召喚出来ない『召喚士』は既に召喚している~ドラゴンの王を召喚したが誰にも信用されず追放されたので、ちょっと思い知らせてやるわ~

~特殊隊の訓練場~

 訳が分からない流れのまま一夜が明け、何時も俺達が使っている訓練場には結構な人数が集まり活気が生まれていた。

 これが俺とダッジ隊長の決闘というのが未だに実感がない。
 もう始まりそうなのに――。

「隊長とルカが戦うなんてどうなるんだろう!」
「……ルカも確かに強いけど、やっぱ隊長も強い……」
「お前も物好きだな本当に」
「いやいや、ゼインさん程ではないですよ。それにたまには息抜きがないとやってられません!」
「国王様……。その様な発言は余り大きな声でしないで下さい」

 訓練場の周りでは本当に多くの人が観戦しに来ている。
 特殊隊の仲間は勿論、国王やモレー大団長。それにどうやってこんなに早く情報を知ったか分からない他のギルドのSランク冒険者やその他国王団の人達まで来ている……。

 しかもマスターまでいるじゃないか。久しぶりに見たが元気そうで何よりだ。だが、この状況を見た俺が今思っている事をはっきり言おう――。

「あの、なんか盛り上がっているところに水を差して悪いんですけど……決闘している時間があったらオロチの討伐行けませんかね? ここのいる面子で。最強だと思いますけど……」
「――ダメだ。隊長である以上部下の勝手な行動は許さん。それにお前の実力を、俺はまだしっかりと把握していない。オロチを倒したいのならば、それ相応の強さを示せ」

 ダッジ隊長はそう言い、凄まじい魔力を瞬時に練り上げながら戦闘態勢に入った。

 成程。腐ってもこの特殊隊の隊長だと言う事を忘れていた。思い返せばここに来た初日、いきなり“遊び”という名の攻撃を仕掛けてきた変わり者が集う場。それがこの特殊隊……。

 毎日毎日誰かが必ず訓練場で戦っている。俺も当然幾度となく皆と戦っていたが、ダッジ隊長とだけは確かに1度も戦った事がない。

 変わり者をまとめている隊長だからどこか人格者なのだろうと昨日まで勝手に思い込んでいたが……どうやら見当違い。結局はダッジ隊長もここに集まる変態達と同じだった――。

「隊長の戦いなんて見た事ないよ!」
「隊長はSSSランクだから当たり前に強い。しかもドラシエル王国のSSSランクの中でも最強らしいからね。ルカとどんな勝負になるか楽しみしかないよ」

 不意にクレーグのそんな言葉が聞こえた。

「なんと、まさかSSSランクの中でも最強とは……。それはマスターよりも強いという事か? 何とも恐ろしい」

 思わず自分の心の声が駄々洩れた。そしてジークがそれに反応している。

<フハハハハ! これは今までで1番の実力者。楽しみだなルカよ>

 ジークもダッジ隊長の実力を認めた様だ。あのジークが今までで1番だと言ったんだから間違いないだろう……。これは本当に嫌だ。

 だがここだけは譲れない。隊長を倒して俺は絶対にオロチをぶっ飛ばしに行くからな。しかも隊長は俺が勝てば特殊隊でサポートするとまで言った。それは正直滅茶苦茶有り難い。オロチの実力が分からない以上、皆が付いて来てくれるならかなり心強いからな。

「――そろそろ始めようか」
「はい……お願いします!」

 こうして、ダッジ隊長の決闘が始まった。

「行くぞジーク!」
<ああ>

 俺とジークは最初から全開。相手が王国最強と言われているならば当然だ。抜いたゼロフリードに魔力を注ぎ込みながらダッジ隊長に魔法を放った。

「“プロメテウス”!」
「“シールドロック”」

 高火力の炎を放った俺に対し、ダッジ隊長は土魔法で大きな岩を繰り出し炎を打ち消した。だが俺は続けざまに雷魔法を連続で撃ち込む。

「“ロックメテオ”……!」

 ダッジ隊長は俺の雷魔法も全て防ぎきると同時に、出していた岩に炎を纏わせ弾丸の如く放ってきた。

 ――ズガン!ズガン!ズガン!
「凄い威力だ……」

 飛んでくる炎の岩を避けながら、俺は避け切れない分を剣で打ち落とした。そして最後の1発を剣で防ぎダッジ隊長に攻撃を仕掛けようとした刹那、既に隊長が俺の背後で剣を振りかざしていた。

 ――ガキィィンッ!
「ほぉ……」
 
 間一髪反応した俺は何とかダッジ隊長の剣を受け止めた。

「お前も珍しい剣を持っているな」
「……!」

  ダッジ隊長と鍔迫り合っていると、ダッジ隊長の持つ深紅の剣がどんどん俺の魔力を吸い込んでいた。

<コイツの吸い込みは次元が違う。距離を取れ>
「分かった……“トール・サンダー”!」

 俺は大きな雷を放ち、僅かに意識が逸れた瞬間ダッジ隊長と距離を取った。しかし、一瞬たりとも休む間を与えてくれないのか、ダッジ隊長は自身が扱えるという全種類の魔法を一斉に放ってきた。

「“アイスドラゴン”、“ロックスネーク”、“フレイムジャッカル”、“エアロバード”、“ライトニングキメラ”――」
「なッ……⁉」
<面白い!>

 間違いなくこれまでに俺が戦った中で最強の相手……。1発1発の威力がある事は勿論、狙いもタイミングも全て抜群。一瞬でも判断が遅れれば命取りだ。しかも放ってくる属性の種類が多いいから的を絞りにくい。確実なダメージを与えるには一苦労だぞこれは。

「なぁジーク、ダッジ隊長とんでもなく強いぞ。どうする?」
<確かにな。間違いなく今までの中で1番だ。だが……それがイコール負ける理由にはならぬな――>
「ああ。ダッジ隊長倒して、全てを終わらせに行くぞジーク――!」

 怒涛の攻撃を繰り出すダッジ隊長に対し、俺はドラゴン化で全ての攻撃を掻い潜りながらダッジ隊長との距離を少しづつ詰めていった。そして互いの間合いに入った瞬間、俺は再びゼロフリードに渾身の魔力を込めて振り下ろした。

 ――ガキィィン!
「吸い尽くせ……“ダークサキュバス”」

 俺の剣とダッジ隊長の剣がぶつかり合った瞬間、再び魔力がどんどんダッジ隊長の剣に吸われ始めた。



 ここだ――!



「……⁉」



 魔力が吸われ始めた刹那、俺はそのまま手にしていた剣をパッと離し、予め攻撃魔法を放つ準備をしておいたもう一方の腕で、僅かに反応が遅れたダッジ隊長の体に勢いよく撃ち込んだ――。

「“竜神の全撃(ドラファクト)”!」

 俺の放った攻撃はダッジ隊長を捉え、その屈強な肉体を訓練場の端の壁まで瞬く間にぶっ飛ばした。

 ダッジ隊長は壁がめり込む程の勢いで衝突し、僅かに意識を保ちながら体を動かそうとしたが、次の瞬間そのまま地面に静かに崩れていった。

<終わったな。まさかここまでとは>
「本当だよ……。ダッジ隊長以外、今の攻撃を受け切れるSSSランク冒険者はいないだろうな。一瞬立ち上がってこようとしてたし……」

 そんなこんなで、俺とダッジ隊長の決闘は無事終わったのだった。

「――凄い戦い……」
「ルカも化け物だがダッジ隊長も化け物だったぞ」
「ニクス、隊長を頼めるかな?」
「任せて下さい! 私の聖霊魔法で治します」

 そう言ってニクスはダッジ隊長に優しく聖霊魔法を掛け、傷が癒えていくと共にダッジ隊長は意識を取り戻した。それを見て周りにいた皆も集まって来る。

「……どうやらやられたみたいだな……。見事な実力だったぞ、ルカ」
「ありがとうございます隊長」
「とんでもない決闘だったな!」
「まさかダッジ隊長が撒けるとは。いやはや、恐れ入ったよ……」
「お疲れ様、ルカ君。また一段と強くなった様だね」
「あ、あの! これで俺オロチの討伐に行ってもいいんですよねダッジ隊長……!」

 皆は今の俺とダッジ隊長の決闘を称えてくれたが、この戦いの真の目的はオロチの討伐許可。意識が戻って直ぐで申し訳なかったが、俺は焦る気持ちを抑えられずに聞いてしまった。

「そう慌てるなルカ……。勝負はお前の勝ち。約束通り、オロチの討伐に“行く”ぞ。しっかり準備をしておけ」
「え、行くぞってもしかして……」
「当然、特殊隊総員で行くぞ。サポートの約束もしたからな――」
「ダッジ隊長……」

 隊長はそう言い、皆にもその旨を伝えた。こうして俺達は、晴れて3日後に再度集まる事が決まった。

 目的は勿論オロチの討伐――。

 この3日間は各自準備や束の間の休息を取ったのだった――。
~冒険者ギルド~

 束の間……と言うより、下手したら“最後”となるかもしれない3日間の休息を得た俺とレベッカは、久しぶりに自分の家に向かいながら冒険者ギルドにも顔を出した。

「――あれ、ルカじゃねぇか」
「おー、久しぶりだね! 元気にしてた?」
「お久しぶりですルカさん!レベッカさん!」

 俺達に気付くなり、現マスターのフリードさんや受付のマリアちゃんが元気よく声を掛けてくれた。しかもタイミング良くジャックさんもいるじゃないか。皆元気そうで何よりだ。

