召喚出来ない『召喚士』は既に召喚している~ドラゴンの王を召喚したが誰にも信用されず追放されたので、ちょっと思い知らせてやるわ~

 ルカを追放したグレイと仲間達。

 物語りはその日に遡る――。

♢♦♢

~ロック山脈~

 今しがたルカを追放したグレイパーティーは、その後モンスター討伐のクエストを受けていた。今回のクエストの目的地はロック山脈。そして討伐対象となるモンスターが、ロック山脈に生息するソンモンキーであった。


「――くそッ、またモンスターじゃねぇかよ!」
「此処ちょっと多過ぎじゃない?こんなただの雑魚に構ってる暇ないんだけど私達。邪魔しないでよね!」
「おいッ、ブラハム!こんな奴ら1撃で片付けろよな!」
「チッ……うるせぇな! お前こそダメージ喰らってんじゃねぇぞゴウキン!」

 今日はやたらとモンスターと遭遇して、グレイ達はなかなか前に進めずにいた。何とか討伐はするものの、また次から次へと襲われる始末。

「ファイアショット!」
「おらッ!」

 ラミアが魔法で仕留めそこなったモンスターをブラハムが槍で止めを刺し、今回の戦闘は無事終了。

「なんだラミア、お前調子悪いのか?」

 今まではこの程度のモンスターなど1発で仕留めていたのに、今回の討伐ではまだ1度も倒しきれていなかった。グレイは自分の女であるラミアを心配して優しく声を掛けた。

「そんな事ないと思うけど……何でだろう? 昨日寝るのが遅かったからかもね」
 甘ったるい声と上目遣いでグレイに言うラミア。

「ハハハ、そうか。それは俺にも責任があるな。ごめん」
「もうグレイったら、何時も激しいんだから。しょうがないから許してあげる。その代わりクエストが終わったらしっかりお返ししてね」
「勿論だ」
「う~~わッ、また始まったよ。勘弁してくれ」
「全くだ。こんなんだから注意力も足りていない。目の前のモンスターに集中してほしいもんだ」

 甘い空気を出し始めたグレイとラミアに、ブラハムとゴウキンは迷惑そうにしていた。確かにグレイはパーティのリーダーであるが、時と場所をわきまえず甘い世界に入る2人に対して、ブラハムとゴウキンはただただ不快であった。

 そしてモンスターにとって、そんな事情などお構いなし――。

 モンスター達は容赦なくグレイパーティに襲い掛かった。

「お前らいい加減にしろ!」
「モンスター共が来たぞ!」

 ブラハムとゴウキンは一足先に戦闘へと入り、僅かに遅れながらグレイとラミアも慌てて参戦したのだった。

♢♦♢

「ハァ……ハァ……ったく、どうなってんだよ……!」

 グレイは乱暴に荷物を地面に投げつける。
 ルカが抜けた事によって荷物持ちは勿論、野宿や飯の準備は担当制となっていた。今回はその担当がブラハムだ。

 密林を抜け、何とかロック山脈の麓までは辿り着いたが、グレイ達は最早時間と体力を使い切り、それ以上進むことは出来なかった。
何時もなら今頃、モンスターを討伐した後で余裕を持ってご飯を食べ眠りについていた。

「ねぇグレイ、今日のモンスターの遭遇率絶対可笑しいわよ」

 ラミアが心配そうな顔でそう言った。そしてその言葉に他の者達も頷く。

「確かに今日は多すぎたな」
「まさかと思うが、またどっかでモンスター軍が暴れてるんじゃないだろうな?」
「それは有り得ねぇだろ。3年前に王国が襲われたばかりだ。周期も早過ぎる」

 ゴウキンの言葉にブラハムがすかさず否定した。

 ドラシエル王国を襲ったモンスター軍襲撃。あれは通常10~15年程の周期で起こるとされている、この世界の厄災の様なもの――。

 毎回場所も決まっていない、世界各地で突発的に起こるものであるが、周期だけは変わらない。

「まぁいい。兎に角ギルドに戻ったら報告しよう。明らかにいつもと様子が違うのは確かだからな」

 グレイはそう言って眠ろうと横になった。ルカがいない為夜の火の番も交代制である。誰かが寝ている時は他の誰かが番をするのだ。

 日中絶え間なくモンスターと遭遇し、全員が久しぶりにいつも以上に疲れていた。最初に火の番を担当していたゴウキンも、疲れと慣れない番に、いつの間にか強い睡魔に襲われた。

 そして、深い眠りにつくグレイ達の元へ影が忍び寄る……。

 緑色の瞳が光り、鋭い牙の生える口から涎が滴り落ちている。体が骨だけのなのが最大の特徴であるハイエナの様なモンスター。スカルフルだ。

 眠りにつくグレイ達は勿論、火の番をしているゴウキンもうたた寝をしていて気が付いていない。グレイ達の周囲は瞬く間にスカルウルフの群れで囲まれた――。

「う、ううん……」

 ふと寝返りをうったグレイは、虚ろながらに一瞬目を開けた。そしてグレイは再び眠りにつこうとしたが、それが夢か現か……。ぼやけた視界の中で見たその無数の緑の光が、あってはならぬ“異様”なものだと気がついたグレイは、飛び跳ねる様に起きたのだった。

「なッ……⁉ おい、起きろお前らッ!(ヤバい……!)」

 突如響いたグレイの大声に、仲間達も反射的に体を起こした。

「なんだ!どうした……⁉」
「ちょっとどうなってんのよ⁉ なにこれッ!」
「くそがッ!何でこんな事に⁉」

 グレイはイラつきながら辺りを見渡すと、自分達がスカルウルフに囲まれた理由がはっきりと分かった。

「おいコラ、ゴウキン!お前何寝てやがるんだ馬鹿野郎!」
「はッ……⁉ お、や、やべぇ……!早く倒さねぇと……ッ!」


 本調子ではない中、グレイ達は兎に角応戦しまくった。疲労と苛立ちと焦りで皆がイライラしている。

「もう本当に嫌だ! 早く倒してよッ!」
「騒いでる暇があったら魔法出せ!」
「お前もコイツら倒す事だけに集中しろクソが!」
「あぁ? 元はと言えばゴウキンのせいだろうがよ!」

 互いに罵声を浴びせながら無我夢中でスカルウルフの群れと戦ったグレイ達。全てを倒し終えた頃にはうっすらと日が昇り始めていた。

「ハァ……ハァ……ハァ……」
「もう無理……」
「寝させてくれ……ハァ……」

 一難去ってまた一難。グレイ達が寝られたのはほんの2時間程だろうか。元からの疲労に寝不足も加わったが、その回らない頭で必死にグレイは考えていた。

(可笑しい……。何時もと明らかに何かがと違うだろコレ……。
こんなのただの討伐クエストだろ。しかも高ランクでもないんだぞ。何がどうなってる?くっそ……。折角邪魔だったFランクのルカを追い出して、これから更に上のSSSランクパーティを目指さなきゃいけねぇのに……!何かまだ情報の入っていない異変が起きてるのか?

待てよ――。
それならそれで、このままクエスト進めながら明らかに可笑しいこの異変の原因を突き止めて、誰よりも早くギルドに報告すれば俺の名声が上がるんじゃねぇか?

そうだ……。絶対にそうした方がいい。つまらんクエストが思いがけない運を呼び寄せたかもしれねぇ。 やっぱりルカがいなくなって正解だ。幸先良いぜ)

 良くか悪くか、考えのまとまったリーダーのグレイによって、今後が決められた――。

「皆、これはモンスターに何か起きてるに違いない。明らかな異変だ。だからこのクエストのモンスターをさっさと討伐して、異変の原因も調査もするぞ! そうすれば伝説のSSSランクパーティーに俺達が最も近づく!」
「え?このままモンスターを討伐しながら……?」
「だいぶ面倒くせぇな……」
「でも、SSSランクパーティーになったらもうクエストなんか受けなくても一生遊んで暮らせるぜ」

 ゴウキンの一言で、数秒前まで生気を失っていた全員にやる気が漲っていた。

「確かにそうよね」
「見張り怠ったお前が偉そうに言う事じゃないけどな」
「どっちみちクエストは達成しないと帰れない」

 これも疲労で頭が回っていないせいか……。かなり間違った勘違いに気が付かないグレイ達。ソンモンキー討伐と更なるプラスアルファの評価の為、ロック山脈を更に進むのであった――。

 グレイ達一行はソンモンキーの生息する山の中腹まで順調に来ていた。ソンモンキーは指定ランクがAランクと強いモンスターであったが、“本来”のグレイパーティならば余裕で倒せるモンスターだ。

 しかし、昨日からの不運なモンスターとの連戦に加え、睡眠もままならず夜通しスカルウルフと戦ったせいで万全の状態ではない。それでもグレイ達を突き動かしていたのは、SSSランクパーティーになるという野望と各々の目がくらんだ欲望であった――。

「準備はいいかお前ら!(俺はSSSランクパーティーのリーダーとなって全てを手にしてやる!)」
「おお、何時でもイケるぜ!(SSSランクになったら金も酒も好き放題!)」
「聞くまでもねぇだろ!(俺はSSSランクになったら世界中の女抱いてやるぜ!グハハハハ!)」
「さっさと倒すわよ!(とっととSSSランクになってこんな怠いクエストなんて行かず、毎日買い物しまくるんだから!)」

 欲望のまま気の向くまま。

 未だに自分達の取っている行動が的確ではないと気付かないグレイ達は、ソンモンキーとの討伐に備えていた。ソンモンキーを倒すにはそれ相応の実力が必要となる。何度も言うが、本来であれば全く苦にならない相手であるが、今のグレイ達は果たして――。

