達は既に分かっていたけど、お前はここで見かけたという情報があったからオロチの仲間にでもなったかと……生きてるかと思っていたのに……。

 グレイ、お前達の事は今でも許していない。でも、死ぬ事なんて望んでいなかった……。俺はただお前達がちゃんと自分達の非を認めて改心してくれればそれだけで良かった……。そう思っていたのに、何でこんな事になってんだよ――。

 折角ニクスとレベッカと母さんが俺を立ち直らせてくれたのに、また胸を締め付けられる思いだよ……。

「――ル、ルカ! 助けてくれッ! 俺はコイツに捕まったんだ! 頼む、助けてくれよ! 仲間だろ!」

 グレイは必死の表情で俺に訴えかけてきた。

<ルカ。グレイはもうこの世にいない……。アレは上っ面だけだぞ>
「ああ……。大丈夫だよジーク。しっかり分かってる。魔力も匂いもオロチのものだ」

 確かに気持ちの整理はまだ付かない。でもここで奴のペースにハマったら負けだ。見た目はグレイそのものだが、中身はオロチ。考えたくないがあの上っ面だけは“本物”だろう……。だがお前は絶対にグレイではない。

「なんだ、全然さっきみたいに動揺しないじゃないか。面白くないなぁ。君の仲間じゃないのかい?コイツ。
じゃあしょうがないね。だったら次は“お前”を使ってみよう――!」

 そう言ったオロチは突如魔法を発動させ、一瞬でレベッカを自分の元へと引き寄せた。

「ちょッ……⁉ 嫌よ、離してッ……!」
「レベッカ!」
『そうそう。その表情が素敵だよ。この女が死ぬのを見たいか?』
 
 捕まったレベッカは奴が繰り出した青い炎によって拘束されてしまった。動こうと藻掻いているが抜けられない。そしてオロチはグレイの姿から再び10の頭の大蛇へと変化していた。

「オロチ……!レベッカを離せ」
『フフフフ。君が下手に動くと彼女がどうなるか分からないよ。まぁどの道全員死ぬんッ……『――スパン。ボトボトッ……!』

 オロチは何が起こったかまるで分かっていない。今の俺の“攻撃”に反応出来ていない様だ。

 ただ、奴が視界に捉えたのは……地面に転がった自らの頭2つだろう――。

『なッ……⁉』
「どうした――?」

 ――スパン!スパン!スパン!
『ぐあァァァッ!!』

 先に斬り落とした2つの頭部に加え、俺はゼロフリードで更に3つ奴の頭部を斬り落とした。

<いい叫びだオロチ。それが見たかった>
『ちッ……! 一体何がどうなってやがる……。まるで奴の動きが見えんではないかッ……!それに“その姿”は何だ貴様ッ!』

 そう。奴が驚くのも無理はない。
 今の俺は全身がドラゴンの硬い鱗に覆われ、背からは翼が生えている。何時もは俺がドラゴン化してるが、“コレ”は寧ろ逆。ジークが俺の体を媒体に人化している……。

 言うなればドラゴンの“竜人化”。

 これは俺とジークの最大にして最終奥義――。

「……“竜人召喚《サモンズ・ドラゴン》”……」

 この変化は完全体の竜神王ジークリートさえも凌ぐ“召喚魔法”だ。

「凄い……」
『な、何だこの魔力は……。有り得ない……』
「<何処までも俺達を馬鹿にしやがってオロチ……。テメェだけは絶対に許さねぇぞ――>」

 俺とジークの魔力を合わせた召喚魔法によってもう1体ジークを召喚させ、2倍となった竜神王ジークリートの魔力を更に圧縮させる為のこの変化。

 竜人化した今の俺達は、オロチを遥かに上回る魔力――。

『クソッ……! ちょっと見た目を変えただけで調子に乗るな!』

 ――ボコンボコンッ……!
 オロチは再生能力で斬り落とされた頭部を復活させた。だが……。

 ――スパンスパンスパン!
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁッ……!』

 再生した頭部を俺は再び斬り落とす。
 そしてオロチは斬られた箇所をまた再生させていくが、その度即座に奴を斬る。

『あがッ……!! ぐッ……や、止めろぉぉぉッ!』

 再生をしなければ自らの命が危ないオロチ。身を守ろうと、反撃をしようと再生を何度も何度も行うが、その度に俺は死なない程度に奴を斬り続けていた。

 この何時まで続くか分からない痛みと再生の繰り返しに、まるで拷絶状態となったオロチは徐々に戦意も力も弱まっていった。

『ゔぐぁぁぁぁぁぁぁぁッッ……!!』
「<俺の大切なものを散々奪い弄びやがって! お前は俺達の全ての元凶だ!オロチ、お前だけは絶対に許さねぇッ!>」

 これで止めだ――。

「<食らえオロチィィィィ――!>」

 ――ドゴォォォォォォォォンッ!!