「ご無沙汰してます」
「お前帰って来るなら連絡しろよな」
「ハハハ、すみません。急に休みが取れたので」
「まぁ丁度良かったぜ。俺これからクエスト依頼で1週間ぐらい街離れるからよ、鍵渡しておくぜ。帰る時は受付の彼女に渡しておいてくれ」
「本当にありがとうございます。分かりました。マリアちゃんにあずけておきますね」
「ああ。じゃあ俺行くからよ。また帰ったらゆっくり話そうぜ」

 そう言ってジャックさんはギルドを後にした。

 良かった……。もしかしたら最後になるかもしれないから、ジャックさんとも入れ違いにならなくて本当に良かった。ジャックさんにはお礼をしてもし切れない程恩があるからな……。

 こんな俺をずっと見守っていてくれて、ありがとうございましたジャックさん――。

♢♦♢

~霊園~

 家に向かう前に、俺は母さんの墓参りに来た。
 レベッカに鍵を渡して先に帰って休んでくれと言ったが、一緒に来てくれると言ってくれたので2人で来た。

 母さんの墓参りに誰かと行くなんて初めてだな――。


―――――――――――――――――――――――――     
 『X.X.X ~エミリオ・リルガーデン永眠~ 』
―――――――――――――――――――――――――   


 俺は買ってきた花を供え、墓の前で手を合わせた。
 レベッカも同じ様に手を合わせてくれている。

 母さん久しぶり……。たまにしか来れなくてごめん。でもさ、やっと全部が終わってゆっくり出来るかもしれないんだ。

 あれから本当に色々あったけど……俺はこうして色んな人に支えてもらって今日まで生きてこられたよ。だから俺は、そんな風に大切に思える皆を守りたい。母さんやジークを苦しめたオロチを倒すからさ。

 俺が絶対に全てを終わらせて、平和な世界にしてやるんだ。

 それに何より、今の俺には失いたくない1番大切な存在がいる。

 見守っててよ母さん――。

「わざわざありがとなレベッカ」
「ううん。私もルカのお母さんにお礼を言いたかったから」

 俺は別にどうなっても構わない。ただレベッカだけは何が何でも無事でいてほしい。

 墓参りを済ませた俺とレベッカは、久しぶりに一緒に街で買い物をしながら家に帰った。

~ルカの家~

「「ただいま」」

 無意識にレベッカと声が重なった。こんな何気ない事がとても大切でかけがえのない瞬間なんだと改めて感じるな。やっぱりレベッカだけは絶対に守りたい。

「なんか懐かしいねルカ」
「そうだな。しかもジャックさんが見てくれてるから部屋も綺麗だ」

 懐かしさに浸りながら、俺とレベッカはご飯の支度をしたりお風呂に入ったりと、以前ここで2人で暮らしていたのがつい昨日の事の様にも感じる。

 オロチを倒して……またレベッカとこんな暮らしが出来るかな……。って言うかしたいなぁ。さっき母さんの墓の前でふと言ったけど、何時からかレベッカは俺の中で1番大切な存在になっている。

 何時からだろう。自分でも明確には分からないけど、多分初めて会った時から俺は……「――ルカ!」

 そんな事をボーっと思っていた次の瞬間、レベッカが俺の名前を呼んだ。ただそれだけの事なのに、レベッカの事を考えていたからドキッとしてしまった。

「ど、どうした?」
「うんちょっとね……。話したいなぁと思って。部屋入ってもいい?」
「ああ、勿論」

 俺が自分の部屋でレベッカの事を考えていると、まさかの本人が来た挙句に俺の横に座ってきた。何故だか勝手に意識して心臓の動きが速い。

「いよいよオロチと戦うんだよね……。なんか実感ないなぁ」
「そうだな。奴を見た事もないし実力も定かじゃない。流石にちょっと不安があるよ」
「え、ルカでも不安になる事あるんだね。そんなに強いのに。今回も全然余裕なのかと思ってた」
「俺を何だと思ってるんだよ。普通に不安も心配もあるよ。
「フフフ。そうなんだね。それは失礼しました。でもさ……今回はちょっと怖いよ。ジークちゃんを封印して王国をモンスター達に襲わせる様な相手だもん……。ちゃんと皆で無事に帰れるよね?」

 レベッカが心配になるのも無理はない。他の皆もそう思っているだろう。なにせ相手はあのオロチだからな。どれ程危ない奴なんだろう……。

「もし怖いなら辞めたっていいんだぞ。強制じゃないんだから」
「違うの! 確かに怖いけど、ルカや特殊隊の皆がいるなら心強くて大丈夫。ただ……もしかしたら、その……“最後”かもしれないって思ったから……」
「レベッカ……。え……ッ⁉」

 次の瞬間、横に座っていたレベッカが俺に抱きついてきた。突然の事に反応出来なかった俺は支えきれず、腰かけていたベッドに倒れ込んだ。

 ある意味押し倒された様な体勢になっている為、横たわる俺の上にレベッカが覆いかぶさっており更に鼓動が速くなったのが分かった。

「ど、ど、どうしたレベッカ……」

 俺の上で俯くレベッカを見ると、彼女はその大きな瞳に薄っすらと涙を浮かべていた。
 
「レベッカ?」
「ルカ……私ルカが好き……。だから……最後かもしれないから……私を、抱いてほしい……」

 思考停止――。

 は? ちょっと待て……。今俺の事“好き”って言ったか……?レベッカが? しかも……だ、抱いてほしいって……聞き間違い……とかじゃないよな……?

 待て待てヤバいぞ。何か自分の中で堪えていた感情が一気に抑えきれなくなった――。

「あ、ち、違うの! ううん……違う事はないんだけど、ご、ごめんねルカ!今の忘れて……ッ! 何か急に口走っちゃってッ……『――ギュッ……』

 気が付けば俺はレベッカを抱きしめていた。


「レベッカ。俺はレベッカの事が大好きだ。今までハッキリ伝えられなくてごめん……。自分の気持ちをどうやって伝えればいいか分からないけど……。


レベッカ、俺と結婚して下さい――」
「……!」

 細かい事や色々な段取が滅茶苦茶な事は分かってる。でもこれが俺の本
当の気持ちだ。

恥ずかし過ぎて顔は勿論見れないし勢いで自分から抱きしめたけど、恥ずかし過ぎて心臓がバクバクだ……。しかもレベッカからするいい香りとこの体勢のせいで理性が飛びそう。

「――フフフ。ルカの心臓の音が凄くよく聞こえる」
「あ、ああまぁな……。人生で1番緊張してるだろうから」

 笑いながらそう言うと、レベッカは顔を上げ超近距離でこう言った。

「ルカ。私で良ければお願いします――」
「……!」

 俺が突然したプロポーズに対して、返ってきたレベッカの言葉がそれだった。少し恥じらいながら言うレベッカの顔が何とも言えない可愛さだと思った刹那、レベッカが「大好き」と軽く俺にキスをした――。


 その瞬間、俺の理性は何処かへぶっ飛んだ――。


「ごめんレベッカ。もう我慢出来ない……。レベッカの全てが欲しい」

 この状況で手を出さない男が世界中のどこかに存在するのだろうか? 仮にいたとしても、俺にはもう無理だ。

「うん……。私もルカが欲しい――」

 こうして、俺とレベッカはそのまま愛し合った。

 珍しくぐっすりと眠れ、俺達が起きたのは昼近く。

 目覚めると直ぐ側に最愛の人がいて、俺はとても幸せな気持ちだった――。

 そして……。

 遂に3日後のオロチ討伐の日を迎えた――。
♢♦♢

 オロチ討伐任務当日――。

 遂に迎えた出発の日の朝、特殊隊にはダッジ隊長、クレーグ副隊長、ヴァン、リリィ、ジルフ、ピノ、エレナ、ジェニー、ニクス、そしてレベッカと俺……。皆が集まっていた。

「――全員で生きて帰るぞ」

 ダッジ隊長の命令はこの一言だけだった。しかしここにいる全員が同じ気持ちだった。

「それじゃあ行こうか皆」
「「はい!」」

 俺達は他の隊からの情報通り、オロチが潜伏しているペトラ遺跡へと向かった。

 オロチを討伐すると正式に決まってから、この限られた時間の中でクレーグとニクスがペトラ遺跡を今一度細かく調査してくれていた。そしてその調査により、オロチのいるペトラ遺跡の最深部へと繋がる道を3つ見つけたとの事。

 全員で同じルートで向かおうと言う意見もあったが、万が一にも全滅は避けようと、力は分散されるが3つの隊を編成して進もうという事になった。確かに1つ1つの力は分散されてしまうが、逆にあらゆる事を想定して臨機応変に動く事も出来る。

 1番隊はダッジ隊長、ヴァン、エレナ、ジェニーの4人。
 2番隊はクレーグ副隊長、リリィ、ジルフ、ピノの4人。
 そして3番隊が俺、レベッカ、ニクスの3人。

 俺達は順調に進んで行き、作戦通り一旦別れる事になった。 

「――気を付けろよ」
「了解!」
「雑魚モンスター1匹として出てこなかったなここまで」

 そう。
 既に俺達はオロチのテリトリーに入っているのだろう。このペトラ遺跡に来てからというもの、1度たりともモンスターと遭遇していない。それにここ来た時から異様な空気感みたいなものがずっと漂っている――。