 そのまま少し進んだグレイ達は、遂に目的のソンモンキーと遭遇するのだった。

「――出たぞ、ソンモンキー! 」

 グレイの掛け声で、一気に緊張感が高まった。

「ラミア!炎魔法だ!」
「任せて……ファイアショット!」

 続けざまのグレイの号令で、ラミアはソンモンキーの弱点である炎魔法の攻撃を放った。無数の炎の弾丸がソンモンキーに見事直撃。巻き上がった硝煙の中、ゴウキンの渾身の一撃で大ダメージを狙いに行った。

「オラァァッ!」

 視界が煙で覆われて見づらいが、鈍い音が響いた事によってゴウキンの攻撃が当たったと分かった。煙の中で動きの止まるソンモンキーを更にブラハムが槍で急所を狙う。

「食らえッ!」

 そして最後はグレイの剣――。
 何百回と重ねて来たこの連携攻撃の流れに、一切の狂いはなかった。何時も通りグレイの攻撃でフィニッシュだ。




……かに思われたが……。




「何ッ!? 倒れていない……!」

 確かに手応えは何時も通り。
 グレイはソンモンキーが倒れるどころか、全くダメージを受けていないことに驚きを隠せずにいた。それは他のメンバーもまた然り。

「噓でしょ!?」
「どうなってんだよッ!」

 瞬く間に全員の顔が青ざめた。

「有り得ねぇ!あれだけ俺達の連携攻撃をまともに食らってダメージすら無いだとッ⁉」
『ウキキ?』

 ソンモンキーはまるで「何かしたか?」とでも言いたそうな表情でグレイ達を見た。

 そして、グレイがヤバいと思ったその瞬間には時すでに遅し……。グレイはソンモンキー強烈な尻尾攻撃を受け勢いよくぶっ飛ばされた。

「ぐはッ!?」
「「グレイ!」」

 凄まじい勢いで木に叩きつけられたグレイはそのまま地に落ちた。

「がッ……!ぐッ、クソ……。ハァ……ハァ……どうなってんだこりゃ……!」
「大丈夫かグレイ!」

 思い返せばここ数年、まともに攻撃を食らった事すらなかった。そしてそれが結果仇となり、受け身もままならなかったのだ。

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 歯を食いしばるグレイ。
 何とか全身に力を込め、よろけながらと立ち上がった。フラフラの肉体と混乱する頭で必死に状況を整理しようとしている。

 だが幾ら頭をフル回転させても到底答えが分からない。

(あの連携攻撃を受けてノーダメージは有り得ねぇだろ……! 俺達はSランクパーティだぞ。やはり可笑しいのは俺達じゃない……。そもそも昨日から既に違和感だらけなんだからよ!

だが例えその分を差し引いたとしても……。此処までの差があるか?本当にこのソンモンキーはAランクなんだよな? 

でもだったら何故倒せない……。俺達の実力なら余裕で倒せるモンスターだぞ。それが何故ダメージすらまともに食らっていないんだ。……待てよ。もしかしてギルドの指定ランクが間違ってんじゃねぇかコレ……?)
「グレイ、これ飲んで!」

 駆け寄ったラミアがグレイに回復薬を飲ませた。だがグレイの胸中はそれどころではない。今浮かんだまさかの可能性に、全身に鳥肌が立っていた。

「退くぞ――」
「……え?」

 もしかしたらコイツはAランクより上かもしれない。もしSなら俺達でもギリギリだ。だがここまで攻撃が通じない事を踏まえれば、突然変異の個体でもっと危険かもしれない。だとすれば余計に早く逃げないとヤバい。

「おい……撤退だ!」
「は? いきなり何言ってんだよ」
「いいから逃げるぞ!全員撤退しろ!」
「冗談でしょ?ここまで来てのに」
「冗談じゃねぇ!見れば分かるだろ!俺達の攻撃でノーダメージなんて有り得ねぇ!あのモンスターAランクじゃないんだよ!早くギルドに戻って報告だ!」

 グレイの鬼気迫る言葉で、全員の顔が一気に青ざめた。

 グレイ達は確かにSランクパーティー。だが個人の能力はそこまで高くない。得意の連携攻撃でダメージが与えられないとなるとこれ以上戦う手段は残されていなかった。

「早くしろ!逃げるぞ!」

 グレイ達は全力でその場から走り去った。後ろから響くソンモンキーの声に恐怖を煽られたが、振り向きもせず全員が必死に山を下った。

♢♦♢

~冒険者ギルド~

「ハァ……ハァ……ハァ……」

あれから全力で帰ったグレイ達は、必死の思いでギルドに戻った。既に夜も更け日付が変わろうとしている。

 ロック山脈の下山中もモンスターに襲われたが、必要最低限だけ相手にし、ひたすら走って逃げた。

 この時間帯、ギルドはSランク冒険者が担当している。今日の当番はジャックであった。

「――おいッ!!」

 グレイはギルドに着くなり荒い息遣いの中声を荒げて受付のジャックを呼んだ。怠そうに足を組んで頬杖をつくジャックに、余計グレイは腹が立っていた。

「一体どうなってやがる!ロック山脈のソンモンキー、あれ絶対Aランクじゃねぇだろ! Sランクか突然変異のモンスターじゃないか⁉ あぁ?」

 何やら必死なのは分かる。
 だがジャックもまた、余りに傲慢で偉そうな物言いのグレイが癇に障った様だ。

「なんだお前……。1人で賑やかみたいだが、酔っ払ってんのか?」
「酔っ払ってなんかねぇッ! いいからソンモンキーのランク調べ直せよ!」
(マジでこのアホなんだ……?ソンモンキーがSランクなんて言う冒険者初めて見たぞ。って、どっかで見かけた面だと思ったら、確かコイツはルカと一緒だったグレイとか言う奴じゃねぇか)

 ジャックは既に昨日の追放を知っていた。その為今このパーティにルカがいない事が分かったのだ。それも相まって余計にジャックとグレイの間に温度差が生まれていた。

「じゃあ逆に聞くけどよ、ソンモンキーがSランクだったという証拠は?」
「Sランクパーティーの俺達の攻撃が全く効かなかった! あんなの絶対Aランクじゃねぇ!」
「それだけ?(ぶっちゃけSランク冒険者の話ならまともに取り合うが、コイツ金色だからAランクか……。どうしよっかな~、聞いた感じめっちゃ微妙。確かにごく稀に突然変異で強くなるモンスターがいるんだよな)」

 ジャックの中で判定は際どかった。だが、ソンモンキーが突然変異してないと言い切れないが、少なからずSランク冒険者のジャックには、目の前のグレイがそもそも強いと感じられなかったのだ。

「それだけで十分だろう! 俺達Sランクパーティなんだぞ!」
「分かった分かった。調べ直しておくよ」
「頼むぞ! こっちは命懸けだったんだからな!」
 
 そう吐き捨て、グレイはギルドを出て行った。

 そしてやはりジャックは確信した。

 グレイの何気ない一連の動作や癖、動きがまるで隙だらけである事に。

(アイツあれでAランクなのか……? 隙だらけで何時でも攻撃出来たぞ。……後で奴の調査も頼んでおくか――)



 こうして、グレイ達はソンモンキーの討伐は失敗に終わった。  
♢♦♢

~冒険者ギルド・訓練場~

 俺とジャックさんはマスターの部屋……ではなく、ギルドを出て直ぐ隣にある訓練場に案内された。

「マリアちゃん、何で訓練場に?」
「――来たようだね」

 俺の質問に答えたのはマリアちゃんではなくマスター。しかもマスターの直ぐ側には2人の“冒険者”が――。

「あれ? バルトにリアーナじゃねぇか。何してるんだこんな所で」

 やはりそうだったか。
 マスターの横にいる人達が冒険者だと分かったのは、その2人が余りに有名だから。

 風魔法を得意とする“風撃のバルト”と“氷の魔法使いリアーナ”。両者ともジャックさんと同じSランク冒険者。実力も折り紙つきだ。

「2人共私が呼んだのだ。一先ずグリフォン討伐ご苦労だったねルカ君。予想以上に早い帰りだったな」
「いえいえ、とんでもないです」

 まぁロック山脈なんて普通の冒険者なら1週間は最低でも掛かるからな。これも実力の証明になるだろう少しは。

 それにしても……何か妙に“嫌な感じ”だなさっきから。
 
「約束通りのクエスト達成見事だ。君には新たに冒険者タグを渡さなくてはならんのだが……。これはその“最終確認”とでも言おうか――」

 おいおい……。もしかしてまだ俺の実力を試す気か?しかもバルトさんとリアーナさんはまだしも、何故貴方が“槍”を持っているんだマスターよ。

 今俺の脳裏に駆け巡った“最悪”が現実となるならば、それはそれは考えてただけで恐ろしい――。

「ルカ君。今から君には、最後のテストとして“我々”と戦ってもらう!」

 やっぱりかッ!
 この空気感、もうそれしか答えがないもんなッ!
 しかも……。

「待って下さいよマスター!急に戦うって……しかも我々って……」
「勿論、私とバルトとリアーナ……そして君もこちらだジャック」

 そう言ったマスターの顔はいつの間にか鬼と化していた。

「成程、そう言う事ね。じゃあ早速やろうじゃねぇかルカ!」
「いや、吞み込み早過ぎだし、切り替えも早過ぎですよジャックさん……!」
「君は今から我々の攻撃を30分防ぎきってもらおうか」
「――⁉」

 なにぃ⁉ Sランク3人とSSSランク1人の攻撃を防ぎきれだと⁉ しかも30分も! 幾らジークの力があるからってイジメもここまでくると酷いぞマスター!

