~グランマル街・冒険者ギルド~

「――ま、待ってッ!置いて行かないで!」
「うわッ、ビックリした……!」

 今しがた、寝ていた不死鳥ことフェニックスが突如大きな寝言を言った。その場にいた俺、レベッカ、キャンディスさんも皆驚いた。そりゃそうだろ。急に大きな声出したし、しかも今“喋った”よな……?

「お、おい……大丈夫か?」
「えッ⁉ こ、ここは……⁉」

 起きたフェニックスは混乱している様子。

 だが俺達も目の前のフェニックスのまさかの行動に混乱しているのは言うまでもない。洞窟で倒れていたこのフェニックスを見つけた俺達は、結界を破り一先ず回復魔法を掛けた。意外と傷だらけだったからそのまま眠らせておいたけど、今急に寝言言いながら起きた。

「お前言葉が話せるのか?」
「え?私ですか……?ええ一応……。正確には言葉というより念波によってそう聞こえてるのですが……。あの~、貴方達は一体……? 私はどうなるんでしょう?」

 フェニックスは何処か不安げな様子だ。

「ここはグランマルって言う街のギルドで、一応俺達は冒険者。任務でギガントオーク倒してたらさ、洞窟で倒れているお前を見つけたんだよ。
大丈夫、安心しろ。そんなに怖がることない。別に取って食ったりしないからさ」
「グ、グランマル……⁉ 私はそんな遠くまで来てしまっていたのか……」
「フェニックスさん、何があったの?」
「良かったら教えてくれないか? 困ってるみたいだし」
「え⁉ こ、こんな優しい方達がいるなんてッ……」

 そう言ったフェニックスは突如泣き始めた。

「ゔゔッ……ゔゔッ……! な、何か助けてもらったみたいで……本当にありがとうございますッ……! 私、私本当に困ってて、大変でッ……! 取り敢えず話しだけでも聞いてくれますか……!」

 余程の事があってここまで来たのだろう……。数秒前までとはまるで違う反応に一瞬戸惑ったが、俺達は勿論話を聞く事にした。

「まぁ落ち着けよ。話しなら聞く。寧ろ聞かせてくれ。俺の名前はルカ、宜しくな」
「ルカさんですね、はい! 私一生忘れません!そして私の名前はニクスです。宜しくお願いします!」

 さぞ嬉しかったのか、ニクスと名乗った目の前のフェニックスは、これまでの経緯を流暢に喋り出した。

「全ての始まりは、私達フェニックスが住むヨーハン遺跡を出てしまった事でした――」

 ニクス曰く、ニクスは不死鳥の聖霊でありながら、飛ぶ事が出来ずに他の仲間達から毎日馬鹿にされていたらしい。

 それでもニクスは懸命に頑張り飛ぶ練習をしていたのだが、今でも飛べるのは精々数メートル程。仲間達は馬鹿にする挙句、友達も出来ずに何時もニクスは1匹だった。

 そこへある日、何時も馬鹿にしてくる1匹のフェニックスがニクスに話し掛けて来た。また馬鹿にされると思ったニクスだが、その相手の言葉は思いがけないものだった。

「――おい、誰も友達いないなら外の世界に遊びに行こうぜ」

 突然の言葉にニクスは驚き戸惑ったが、初めてそんな言葉を掛けられてとても嬉しかったらしい。

 ヨーハン遺跡に住むフェニックス達は、長であるフェニックスから外の世界へ行くのはダメだと強く言われていたらしいが、嬉しかったニクスは誘ってきたもう1匹のフェニックスと一緒に言い付けを破ってしまった。

「でも、私は空飛べないから……」
「大丈夫だよ。歩いて行けるところだから」

 すっかり安心したニクスは遂にヨーハン遺跡を出た。
 初めてみる外の世界はとても素敵で刺激的だった。見るもの全てに目が奪われてしまう程に。

 だがニクスどこか外の世界に不安もあった為、ずっと仲間にくっ付いていたそうだ。そのまま暫く進んだニクス達。すると突如、仲間のフェニックスが見知らぬ土地でニクスを置いて羽ばたいてしまった――。

「え……⁉ ちょ、ちょっと待ってよ! 何処に行くの⁉」
「ハッハッハッ!やっぱ馬鹿だなお前! 本気で友達だとでも思ったのかよ。悔しかったら飛んでみろ!気が向いたらまた迎えに来てやるよ~」