「じゃあ後でね。常に皆の行動は把握し合おう。何かあったら直ぐに連絡。いいね?」
「ああ」

 ダッジ隊長達1番隊は北ルート。
 クレーグ達2番隊は西ルート。
 俺達3番隊は東ルートから最深部を目指す。

<全員微塵の油断もするな。相手はあのオロチ……。此処が奴のテリトリーである以上、最早我らは奴の掌の上に乗せられたも同然だ。死にたくなければ奴の策略を耐え、少ないチャンスを確実にものにしろ――>

 ジークが皆にそう言った。
 そして、今の言葉の重みを感じ取った全員が今一度全神経を張り巡らせた。

「行くぞ――」
「「はい!!」」

♢♦♢

~ペトラ遺跡・東ルート~

 皆と別れた俺達3番隊は、ペトラ遺跡の東ルートからオロチのいる森の最深部を目指す。

「不気味な空気ですね……。あちこちで変な魔力を感じます。皆さん大丈夫でしょうか……」
「心配するな。皆強いんだから大丈夫さ。それに何があっても絶対俺が皆を守る」
「ルカ、ニクス。必ず皆で一緒に帰るよ!」
「一気に奴の所に行くか――」

 俺はドラゴン化し、レベッカとニクスを何時の如く背に乗せながら一気に突き進んだ。

 正直、皆で色々な作戦を考えたが……俺1人の方がある意味動きやすくもある。それに皆に危険が及ぶぐらいなら最初から1人がいい。だけど今更俺がそんな事を言ったところで誰も聞かないし納得してくれない。だからこそ、俺は皆に悟られない様今回の作戦へと促した。

 本音を言えばレベッカとニクスを遠ざけておきたかったけど、最早誰が何処にいても危険だ。ならいっその事俺の側にいてくれれば必ず守る事が出来る。

 俺の背に乗り皆で一気にオロチの所へ行くという案も勿論出たが、それこそ一網打尽となったら取り返しが付かないと却下になった。だけどそれで良かっただろう。

 辺りに得体の知れない強い魔力が数多く存在しているが、小隊を組んでいる今の状態なら何とか乗り切れる筈だ……。

<――この匂い……。間違いなく“奴”だな……>

 森を進んでいる中、嗅いだことのない匂いが充満していたが、ジークが遠い記憶の中から確かにオロチの匂いを感じ取った。そこから一直線にオロチの匂いを辿った俺達は、遂に森の最深部であるペトラ遺跡に着いた。

 深い森の奥。
 ここの辺り一帯だけが木々ではなく岩が多く転がっている。静かな森の中でも更に無音に近い静けさに包まれる中、何処からか透き通るような声が響いてきた――。








『――久しぶり。ジークリート』








 気が付けば、俺達は声のした方向に視線を移していた。

<オロチ――>

 俺達の視線の先……そこには白銀の髪を靡かせた色白い肌の美しい青年が大きな岩の上に立っていた。

「お前が……オロチ……」

 初めて見た奴の姿。
 想像とはとてもかけ離れたその姿に一瞬戸惑ったが、次の瞬間には俺の全身は怒りと殺意で溢れ返った。

 感じた事の無い憎悪のエネルギー。

 自分の体が可笑しくなりそうな程全身から迸っていたのは、紛れもなくオロチへ向けられたジークの感情であった――。

『フフフフ、まさか本当に人間の中にいるとはね、ジークリート!
面白いねぇ。全モンスターのトップである竜神王ともあろう者が、余りに滑稽で無様な姿じゃあないか! ハッハッハッハッ!』

 今にでも飛び掛かる勢いかと思ったが、ジークは剥き出しの感情とは裏腹に、意外にも冷静だった。

<奴のペースには乗らん。全力で行くぞルカ――!>
「当たり前だ!」

 俺は迸る感情を全て魔力に乗せ、ゼロフリードにありったけの魔力を注ぎ込む。

「私達も行くよニクス!」
「はい! 出し惜しみなくフルスロットルで行くわ……“フェニックス・プロテクション”!」

 ニクスが繰り出した聖霊魔法により俺達に防御壁が張られた。続けてレベッカもオロチ目掛けて先制攻撃を放つ――。

「“アイスド・ロスト”!」

 レベッカの凍てつく氷魔法が瞬時にオロチと足元にあった大きな岩を凍らせた。

 一瞬決まったと思った刹那、凍らされた筈のオロチの眼球がギョロっと動き、奴はレベッカの氷を凄まじい威力の青い炎で消し飛ばした。

 ――ブオォォォン!
『弱いよ』

 青い炎で氷を消したオロチはその場から1歩も動かず余裕の笑みを浮かべた。だが俺はレベッカが攻撃を繰り出したと同時、一気にオロチとの距離を詰め既に奴目掛けてゼロフリードを振り下ろしている――。

『だから弱いし遅いよ』
「……!」

 完全に背後から攻撃したにも関わらず、オロチは全く後ろを振り返ることなく俺の剣を躱した。

「マジかよコイツ」
「想像以上の強さですね……」
『君達の小さな想像の中に私を入れないでくれるかな。何か面白いものが見れるかと思ったけど……やっぱりジークリート以外邪魔だね』
「「……ッ⁉」」

 オロチがそう言った次の瞬間、レベッカとニクスが突如吹っ飛び岩に叩きつけられた。

「キャッ……!!」
「ゔッ……!!」
「レベッカ!ニクス!」

 岩に叩きつけられた2人はそのまま地面に倒れ込んだ。幸い意識はある様だが結構なダメージを受けたらしい。中々立てずにいるが、もしニクスの防御壁がなければ最悪な事態になっていたかもしれない……。

『ジークリート……じゃなくて、人間の君は確かルカ……だったかな?あの2人の命が欲しいなら勝手に動くんじゃない。私はジークリートに用があるんだ』
「テメェ……ッ!」
<落ち着けルカ。レベッカもニクスも大丈夫だ>
「くそッ。ジークと何を話す気か知らねぇが、その前に俺が倒してやる!」

 俺は再びゼロフリードを構え奴に飛び込もうとした瞬間、オロチが大笑いをした。

『フフッ……ハ~ハッハッハッハッ!私を倒すだって? 君が? 笑わせないでくれよ! そこにいるジークリートでさえ私に勝てなかったと言うのに!』

 笑いたいだけ笑ってろ。
 俺とジークは絶対お前を倒してやるからな――。

<ルカ。此処の広さなら全く問題ないだろう。何時もの“抑えた”ドラゴン化ではなく、我と最初に出会った時の我の“完全体”の姿になれ。オロチを倒すぞ――!>

 ジークの言葉に、あの時の出来事が一気にフラッシュバックした。

 初めてジークを召喚したあの日、モンスター軍を払いのけようと俺は“竜神王ジークリート”の姿に変化したんだよな……。

 こんな状況なのに懐かしさに浸りそうだ。

「ああ、分かったよジーク」

 俺は魔力を一気に解放し、あの時以来となる竜神王ジークリートの姿に変化した――。



















<(……エミリオ。我のプライドに懸けて、主との“約束”は守り通す――)>




 ルカ達が東ルートを進み始めた一方で、ダッジ隊長率いる1番隊とクレーグ副隊長率いる2番隊はそれぞれ自分達のルートでとある事が起きていた――。

♢♦♢
 
~ペトラ遺跡・西ルート~

「モンスター1体出ないなんてやっぱ異常だよな」
「そうね。少ないなら未だしも、全く出てこないなんて有り得ないわ」
「既にオロチのテリトリーって事さ。周囲への警戒を怠らないでね。何時でも動ける様に」

 西ルートを行くクレーグ達。

 通常ならモンスターの1匹でも遭遇するのが当たり前であるが、ここまで全く遭遇しない事に皆が奇妙に思っていた。それと同時に、この異様さが嫌でも緊張感を生み出し、常に神経が研ぎ澄まされていた。
 
 クレーグ達2番隊が西ルートを暫く進むと、ジルフが静かに口を開いた――。

「……向こう……。此処から30m先にモンスターの魔力を感知した……」

 自分達の周りの広範囲を魔力感知していたジルフのセンサーに、遂に初めてのモンスターの魔力が感知された。そして次の瞬間、森の奥から物音が聞こえてくる。

「何だろう……」

 バキバキと草木の音が次第に近づいてきているのを感じ、全員が一斉に戦闘態勢に入った。

「来る……」
『グオォォォ!』 

 ジルフがそう言った刹那、クレーグ達の前に見た事もないモンスターが現れた。

「何だコイツ……!」
「ひょっとして“キメラ”か⁉」

 クレーグ達の前に現れたモンスターは獅子の様な頭部が2つあり、四足歩行の体と脚は、まるで様々なモンスターを縫合したかの様な異質なな姿であった。

 熊のような右前脚に鳥のような左前脚。後ろ脚の2つも何のモンスターかは分からないがそれぞれ違うもの。尾は蛇のように動いており、明らかに異質な存在。正確な正体は分からないが、恐らくクレーグの言うキメラに1番見た目は近いだろう。

「こんなキメラいるの……?」
「いや。コレは見た事がない。そもそもキメラかどうかも定かじゃないよね」
「今はそんな事よりコイツに集中しないと!」
「……“バフ”……“シールド”」

