ふうわりと地上に降り立つ魔王。

 対峙するのは六人。
 私、メイファス、フリック、ランブル、マクス、ハンナだ。

「魔王!」
「殺してやる!」 

 まず飛び出したのがマクスとハンナだが、これはいかにも無謀である。
 魔法と連携せずに戦えるような相手ではない。

 そして私は、詠唱どころかどの魔法を使うかの選択すらしていないのだ。
 怒りと憎しみ、そして恐怖が二人から冷静な判断力を奪ってしまったのだろう。

「ダメだ! 下がれ!」

 ランブルの制止も間に合わず、槍を構えてつっこんでいった二人は、その勢いに倍する速度で弾き飛ばされた。

 なにをされたのか判らない。
 ただとにかく弾き飛ばされた。十メートル以上も。

 子供が投げ捨てた人形のように、おかしな姿勢のまま三度四度と地面にバウンドして止まる。

 ハンナの方はぴくりとも動かない。
 生きているのか死んでいるのかすら判らない。

 マクスは起き上がろうともがいているが、腕や足が曲がってはいけない方向に曲がってしまっている。

「いま回復を!」
「不要!!」

 駆け寄ろうとしたメイファスを、とうのマクスが鋭く制止した。
 言葉とともに口から血が溢れる。

「聖女様は魔王に集中を!」

 自分たちのことなど捨て置け、と。

 激語である。
 そして同時に正しい判断でもある。

 十メートル以上も離れた場所に駆けていくというのは、戦力が完全に二分されてしまうという意味だ。

 聖女のいなくなった私たち三人を、魔王はまず血祭りに上げるだろう。
 そのあと、前衛を失ったメイファスを簡単に料理しておしまい。
 まさに必敗の方程式だ。

 私たち人間側は常に一団となって動かなくては、ほんのわずかな勝算すらつかめない。
 ぎり、と奥歯をかみしめながら、メイファスはザガリアに視線を戻した。

「助けにいかぬか。なるほど今世の聖女はクレバーだ」

 秀麗な顔を皮肉げにゆがめる。
 こいつ……メイファスが助けに行くとふんで、マクスとハンナを即死させなかったのか。
 計算高いやつ。

 なら、それを利用して時間を稼げないかな。
 
「……どうして魔王が本陣(こっち)にきたの? あなたがいなくなったら魔王軍は負けちゃうわよ」
「そうだな。なるべくはやく汝らを始末して本隊に合流するとしよう」

 煽ってやったら、笑って返された。
 毛ほども動揺しなかった。

 舌先三寸で揺さぶれる相手じゃないってことか。
 判ってはいたけどね。

「けどよ! 俺たちにしてみれば! 頭を潰せる絶好のチャンスってわけだ!」

 ぎゅんと加速してランブルが襲いかかる。
 両手に輝く魔法剣。

 とくに右手に持ってる剣の輝きが強い。
 さぞ名前のある剣なんだろうなぁ。ものすごく古そうだし。

 そしてその影を縫うようにしてフリックも魔王に迫る。
 二人だけど剣は四本。

 右から左から、前から後ろから。
 トリッキーな動きでザガリアを翻弄する。

 二人とも技とスピードが売りのライトファイターだがら、魔王とはいえそうそう簡単にクリーンヒットは与えられない。
 もちろん私の魔法支援もあるしね!

 二人のブーツの裏の摩擦力をあげて、地面をしっかりグリップできるようにしてるんだ。
 ずるっと足が滑ったりしないように。

 本当は身体にかかる空気抵抗を減らして、風のような軽やかな動きにしてあげたいんだけど、さすがに二人分のコントロールは無理があるから。

「やるな。小僧ども」

 じつにおもしろそうに魔王が笑う。
 フリックの攻撃もランブルの攻撃もけっこう当たってるんだよ。
 だけど、ぜんぜんダメージを与えていない感じなんだ。

「つーか、全然効いてないぜって顔で言われてもな」

 ランブルが毒づく。

「そうでもない。蜂が刺した程度には効いている。顔に出さぬようにしているだけだ。そういうものだろう? 人の仔らよ」
「魔王に戦士の心得を語られるとは、最低の気分ですね」

 嫌な顔をするフリックだった。
 たしかに前にいってたな、それ。

 どんなに痛くても、苦しくても、あるいは勝てないかもって思ったとしても、絶対に顔に出しちゃいけないって。
 最後の最後まで、お前の攻撃なんか効いてないぜって態度でいることが大事なんだってさ。

「けっ! それでも蜂が刺した程度ってか。煽りやがるぜ!」
「煽り合いこそ、喧嘩の醍醐味であろう?」

 黒髪の魔王もつ漆黒のロングソードと赤髪の冒険者が振るう白銀のショートソード。
 幾度もぶつかって、魔力が過負荷の火花を散らす。

 人数の上なら二対一、武器の数なら四対一なのだが、戦況は互角にすらほど遠い。
 私の支援魔法と、メイファスの神衣の奇跡があってなお、魔王の力というのは圧倒的だった。

 現状、善戦から苦戦へと転がり落ちる切り立った崖の上に、かろうじて立っているような感じである。
 厳しい。

 戦闘開始から五分。
 フリックもランブルも息が上がり始めているのに対して、魔王は涼しい顔だ。

 たとえ演技だとしても、こちらはもう演技する余裕がなくなってきたということである。
 どんだけ無限の体力があるんだよ。

「メイ。ホーリーサンダーで支援は?」
「無理。あんなに速く動き回られたら狙えないよ」

「動きを止めたら狙える?」
「当たってもホーリーサンダーじゃ致命傷にならないし」

 メイファスが首を振る。
 ニセ魔王ですらホーリーサンダーが三発も直撃してるのに生きていたのだ。

「ユイナはなにか攻撃魔法とか使えないの?」
「あることはあるけど……」

「それやってみようよ!」
「えええぇぇぇ……」

 簡単に言うメイファスに、私は渋い顔をした。
 出し惜しみじゃないよ?