<ほぉ、まぁ絶対に我が勝つが、さっきのグリフォンよりはいい退屈凌ぎになりそうだ>
「マリア君、時間を見ててくれ」
「あ、はい! 分かりました!」
「もう始めるんですか?」
「無論」

 一言そう言うなり、マスターは本当に魔力を高め出し、それに続きバルトさんもリアーナさんも、そして当たり前かの如くジャックさんまで魔力を高め戦闘態勢に入った――。

「マジかよ……」

 せめて気持ちの準備ぐらいさせてくれ!

「行くぞ」

 俺の思いも虚しく、訳の分からん最終テストという戦いの火蓋が切って落とされた――。

「よっしゃぁぁぁ!」
「……⁉」

 開始早々1番に攻撃を仕掛けて来たのはバルトさん。
 風撃と呼ばれるだけあって見るからに風魔法の使い手。体に風の刃を纏い繰り出す連撃は、敵を一瞬で蹴散らすと言う……。

 ――ズバンッ!ズバンッ!ズバンッ!
「速ッ……!」

 俺は連続で繰り出された突きと蹴りを何とか躱した。
 攻撃が速い。しかも風圧が凄くて当たってもいないのに体が持っていかれそうだ。

<心地よい風だ>

 吞気な事を言ってるジークは無視。

 この状況だと近距離タイプのバルトさんとジャックさんが先ず攻撃を仕掛けてくる。バルトさんを上手く躱せたとしても次に来るのが……。

「竜神王の本気を見せてみろルカ!」

 ――ガキィィンッ!
「ぐッ、ジャックさん……!」

 やはり連続で仕掛けてきた。
 ジャックさんが振り下ろしてきた剣を、俺は魔力で超強化した腕で防いだ。

「ハッハッハッ、俺の剣を腕で防ぐとはな」
「熱ッ!」

 炎魔法の使い手でもあるジャックさんの剣は業火に包まれている。この火力は幾ら魔力で防御していても近くにいたら熱過ぎだ。俺は何とか鍔迫り合いで払いのけ、一旦ジャックさんとバルトさんから距離を取った。

 何故なら……。

「――“氷の追撃(アイスドチェイス)”!」

 氷の魔法使い、遠距離タイプのリアーナさんの魔法がやはり飛んできた。バルトさんとジャックさんを同時に相手しながらコレを防ぐのは難しい。

 ――シュバンッ!
「よし、一先ず躱しきった。次はこっちの番……っておいおい」

 無事リアーナさんの氷も躱したかと思ったのも束の間。躱した筈の氷塊が空中で方向を変えまた俺目掛けて飛んできた。

 マジですか……。この氷まさかの追跡機能付きじゃん。

「うらうらうらぁぁぁッ!」
「余所見してんなよ!」
「げッ……!」

 空中の氷塊に視線を移していた僅か一瞬の間に、地上では既にバルトさんとジャックさんがまた俺に攻撃を仕掛けて来ていた。

 やばいッ!
 頭では瞬時にそう思っていた。

 だが、俺はこの3年間徹底してパーティの裏方に回っていた。雑用は勿論戦闘のサポートまで。

 これは良くも悪くも……無意識の内に俺がジークの力を自由自在に扱える特訓にもなっていた――。

「「……⁉⁉」」

 僅か一瞬の出来事。
 考えるよりもまず体が動いていた。

 俺は眼前まで迫っていたバルトさんの蹴りとジャックさんの剣をいなしながら軌道を変え、それぞれ2人の攻撃を飛んできていた氷塊へと向け相殺させた――。

 ――ズガァァンッ!
「なッ⁉」
「やるじゃねぇか……!」

 ジャックさん達の攻撃を防いだ俺は今度こそ反撃しようと攻撃態勢に入ろうとしていたが、どうやらまだまだダメらしい。

 今の攻撃の衝撃で氷塊が割れ爆炎が巻き起こった事により、視界一杯に煙が広がっている。全く姿を目視出来ないが、その中で静かだが確実にマスターの足音が俺へと近づいてきていた。

 そしてその足音が一瞬消えたかと思った刹那、背後の煙の中から鬼の形相をしたマスターが槍の切っ先を俺に向けていた――。

「死ねッッ!」
「ええッッ⁉」

 足音に一早く気付けた俺は、間一髪マスターの槍を躱せた。雷槍の英雄と呼ばれた伝説のSSSランクだけあって凄まじい一撃だった。

 だが俺が気になったのはそこじゃない。これ確かテストだよな……? 聞き間違いでなければ、今マスター“死ねッッ!”って言ったよな……?

しっかり俺目掛けて――。













「――そこまで!」

 時間を測っていたマリアちゃんの掛け声が響き、無事に最終テストは幕を閉じたらしい。

 俺は正直、マスターの最初の攻撃時の死ね発言からその言葉がずっと気になり、残りの29分の戦いを全く思い出せずにいた。

「よくやったなルカ。流石だったぜ」
「凄い子が現れましたね」
「ここまで強いとは驚いた」

 複雑な心境だったが、ジャックさんもリアーナさんもバルトさんもとても俺を褒めてくれた。これは素直に嬉しい。

「ご苦労だったねルカ君。これで見事君の実力は証明された。改めて……この冒険者タグを君に渡すよ」
「あ、ありがとうございます!」

 そう言って俺にタグを渡すマスターの表情は、皆が良く知るとても優しくて穏やかな顔だった。

 さっき俺が見たアレは一体……。

 そこまで考えた瞬間、俺の本能がそれ以上の詮索を止めたのだった。

 アレはなにかの間違いだ。本気の戦闘だったからマスターも思わず気合いが入っていたんだろう。絶対そうだ。

 こうして、俺は無事にSSSランクの証明である、黒色の冒険者タグを手に入れた。

「よっしゃー! 本物の黒色タグだ!白じゃない!」

 嬉しくて俺はつい大声を上げてしまった。心の底から嬉しいのは何年振りだろうか。

「ではルカ君。無事力を証明出来た所で“次のクエスト”を頼むよ――」
「え……?」

 話の流れが急過ぎて、俺はそのままただただ流された。そして気が付けばまたSランククエストの手続きが進められ、いつの間にかギルドの表へ出ていたのだった。

<――じゃあまた行くとするか>
「は?」

 こうして、俺は新たなクエストへと向かった。







 後にある1人の女の子と出会う運命だとは、全く知る由もなく――。

♢♦♢

~ペトラ遺跡~

「――なぁジーク、ベヒーモスってどんな感じ?」
<知力の低い単細胞だな。後は吐く炎が鬱陶しい>

 成程。Sランク指定のモンスターだが大丈夫そうだ。寧ろ先日のマスター達の総攻撃に比べれば最早何とも思わん。グリフォンも余裕だったしな。

「じゃあ今回も楽だな」
<何だか雰囲気が変わったのルカよ>
「そうか?」

 ジークの言った事は一理あるかもしれない。俺はあれ以来恐らく開き直っている。色んな意味で。

 ジャックさん達に褒められたのは本当に嬉しい。自信にもなったからな。でもマスターと出会ってからというもの展開が早過ぎる。しかもこっちの気持ちの準備はまるで出来ていないのに。

 今回のこのベヒーモス討伐のクエストもそうだ。

 俺は折角ジークの力をしっかり自分のものにしていると、約束通りグリフォンを討伐したのにも関わらず、まさか最終テストと名目され総攻撃を仕掛けられた。でも無事に認めてもらって黒色のタグを貰えた。

 だから俺はソロ冒険者として自由気ままにクエストを受けようと思ったのに……。何故俺の意志も選択肢もないままベヒーモスの討伐に来ているんだ俺は――。

「まぁいいけどね。どうせ最終的な目標は全モンスターを駆逐する事だから」
<何を1人でブツブツ言っている>
「それでも何でSランクのベヒーモス何かがペトラ遺跡で目撃されてるんだろう?」
<そんな事は知らぬ。早くあのデブを始末しろ>

 ジークはかなり博識だ。これまでもかなり助けられた。
 だがジークはモンスターの事となると最小限の事しか教えてくれない。コイツも俺と同じで相当モンスターが憎いんだろうな。裏切られる気持ちもよく分かる……。だから俺はそれ以上ジークに詮索するつもりはない。

「ベヒーモスってやっぱ肥えてるのか」
<たるんだ肉の塊だあんなものは>

 ペトラ遺跡周辺に生息しているモンスターの平均指定ランクはB。本来ならSランクのベヒーモスがいるのは有り得ないから、今回は何らかの原因で迷い込んだか突然変異個体のどっちかじゃないかな。

「ん――?」

 遺跡に向かっていたその時、数キロ先から人の叫び声が聞こえた。全く関係ないが何やら揉めているようだ。

「……いい加減にしろッ!」
「ごめんなさい……本当にごめんなさい」

 聞き耳を立てる訳じゃないが、こんな場所だと人がいる方が珍しいから静か過ぎて逆に聞いちゃう。クエストで来た冒険者パーティだろうな。

「お前のせいで魔法が使えないぞ!」
「勘弁してよね全く!」
「ごめ……んなさい……」
「もうダメだ!こんな奴置いて行こう!こっちが危険だ!」
「そうだな、お前はもう要らねぇ!このパーティから出ていけ!」

 やっぱり聞くんじゃなかった。嫌な記憶がフラッシュバックしてきたよ。どうしよう? 今追放されたのは女の子っぽいな……。鳴き声が聞こえるし本当に他の奴らは去っちまった。