 キメラの強い魔力を感じ取ったジルフは皆に付与魔法を掛けた。これで身体強化と魔力増幅が施され、更にジルフは1人1人にダメージ軽減の防御壁を張った。

「強いわねこのモンスター。私が奴の注意を引きつけるから、その隙に仕留めて! 悪いけど何時もより早めにお願いね……!」

 そう言ってリリィは特殊適性である“超磁場”を発動させながらキメラに攻撃を仕掛けた。

 リリィの超磁場は範囲の敵や物を自在に引き寄せたり反発させる能力を持っている。相手を攪乱させるには持ってこいの能力だろう。勿論リリィも実力者であり相当の場数を踏んでいるが、何処か自信がなさそうなリリィを見るのは特殊隊の仲間でも初めてであった。

「“マグネットエリア”」

 リリィが超磁場を利用した魔法によって凄い速さでキメラの周りを動き回ると、それに反応したキメラがリリィを視界に捉えた。攻撃しようと鋭い鉤爪のある前脚を動かそうとしたが、リリィの力によって動きが極端に遅くなっていた。

 攻撃を余裕で躱したリリィはそのままキメラの注意を引きつけ、その生まれた隙を突きクレーグ、ピノ、ジルフの3人が一斉に攻撃を放った。

「“アクアインパクト”!」
「“メタルアーチー”!」
「……“フレイム・ボルト”……!」

 ――ズシャァァァンッ!
『ヴオォォォッ……⁉』


♢♦♢

~北ルート~

「――初めて見るモンスターだなコレは」これははじめてみる魔獣だな」
「何だコイツ!」
「声デカいわよヴァン」
「うわぁ……」

 北ルートから最深部を目指していたダッジ隊長率いる1番隊。
 西ルートでクレーグ達が異質なモンスターと遭遇したとほぼ同時刻。ダッジ隊長達もモンスターを視界に捉えていた。

 それも上空数メートル上で――。

『ギギャァァ!』
「マジで何だよコイツ! 面白い見た目してるなー!」

 ダッジ隊長が見上げる視線の先には、鋭い牙を生やした人間の様な頭部と上半身に鱗の様なものを纏い、下半身は完全に鳥。上半身から生える両腕は大きな翼と化しており、その漆黒の翼をバサバサと羽ばたかせながら飛んでいた。

「あれってハーピィとか言う奴……?」
「本当にいるのそんなモンスターって」
「目撃情報は極めて少ないが、ハーピィ自体は存在する。だが、アレは何か訳が違うだろう――」

 ダッジ隊長の読みは当たっていた。
 この世界に確かにハーピィというよく似たモンスターが存在するが、今ダッジ隊長達の目の前にいるこれは明らかに異質で姿形である。

 ハーピィは本来人間と同じぐらいのサイズであるが、コイツは人間の大きさを遥かに凌ぐサイズ。巨体のダッジ隊長ですら小さく見えるこのハーピィの存在は有り得ない。しかもハーピィはAランク指定のモンスターにも関わらず、ここにいる奴は間違いなくSランク以上の魔力の強さだった。

 思わずヴァン達も空中を舞う異質な巨体ハーピィに視線を奪われ言葉を失っていた。

「此処からでも攻撃は出来るが致命傷は難しいな。エレナ、俺が風で飛ばしてやるから仕留めて来い。もしくはあの翼を使えなくして下に叩き落せ」
「えー!私ですか⁉了解!」

 何故一瞬嫌がる素振りを見せたか分からないが、好戦的なエレナは言わずもがなやる気満々だ。

「頼むぞ」

 エレナの特殊適性である“格闘の極み”は、皆の様に剣や槍など武器こそ使わないがその能力によって既に打撃が武器の威力を凌駕する程――。

 ダッジ隊長の風魔法によって空中へ飛んだエレナは、練り上げた魔力を足へと集中させ、ハーピィ目掛け空中で旋回し鋭い回し蹴りを繰り出した。

「近くで見るとよりデカいわね……“レッグスラッシュ”!」

 ――シュバンッ!
『ギッ……⁉』
「落ちるよ皆ー!」

 繰り出されたエレナの回し蹴りは、まるで剣で一刀両断するかの如くハーピィの両翼を切断したのだった。激しい血飛沫と共に甲高い呻き声を上げながらハーピィは地上へと落下していく。

「もらったぁぁ! 追加で食らいやがれハーピィ!炎魔法、“ファイア”!」

 落下していく空中で、体勢を立て直せないハーピィ目掛けてヴァンが灼熱の炎で攻撃した。

 ――ボオォォォン!
『ギギャャャ……!!』

 両翼を切断され全身火傷状態となったハーピィそのまま勢いよく地面に叩きつけられた。エレナとヴァンの連続攻撃でかなりのダメージを負わせたが、倒しきるまでに至らない。攻撃を食らい怒り狂ったハーピィは魔力を高め暴れ出してしまった。

「うわ、仕留め切れなかったか。滅茶苦茶怒ってるし!」
「ジェニー、ヴァン。2人で攻撃をし続けろ。俺とエレナで止めを刺しにいく」
「OK!」
「次で確実に息の根を止めてやるわ!」

 ダッジ隊長の指示により、ヴァンとジェニーは距離を取った位置からハーピィに攻撃を放ち続ける。そして剣を抜いたダッジ隊長とエレナは2人の攻撃を援護にハーピィを仕留めに掛かった――。

♢♦♢

~ペトラ遺跡・最深部~

 森の奥深く……。
 薄暗いこの場所で、一際神秘的な輝きを放つ1人の美しい青年がいた。

『――フフフフ。どうやら来たみたいだねジークリート……。君を殺しぞびれた2000年前から、私がどれ程この日を待ちわびただろうか。
あの時の私では僅かに君に力が及ばなかった……。
人間を利用してまで君を封印した時は何とも言えぬ高揚感に包まれたが、時が経てば経つ程……君への思いが強くなっていったよジークリート。

私は後悔している。君を封印しただけでは満足出来ない。やはり君を殺したいんだ。私自らね。

さぁ、存分に楽しもうじゃないかぁジークリートよ――』

♢♦♢

~ペトラ遺跡~

 遂にオロチと対峙したルカ達――。
 オロチを倒す為に完全体の竜神王ジークリートへと姿を変えたルカは、全てが始まったあの日の出来事が脳裏でフラッシュバックしていた。

 そしてそれは図らずも、ジークもまた然り。
 ただ、これはジークがルカと出会うほんの少し前の事であった――。


<(……エミリオ。我のプライドに懸けて、主との“約束”は守り通す――)>


♢♦♢

~王都・大聖堂~

 時は遡る事ジークとルカが出会ったあの日――。

 王都を襲ったモンスター軍の襲撃により、辺りは瞬く間に酷い惨劇に包まれていた。迫りくるモンスター達から大勢が逃げ惑う。ルカの母親であるエミリオ・リルガーデンもその1人だった。


『――目覚……さ……ッ……ジーク……ト……!』


 真っ暗闇の中、微かに誰かの声が聞こえた気がした。

<……ん……何だ……?……此処は一体……>

 ふと意識を取り戻した竜神王ジークリート。
 彼は何処かも分からない真っ暗闇の中、深い深い眠りから目覚めた様な不思議な感覚だけを感じていた。

『……ジー……リート……ッ!……』
<またか……。何者かが我を呼んでいるのか……?>

 自分がどういう状況なのかも此処が何処かも分からないジークであったが、微かに響いてくる声と共にまだ朧げな意識の中何とか記憶の糸を辿る。

<そうか……。確か我は……オロチとモンスター共に裏切られ……人間の小癪な封印魔法によって閉じ込められた……>

 断片的に浮かび上がってくる記憶のピースの紡ぎ、ジークは自身の現状を少しづつ理解し始めたのだった。
 
 どれ程時間が経ったのか定かではない……。
 分かる事と言えば、封印された自身の肉体は既に滅んでおり、魂だけが存在しているという事。魔力も残っている様だ。

『……目覚めな……いッ……ジークリート……!』
<さっきから何者だ……。今確かに我の名を呼んだな……>

 ジークは先程から響いてくる声の正体を突き止めようと、声がしてくる方へと意識を研ぎ澄ませた。

『……竜神王……ジークリートよ――』
<ずっと我の名を呼ぶ貴様は何者だ……?>
『目覚めたのですね。竜神王ジークリート……。私はエミリオ・リルガーデン。大昔より、貴方の封印をしてきた一族であるリルガーデン家の者です』
<そうか。この忌々しい魔力、コレは貴様達人間のものであったか>

 幾年ぶりの感情が芽生え、ジークは沸々と怒りが込み上げてくる。

『ジークリートよ。どうやら長きに渡って受け継いできた我々の使命も終わりがきました……。今から貴方の封印を解きましょう――』
<何?封印を解くだと……⁉ 急に出てきた挙句に、再び我を陥れようと言う算段か。何を考えている、人間め!>
『そうではありません。ただ、私達の役目を終える時がきただけなのです。だから私は貴方の封印を解くのです』

 ジークは話している人間の意図がまるで理解出来なかった。
 分かったのはこの人間が女という事と自分を封印した一族であるという事。久方の眠りから覚めたジークにとって、この状況は余りに理解し難いものであった。