 そう言われ、ニクスは本当にその場に置いて行かれてしまったとの事。

 外の世界は初めてで右も左も分からない。しかも飛べない上に、ニクスはフェニックス達聖霊が当たり前に使える“聖霊魔法”もまともに使えないらしい。

 ニクスは分からないながらも何となく来た方向を戻って山の中を彷徨ったが、そこで数人の男達に捕まってしまった。

「なんか珍しいモンスター捕まえたぞ!」
「何だコレ。見た事ねぇな」
「コイツ使って他のモンスターおびき寄せる餌に出来ねぇか?」
「おお、それは名案だ! だったら逃げ出さない様に首輪でも付けとくか。雷魔法で」
「間違いない。逃げ出したら電気流れる様にしておけ!あ、殺さない程度にな」

 こうしてニクスは男達がモンスターを狩る為の餌にされてしまった。男達の浅はかな思いつきが失敗に終われば良かったのだが、幸か不幸か、ニクスは結構モンスターをおびき寄せてしまったらしい。

 だからそれからはモンスターに食べられない様必死に逃げたとの事だ。

 毎日毎日モンスターの餌にさせられたが、もし全くモンスターをおびき寄せていなかったら直ぐに殺されていただろう。不幸中の幸いと言えば聞こえはいいが、ニクスにとって毎日が地獄であった……。

 そんな地獄が終わったのは1週間程前――。

 何時もの如く餌にさせられていたニクスであったが、この日おびき寄せたのがあのギガントオークとの事だ。しかもいきなり5体も現れた事によって、男達は顔面蒼白で逃げ出していったらしい。

 遂に男達から解放されたニクスであったが、これはこれでまた地獄。何時もならここで男達がモンスターを狩っていたが今回は違う。自分で逃げ切らないと今度はギガントオーク達に食べられると、ニクスはまた必死で逃げた。

 もう自分が何処にいるのかなんて全くわからない。ただただ食べられない様、逃げて逃げて逃げ抜いた……。その途中で首に付けられた首輪から何度も電気が放たれたが、懸命に耐えてひたすら走ったとの事……。

 そうして彷徨いボロボロになりながら見つけたのが、あの洞窟だったのだ。ギガントオークが何処まで追って来ているか分からない。当然男達の行方も。

 最早考えたくもなかったニクスは、最後の力を振り絞り、何十回に1回成功するかどうかの賭けの聖霊魔法で結界を張ったそうだ。そしてそのまま力尽きたのが最後の記憶だと――。



「……と言う感じで今に至ります。すみません、思った以上に長く話してしまって……」

 何も悪い事をしていないニクスは、俺達にまた申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 ――ギュッ……!
「もう大丈夫だからねニクス! 私達が守ってあげる!」

 ニクスの話を聞き終えた瞬間、レベッカがニクスをギュっと抱きしめた。気持ちは俺もキャンディスさんも一緒だ。

「ニクス、これからどうしたい?」

 俺はニクスに聞いた。
 こんな不思議な出会いも何かの縁。それに余りに酷い話だ。ニクスが帰りたいのならヨーハン遺跡とやらに行くつもりだし、望むならその男達に仕返しをしに行ってもいい。

 だがこれは最終的にはニクスが決める事。俺はただ出来る範囲で力を貸してあげたいと思った。

 暫く俯きながら考えていたニクスであったが、意志が固まったのか真っ直ぐ俺を見つめて言ってきた。

「あ、あのー、もし宜しければ……このままルカさん達のところに置いてもらえませんか――? 」
「「……!」」

 俺達はニクスの申し出に一瞬驚いて顔を見合わせたが、何故だろう……。気持ちは既にニクスを受け入れているのが分かった。

「俺のところに……?」
「は、はい! 助けて頂いた上に、突拍子もない事を言ってるのは承知です。ですが、私にはもう帰る場所がないです……!」

 確かに突拍子もない。これは予想外だけど。本当にその気なのか?

「ヨーハン遺跡が住処なんだろ? そこにも帰りたくないのか?」
「今お話した通り、戻ってもどうせ私は皆から馬鹿にされるだけですから」
「そうか……」

 俺が無意識のうちにニクスを受け入れていたのは、きっと以前の俺と重なる部分があったからかな……。何気なくレベッカを見ると、無言のまま静かに頷いてくれた。

「よし分かった!ニクス、俺達のところでいいなら好きなだけいてくれ――!」