「どうするジーク」
<知らぬ。人間の事を我に聞くな>

 そう言うと思った……。困ったなぁ。泣いてる女の子なんてどう接したらいいんだろう……。

 散々悩んだが、ここはモンスターがそこら辺にいる地帯。後で変に負い目を感じるのも嫌だから仕方ない。取り敢えず安全な場所まで連れて行ってやるか。

**

「――いた」

 俺は泣いている1人の女の子を見つけた。

「あ、あの~、大丈夫……?」
「――⁉」

 泣いている女の子に声を掛けると、その子は涙を流しながら驚いた表情で俺の方へ振り返った。突然声を掛けられた事とこんな所に何故人がいるのだろうと色々困惑しているようにも伺える。

 俺の顔を見た彼女は慌てた様子で涙を拭い、平静を装いながら笑顔で返事を返してきた。

「え、いや、何かごめんなさい……! 私は全然大丈夫です」

 必死で笑顔を取り繕っているのはバレバレ。他人の俺に気を遣わせない様にしているんだろうな。

「そう……? もし良ければ安全なところまで送るけど」

 そこまで口にしたと同時に気が付いてしまった。彼女のタグが金色である事に。アレはAランクの色だ。

「え、本当ですか⁉ 実は地図を持っていなくて道が分からないんです……。なので道だけ教えて頂いて宜しいでしょうか? 余計なご迷惑はお掛けしたくないので、道だけ分かれば後は何とか1人で帰れるかと……」

 彼女は申し訳なさそうにそう言った。

 まぁ確かにAランクの冒険者ならモンスターの心配は大丈夫か……。でも道を教えるって言っても、到底口で説明出来ないほど複雑なんだよなここら。

「教えたいんだけど、ここら辺凄い入り組んでて俺もクエスト途中なんだ。だから速攻でモンスター討伐するから少しだけ同行してもらってもいいかな? そうすればその後直ぐに送り届けるからさ」

 Aランクなら側にいるぐらい大丈夫だろう。俺も一瞬で片付けるつもりだし。

 と、思っていたのだが、彼女の返事は余りに予想外だった。

「ご、ごめんなさいッ! 貴方に“同行”するのは絶対に無理です!」

 ええーー⁉ 嘘、何で?
 もしかして下心ある変態野郎だとでも思われたか俺……⁉

「え、いッ、いや……あのさ、別に俺変な下心がある不審者とかじゃなくて……!その、此処からだとさ、安全な場所まで行って戻るのに俺も時間掛かっちゃうしッ、だからその……直ぐに討伐終わらせて帰った方が都合がいいかな~と思ったんだけどッ……! 変な下心とかじゃなくて!ホントに! 全然離れて同行してもらって構わないしさ……!」

 何してるんだよ俺。これじゃあ余計に怪しまれるぞ。逆に下心ありますと言ってるようなものだ。

「え? あの~違うんですッ……! そうじゃなくて……」
「ん、違うの?」
「勿論です。全然そんな風には思ってません……。ただ、同行したら絶対に貴方に迷惑を掛けてしまうので」
「ああ、それなら俺は大丈夫だよ。気にしないで」
「い、いえッ!“そう”ではなくて……あの、実は私……近くの人の魔力を吸ってしまう“特異体質”持ちで……」

 魔力を吸う特異体質……?
 何だそれ、初めて聞いたな。

「魔力を吸うって、何もしなくても近くにいるだけで……?」
「はい、そうなんです……。昔から自分でもコントロール出来なくて……。だから私が同行したら 絶対貴方にッ「――別にそんな感じ全くしないけどな」

 俺の体に特別変わった様子もなければ彼女の言うように魔力を吸われて感じも全くない。俺は自分の体を確かめながら何気なく呟いただけだが、彼女は何故かとても驚いていた。

「え……⁉ 本当ですか? いや、でもそんな事有り得ない……」
「そうなのか? でも実際俺は大丈夫だぞ。ほら、何ともない」
「嘘……」

 彼女は俺をまじまじと見ている。彼女にとっては余程信じられない光景なのだろうか。

「コレが理由って事なら、一先ず同行してもらうのはOK?」

 よく分からんが同行自体が嫌でなければ俺も助かる。直ぐに討伐して帰ればいいだけだからな。

「も、勿論です!」

 お、急に元気になった。取り敢えず良かった良かった。

「あの!貴方のお名前は⁉」
「ん、そう言えばまだ名乗ってなかったな。俺はルカ・リルガーデン。宜しく」
「私はレベッカと言います!レベッカ・ストラウスです」

 お互いに自己紹介し、じゃあ行こうかと俺が言おうと思ったまさに次の瞬間、彼女の口から今日1番の驚きの言葉が発せられた――。 

「あ、あの……ルカさん! 突然で失礼ですが、是非私と“パーティを組んで”下さい! お願いします!」










「――丁寧にお断りします」








 心の底から出た混じりけの無い一言だった。




「え、そんな即答!?  お……お願いします! 確かに突然で失礼ですが、私この体質のせいで、もう何十回もパーティから外されてしまってるんですッ……!
私の近くにいて魔力が吸われない人はルカさんが初めてでッ……!今までにこんな事なかったから……。
折角冒険者になったのにまだ1度もクエストを達成出来た事がないんです。だから無理を承知で……失礼を承知で言ってます。どうかお願いします!私とパーティを組んで頂けませんか⁉」

 彼女の言葉もまた、混じりけの無い本心だった――。

 涙ぐみながら頭を下げる彼女を見て、俺はそんな彼女と何時かの自分が重なって見えたんだ……。

 彼女も俺と同じ。
 信じていた仲間に捨てられ追放された。しかも単純に彼女は俺よりその回数が多いだろう。同じ俺にはよく分かる。


「そこまで言うならいいよ。パーティ組もうか」


 無意識の内に、俺はそう言っていた――。
「ほ、本当ですかッ⁉」

 自分でも何でそんな事言ったのか分からない。あんな裏切られ方をしたから2度とパーティなんて組むつもりなかったのにな……。

「ああ。でも条件がある」
「条件……? 大丈夫です! 何でも言って下さい!」
「追放者同士、お互いに突然の裏切りは止める。それだけだ」
「追放者同士って……ルカさんも? と言うか、私が追放されたの知ってたんですね……。お恥ずかしい」
「それは御免。別に聞き耳を立てるつもりじゃなかったんだけど、聞こえちゃって」
「フフフ。別に構いませんよ。本当の事ですからね。それよりルカさんが追放されていた事に私は驚きましたよ。こんな素敵な人なのに」
「――!」

 彼女の言葉に、俺は思わずドキッとしてしまった。何だ……今の高鳴りは……。

「な、何言ってんだよ。そんな事より早く行くぞ」
「そうでしたね! ルカさんのクエストに向かいましょう」

 こうして、俺は予想だにしていなかった出会いを経て、これまた予想だにしていなかったパーティを組んでしまった――。


♢♦♢

~ペトラ遺跡・森の奥~

俺と彼女……レベッカは、あれから日が暮れる前にベヒーモスを見つけ様と、深い森の奥にある遺跡目指して進んでいた。

 何時しか辺りはだいぶ薄暗くなってきた。俺は暗闇でもある程度見えるが、レベッカはただ見えずらいのかはたまた彼女は少しドジなのかは分からないが、さっきから幾度となく転びそうになっていた。

「わッ!……っとと⁉……ハァ……ハァ……。キャッ!」
「大丈夫か……?」

 進む足を止め、後ろを振りレベッカを確認すると、彼女は屈託のない笑顔を放ちながら「大丈夫!」と言った。

 絶対にいい子なんだろうなというのは直ぐに分かる。だから俺もパーティを組むなんて有り得ない発言をしたんだろうな。

 そして正直、レベッカは結構美人だ。綺麗な明るいロングの髪にパッチリとした青い瞳。それに服の上からでも分かるスタイルの良さ。これはかなり男にモテるだろう……と、全然関係ない事まで思ってしまう。

「……!これは」

 突如臭ってきた獣臭と血の折り混ざった鼻につく臭い。どうやらお目当てのベヒーモスがいるみたいだ。俺は魔力感知で敵の位置を探った。

「レベッカ、近くにベヒーモスがいる。気を付けろ」
「べ、ベヒーモス……⁉ Sランクの⁉」

 あれ、その事言ってなかったか……?