<ふん……。我を封印しておきながら今度はそれを解くなど、人間は何処まで傲慢で身勝手な生き物か>
『貴方がそう思うのも無理はありませんジークリート。ですが運命とはいうのは何時も必然であり、巡り巡っている自身の定めです』
<また訳の分からぬ戯言を……。封印を解くなら早く解け。我にとっては願ったり叶ったりだ。此処を出た瞬間真っ先に貴様から食らってやろう。
そして、その後はモンスター共とあのオロチの野郎を必ず殺してやるッ! ヌハハハハハハ!>

 魂だけとなったジークであったが、その魔力の強さと圧倒的な存在感を、エミリオは確かに感じ取っていた。
 
『いいでしょう。封印を解いたら私を食らいなさい。肉体の無い貴方がどうやって私を食らうか気になりますが、解放するには1つだけ条件があります』
<勝手に我を目覚めさせ勝手に振韻を解くとほざきながら我を侮辱し更に王である我に条件とな――。
ヌハハハハハハ!何処まで笑わせるんだこのクソ人間はッ!>

 突如現れた人間の女が次々に自己中な発言をするせいでジークは笑いが止まらなくなった。何処までもふざけた人間だという怒りを通り越し、ジークはいつの間にか面白いと思っているのだった。

<よし……。全く持って不愉快な人間よ。試しにその条件とやらを述べてみよ>

 ジークの言葉に、エミリオはそっとこう言った。

『貴方のその誇り高き力で、私のたった1人の息子を守って下さい。条件はそれだけよ――』
<貴様の息子……だと?>

 微塵も予想していなかったエミリオのまさかの申し出。ジークは一瞬戸惑い言葉に詰まっていた。

『そう。息子の名はルカ・リルガーデン。
今私達はモンスター軍に襲われていて王国と大勢の人々が犠牲になっているわ……』
<成程。だがやはり貴様は愚かだな。ここで仮に我が条件を飲んだとしても、封印を解いた後にそれを守る根拠は全くないぞ――>

 そう。正にジークの言う通りである。
 条件を飲むと言い封印さえ解けば後はジークの自由。だがそれは当然エミリオも分かっていれば、わざわざジークがエミリオに言う必要もなかった。

 確かに言う必要などなかったのだが、何故かジークはそう口にしていたのだ……。

『そうですね。ですが貴方はモンスターの王である竜神王ジークリート。貴方ともあろう者が、人間1人を守るというこんな“簡単な事”も出来ないのですか?』
<何だとッ……⁉>
『それならば仕方がないですね。伝説とまで語られている貴方の実力を見誤りました。本当は大した事の無い実力の様ですね。封印されたのも納得です』
<ふざけるな人間がッ!! 我を侮辱するなど許さぬぞ!!>
『では出来るのですか? 私の息子を一生涯守り切る事が?』
<当たり前であろうッ! 貴様の息子1人どころか人間程度何億人だろうと守る事だって我には容易だッ!>

 王としてのプライドが、エミリオの発言を断じて許さなかった。
 人間如きの条件など取るに足らんと言わんばかりに、ジークはエミリオの条件を飲み込んだ。

 そして……。
 ふと冷静になったジークは、この瞬間初めて自分がしてしまった過ちに気付く――。
 
 だが時すでに遅し――。

『フフフ。そうですか。それを聞いて安心しました。今の言葉は私の特殊な空間魔法にて音を保管させて頂きましたので、もし貴方が条件を破った際には、今の発言が王国中に響きます』
<……⁉>
『そして……人間である私との容易な条件も満たせない貴方は、全世界の笑い者となるでしょう。1番笑われた王として歴史に名を刻んで下さい――』
<ぐッ……!(とんでもない女だ……。我はオロチよりも厄介な奴を相手にしてしまったのでは……)>
『因みに、条件を飲んでくれたので必要ないと思いますが、私が貴方の封印を“解いただけ”では、貴方は此処から出られません』
<何……⁉>

 エミリオが淡々と喋れば喋れる程、ジークは血の気が引いていく。何という人間を相手にしてしまったのだと――。

『貴方が此処から出るには“召喚魔法”が必要となります。勿論それを扱える者がね』
<貴様何処まで我をおちょくる気だ……! さっきの条件を飲んだところで意味がないではないか>
『いいえ、大丈夫ですよ。何故なら、私の息子であるルカが召喚魔法の使い手ですからね』

 たかが人間だと見下していたジークであったが、エミリオの1枚も2枚も上手な策略に、何時しか初めて人間に対して関心が芽生えているジークであった。




<……と言う事は、貴様の息子が我を此処から解放すると? 召喚魔法など他の者でもいいだろう……>
『それはダメです。長きに渡り貴方を封印してきた我々リルガーデン家の者の召喚でしか、この封印を完璧に解く事は出来ないですから』
<何処までも貴様のペースだな。もういい……。だが最後に聞かせろ。何故今になって我の封印を解く気になった――>

 ジークは心の何処かでエミリオという1人の人間を認めた。そしてエミリオの意図も段々と分かってきたが、何故このタイミングでという事だけがジークは最後に気になっていた。

 どれだけ長い間封印されていたかは定かではないが、恐らく今でなくてもタイミングはあった筈だと。確かにモンスターの軍の襲来でピンチなのは分かるが、それだけが理由とは到底思えなかったのだ。

『それはですね……。今しがた起きているモンスター軍の襲撃という事も1つですが、それ以上に、代々受け継いできたリルガーデン家の魔力が限界となったからです。
長きに渡り強大な貴方を封印してきた事により、我々は時代を重ねるごとに受け継がれる魔力が弱まってきました。その証拠に、ルカは僅かな魔力しか宿らないFランクの診断を受けています』
<聞かぬ方が良かったな。最後まで結局貴様達の都合か>
『確かに貴方からすればそう思うかもしれません。ですが、先程も言った通り、運命とは必然でもあります。
我々リルガーデン家では過去にルカ以外、召喚魔法の適性を持って生まれた者がいないですからね。我々にとっても、貴方にとっても、きっとこれが運命であり最後の時なのですよ――』

 エミリオは全てを話し終えると、最後に焦る様に言った。

『もう時間がありません。頼みましたよ、竜神王ジークリート。
最後に貴方と話せて良かった。リルガーデン家の名において……貴方の封印を解きます――!』
<(最後の最後まで身勝手で偉そうに……。まぁいい。我にかかれば人間1人守るなど造作もない。しかもソイツしか我を此処から出せぬと言うならば仕方がないな。だが、飲む条件はそれだけ。

エミリオ……。貴様は言った通り我が食らってやる! 人間如きが王の我に一杯食わせるなど解せぬからな!
封印さえ解ければ我にもそれぐらいは出来る! ヌハハハッ――!)>

 エミリオが封印を解くと、真っ暗闇であったこの場に突如激しい光が生まれ、一瞬にして暗闇が光りに包まれた――。

<おお……>

 肉体の無いジークであったが、封印が解かれた瞬間確かに五感を得た。そして、真っ暗闇であった視界から瞬く間に切り替わると、そこは見慣れない何処か外……。目の前には壊れかけている建物の外で、1人の女の人間がジークを見ている。

 一瞬戸惑ったジークであったが、此処が外の世界であり、目の前にいる女の人間がエミリオであるという事を理解した。

<ヌハハハハ! 本当に封印が解かれたか! よし、貴様との条件は一先ず守ってやろう。だが我を散々侮辱した貴様だけはッ……⁉>

 次の瞬間、ジークは皆まで言いかけて止まった。

「貴方が……竜神王ジークリート……。初めまして……。私がエミリオ・リルガーデンよ……」
<貴様……>

 ジークがエミリオを食らおうとしたが、そのジークに視界で捉えたエミリオは全身から血を流し、既に瀕死状態であった――。

<何だ。貴様既に死にかけているじゃないか……。食らってやろうと思っていたのに>
「フフフフ……。もう助からないからお好きにどうぞ……。でも、約束だけは守ってもらうわよ……」
<死ぬ間際までいけ好かん奴だ……。こんな状態の貴様を食らっても面白くない>

 エミリオの現状を直に見たジークは、いつの間にか食らってやるという気持ちが冷めてしまっていた。

<我はどれだけ封印されていた?>
「もう2000年にはなるわね……」
<そんなに……? 思ったより時が経っているな>

 ジークは最後に改めて関心してしまった。

 例え強力な封印魔法を持つ一族だとしても、所詮は人間……。全種族のトップに君臨する王のジークを人間が2000年もの間封印し続けてきたからだ。ジークにとって、弱き人間がここまでやるとはとても意外だったのだろう。

「そうよ。でもそれももう限界……。貴方の封印に魔力を使い過ぎて、私達の代で最後だわ……。ルカも貴方を封印し続ける魔力なんて残っていない。
だけど……あの子は世界で唯一、貴方を完全に解き放つ事が出来る存在。ルカとジークリート……。お互いにとって欠かせない存在になると、私は思っている……」

 瀕死状態にも関わらず、エミリオは揺るぎない覚悟を持った真っ直ぐな瞳をジークに向けていた。

「どうしたの……? 何時でも食べていいわよ……。早くしないと死んじゃうけど……」
<ふん……。こんな状態では興醒めだ>
「フフフ。優しいのね貴方はやっぱり……」

 長きに渡り封印してきたリルガーデン家の者であるからこそ、ジークから感じる魔力は強さや憎悪だけでなく、奥底からしっかりと暖かさを感じ取っていた。エミリオはジークと実際に会い、ずっと感じていた暖かさが確信に変わったのだった。

