くゆりくゆり、ぽぽぽ。
くゆりくゆり、ぽぽぽ。
私の中で燻る快感。
あぁ、なんて気持ちいいのでしょう。
彼が私に口付けを落とす度、私の中で熱いものが込み上がってくる。体の芯からじわじわと熱がせりあがる。
私は彼を愛してる。
彼も私を愛してる。
あぁ、なんて素敵な関係なのでしょう。
――けれど私は一人、この関係が長くは続かないことを知っていたのです。
◇ ◇ ◇
くゆりくゆり、ぽぽぽ。
くゆりくゆり、ぽぽぽ。
「お前がいないと駄目なんだ」
「あら嬉しい」
私は彼の腕の中で微笑んだ。
彼の着物ははだけてしまっている。直してやりたいけれど、私にそんな自由はないから。
こじんまりとしたお座敷には貴方と私の二人だけ。
けぶる煙草が私の姿を形作る。
今だけの夢のひとときを噛み締めるように、私は彼にしなだれかかる。
「ねぇ、教えて。こんな私のどこが好きなのですか?」
私は彼に問いかける。
彼は答えの代わりに口づけをくれた。
ねっとりと絡みつく私を、彼は口いっぱいに頬張って。
私はぽつぽつと生まれる熱に身を委ねる。あぁ、愚問でしたと自嘲した。
私は彼を愛していて、彼も私を愛してる。そこに言葉なんていらないもの。
「私を愛してくれる人。どうか長生きしてくださいね」
彼が落とす長い口づけの合間に、私はそう願う。
叶うことのない願い事を。
彼が私を愛する限り、私が彼の寿命を食べてしまうから。
……本当は、私が彼を愛しても、彼は私を愛しては駄目だったの。
私の恋は、いつも恋人の死で終わる。
私を愛した人は皆、私を置いて死んでいくの。
私はいつも見送る側。
そしてまた、新しい恋をしてしまう。
愛されることに溺れてしまった私の、悲しくて寂しい循環。
◇ ◇ ◇
火皿で灰となった刻み煙草を、カンッと煙草盆の灰吹きの淵で叩いて落とす。その鋭い音に、私の身体はうち震えた。
心なしかいつもより激しい気がするけど、それもまた愛なのかもしれない。私はうっとりと彼を見つめた。
彼の冷えきった手が私を愛撫する。いつの間にか増えた皺と白髪が、私たちの時間を表していた。
お座敷の襖から吹く風を感じながら、私は彼の頭を抱きしめる。あぁ、きっとこの人の時間もあと少しなのでしょう。
「これだけが毎日の楽しみだった」
不意に彼は呟いた。
私はくすりと微笑みかける。
「ご家族にとめられても、私との逢瀬を重ねていましたものね。貴方は酔狂です。そんな貴方が愛しかったのだけれど」
彼は私を見つめる。
私も彼を見つめる。
なんて甘いひとときなのでしょう。
彼がまた、私に口づけを落としてくれる。
私の中に燻る快感が一段と大きくなる。
彼の濃厚な口づけに、体が火照っていく。
彼は老いてしまったけれど、私の肢体はいつまでも若々しい。それは彼が私を愛してくれたから。未だ目映いほどに輝く私に落としてくれる彼の口づけ。昔と変わらない彼の熱情。それがあんまりにも嬉しくて。
久しぶりの口づけは、火照った身体が冷めるまで何度も繰り返された。
やがて彼の気が済むと、私は消え入りそうになりながら、しなだれかかる。
「嬉しい。また貴方が口づけてくれて」
「老骨には少々堪えるがな」
彼は私を愛撫する。
「もう納め時か……」
私は彼の胸の中でその言葉を聞いた。
あぁ……分かっていました。分かっていたことなのです。
何が、と言わなくても分かるの。
私は彼を見上げた。
「……お別れをしないと、いけないのね」
「仕方ない。お前を買うにも金がかかる。それにこの老骨に、これ以上鞭打つわけにもいかんしな」