「俺の目的はベヒーモスだ。……お、やっぱいるな。しかも向こうから俺達に近付いて来てるぞ」
「えッ! ちょ、ちょっと待って下さい……まだ心の準備が」
「レベッカ、そっちから来るぞ!」

 次の瞬間、木々の間から雄叫びを上げたベヒーモスが姿を現した。

『グオォォッ!』
「……ッ⁉」

 大きさは3m以上。ジークの言った通り横にもデカいせいでより大きく見える。俺達を完全に獲物としてロックオンしているみたいだ。

<吐くぞ>

 ジークが言ったとほぼ同時、ベヒーモスが得意の炎を俺達目掛けて吐いてきた。

 ――ブオォォォォ!
「マジかコイツ!……っと、レベッカ大丈夫か⁉」

 俺は慌ててレベッカを確認した。すると、レベッカはいつの間にか杖を手にしており、氷の防御壁でベヒーモスの炎を防いでいた。

「は、はい!なんとか」
「おー、流石Aランク。ちょっと抜けた感じだったから心配だったけど、余裕そうだな。一応俺の魔法で付与しておくか」

 こんな実力あるのに何回もパーティから追い出されるなんて、よっぽど厄介な体質なんだろうな。まぁ魔力なんて吸い取られたら何も出来ないから皆困るか。

『グオオオ!』
「さっさとくたばれ。“炎撃波《プロメテウス》”」
 
 俺はお返し代わりにベヒーモスに炎魔法を放った。奴に向けた右手から豪炎を放ち、直撃したベヒーモスは一撃で戦闘不能となった。

 当たり前だ。お前のとは火力が桁違いだからな。

<デジャヴかコレは――>
「もう1発」

 ベヒーモスの攻撃を放った瞬間、別方向からもう1体のベヒーモスが襲い掛かっていた。ジークの言った通り、まるでグリフォン討伐のデジャヴみたいだ。

 俺は反対の手を奴に向けまたプロメテウスを放った。だが、僅かに攻撃するタイミングが遅かったせいでダメージが浅かった。

 どの道次で終わり。
 そう思いながら連続でもう1発放とうと思った瞬間、ベヒーモスの体が突如氷に覆われた――。

「“氷の一矢(アイスブロー)”!」

 攻撃を放ったのはレベッカだった。見た感じ魔法使いの適性だろう。杖を持っているし、当たった氷の矢が一瞬でベヒーモスを氷で固めてしまった。

 そして何だろうこの不思議な高揚感は……。
 まさか今のが“連携攻撃”とかいうお洒落な技じゃないだろうか。
 散々グレイのパーティにいた時は活用していたが、それは勿論後方からのサポート。自分が直接加わったのはこれが初めてだ。何とも新鮮な感じ。

「これが本物のパーティか」
<何をブツブツ言っている>

 連携攻撃の余韻に浸りながらふとレベッカを見ると、何やら彼女は震えていた。

 え?もしかして奴の攻撃が当たっていた?
 そう思った矢先、レベッカは俺を見ながらお礼を言ってきた。

「ルカさん!ありがとうございます!」

 なんのお礼かは分からないが取り敢えず大丈夫そうだ。

「私、こんな魔法使えたの初めてなんです! 何時も人の魔力吸い取った挙句に直ぐ消えちゃっていたので!」

 そう言う事か。彼女も中々大変な人生を歩んできたようだな。

「いやいや、俺の方こそ。実は初めて連携攻撃みたいな事が出来て興奮してるんだ。凄い新鮮な気持ちだ」

 俺とレベッカはそんな事を言いながら笑い合っていた。

「そう言えばレベッカって歳いくつ?」
「え、18ですけど」
「何だ、俺と一緒じゃん。だったらもう敬語止めにしようよ。パーティも組むんだし」
「いいんですか……じゃなくて、分かった! これから宜しくねルカ!」
「こちらこそ。じゃあギルドに戻るか」

 ベヒーモスを無事討伐した俺とレベッカは、ペトラ遺跡を後にした――。

♢♦♢

~冒険者ギルド~

「――すみません、クエストの手続きお願いします」
「はい。かしこまりました……って、ルカさんじゃないですか!お疲れ様です。 ベヒーモスの討伐もう終わったんですか⁉」
「うん、まぁね」
 
 マリアちゃんは何時も元気だ。だがその驚きの声で周りの人から視線が集まっちゃってるよ。ベヒーモスって一応Sランクだからね。

「流石ですね」
「そんな事無いよ。あ、そうだ、そう言えばこの子とパーティ登録したいんだけど」

 パーティを組むにはギルドで登録が必要。俺とレベッカはその手続きをする為にタグを一緒に渡した。

「え、ちょっと待って⁉ ルカそれって……まさかSSSランク⁉」
「ああ」
「凄いッ……私初めて見た」

 これもまた似た者同士か。
 レベッカもマリアちゃんと同様元気タイプだから少し声が大きい。また周りの視線が集まってるじゃないか。別に隠すつもりはないからいいんだけどさ、注目されるのは慣れてないんだよ。

「マリアちゃんごめん、急いで頼める? 面倒な事になりそう」

 ハッとしたマリアちゃんは急いで準備をしてくれた。
 レベッカをパーティーに登録した後、手続きの関係でレベッカが再診断を受ける事になった。

「レベッカ様、こちらで再診断お願い致します」
「はい、分かりました」

 俺が再診断した時と全く同じ。レベッカは魔石に手を置き魔力を流し込んだ。

『レベッカ・ストラウス 魔力値:Sランク』

「え? 私何でランク上がってるの?」

 そうだ。付与魔法掛けたままだった。まぁどっちにしても俺とパーティ組むとジークの恩恵で能力値向上するけどね。

「あー、それ多分俺のせいかも。言ってないけど俺もある意味ちょっと特異体質なんだよね。でも魔力とか身体能力が向上するから損はないと思う」
「へぇ~、そんなのあるんだルカ君。驚いちゃった。私が言うのも変だけどね。だから私ベヒーモス相手にあんな魔法出せたのね」

 多少は俺の力によるものだけど、元々のポテンシャルが高いんじゃないかなレベッカは。少しドジっぽいけど……。

 レベッカはランクが上がった事もあり更に診断を行った。

『レベッカ・ストラウス 魔力値:Sランク

 適性:魔法使い 
 
 使用魔法:氷魔法 水魔法 炎魔法 
      風魔法 土魔法 回復魔法 付与魔法  

 身体・特殊:魔力感知(B)状態異常耐性(A)

 性質:魔力イーター 』

「わぁ……。凄い能力アップしてる」
「それではレベッカ様、新しい冒険者タグの準備が出来ましたらまたお渡ししますね」

 そう係りの人に言われ、何故か俺はまたマスターの部屋に呼ばれた。

 レベッカも一緒に――。

~冒険者ギルド・マスターの部屋~

 成程、マスターの本当の目的はレベッカか――。

 俺とパーティを組んだことにより能力が上がったレベッカは、冒険者の中でもかなり貴重なSランクとなった。勿論、ジークの魔力の恩恵もあるが、レベッカはやはり元の能力ガ高かったんだろう。変な体質さえなければAランクでもトップクラスの実力があるとマスターが今しがた言っていた。

 確かに王国としてもギルドとしても、そして責任者であるマスターとしても当然Sランク冒険者の存在はとても重宝したいところだろう。ドラシエル王国は今Sランクが10人いるかいないかぐらいだから、その人達も負担も少しは減るからな。

 それにしてもマスターよ――。
 俺の時に向けていたあの禍々しい殺気は何だったんだ。レベッカのこの面談では微塵もそんな素振りがないじゃねぇか。

 まぁ俺の時は話の内容が内容だったから無理もないが……。

「――それではレベッカ君、君のこれからの活躍を期待しているよ。そして是非ともその素晴らしい力を、王国や我々の為にも振るって頂きたい」
「はい、勿論ですッ!王国や皆さんの為に精一杯頑張りたいと思います!」
「ハハハ、ありがとう」

 マスターに褒められてレベッカもご機嫌な様子だ。素直そうな性格だから余計に効果がありそうだな。それにしても、俺はモンスターを駆逐する為に王国を出ようとずっと思っているのに……。今の会話の流れだとレベッカは本当に王国の為に頑張りそうだ。

 すなわち、それは遠回しに彼女とパーティを組んだ俺の行動も制限されるという事になる。

 ベヒーモスのクエスト終わったら次こそ絶対出発しようと思っていたのにさ、これじゃあ何となくレベッカに伝えにくいぞ。なんだか凄いやる気も出しているしとても水を差せるような空気ではない。やっぱり不用意にパーティを組むなんて言わない方が良かったんじゃ……。

「――時にルカ君」

 おっと、急に矛先が俺になった様だ。

「何でしょうか」
「実はな――」

 マスターは穏やかながら少し真剣な表情で口を開き始めた。話の内容は他でもない、俺とジークの事だった。

 マスターは本部や王国に俺の話をどう伝えるかずっと考えてくれていたらしい。そしてあらゆるパターンを想定した結果、俺やジークが不用意に狙われないよう今回の件を伝えてみてはどうかと提案された。

 これはちょっと意外だな……。ジークの事を知っているマスターとジャックさんの雰囲気から何となく察していたけど、コレはやはり公にしない方がいいと思っていたから。

 だが、マスターはこれが決して簡単に決めた事ではなく、寧ろ相当の覚悟を決めたように俺に話していた。その緊張感がひしひしと伝わってきている。

 俺はそんなマスターを勿論疑ってなどいないが、最終的にどうしてその結論に至ったのかだけ知りたかった。それをマスターに正直に伝えると、マスターは優しく教えてくれた……。
 
 先ず、ジークの封印が解かれた事は、既にドラシエル王国の国王と、マスター。そして信頼出来るSランク冒険者達にのみ伝わっているとの事だ。

 当然そのジークが俺の中にいる事まで知るのはマスターとジャックさんのみ。

 言わずもがな竜神王ジークリートの力は強大なものと知られている。故に、その力を持つ俺が危険対象とみなされる事も十分に考えられるらしい。最悪即死刑も免れないだろうと……。

 まぁそりゃそうだよな。ジークリートの力なんて何も知らない人からすれば未知の脅威に等しい。

 是が非でもその最悪だけは避けたいと考えたマスターとジャックさんは、俺がジークの力を完全に掌握している事を国王に理解してもらえば、それが全員にとっての安全になるのでないかと言う結論に至ったとの事だ。

 例え害がないと分かっていても、それを隠していたとなれば少なからず反発の声が上がる事も想定出来る。俺にもジークにも、そして王国中の人々の為にも、そうするのが最善ではないかと――。