<ふざけた事を……。まぁいい。貴様のその覚悟と我の封印を解いた事だけは認めてやろう。息子1人ぐらい我が守ってやる――。
どの道ソイツに死なれたら我は本当に終わりの様だからな。それに貴様の卑怯な空間魔法の事もある。それだけは王として絶対に許せぬわ>
「……ありがとう。多分ルカはもうすぐここに来ると思うわ……。分からないけど、そんな気がするの……。宜しくねジークリート……。
それと……この事……はルカに……内緒……で――」

 エミリオはそこで息絶えた――。

 そしてその数十分後、多くの人間が逃げ惑う中で1人の青年がエミリオの遺体の前で止まった。

「――嘘だろ……」

 青年はエミリオの遺体を見ると崩れる様にその場にへたり込んだ。遺体を抱く青年の腕には血が付いていたが、どうやらエミリオの血ではない。それどころかよく見れば彼自身も凄い出血であった。

<ん……もしかしてコイツか……?>

 ジークはエミリオを抱きしめる1人の青年に気が付いた。ジークが彼を視界に捉えた刹那、その青年から一気に怒り、虚無、絶望、憎悪……と様々な負の感情が溢れ出したのを感じ取った。

 エミリオを抱きながら大粒の涙を流す青年を見て、ジークはコイツだと確信した。

「くそモンスターがッ……! うあ゛ァァァァァ……!」

 エミリオと交わした約束。そして彼女が最後に残した言葉。
 ジークは面倒くさそうに小さく溜息を付いていた。

<(見るからに弱そうな人間だ……。本当に魔力もほぼ感じられぬ。面倒だが仕方がない。今の事も内緒にしたいらしいからな……適当に合わせておいてやるぞ。エミリオよ――)>

 ジーク自身も様々な思いを胸に、怒り泣き狂う青年に声を掛けた。

<――今のは主か……>

 何処からともなく聞こえた声に、青年は困惑しながら辺りを見渡している。

「は……? なにこれ……」
<どうやら主で間違いないようだな。ヌハハハ、まさか封印が解かれる日が来るとは――>

 こうして、ジークはエミリオの息子であるルカ・リルガーデンと出会った。

 唯一自分を解放出来る筈のルカであったが、既に彼も死にそうであった。そしてルカは、エミリオとの会話でジークが察していた通り、詳しい事情を何も知らない青年であった。

 ただ、その瞳の真っ直ぐさと纏う雰囲気がエミリオそっくりだとジークは思っていたのだった。

<(わざわざ内緒にしなくても、これなら大丈夫だろう。
エミリオよ、これで良いのだな……? 不本意ではあるが、主との約束は我が守ってやる。安心して静かに眠るが良い――)>


♢♦♢

~ペトラ遺跡~

 竜神王ジークリートの姿になった俺は、オロチ目掛けて勢いよく飛び掛かった。

『……いいねぇ。その姿を見たかったんだよ私は!』

 俺が完全体となって飛び掛かったとほぼ同時、オロチもその人間の様な姿から10の頭を持つ巨大な大蛇へと変化した――。

「<オロチィィィィィッ!!>」
『ハッハッハッハッーー!!』

 ――ズバァァァンッ!
 互いに繰り出した攻撃が衝突し、辺り一帯に凄まじい轟音が響き地鳴りが起こった。

『フフフフ。嬉しいよ。やっと……やっと私の手で君を殺せる時が来たんだジークリート! この日を迎える為に、私は出来る限りの施しを君にしてあげたんだよ』
<何が施しだ。元はと言えば貴様が望んで我を封印したのだろう。人間の強力な封印魔法を相手では、流石の貴様も成す術がなかった様だな>
『ふん。そのお陰で君は私から守られていたとも言える。封印だけでは不完全燃焼だった……。やはり君を直接殺したくなったのさ!
人間共の封印は思った以上に長く続いてしまったが、それも徐々に終わりが見えていた。だから私は誰よりも早く動き出していたのさ。君を葬る為にね』

 大蛇の姿でも不敵な笑みを浮かべるオロチ。
 ジークとオロチが何やら会話している間も、俺達は絶え間なく激しい攻防を繰り広げている。

<やり方が回りくどい。モンスター軍も他のモンスター共の突然変異も全て貴様の仕業だろう。 魔石を利用したのもな>
『よく分かっているじゃないか。封印されている時間で少し頭が良くなったんじゃないかな?
確かに君の言う通りさ。モンスター共に人間を襲わせたのは私。もう封印をしていた人間の一族も限界だったからね。
だからアレで折角封印を解かせたって言うのに、君ときたらまさか人間と一体化しちゃうんだから流石の私も驚かされたよ。余りに想定外の出来事だったからね』

 成程。やはり全ての元凶はお前だったのかオロチ……! 絶対に母さんの仇を取ってやる――。

「“メテオ・ギガブレス”!」
『“マーダーフレイガ”!』

 俺の放った豪炎の咆哮とオロチの青い炎が真正面から衝突し弾ける様に消え去った。

 コイツ強い……。
 口だけじゃなく実力もかなりのものだ。単純な魔力量だけなら俺達を凌いでいるかもな……。

 だが、俺達は絶対に負けない――。

「まだまだいけるよな?ジーク」
<誰にものを言ってるのだルカ。奴に負けるなど有り得ぬわ!>

 ――ズガァン!ズガァン!ズガァン!ズガァン!
 絶え間なく俺と奴の攻撃がぶつかり合っては大地を揺らす。
 一進一退の攻防が続く中、俺はふとダッジ隊長達の事も気になっていた。

 まだ此処に来ないが、皆大丈夫だよな……?
 まぁ今此処に辿り着いても逆に危ない。オロチ相手では流石に皆を気にしながら戦うなんて無理だからな。

<集中しろルカ。他の者なら皆無事だ。簡単にやられる連中ではない>

 そうだよな。皆なら大丈夫。俺は目の前のコイツに集中しないと。

『――私と戦っているのに他の事を考えているとは随分余裕そうじゃないか。舐められたものだね』

 互いに攻撃を放っては躱したり相殺したり。決定的なダメージや隙を付けないまま均衡が続いていた。

『流石ジークリート。そう簡単には死なないみたいだ。これじゃあ埒が明かないねぇ……。あ、そうだ。試しに“人間の方”と話してみようかな。面白そうだし――』

 オロチはそう言うと、絶え間なく繰り出していた攻撃の手をピタリと止め、ジークではなく“俺”に話し掛けてきた。

『フフフ、確かルカ……だったよね君。 ジークリートの魔力を持っているとは言え、正直人間の君がここまでやるとは思わなかったよ。過小評価していた』
「……」
『――ところで、人間の君が何故ジークリートをその身に宿せたか分かっているのかい?』
<貴様何を……>

 俺はオロチの発言がいまいち理解出来なかった。ジークは俺が召喚魔法を使ったから封印が解けたんだよな……?

『成程。その反応だと、やはりちゃんとした真実をまだ知っていないようだね。フフフフ』
「どういう事だ。何が言いたいんだよお前」
<ルカ、奴はかく乱しようとしているだけだ。つまらん話などに耳を傾けるな>

 ジークは何時もと変わらない態度と口調でそう言った。俺も全く同意見。こんな奴と話しなんてしたくない。

 だが……ほんの僅かに、ジークの魔力が乱れたのが俺にも伝わってきた――。

 “ジークは何か知っている……?”

 何故か俺は直感的にそう思ってしまった。

『つまらない話かどうかは君が決めればいいよルカ。
そうだね……事の始まりはあの日。私がモンスター共に王国を負わせたのは、言わずもがなジークリートの封印を解く為だった。
そしてその封印を解く為に最も邪魔だったのが、2000年もの間ずっとジークリートを封印してきた人間の一族である“リルガーデン家”だったのさ――』

 ジークを封印してきた一族……? リルガーデンって……。

<黙っていろオロチ!>

 次の瞬間、ジークはオロチの話を止めるかの如く攻撃を放った。だがオロチはその攻撃を躱し再び話を続けた。

『元はと言えば2000年前、邪魔だったジークリートを消す為に私が全て手を回した事なんだけどね……。
人間は弱いが、中には特殊な力を持った者も少なからずいた。リルガーデン家がまさにそれさ。私の見込んだ通り、彼らの封印魔法は見事にジークリートを封印したんだよ。

私は遂に奴に勝つことが出来たと喜んだが、ずっとモヤモヤが残っていた。私も昔よりかなり力を付けたから、今ならばジークリートに勝てると思い、奴の封印を解こうとした。

しかし、ここだけが唯一の誤算だった……。

いざ封印を解こうと思っても、私の力を以てしても全く解けなかったのだ。仕方が無いから封印を解けと当時のリルガーデンの者に言ったが、彼らは拒んだ挙句に更に特殊な封印魔法を掛け、ジークリートの封印を解けない様にしたのさ――。

あの時は心の底から苛立ったのを覚えている。リルガーデンの者を皆殺しにしてやろうかとも思う程にね。だが私は直ぐに気付いた……。
彼らの特殊で強力な封印魔法は長くは続かないという事に。

あの時全員殺すのは簡単だったが、下手をして永久に封印が解けない方が私には困る。だから私は待ったのさ。代々受け継がれていく程、確実に魔力が弱まっていくリルガーデンが最後に力尽きるまでね――。

