グレイ一行は、新しく受けた討伐クエスト目的地である、王国からほど近いウォール湖に来ていた。

「――ハァ……ハァ……。もう追って来てねぇか……?」
「ええ……もう大丈夫みたい……」

 グレイ達は徐に後ろへと振り返り、モンスターの存在を確認していた。
 
 前回の経験から、無駄な体力を極力使わない様、最低限のモンスターだけ討伐しながら前へ前へと進んでいた。今回の討伐目的であるチャイルドベアーはAランクの中でも下位クラスと弱めである。今度こそ大丈夫だと誰もが思っていた――。

「くっそ、また結構体力使っちまったな……。誰か回復薬持ってないか?」
「全く……これでも飲んでおけ」

 皆より一回り図体がデカいせいだろうか。中でも1番体力を消耗していたゴウキンがそう言い、ブラハムが持っていた回復薬を渡した。

 ――ゴクゴクゴクゴクッ……。
 余程疲れていたと見えるゴウキンは回復薬を一気に飲み干し、機嫌が悪そうに口を開く。

「この間から思っていたけどよ、何か最近回復薬の効き目が妙に悪くないか?」
「それは俺も思ってたぜ。ちょっと前までの回復薬は平気で半日以上効果があったのに……」

 これに関してはグレイも疑問に思っていた。ここ最近、どうも回復薬の効果がいまいち。1度飲んでも余り効果がない為また直ぐに使うしかなかったのだ。

「でもおかしいわね……。普通に商店で買っているのに」
「回復薬の質が下がったのかな? まぁでもそれは他の冒険者も同じだろ。今まで以上に多く持って行くしかないよな。売ってる回復薬はコレしかないんだから」

 ルカが特別仕様で作っていた回復薬だとは当然まだ知る由もないグレイ達。パーティから追放した際にルカ本人から言われていたにも関わらず、今は誰もそんな事覚えていないのだ。

 これが身に染みて分かるのはもう少し先のお話――。



「……おい、見つけたぞ!チャイルドベアー!」

 討伐の対象であるチャイルドベアーを見つけた。
 チャイルドベアーは普通の熊よりももっと大きく攻撃的な性格のモンスターだ。遭遇した時、冒険者達がまるで赤ちゃんに思えてしまう程の体格差と存在感からその名が付けられたと言われている。

「サクッと終わらせるぞ。何時も通りの連携だ。いけ、ラミア!」
「ええ。ファイアインパクト!」

 前回は疲労とイレギュラーで攻撃が甘かった為、今度こそ確実に仕留めようとラミアは自身の中でもトップクラスに威力のある攻撃魔法を放った。

 見事命中したラミアの攻撃に続き、今度はゴウキンの重い一撃で敵の動きを更に鈍くさせる。

 そして間髪入れずブラハムの槍攻撃が炸裂し、お決まりのパターンでグレイが止めの一撃を振り下ろした。

「食らえッ、チャイルドベアー!」

 グレイ達の得意の連携攻撃は完璧に決まった。 

 だがしかし……。
 前回のソンモンキー同様、チャイルドベアーは倒れていなかった。

「なッ……⁉」

 唯一ソンモンキーと違うのは、辛うじてダメージは与えられていた事。だが仕留めるまでには及んでいなかった。ふらつきながらも体勢を立て直したチャイルドベアーはそのまま正面にいたグレイに攻撃を仕掛けた。

「畜生、またじゃねぇか! 何で俺達の攻撃で倒れない⁉」

 動揺しながらも何とか攻撃を躱したグレイは、剣を振りかざし応戦した。他の者達も最後の止めを刺そうと必死に応戦する。

 だが如何せん、中々決定打に恵まれなかった。

「おい、回復薬よこせ!」
「俺は持ってねぇぞ!さっき渡したので最後だ! お前らは持ってねぇのか!」
「冗談だろ……!俺は持ってねぇぞ。ハァ……ハァ……それに体力が ヤバい……!」
「嘘でしょ⁉ このままだと討伐どころか全滅の危険性があるじゃない!」

