私は攻撃魔法が得意じゃない。
 どうしてもちゃんと勉強する気にならなかった。

 それは私が優しいから、という理由ではないんだ。優しいならエターナルスリップだって使わないよ。

 ではどうして攻撃魔法を勉強しなかったのかといえば、火焔魔法も氷結魔法も、ちゃちな子供だましにしか思えなかったから。

 私が使える、たった一つの攻撃……いや、純粋な殺しのための魔法に比べたら。

「先にいっておくけど、かなりぐろいよ?」
「大丈夫だよ」

「なにを根拠に……あ、天啓か」
「そそ。打開できるのはユイナだって、ぴーんときた」

 さすがは本物の聖女。
 規格外すぎるね。相変わらず。
 とはいえ、そう簡単な話でもないんだよなぁ。

「フリック! ランブルさん! 魔王を釘付けにできますか! 七秒くらいでかまわないので!」
「無茶を言わないでください!」

 間髪入れずフリックから苦情が返ってきた。
 ですよねー。

 ほとんど一瞬も止まることのない攻防の真っ最中だもんね。

「予にまで聞こえるように言ってどうするのだ?」

 そして魔王ザガリアには笑われた。
 ひどい。

 仕方ないじゃん。
 叫ぶしか情報の伝達のしようがないんだから。

「七秒だな。きっちり決めてくれよ」

 ランブルの言葉は苦情でも嘲笑でもなく、確認だった。
 右手のショートソードを目の前にかざす。

「剣よ示せ導きの道標!」

 発動ワードとともにランブルの青い目が淡く輝いた。
 そのままザガリアに斬りかかる。

 受け止めようとした闇の剣を、まるで読んでいるかのように避けて魔王の身体にヒットした。

「なに!?」

 魔王が目をむく。

 ていうか、私も唖然としてるよ。
 いまのなに?

 ザガリアがこう受けようとしているって判ってなきゃかいくぐれないよね。勘とか経験則とか、そういう次元の話じゃないよ?

 魔王が避けようとした方向にはなぜがランブルが待ち構えていて、魔王が攻撃はなぜか誰もいない場所で空振りする。

 意味がわからない。
 目の前で見ていても。

「未来視……ランブルさんは数秒さきの未来を見てる……」

 かさかさに乾いた声をメイファスが絞り出した。

 未来を見るてあんた……そんなこと……。
 魔法にだってできない。

 そんなことができるマジックアイテムが存在しているのも驚きだけど、身体にかかる負担もすごいんじゃないの?

 じっさいランブルの目からはぽたぽたと血が滴ってる。
 見入っている場合じゃなかった。

 彼が魔王を釘付けにしている間に始末をつけなくては。
 すっと息を吸い、魔術師の杖を魔王に向ける。

 といっても魔王に何か仕掛けるわけじゃない。
 ニセ魔王もそうだったけど、人間が使う魔法の威力じゃ魔王の魔法防御を突破できないんだ。

 だから使うのは、空間そのもの。
 ランブルの意味不明な攻撃と、フリックの堅実無比な攻撃に翻弄され、魔王が足を止めた瞬間に魔法は完成した。




 私の一族は、聖女が使う回復の奇跡を再現するため、生物の身体についてすごくいろいろな研究をしてきた。

 どうして怪我をすると痛いのか、どうして自然に治る傷があるのか、どうして息を止めていたら苦しいのか。

 調べれば調べるほど、聖女の奇跡を完璧に再現することなんて不可能だってことが判っていったんだけどね。
 あれは本当に神の御業だ。

「だけど、一本の麦すらも収穫できなかったわけじゃないんだ」

 魔王が力場(フィールド)に包まれる。
 なにをする気だ、と、いう表情。

 その疑問にはすぐに解答が与えられた。
 力場の中の空気がなくなっていったから。
 苦悶する間もない。

 一瞬の出来事だ。
 力場の中、みるみる魔王の身体が膨らみ、そして破裂した。

 こちらには音も聞こえずに。

 悪夢に出てくるような光景だが、じつは理屈としてはまったく難しくもなんともない。

「力場の空気が減っていけば、まあ息が苦しくなるよね」

 でもそれだけじゃない。
 空気が薄くなって高山病みたいな感じになる。そして気圧も下がるんだからどんどん沸点は低下していく。
 自分の体温で血が沸騰するくらいにね。

 そして完全に空気がなくなってしまうと、生き物は自分の身体の持っている内圧に耐えきれずに破裂するんだ。

 逆にいえば、私たちは常に外側から圧迫されてるってわけ。

 ちなみに力場の中は空気がないから、音も聞こえない。
 音は空気が震えて伝わるんだってことも、研究で判ったんだよね。

「すご……魔王が破裂するとか……」
「スプリッツァー。はじけるからね」

 呟いたメイファスに私は肩をすくめ、力場を開放する。
 これ注意しないと空気の渦が発生したりして大変なことになるんだ。

「……うちに代々伝わってるこの剣も頭おかしいけど、アンタの魔法もかなりおかしいな……元聖女さん」

 どっかりと座り込んだランブルが手ぬぐいで顔を拭きながら言った。
 苦笑交じりなのは魔王を倒したという安心感からだろう。
 破裂しておしまい、なんてのは想像の外側だろうけどね。

「まったくだ。予も驚いた」

 死体がしゃべった!?
 意味がわからん!

 破裂した魔王の死体が起き上がり、あまりの事態に立ち上がることもできなかったランブルの身体に黒い剣を突き刺した。

 これは避けられるわけがない。
 がはっと血を吐いて、赤毛の冒険者が地面に倒れる。

「まさか……スプリッツァーで死なない生き物が……?」
「いや、死んだよ。しかし魔王たる予が、死んだくらいで滅ぶと思ってもらっては困るな」

 血まみれの肉塊だったはずの身体が、みるみる再生していった。