私が思った以上に彼らは頑張っていたよ。まさか人間如きが2000年も封印を続けるとは恐れ入った。
しかし、遂に私の待ちわびた日が訪れたのだ――。

また最後に悪あがきをされたら溜まったものじゃないから、私はあの日モンスター共に王国を襲わせ、リルガーデンの末裔である君と母親を狙った。
フフフフ。私が脅すよりも、自分達がピンチになった方が封印を解くだろうと考えたのさ。どの道君も母親ももう封印を続けられる程魔力が残っていなかったからね。

そして案の定、君の母親は死ぬ間際にジークリートの封印を解いた――。

2000年以上もこの日を待っていた私にとっては最高に胸が高鳴った瞬間だったよ!
だがその矢先、事もあろうか解き放たれたジークリートの魔力が消えてしまったではないか……。
まさかと思い私が確認しに行くとそこにいたのがルカ……君と、何故か君の中にいるジークリートの姿だった――』


 何時からだろう……。

 延々と語るオロチの話が、まるで雑音の様に聞こえていた……。

 どこから整理すればいいのか分からない。
 だってそんな話1度も聞いた事がないから。
 どこまでが嘘でどこまでが真実なんだ?
 いや。相手はオロチだがこの話は全て偽りない真実だ。
 根拠はないが、俺の体の全細胞が反応している。
 間違いない。
『本当に……。君達リルガーデンの人間には驚かされるよ。まさかやっとの思いで封印が解けたと思ったら、信じられない事にジークリートが人間の中に入っちゃうんだから無理もないよね! ハッハッハッハッ!

君の母親を見くびったよ。狙い通りジークリートの封印は解かせたけど、事もあろうか自分を助ける為じゃなく、息子である“君”と王国の人々を守る為だったからね。人間と言うのは何を考えているのか分からない。あれは本当に驚いた。自分がもう死ぬ寸前にも関わず他の者を優先するなんてさ――』

 

 何で……? 
 ジークの封印を解いたのは母さんだったのか?
 あんな大怪我で大量の血を流していたのに?
 しかも俺や皆を助ける為?
 そもそもリルガーデンが封印をしてきた一族っていうのは?
 だったら俺の召喚でジークの封印が解けたのは嘘?
 それに、ジークは今のを全部知っていたって事か?


「母さんは……俺を守る為にジークを……」
『本当に何も知らないみたいだね。ある意味すごいよ。それだけ母親や
ジークや多くの人に守られてきたんだ。大切にされているね。フフフ』

 今の俺にはもうオロチの言葉が耳に入ってこなかった。

「だったら……もしかして母さんは……俺のせいで死んだ……? 自分じゃなくて……俺を助けたから……」
<――それは断じて違うぞルカ!しっかりしろッ! 主の母親……エミリオは我の封印を解いた時に既に助からなかったのだ!>

 そうか……。
 やっぱりジークは俺の知らない事を知っていたんだな……。
 ……って事は、ジークの封印を解いたのも俺じゃなくて母さん……。  
 今ジークもそうハッキリ言ったよな……。
 
 だったらやっぱり……俺なんかを助けようとしたから……母さんは……。

「お前知っていたんだなジーク……。何がどうなってるんだよ……」
<すまないルカ。今はただそれしか言えぬ。全てが終わったら主に全部話そうだから気を保つのだ!>

 ジークにそう言われ改めて実感する。
 今の自分は心にポカンと穴が空いた気分だ。
 気持ちが全く追い付かない――。

『フフフフ。私の話で楽しんでもらえたなら嬉しいよ。部外者の私は君達の詳しい事情なんて知らないが……母親が死んだのは君のせいだと思うよ』

 ――ズキン……ッ!
 オロチのその一言が、今までのどんな強力な魔法よりも効いた。まるで心臓を鷲掴みにされ鋭い刃で突き刺された気分だ。

<黙れオロチッ! それ以上その軽い口を開くな!>
「やっぱり……母さんが死んだのは俺のせい……。だとしたら、俺は今まで何の為に何をしてきたんだ……」
<勘違いも甚だしい! ルカのせいである訳がない!
寧ろ我にだって原因はあるだろう。なにせ我の封印を続けてしまったからこそ、魔力が尽きてしまった……。だから絶対にルカのせいではない。前を向け!我らの敵は奴だぞッ!>

 珍しくジークが取り乱しているな……。今まで隠していた事に負い目でも感じてるのか……?
 
 そっか……。俺がオロチに殺されたらお前もいなくなるもんな……。そりゃ必死にもなるか……。

 ――シュゥゥゥ……。
<ル、ルカ……⁉>

 様々な感情が一気に入り乱れ、俺は無意識の内にドラゴン化が解けていた。
 
『さて。愉快な話も終わって盛り上がってきたみたいだし、君も戦意喪失した様だね。大丈夫……私が直ぐに殺して母親の元へ逝かせてあげるよ。
フフフフッ……ハーハッハッハッハッ!死ね、ジークリートォォォッ!!』

 不愉快な高笑いをしながら、オロチは元の姿に戻った俺を食い殺そうとその大きく鋭い牙で勢いよく飛び掛かってきた。

 ――シュバンッ!
 全身の力が抜け、全てがどうでもよくなっていた俺は、向かってくるオロチの大きな口で嚙み殺された。









……かと思ったが、オロチの鋭い牙が俺に当たる刹那、突如“何か”が俺を庇う様に目の前に現れ、無残にもその何かが真っ二つに引き裂かれ地面に散った――。










「……ニ、ニクス……?」



 俺の足元に落ちた何かが“ニクスだと”理解した瞬間……全ての時間が止まった錯覚に陥った――。

 だが無論……。

 1秒として時が止まる事など有り得ないのだ――。

<ニクスッ!>
「ニ、クス……ッ! なんで……⁉ 何してんだよお前ッ!!」

 オロチの攻撃から俺を庇ったニクスは、体が真っ二つに引き裂かれ地面に落ちていた。

 辛うじて僅かな意識を保ちながら、ニクスは小さな声で口を開いた。

「ルカ……さん……。無事で……良かった。大丈夫……ルカさんは悪く……ない……。オロチを倒して……全て……を……終わら……せ――」

 切断されたニクスの体から僅かに炎が揺らめいていたが、それも風前の灯火……。最後に一瞬強く燃え上がった炎は、次の瞬間には輝きを失い灰と化した――。

「嘘だ……ろ……ッ。 ニク……ス……ッ!」
『邪魔が入ったな。自ら死ぬなど何たる愚かさだ。今度こそ……』

 体勢を立て直したオロチは次こそ俺を殺そうと再び食いついてきた。

『死ねッ!』
「――“アイスマジック”!」

 オロチの大きな口が再度俺に向かって来た瞬間、突如辺りが凍える様な寒さに包まれたと同時、俺の後ろから勢いよく無数の氷の槍が通過していき、その氷の槍は次々にオロチを襲った。

『雑魚の分際でちょろちょろと……』

 凄まじく威力のある攻撃魔法だったが、オロチの頭1つとして傷が付いていなかった。

 攻撃を放ったのは他でもないレベッカ。ただ呆然と立ち尽くしている俺の前に現れ、初めて見るであろう怒った表情と荒っぽい声で俺に怒鳴った。

「何してるのよルカッ! アイツに何言われたのか知らないけど、ちゃんとしなさいよ! 今は目の前の事だけ集中して!だから……ニクスがッ……!」

 大きな瞳を涙で滲ませながら、震える声でレベッカはそう言った。

「レベッカ……すまないッ……! ち、違うんだ……俺はただッ……「――いい訳なんて聞きたくない! 約束したでしょ、皆で一緒に帰るって! なのにッ……なのに何で!……ゔゔッ……」

 何をしているんだ俺は……。一体何がしたいんだ俺は……。俺のせいでニクスが……。レベッカもこんなに泣いているぞ……。そうだ。皆で約束した筈じゃないか……。生きて帰ると。それなのに何だコレは?俺は何をしている――。








『――ルカ。貴方は優しくて強い。冒険者になるというなら母さんと約束して……。どんな状況でも諦めない、大切なものを守れる真の強さを持った人間になると――」







 母さん……。

 俺の脳裏に、何時かの母さんとの思い出が駆け巡った。
 
 そうだよな……。
 今更どうしようもない事を何グダグダ考えているんだ俺は。これじゃあ全てを終わらせても、堂々と母さんに顔向け出来ないじゃないか。不甲斐ない俺のせいでニクスもいなくなってしまった……。レベッカが怒るのも当然だ。

 本当にごめんニクス……。お前は命懸けで俺に伝えようとしてくれたんだよな……。ごめんな――。


「……悪かった……ジーク、レベッカ!」
「ルカ……」
<やっとか馬鹿者>

 ニクスと母さんのお陰で正気を取り戻した俺は、目の前のレベッカを自分の後ろに引っ張った。

「ありがとうレベッカ。お陰で目が覚めた。ごめんな心配かけて。もう大丈夫だ――」
「ゔゔ……ルカぁ……」
『ん? なんか元に戻った? あーあ、折角面白い顔していたのに残念だね』