「分かりました」

 話を全て聞き終えた俺は、自然とそう返事をしていた。

 マスターとジャックさんがそこまで俺なんかを心配してくれていたなんて……。本当に感謝してもしきれない。

「そうか。ではその方向で話を進めるぞルカ君。後は“派遣クエスト”で存分にその力を発揮し、国王どころか全冒険者に君の実力を認めさせるんだ」
「はい――!」

 こうして、俺は無事にレベッカとパーティー組み、国王にもジークの事を伝える方向で話がまとまった――。


♢♦♢


「レベッカずっと宿屋に泊ってるのか」
「うん。こんな体質だからパーティも追放されっぱなしだったし……。何時か王国を出ようかとも考えていたから」
「そうだったのか」
「でもルカのお陰で一気にその心配はなくなっちゃった! マスターにも期待してるって言われたから頑張らないと!」

 マスターの話も終え、レベッカは新たにSランクの証明である虹色のタグを受け取り、俺達はギルドを後にしていた。

「ずっと宿屋も大変そうだな。何なら住む部屋が見つかるまで俺ん家使う?」
「ルカの家?」
「そう。俺1人だし2階誰も使ってないんだよね。好きに使ってくれて構わないけど」
「え……それは凄いありがたいけど……」

 やば。何だこの微妙に気まずい空気は。よく考えたら俺また凄い変態発言してるんじゃ……。

「あ、いや、別にッ! そんな深く考えないで……! ただ、2階なんて全く使ってなくて掃除も面倒だったから、いっその事誰か使ってくれていた方が楽だなぁなんて思ってただけで……ッ!」

 だからよ俺。
 逆にこれが怪しく思われるんだって。本当に下心がなかったとしても。
 
「ううん、そうじゃなくて……! 部屋を借りられるのは凄い助かるんだけど、迷惑じゃない……? それに家賃とかどうしたらいいかと思って」

 なんだ……。そう言う事か。焦った。

「全然迷惑じゃないって。家賃も当然要らない。もし逆に気を遣うなら家賃代わりに部屋の掃除だけお願い」
「本当にそれでいいの?」
「勿論。あ、そうか。念の為に魔法で結界でも張っとくか。俺が間違った行動に出ないように。それなら女の子1人でも安心だろ?」
「フフフ。大丈夫、そんな心配してないよ。じゃあお言葉に甘えて、部屋が決まるまでお借りします」

 レベッカは屈託のない笑顔でそう言った。

 改めて思うけどやっぱ可愛いよな。俺が言うのアレだけど、少し無防備だから気を付けた方がいいと思う。

「そういえばもうこんな時間だね。夕飯はどうする?」
「もうそんな時間になるか」
「何も決まっていないならさ、街で買ってルカの家行こうよ! 早く見てみてたいな」
「ハハハ、じゃあそうするか」

 俺とレベッカはそう話し、宿屋に置いてあるレベッカの荷物を取りに行きながら街で夕飯を買って家に帰った。
 


~ルカの家~

「――ここが俺の家。遠慮せず入って」
「お邪魔しまーす!わ~、素敵なお部屋」
「1階のこっちがリビングとキッチン。向こうに風呂とトイレがって、あっちが一応俺の部屋。
2階は部屋が3つあるから、どこでも好きな様に使ってくれて構わないから」
「ありがとう!じゃあ早速2階見させてもらっていい?」

 そんなにはしゃぐ様な豪邸ではないけど、取り敢えず喜んでくれているみたいで良かった。

「いいよ。荷物は運ぶから先に部屋でも決めてくれ」
「ルカありがとう!」

 レベッカはそう言いながら2階へと駆け上がって行った。

「まぁ運ぶって言ってもコレ1つだけどな……」

 聞いた話によると、レベッカは3ヶ月近く宿屋に滞在していたらしい。だが宿屋から持ってきたのはこの大きめの鞄1つだけ。追い出される度に街を転々としていたと言っていたから、荷物はいつも最小限なんだろう。

「――ルカ!部屋決めたよ!」
「はや。今行く」

                         
 こうして、寂しかった俺の家に、レベッカという1人の元気な女の子が住み始めました――。
  
**
 
 レベッカとの思いがけない出会いから早くも1週間――。
 今日も特別変わった事がない1日。この生活にもお互い少しは慣れただろう。レベッカが寝たのを確認した俺は、自分の部屋のベッドでの転がりながらジークと話していた。

「――へぇ~、じゃあやっぱレベッカの魔力イーターってかなりレアな体質なんだな」
<ああ。レベッカのそれは我らモンスターにとっても厄介であるな。まぁレベッカの場合はまだ自身でコントロール出来ていない上に、本来の魔力がそもそも多い。それで余計に手間取っているのであろうな>
「そうか……。常に魔力を吸い込んじゃうって大変だよなきっと。魔力のコントロールさえ出来れば多少は解決になるのか?」
<それは当然だな>

 成程ね……。だったら次のクエスト行く前に、少しでも練習した方がいいな。訓練場は他の冒険者がいるから使えないし……。

「どっか場所ないかな?」
<……>
「ん、聞いてるかジーク」
<……>
「おい、どうしたんだよ急に黙りッ……「ルカ?」

 空けていた部屋の扉の隙間から、レベッカが俺の名を呼んだ。

 あれ、起きたのか。やばい……。まさか今の聞かれてた?

「なんだレベッカ、起きてたのか」
「うん、ちょっと喉が渇いちゃって。それよりルカ、今誰と話してたの?」

 おっと、やっぱり聞かれていたか。別にいいと言えばいいんだけど……。どうしよう。

「気のせいじゃない? ほら、 俺以外部屋に誰もいないし」
「嘘だ」

 一応扉を開いて部屋の中を見せたけどダメみたいだな。完全に疑ってる。

「ねぇルカ、確かにまだ出会って数日しか経っていない関係だけど、嘘はつかないでほしい」
「レベッカ……」
「私はルカとパーティーだよね? 話したくない事があるなら無理には聞かないよ。だからそれならそうだとちゃんと言ってほしい。嘘や誤魔化しは嫌なの……」

 しまった……。コレは滅茶苦茶正論で言葉が出ない。自分でもお互いに裏切りは止めようって約束したもんな。確かに今のは俺が悪い。

「ごめんレベッカ……。俺が悪かったよ。でも決して君を失望させようと思ったわけじゃないんだ……」
「分かってるよ。ただ正直に言ってほしかっただけ」
「そうだよな。じゃあこんな時間で悪いけど、今から俺の秘密を聞いてくれ」
「え……? 」

 レベッカなら話してもいいと思えた。
 いや、寧ろレベッカには聞いてほしかった。彼女の事も知りたいし、俺の事ももっと知ってほしいと思ったんだ。

「眠いなら明日でも大丈夫だけど」
「何よ急に。気になって逆に眠れないよ」

 俺はリビングへとレベッカを促し、暖かい飲み物を入れた後、静かに口を開いた。

「実はさ、俺体の中にモンスターがいるんだ……」

 自分でも凄い話の切り口だと思う。案の定レベッカも目を見開いて驚いているし。そりゃそうだよな。俺達冒険者はモンスターを討伐するのが最重要目的なのに、そんな奴が事もあろうかそのモンスターを体に宿してるんだから。

 あー、やっぱ言わなきゃ良かったかなぁ。僅かな間が永遠にも感じる……。

 どうしよう。これで怖がられたり拒絶されたら……。それはまた結構ショックだな。前回は立ち直れたけど、何か今回はもう無理そうだ。

「そうだったんだね……」

 飲み物を一口飲み、レベッカはグラスをテーブルに置きながらそう呟いた。

 おいおい、コレは一体“どっち”の反応だ? やっぱり怖がられたッ……「だからそんなに強いんだルカは!」

 え……?

「これで納得しちゃったな~。私の特異体質も効かないし、魔力量も凄い。それにルカは魔法使う時に魔力がキラキラキラ~って輝いているもんね! それも全部モンスターの力って事なんだ!」
「あ、ああ……まぁ」

 予想外の反応に俺の方が驚きを隠せない。

「凄いね!モンスターを宿して戦うなんて何か格好いいよね」
「え、そう……? って言うか、怖がったりしないの? と言うかまず信じてくれたの……?」
「フフフ、何言ってるのルカ。全然怖くないし、信じるに決まってる。それにこの状況で冗談言えたらある意味凄いよ」

 レベッカはそう言いながら、何時ものあの笑顔を見せてくれた。

「ハハハ……。ごめん、俺もジークの事自分から話して信じてくれたのレベッカが始めてだからさ、ちょっと驚いてる」

 グレイに話した時は信じて貰えなかった。ジャックさんとマスターには先に気が付かれていたし、それ以外の人に話したこともなかった。

「なぁんだ、もっと言いづらい事情でも抱えてるのかと思ったよ。実は私が美人過ぎて緊張するから寝られないとか!」
「何だそれ。絶対自分で言わない方がいいぞ」
「え、それはちょっと失礼!」
「じゃあ何て言えばいいんだよ。ハハハ」

 照れ隠しで精一杯。確かにレベッカは可愛いよ。だけど当然そんな事は言える筈もない。そして俺のこんな話しを受け入れてくれた事が凄く嬉しくて、凄く照れ臭くて……。

 今はちょっと素直になれないんだ――。

「それにしても、俺の魔力ってキラキラしてるの?」
「してるよ。凄いキレイ! そう言えばさ、さっきジークって言ってたけど、もしかしてそれモンスターの名前?ルカの体に何がいるの?」
「いいかレベッカ。教えるけど嘘じゃないからな。俺の体にいるのは……あの竜神王ジークリートなんだ――」
「え、竜神王って……あの伝説の⁉ あんなのが本当にいるの……⁉」
<“あんなの”とは無礼だな――>
「わッ⁉ なに⁉」