「そうね。私も、私のせいで貴方が苦しむのを見たくはないから」
彼の寿命も、もう近い。
私が彼の身体を蝕んだから。
これ以上彼を苦しめないためにも、ここで別れるのが正しいことは分かっている。
でも、彼と過ごした数十年。それが私の中を駆け巡って、何とも言えないもどかしさが生まれた。
彼と交わした口づけの数。彼が私を愛撫するそのぬくもり。彼の吐息が私の中をかき乱す快感。
……それらが一瞬の間に私の中を駆け巡る。
大丈夫、何度もこういった想いを繰り返してきた私は、そのやり過ごし方を知っているから。
私は彼のためなら、二度と会えなくてもつらくはない。
思い出を抱いて、生きていけるから。
私は手を伸ばす。
最後、彼の頬に触れた。
「貴方の賢明さに祝福を。さようなら、愛した人」
彼は優しい顔で、私を横たえる。
離れた温もりが名残惜しい。あぁ、貴方の姿さえも、霞がかって見える。
私はとろとろとした闇に微睡んだ。
私は彼の面影を思い浮かべながら、深い、深い眠りにつく。次に目覚める時にはきっと、彼はもういないのでしょう。
きっと再び相見えることはない。それでいい。それが、いい。
私が彼に寄り添っても何も良いことはないから。
彼の宝物になれたことを私は誇りに思います。
ちっぽけな存在だけれど、彼の人生に寄り添えたのだから、そのことに感謝をしなければならないのでしょう。
貴方を殺す毒と知ってもなお、私を愛してくれた人。
私は、とても幸せでした。
◇ ◇ ◇
くゆりくゆり、ぽぽぽ。
くゆりくゆり、ぽぽぽ。
幾度も幾度も繰り返す営みは、未だに終止符を打ちません。
私はまた誰かに寄り添い、新しい恋心を育むのです。
何十年、何百年。
いつか壊れるその時まで。
煙管の付喪神は誰かを愛し、愛され続けるのです。
くゆりくゆり、ぽぽぽ。
私の中で燻る快感。
あぁ、なんて気持ちいいのでしょう。
彼が私に口付けを落とす度、私の中で熱いものが込み上がってくる。体の芯からじわじわと熱がせりあがる。
私は彼を愛してる。
彼も私を愛してる。
あぁ、なんて素敵な関係なのでしょう。
――けれど私は一人、この関係が長くは続かないことを知っていたのです。
◇ ◇ ◇
くゆりくゆり、ぽぽぽ。
くゆりくゆり、ぽぽぽ。
「お前がいないと駄目なんだ」
「あら嬉しい」
私は彼の腕の中で微笑んだ。
彼の着物ははだけてしまっている。直してやりたいけれど、私にそんな自由はないから。
こじんまりとしたお座敷には貴方と私の二人だけ。
けぶる煙草が私の姿を形作る。
今だけの夢のひとときを噛み締めるように、私は彼にしなだれかかる。
「ねぇ、教えて。こんな私のどこが好きなのですか?」
私は彼に問いかける。
彼は答えの代わりに口づけをくれた。
ねっとりと絡みつく私を、彼は口いっぱいに頬張って。
私はぽつぽつと生まれる熱に身を委ねる。あぁ、愚問でしたと自嘲した。
私は彼を愛していて、彼も私を愛してる。そこに言葉なんていらないもの。
「私を愛してくれる人。どうか長生きしてくださいね」
彼が落とす長い口づけの合間に、私はそう願う。
叶うことのない願い事を。
彼が私を愛する限り、私が彼の寿命を食べてしまうから。
……本当は、私が彼を愛しても、彼は私を愛しては駄目だったの。
私の恋は、いつも恋人の死で終わる。
私を愛した人は皆、私を置いて死んでいくの。
私はいつも見送る側。
そしてまた、新しい恋をしてしまう。
愛されることに溺れてしまった私の、悲しくて寂しい循環。
◇ ◇ ◇