『……がは……ッ……ァ………………!』

 奴に放った魔力の衝撃波が大地を揺らしながら消え去ると、オロチの魔力も姿も完全に消え去っていた――。

「倒したか……」
<ああ。これで本当に終わりだ>
 
 俺とジークは遂にオロチを倒した様だ――。

「ルカー!」
「レベッカ……。そうだ、ニクス……!」

 レベッカは無事。そして俺達は遂にオロチを倒した。
 だがそれと引き換えに、俺達は大切なものを失ってしまった……。

 俺は直ぐにニクスの元に駆け寄る。

「……ニクスッ……! 本当にごめん……。俺のせいでッ……! 俺がしっかりしていれば……!」

 無情にも、真っ二つに切断され地面に転がっているニクスの体を俺はギュっと抱きしめた。

 何時もは燃えるように熱いフェニックスの炎が跡形も無く消えてしまっている。もう真っ黒な灰だ。

 ごめんニクス……。

 無邪気に笑うあの笑顔も、熱い炎ももう感じられない。俺は自分への怒りと不甲斐なさで涙が溢れ出た。

「ニクスゥゥゥゥ……ッ!!」















「――ルカさん……?」




 幻聴が聞こえたと思った。

「え……?」

 戸惑う俺を他所に、抱きしめていたニクスの体から、徐々に温かさを感じた――。

「ニクス……⁉」

 状況が直ぐには理解出来ないが、確かに体から温かさ感じる。

 そして、その温かさは瞬く間に燃える様な熱さを帯び、地面に落ちていた真っ黒な灰が、煌めく灼熱の炎を纏いながら空を飛び、再び不死鳥フェニックスの神秘的な姿が出現した――。

「――ルカさん!遂にオロチを倒したみたいですね! 凄いですよ!」
「「ニクス!」」

 ニクスはまるで何事もなかったかの如く、何時もと変わらぬテンションで話し掛けてきた。

「本当に……ニクスだよな……⁉」

 ダメだ。本当にもう頭が追い付かない。

「ええ、そうですよ。オロチ倒したのに何で泣いているんですかルカさん。あ、もしかして……私が死んだと思いました?」

 悪戯っぽく笑いながらそう言うニクス。不死鳥の姿だが、俺には表情がよく分かった。

「そりゃそうだろ……。だってオロチの攻撃食らって完全に灰になってたぞニクス……!」
「ハハハハ。私は聖霊のフェニックスですよ? あの程度なら死にません。幾らでも再生出来ますからね。
ただ、流石あのオロチと言うべきでしょうか……。体を切断された後、直ぐには元に戻れなくて時間が掛かってしまいました。こんな事は初めてだったのでちょっと焦りましたよ!」
「ニクスー!」
「レベッカさん!」

 そう言って、ニクスは地上に降りてレベッカと思い切りハグをしていた。

 何だよ……。大丈夫だったなら早く教えてくれ……。今日は心臓に悪い事ばかりだ。まぁ俺の不甲斐なさが原因だからそんな事言える立場じゃないけどな。

 何にせよ、無事で良かった……。本当に無事で良かったよニクス。ありがとう――。

「ゔゔッ……!良かったニクス!生きてたんだねッ!私……私……!」
「すみませんレベッカさん。直ぐに伝える事が出来れば良かったんですけど、状況が状況だったので……」
「いいの!ニクスが無事で良かった……!」

 レベッカも安堵の涙を流しながらニクスを抱き締めている。

<――他の者達のところへ向かうか。恐らく心配はないだろうが……>

 オロチを倒し、ニクスが復活した事によってすっかり気を抜いてしまった俺達だったが、ジークの一言で再び我に返った。

「そうだ、まだ皆がオロチのモンスター達と戦っている」
「皆も大丈夫だよね?」
「直ぐに行きましょう! ルカさん、レベッカさん。そのまま私に乗って下さい!」
「頼むぞニクス」

 こうして、遂にオロチを倒した俺達は皆の元へ向かった――。