 レベッカの言葉に反応したジークが会話に入ってきた。

「――って、ジーク! お前俺以外の奴とも話せるのか⁉」
<当たり前だ。何故ルカと会話が出来て他の奴と出来ん。そこは我の気分次第だ>

 何だそれ~。3年も経って初めて知ったぞ俺は。まぁ今思えば黙っててくれた方が何かと良かったけどな。バレたらいちいち面倒だし。

「凄い……!本当に存在するだね、竜神王ジークリートって……。驚き」
「俺も驚いてるけど、まぁ取り敢えず害は無いから安心してくれ。王だからちょっと偉そうだけど、根は良い奴なんだ」
<ルカ。貴様そんな風に思っていたのか>
「逆に自覚なかったのか」
「ハハハハ!ルカとジークは仲良しだね。そもそもどうやって出会ったの?」

 レベッカの何気ない問いに、一瞬胸の奥が高鳴った。
 僅かに空けてしまった変な間のせいで、レベッカが何やらバツが悪そうな表情を浮かべた。

「大丈夫だよレベッカ。今まで誰に話してこなかったから慣れてなくて……。
俺がジークと出会ったのは3年前、王国を襲ったモンスター軍の襲撃の時さ――」

 俺は気が付けば全てをレベッカに話していた……。

 母さんが死んだ事、自分が死にかけた事、ジークと出会った事、パーティから追放された事。

 レベッカと出会う前の事も知ってほしくて、俺は全てを彼女に話してた――。

「そうだったんだね……」
<まさかルカが召喚魔法もまともに使えんとは思わなくてな>
「それは何度も悪かったって謝っただろ」
<その後もあんな奴らの為に我の力を使いよって。しかも後方からサポートなど暇で暇でしょうがないわ>
「ハハハ、それも悪かったよ」
<改めて思い出したら腹が立ってきた。我はもう寝るとする>

 そう言ってジークは本当に眠りについてしまった様だ。

「おいおい、何だコイツ。また勝手なッ……⁉」

 次の瞬間、気が付くと俺はレベッカに抱きしめられていた。
 
「辛かったね。もう大丈夫だよ」
「……⁉」

 レベッカのその一言で、俺の目からは涙が溢れ出した――。

 甘い香りと優しい暖かさ。

 そっと寄り添い抱きしめてくれたレベッカの腕の中で、俺は自分の目から流れる大粒の涙を止められなかった――。
~ドラシエル王国・王都~

「――それじゃあラミア、取ってきた薬草と素材の仕分け頼むな」
「うん、わかったわ。任せて」
「取り敢えず次は3日後だな。じゃあまたギルドでな」
「全く……。じゃあな」

 王都に戻ってきたグレイ達はギルドに報告し後、兎に角休もうと直ぐに解散したのだった。パーティを組んで初めてとも言っていい予想外の出来事に皆限界だったらしい。

 翌日――。
 十分に睡眠を取ったラミアは回収した薬草や素材の仕分けを行う為、ギルド近くの作業場に来ていた。

 此処は冒険者達がクエストで回収してきた薬草や素材の仕分けをしたり、買取前に綺麗に洗浄したりする場所だ。

 昨日のクエストでブラハムが野宿の準備をし、トラブルを招いたがゴウキンが火の番を担当した。だから回収した薬草と素材の仕分けはラミアが担当となっていた。

「ふぅ。こんなの直ぐに終わらせて次のクエストまででのんびりしようっと」

 ラミアはこの時、疑うことなく余裕だと思っていた。仕分けなど誰にでも出来る雑用作業だと――。

 ラミアには薬草や素材の知識が最低限は備わっていた。だから回収した素材だって魔法が得意だからすぐに仕分けや洗浄もお手の物だと。だが……。

「ちょっと!これ何⁉ さっきから似たようなのばっかり……。アイツら人がやると思って雑に入れ過ぎなのよ!信じられない!」

 今回ラミア達が回収した薬草や素材は、量だけで見ても平均より少なめ。勿論討伐がメインの為、目的の素材以外はおまけの様なものだ。そして特別貴重な物も無ければ、扱いや洗浄が難しい素材は何もなかった。

 しかし慣れていないラミアは思った以上にこの作業に手を焼いた。途中で心が折れかかってしまう程であったが、薬草や素材は当然汚れている。買取の前にしっかりこの作業をしないと売値が物凄く低くなってしまうのである。

 そうとはしっかり分かっていたが、疲れて集中力のなくなったラミアは作業が雑になった。
 
「あー疲れた、もうこれぐらいでいいでしょ。薬草は大して汚れていないし、このまま売っちゃえばいいわ。後はこっちの素材ね……。これなら――」

 薬草の仕分けが終わり、次に素材に手を付けたラミアだったが、回収の仕方が雑だったせいかこちらも先ずは洗浄が必要だった。モンスターの血や泥がこびり付いていて到底売り物にならない。

 ラミアは素材を綺麗にするのにこれまた時間を要した。

「もうッ……! 何で?全然取れない。私、水魔法が1番得意なのに……!」

 作業場で同じように作業をしている他の冒険者達はいとも簡単にやっている。そもそもラミア達程素材の汚れが酷くもなければ、ラミアと同じ水魔法が得意な者達が手際よく処理していた。

(何でこんなに差が出るの……? ぶっちゃけ頼みたいけど私はSランクパーティーの冒険者。あんな底辺の奴らに絶対お願いなんてしたくない!)

 自意識過剰なプライドが邪魔をし、ラミアは仕方なく1人で作業を進めたのだった。

 そして、全ての素材の処理を終えるのに、結局夜まで時間が掛かってしまった……。



~グレイとラミアの家~

「――ただいま……」

 ラミアが疲れ切って家に帰ると、同棲しているグレイがソファでくつろいでいた。

「おかえりラミア。どうしたんだよ、随分遅かったな」

 そう言いながらグレイは帰ってきたばかりのラミアを抱き寄せ、軽いキスをした。そしてそのまま激しい接吻をしながら、グレイの手はいやらしい動きでスッとラミアの身体を触っていた。

 勿論グレイは“その気”であったが、如何せんラミアは違った様だ。

「ちょっと止めて。先にお風呂に入りたいし凄い疲れたんだから。そんな気分じゃないのよこっちは」
「風呂なんて気にするなって。ラミアはいつもいい香りだから、そのまましようぜ」
「だから止めてって!ほぼ立ちっぱなしで疲れてるの。ゆっくり休ませてよ」

 そういう事ではないと、ラミアは若干イライラした様子でそう言った。一日中くつろいでいたグレイにはそこまで気が回らない。若さ故の欲が勝っているのだろう。

「ただの仕分け作業だろ?誰にでも出来るじゃねぇかあんなの。何そんなにイライラしてるんだよ。それなら俺がその気にさせてやるって、な」

 そう言ったグレイはラミアの服の中にグッと手を入れ、彼女の豊満な胸をいやらしく揉み始めた。

「ねぇちょっと!嫌だって言ってるじゃないッ!」

 ――バチンッ!
 しつこいグレイに対し、ラミアは思わず平手打ちを食らわせた。

「痛ってーな!何すんだよ!手ぇ出す事ねぇだろうが!」

 思い通りにならない事と急な平手打ちによってグレイも怒りをあらわにし、ラミアに怒鳴りつけた。

「先に手ぇ出したのはグレイでしょ⁉ 自分勝手もいい加減してよね!アンタは何もしてないから無駄な体力ばっか残ってんのよ!」
「はぁ? いい加減しろよラミア!俺はリーダーとしての役目を果たしてるだろうがッ! 全員で順番に担当なんだから当たり前だろ!」
「何がリーダーの役目よ! 自分が面倒な事したくないだけでしょ!」
「何言ってんだ!昨日のスカルウルフの襲撃だって最初に気が付いたの俺だろ!」
「あんなの思いっ切りたまたまでしょ!」

 
 結局、グレイとラミアの口論は夜中まで止まらず、散々言い合った2人は喧嘩したまま眠りについたのだった。

 だが次の日の朝。
 一晩明け冷静になったのか、2人は仲直りをするなりまた甘い世界へと入り込んでいくのだった――。

♢♦♢

~冒険者ギルド~

 前回の解散時から約束の3日後。
 この日は次のクエストを受けるべくギルドに集合する予定だった。しかし、前夜に甘い世界でラブラブしていたグレイとラミアはかなり遅刻。既に待っていたブラハムとゴウキンは呆れた顔でギルドに来た2人を見ていた。

 だがブラハムとゴウキンがそんな顔をしていたのには他にも理由があった――。

「悪いな遅れて」
「ふん、そんな事は“もうどうでもいい”」
「ああ。それよりも……」

 次のゴウキンが発した言葉に、グレイとラミアは固まった。

「は? ルカがSSSランク……?」

 驚くというより、何を言っているんだといまいち吞み込めていないグレイ。ルカがFランクという事はここら辺の冒険者界隈でも当然知れ渡っている。今ブラハムとゴウキンと話している他のパーティの者達もそうだ。

 Fランクはある意味SSSランクぐらい珍しいとも言えるから。

 グレイは胸の奥底で一瞬嫌な感じをしたが、それには気にも留めず話を進めた。

「そうらしいぜ。何か受付で黒色のタグ出しててよ、係りの人に聞いたら確かにSSSランクって言ったんだよ」
「いやいや……。どうやったらそんなにランク上がるんだよ。つうかそもそもあのルカだぞ!何かの間違いだろ!」
「俺達だってそう思ってるけどな」
「そりゃそうだ、だってあのルカだからな! 多分お前らのとこのレベッカより使えないだろ」
「そうなのか?まぁこっちはこっちでルカの事より、そのレベッカが何より問題なんだけどさ……」

 グレイが1ミリも納得出来ない中、ブラハム達の雑談はいつしか話題がルカから他の冒険者へと切り替わっていた。

 ただグレイのモヤモヤは全く消えていない。

(一体どういう事だ?あのルカがSSSランクなんて絶対有り得ねぇぞ……⁉︎ 完全に人違いだ。受付の奴が何か勘違いして言ってやがるに違いない。

ルカとはこれでも幼馴染。俺が冒険者になった時からずっと知っているが、アイツは間違いなくFランクだ。しかも雑用しか出来ない。

考えれば考える程、絶対間違いの他ない。万が一そんな天変地異が起こったとしても、アイツが俺達のパーティを抜けたのはほんの数日前……。

この僅かな時間でFランクがSSSランクなんて死んでも有り得ねぇ!)