火皿で灰となった刻み煙草を、カンッと煙草盆の灰吹きの淵で叩いて落とす。その鋭い音に、私の身体はうち震えた。
心なしかいつもより激しい気がするけど、それもまた愛なのかもしれない。私はうっとりと彼を見つめた。
彼の冷えきった手が私を愛撫する。いつの間にか増えた皺と白髪が、私たちの時間を表していた。
お座敷の襖から吹く風を感じながら、私は彼の頭を抱きしめる。あぁ、きっとこの人の時間もあと少しなのでしょう。
「これだけが毎日の楽しみだった」
不意に彼は呟いた。
私はくすりと微笑みかける。
「ご家族にとめられても、私との逢瀬を重ねていましたものね。貴方は酔狂です。そんな貴方が愛しかったのだけれど」
彼は私を見つめる。
私も彼を見つめる。
なんて甘いひとときなのでしょう。
彼がまた、私に口づけを落としてくれる。
私の中に燻る快感が一段と大きくなる。
彼の濃厚な口づけに、体が火照っていく。
彼は老いてしまったけれど、私の肢体はいつまでも若々しい。それは彼が私を愛してくれたから。未だ目映いほどに輝く私に落としてくれる彼の口づけ。昔と変わらない彼の熱情。それがあんまりにも嬉しくて。
久しぶりの口づけは、火照った身体が冷めるまで何度も繰り返された。
やがて彼の気が済むと、私は消え入りそうになりながら、しなだれかかる。
「嬉しい。また貴方が口づけてくれて」
「老骨には少々堪えるがな」
彼は私を愛撫する。
「もう納め時か……」
私は彼の胸の中でその言葉を聞いた。
あぁ……分かっていました。分かっていたことなのです。
何が、と言わなくても分かるの。
私は彼を見上げた。
「……お別れをしないと、いけないのね」
「仕方ない。お前を買うにも金がかかる。それにこの老骨に、これ以上鞭打つわけにもいかんしな」
「そうね。私も、私のせいで貴方が苦しむのを見たくはないから」
彼の寿命も、もう近い。
私が彼の身体を蝕んだから。
これ以上彼を苦しめないためにも、ここで別れるのが正しいことは分かっている。
でも、彼と過ごした数十年。それが私の中を駆け巡って、何とも言えないもどかしさが生まれた。
彼と交わした口づけの数。彼が私を愛撫するそのぬくもり。彼の吐息が私の中をかき乱す快感。
……それらが一瞬の間に私の中を駆け巡る。
大丈夫、何度もこういった想いを繰り返してきた私は、そのやり過ごし方を知っているから。
私は彼のためなら、二度と会えなくてもつらくはない。
思い出を抱いて、生きていけるから。
私は手を伸ばす。
最後、彼の頬に触れた。
「貴方の賢明さに祝福を。さようなら、愛した人」
彼は優しい顔で、私を横たえる。
離れた温もりが名残惜しい。あぁ、貴方の姿さえも、霞がかって見える。
私はとろとろとした闇に微睡んだ。
私は彼の面影を思い浮かべながら、深い、深い眠りにつく。次に目覚める時にはきっと、彼はもういないのでしょう。
きっと再び相見えることはない。それでいい。それが、いい。
私が彼に寄り添っても何も良いことはないから。
彼の宝物になれたことを私は誇りに思います。
ちっぽけな存在だけれど、彼の人生に寄り添えたのだから、そのことに感謝をしなければならないのでしょう。
貴方を殺す毒と知ってもなお、私を愛してくれた人。
私は、とても幸せでした。
◇ ◇ ◇
くゆりくゆり、ぽぽぽ。
くゆりくゆり、ぽぽぽ。
幾度も幾度も繰り返す営みは、未だに終止符を打ちません。
私はまた誰かに寄り添い、新しい恋心を育むのです。
何十年、何百年。
いつか壊れるその時まで。
煙管の付喪神は誰かを愛し、愛され続けるのです。