 思いがけない数時間に及ぶ戦いで、回復薬も切れ全員が満身創痍の状態であった。この状況を見たグレイは思い切り歯を食いしばって指示を出すのだった。

「くそくそくそッ……! 全員、撤退だッ!!」

 グレイパーティーはまたしてもクエストに失敗した――。

♢♦♢

~冒険者ギルド~

「――え、モンスターの再調査?」
「だからそうだって言ってるだろッ!」

 ドラシエル王国の王都にある冒険者ギルド。今ここで、深夜にも関わらず怒号が聞こえていた。

「……? 確認しますけど、チャイルドベアーで間違いないですよね?Aランクの」
「そうだッ!この前もソンモンキーが間違っていたんだぞ!何してるんだよお前らは!いい加減してくれ!」

 グレイが怒鳴り散らしている相手は、この日ギルドの夜勤担当であったSランク冒険者のリアーナ。

 何やら必死で訴え掛けているグレイを見て、リアーナは少し悩んでいる様子である。それはジャック同様、モンスターが本当にランク違いなのか否かだ。確かに稀に突然変異の個体が現れるし、グレイはAランクの冒険者。普通の見解であれば確かにチャイルドベアー程度なら倒せるランクだ。

 僅かに疑問を抱いたが、グレイの顔をしっかり見たリアーナは、何か腑に落ちた様なスッキリした表情になり、優しく微笑みながらグレイに聞き返した。

「分かりました。再調査の手続きはしておきましょう。それともう1つ確認ですが、確か貴方はルカ・リルガーデンが元いたパーティの御方ですよね?」
「――! ん?それは確かにそうだけど……。今はそんな事関係ねぇだろ!」
「フフフ、やはりそうでしたか。では今回の件はしっかり報告させて頂きます」

 リアーナの言葉に納得したグレイはそのままギルドを後にするのだった。

「アレでAランクですか……。初めて見ましたが納得ですね。あの程度の度量ではルカの真価に気付けないのも頷けます。
調査はあの方に頼めば色々面白いことが分かりそうですね。フフフ」

 リアーナは凍りつくような視線と微笑みでギルド出ていくグレイを見ていたが、グレイ本人は当然知らなかった――。


~ギルド横の作業場~

 建物内ではラミア達が集まって素材等の整理をしていた。机の上には今回回収した薬草や素材が置かれている。

「――私は今回薬草を回収しながら進んだから、コレの後作業は全部グレイでいいと思うんだけど」
「そうだな。今回は日帰りだったけど、俺回復薬とか野宿用の準備もしてたし」
「俺も素材を回収した。後は何もやってねぇグレイに任せるか」

 ラミア達は意見が一致。今回の後作業はグレイに決まったようだ。今回も疲れている皆は早く帰りたそうである。そこへギルドに文句を言いに行ったグレイが戻ってきた。

「ここにいたのか。で?今回は誰が当番なんだ?」

 呑気に声を掛けたグレイ。自分は全く関係ないと言わんばかりの態度だ。この態度が余計に皆を苛立たせた。

「私は薬草これだけ集めたから今日はもう帰るわ」
「俺も次のクエストの準備とか補充があるからパス」
「素材は俺が全て回収した。今日分の働きは終えたから帰る」

 ラミア達はそう言って作業場を出て行こうとしたが、グレイが納得いかない表情で呼び止めた。

「は?何言ってんだよお前ら。 だったら誰がこの処理するんだよ!」
「「――お前がやれッ!!」」

 予想外の態度と言葉に、グレイは驚いて言葉が出なかった。そしてその間にラミア達は堂々と帰って行くのであった。

「おいおい……ふざけんじゃねぇぞ。何でリーダーの俺がこんな雑用しなくちゃいけねぇんだ!クソが!」

 文句を言ったがもう誰もいない。
 目の前に散らかった薬草と素材を見て更にイライラしたが、これをやらなければ全くお金にならない。グレイは渋々作業をやり始めたが薬草や素材の知識もなければ当然やり方も分からなかった。

 散々馬鹿にしていた雑用すらも出来ないと思わず悟ってしまったグレイは余計にイラついた。だからと言って誰かに教えてもらうなど到底プライドが許さない。

「チッ、面倒くせぇからもうこのままでいいだろ」
 
 グレイは結局何もせずにそのまま全て袋に詰め、雀の涙程の料金で買い取りに出し、イライラが収まらないグレイはその金で酒を買い、朝まで飲んでいたのだった――。