 俺がやるべきことはただ1つ――。

「ジーク、絶対にオロチ倒すぞ」
<当たり前だ>
『なんだ、本当に立ち直ったのか。フフフフ。それなら“コレ”はどうかな――?』
「「……⁉」」

 突如、オロチは再び美しい青年の姿に戻ったかと思いきや、直後にまたグニャグニャと体を変形させると、次の瞬間“奴”が現れた。

「――グ、グレイ……⁉」
 見間違える筈がない。
 幼少の頃からずっと見てきたのだから――。

『ハッハッハッ!どうだ? これも面白いだろう!』

 オロチが笑いながら姿を変えたのは、紛れもなくあのグレイだった。

<何処までも趣味が悪い> 

 グレイ……。
 そうか。お前もオロチにやられていたんだな……。ラミア達は既に分かっていたけど、お前はここで見かけたという情報があったからオロチの仲間にでもなったかと……生きてるかと思っていたのに……。

 グレイ、お前達の事は今でも許していない。でも、死ぬ事なんて望んでいなかった……。俺はただお前達がちゃんと自分達の非を認めて改心してくれればそれだけで良かった……。そう思っていたのに、何でこんな事になってんだよ――。

 折角ニクスとレベッカと母さんが俺を立ち直らせてくれたのに、また胸を締め付けられる思いだよ……。

「――ル、ルカ! 助けてくれッ! 俺はコイツに捕まったんだ! 頼む、助けてくれよ! 仲間だろ!」

 グレイは必死の表情で俺に訴えかけてきた。

<ルカ。グレイはもうこの世にいない……。アレは上っ面だけだぞ>
「ああ……。大丈夫だよジーク。しっかり分かってる。魔力も匂いもオロチのものだ」

 確かに気持ちの整理はまだ付かない。でもここで奴のペースにハマったら負けだ。見た目はグレイそのものだが、中身はオロチ。考えたくないがあの上っ面だけは“本物”だろう……。だがお前は絶対にグレイではない。

「なんだ、全然さっきみたいに動揺しないじゃないか。面白くないなぁ。君の仲間じゃないのかい?コイツ。
じゃあしょうがないね。だったら次は“お前”を使ってみよう――!」

 そう言ったオロチは突如魔法を発動させ、一瞬でレベッカを自分の元へと引き寄せた。

「ちょッ……⁉ 嫌よ、離してッ……!」
「レベッカ!」
『そうそう。その表情が素敵だよ。この女が死ぬのを見たいか?』
 
 捕まったレベッカは奴が繰り出した青い炎によって拘束されてしまった。動こうと藻掻いているが抜けられない。そしてオロチはグレイの姿から再び10の頭の大蛇へと変化していた。

「オロチ……!レベッカを離せ」
『フフフフ。君が下手に動くと彼女がどうなるか分からないよ。まぁどの道全員死ぬんッ……『――スパン。ボトボトッ……!』

 オロチは何が起こったかまるで分かっていない。今の俺の“攻撃”に反応出来ていない様だ。

 ただ、奴が視界に捉えたのは……地面に転がった自らの頭2つだろう――。

『なッ……⁉』
「どうした――?」

 ――スパン!スパン!スパン!
『ぐあァァァッ!!』

 先に斬り落とした2つの頭部に加え、俺はゼロフリードで更に3つ奴の頭部を斬り落とした。

<いい叫びだオロチ。それが見たかった>
『ちッ……! 一体何がどうなってやがる……。まるで奴の動きが見えんではないかッ……!それに“その姿”は何だ貴様ッ!』

 そう。奴が驚くのも無理はない。
 今の俺は全身がドラゴンの硬い鱗に覆われ、背からは翼が生えている。何時もは俺がドラゴン化してるが、“コレ”は寧ろ逆。ジークが俺の体を媒体に人化している……。

 言うなればドラゴンの“竜人化”。

 これは俺とジークの最大にして最終奥義――。

「……“竜人召喚《サモンズ・ドラゴン》”……」

 この変化は完全体の竜神王ジークリートさえも凌ぐ“召喚魔法”だ。

「凄い……」
『な、何だこの魔力は……。有り得ない……』
「<何処までも俺達を馬鹿にしやがってオロチ……。テメェだけは絶対に許さねぇぞ――>」

 俺とジークの魔力を合わせた召喚魔法によってもう1体ジークを召喚させ、2倍となった竜神王ジークリートの魔力を更に圧縮させる為のこの変化。

 竜人化した今の俺達は、オロチを遥かに上回る魔力――。

『クソッ……! ちょっと見た目を変えただけで調子に乗るな!』

 ――ボコンボコンッ……!
 オロチは再生能力で斬り落とされた頭部を復活させた。だが……。

 ――スパンスパンスパン!
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁッ……!』

 再生した頭部を俺は再び斬り落とす。
 そしてオロチは斬られた箇所をまた再生させていくが、その度即座に奴を斬る。

『あがッ……!! ぐッ……や、止めろぉぉぉッ!』

 再生をしなければ自らの命が危ないオロチ。身を守ろうと、反撃をしようと再生を何度も何度も行うが、その度に俺は死なない程度に奴を斬り続けていた。

 この何時まで続くか分からない痛みと再生の繰り返しに、まるで拷絶状態となったオロチは徐々に戦意も力も弱まっていった。

『ゔぐぁぁぁぁぁぁぁぁッッ……!!』
「<俺の大切なものを散々奪い弄びやがって! お前は俺達の全ての元凶だ!オロチ、お前だけは絶対に許さねぇッ!>」

 これで止めだ――。

「<食らえオロチィィィィ――!>」

 ――ドゴォォォォォォォォンッ!!

『……がは……ッ……ァ………………!』

 奴に放った魔力の衝撃波が大地を揺らしながら消え去ると、オロチの魔力も姿も完全に消え去っていた――。

「倒したか……」
<ああ。これで本当に終わりだ>
 
 俺とジークは遂にオロチを倒した様だ――。

「ルカー!」
「レベッカ……。そうだ、ニクス……!」

 レベッカは無事。そして俺達は遂にオロチを倒した。
 だがそれと引き換えに、俺達は大切なものを失ってしまった……。

 俺は直ぐにニクスの元に駆け寄る。

「……ニクスッ……! 本当にごめん……。俺のせいでッ……! 俺がしっかりしていれば……!」

 無情にも、真っ二つに切断され地面に転がっているニクスの体を俺はギュっと抱きしめた。

 何時もは燃えるように熱いフェニックスの炎が跡形も無く消えてしまっている。もう真っ黒な灰だ。

 ごめんニクス……。

 無邪気に笑うあの笑顔も、熱い炎ももう感じられない。俺は自分への怒りと不甲斐なさで涙が溢れ出た。

「ニクスゥゥゥゥ……ッ!!」















「――ルカさん……?」




 幻聴が聞こえたと思った。

「え……?」

 戸惑う俺を他所に、抱きしめていたニクスの体から、徐々に温かさを感じた――。

「ニクス……⁉」

 状況が直ぐには理解出来ないが、確かに体から温かさ感じる。

 そして、その温かさは瞬く間に燃える様な熱さを帯び、地面に落ちていた真っ黒な灰が、煌めく灼熱の炎を纏いながら空を飛び、再び不死鳥フェニックスの神秘的な姿が出現した――。

「――ルカさん!遂にオロチを倒したみたいですね! 凄いですよ!」
「「ニクス!」」

 ニクスはまるで何事もなかったかの如く、何時もと変わらぬテンションで話し掛けてきた。

「本当に……ニクスだよな……⁉」

 ダメだ。本当にもう頭が追い付かない。

「ええ、そうですよ。オロチ倒したのに何で泣いているんですかルカさん。あ、もしかして……私が死んだと思いました?」

 悪戯っぽく笑いながらそう言うニクス。不死鳥の姿だが、俺には表情がよく分かった。

「そりゃそうだろ……。だってオロチの攻撃食らって完全に灰になってたぞニクス……!」
「ハハハハ。私は聖霊のフェニックスですよ? あの程度なら死にません。幾らでも再生出来ますからね。
ただ、流石あのオロチと言うべきでしょうか……。体を切断された後、直ぐには元に戻れなくて時間が掛かってしまいました。こんな事は初めてだったのでちょっと焦りましたよ!」
「ニクスー!」
「レベッカさん!」

 そう言って、ニクスは地上に降りてレベッカと思い切りハグをしていた。

 何だよ……。大丈夫だったなら早く教えてくれ……。今日は心臓に悪い事ばかりだ。まぁ俺の不甲斐なさが原因だからそんな事言える立場じゃないけどな。

 何にせよ、無事で良かった……。本当に無事で良かったよニクス。ありがとう――。

「ゔゔッ……!良かったニクス!生きてたんだねッ!私……私……!」
「すみませんレベッカさん。直ぐに伝える事が出来れば良かったんですけど、状況が状況だったので……」
「いいの!ニクスが無事で良かった……!」

 レベッカも安堵の涙を流しながらニクスを抱き締めている。

<――他の者達のところへ向かうか。恐らく心配はないだろうが……>

 オロチを倒し、ニクスが復活した事によってすっかり気を抜いてしまった俺達だったが、ジークの一言で再び我に返った。

「そうだ、まだ皆がオロチのモンスター達と戦っている」
「皆も大丈夫だよね?」
「直ぐに行きましょう! ルカさん、レベッカさん。そのまま私に乗って下さい!」
「頼むぞニクス」

 こうして、遂にオロチを倒した俺達は皆の元へ向かった――。