 絶対に有り得ない筈なのに、グレイは何故か苛立ち収まらなかった。

「無駄話してないで行くぞお前ら!」

 グレイパーティは前回のソンモンキー討伐の失敗を取り戻すべく、新たな討伐クエストを受けるのだった──。
 グレイ一行は、新しく受けた討伐クエスト目的地である、王国からほど近いウォール湖に来ていた。

「――ハァ……ハァ……。もう追って来てねぇか……?」
「ええ……もう大丈夫みたい……」

 グレイ達は徐に後ろへと振り返り、モンスターの存在を確認していた。
 
 前回の経験から、無駄な体力を極力使わない様、最低限のモンスターだけ討伐しながら前へ前へと進んでいた。今回の討伐目的であるチャイルドベアーはAランクの中でも下位クラスと弱めである。今度こそ大丈夫だと誰もが思っていた――。

「くっそ、また結構体力使っちまったな……。誰か回復薬持ってないか?」
「全く……これでも飲んでおけ」

 皆より一回り図体がデカいせいだろうか。中でも1番体力を消耗していたゴウキンがそう言い、ブラハムが持っていた回復薬を渡した。

 ――ゴクゴクゴクゴクッ……。
 余程疲れていたと見えるゴウキンは回復薬を一気に飲み干し、機嫌が悪そうに口を開く。

「この間から思っていたけどよ、何か最近回復薬の効き目が妙に悪くないか?」
「それは俺も思ってたぜ。ちょっと前までの回復薬は平気で半日以上効果があったのに……」

 これに関してはグレイも疑問に思っていた。ここ最近、どうも回復薬の効果がいまいち。1度飲んでも余り効果がない為また直ぐに使うしかなかったのだ。

「でもおかしいわね……。普通に商店で買っているのに」
「回復薬の質が下がったのかな? まぁでもそれは他の冒険者も同じだろ。今まで以上に多く持って行くしかないよな。売ってる回復薬はコレしかないんだから」

 ルカが特別仕様で作っていた回復薬だとは当然まだ知る由もないグレイ達。パーティから追放した際にルカ本人から言われていたにも関わらず、今は誰もそんな事覚えていないのだ。

 これが身に染みて分かるのはもう少し先のお話――。



「……おい、見つけたぞ!チャイルドベアー!」

 討伐の対象であるチャイルドベアーを見つけた。
 チャイルドベアーは普通の熊よりももっと大きく攻撃的な性格のモンスターだ。遭遇した時、冒険者達がまるで赤ちゃんに思えてしまう程の体格差と存在感からその名が付けられたと言われている。

「サクッと終わらせるぞ。何時も通りの連携だ。いけ、ラミア!」
「ええ。ファイアインパクト!」

 前回は疲労とイレギュラーで攻撃が甘かった為、今度こそ確実に仕留めようとラミアは自身の中でもトップクラスに威力のある攻撃魔法を放った。

 見事命中したラミアの攻撃に続き、今度はゴウキンの重い一撃で敵の動きを更に鈍くさせる。

 そして間髪入れずブラハムの槍攻撃が炸裂し、お決まりのパターンでグレイが止めの一撃を振り下ろした。

「食らえッ、チャイルドベアー!」

 グレイ達の得意の連携攻撃は完璧に決まった。 

 だがしかし……。
 前回のソンモンキー同様、チャイルドベアーは倒れていなかった。

「なッ……⁉」

 唯一ソンモンキーと違うのは、辛うじてダメージは与えられていた事。だが仕留めるまでには及んでいなかった。ふらつきながらも体勢を立て直したチャイルドベアーはそのまま正面にいたグレイに攻撃を仕掛けた。

「畜生、またじゃねぇか! 何で俺達の攻撃で倒れない⁉」

 動揺しながらも何とか攻撃を躱したグレイは、剣を振りかざし応戦した。他の者達も最後の止めを刺そうと必死に応戦する。

 だが如何せん、中々決定打に恵まれなかった。

「おい、回復薬よこせ!」
「俺は持ってねぇぞ!さっき渡したので最後だ! お前らは持ってねぇのか!」
「冗談だろ……!俺は持ってねぇぞ。ハァ……ハァ……それに体力が ヤバい……!」
「嘘でしょ⁉ このままだと討伐どころか全滅の危険性があるじゃない!」

 思いがけない数時間に及ぶ戦いで、回復薬も切れ全員が満身創痍の状態であった。この状況を見たグレイは思い切り歯を食いしばって指示を出すのだった。

「くそくそくそッ……! 全員、撤退だッ!!」

 グレイパーティーはまたしてもクエストに失敗した――。

♢♦♢

~冒険者ギルド~

「――え、モンスターの再調査?」
「だからそうだって言ってるだろッ!」

 ドラシエル王国の王都にある冒険者ギルド。今ここで、深夜にも関わらず怒号が聞こえていた。

「……? 確認しますけど、チャイルドベアーで間違いないですよね?Aランクの」
「そうだッ!この前もソンモンキーが間違っていたんだぞ!何してるんだよお前らは!いい加減してくれ!」

 グレイが怒鳴り散らしている相手は、この日ギルドの夜勤担当であったSランク冒険者のリアーナ。

 何やら必死で訴え掛けているグレイを見て、リアーナは少し悩んでいる様子である。それはジャック同様、モンスターが本当にランク違いなのか否かだ。確かに稀に突然変異の個体が現れるし、グレイはAランクの冒険者。普通の見解であれば確かにチャイルドベアー程度なら倒せるランクだ。

 僅かに疑問を抱いたが、グレイの顔をしっかり見たリアーナは、何か腑に落ちた様なスッキリした表情になり、優しく微笑みながらグレイに聞き返した。

「分かりました。再調査の手続きはしておきましょう。それともう1つ確認ですが、確か貴方はルカ・リルガーデンが元いたパーティの御方ですよね?」
「――! ん?それは確かにそうだけど……。今はそんな事関係ねぇだろ!」
「フフフ、やはりそうでしたか。では今回の件はしっかり報告させて頂きます」

 リアーナの言葉に納得したグレイはそのままギルドを後にするのだった。

「アレでAランクですか……。初めて見ましたが納得ですね。あの程度の度量ではルカの真価に気付けないのも頷けます。
調査はあの方に頼めば色々面白いことが分かりそうですね。フフフ」

 リアーナは凍りつくような視線と微笑みでギルド出ていくグレイを見ていたが、グレイ本人は当然知らなかった――。


~ギルド横の作業場~

 建物内ではラミア達が集まって素材等の整理をしていた。机の上には今回回収した薬草や素材が置かれている。

「――私は今回薬草を回収しながら進んだから、コレの後作業は全部グレイでいいと思うんだけど」
「そうだな。今回は日帰りだったけど、俺回復薬とか野宿用の準備もしてたし」
「俺も素材を回収した。後は何もやってねぇグレイに任せるか」

 ラミア達は意見が一致。今回の後作業はグレイに決まったようだ。今回も疲れている皆は早く帰りたそうである。そこへギルドに文句を言いに行ったグレイが戻ってきた。

「ここにいたのか。で?今回は誰が当番なんだ?」

 呑気に声を掛けたグレイ。自分は全く関係ないと言わんばかりの態度だ。この態度が余計に皆を苛立たせた。

「私は薬草これだけ集めたから今日はもう帰るわ」
「俺も次のクエストの準備とか補充があるからパス」
「素材は俺が全て回収した。今日分の働きは終えたから帰る」

 ラミア達はそう言って作業場を出て行こうとしたが、グレイが納得いかない表情で呼び止めた。

「は?何言ってんだよお前ら。 だったら誰がこの処理するんだよ!」
「「――お前がやれッ!!」」

 予想外の態度と言葉に、グレイは驚いて言葉が出なかった。そしてその間にラミア達は堂々と帰って行くのであった。

「おいおい……ふざけんじゃねぇぞ。何でリーダーの俺がこんな雑用しなくちゃいけねぇんだ!クソが!」

 文句を言ったがもう誰もいない。
 目の前に散らかった薬草と素材を見て更にイライラしたが、これをやらなければ全くお金にならない。グレイは渋々作業をやり始めたが薬草や素材の知識もなければ当然やり方も分からなかった。

 散々馬鹿にしていた雑用すらも出来ないと思わず悟ってしまったグレイは余計にイラついた。だからと言って誰かに教えてもらうなど到底プライドが許さない。

「チッ、面倒くせぇからもうこのままでいいだろ」
 
 グレイは結局何もせずにそのまま全て袋に詰め、雀の涙程の料金で買い取りに出し、イライラが収まらないグレイはその金で酒を買い、朝まで飲んでいたのだった――。