ルマイトの人たちとの交渉は長時間には及ばなかった。
二言三言しゃべっただけ、という感じである。
というのも、私たちは私たちで先を急いでるし、彼らは彼らで仕事中だったからだ。
街道を整備してくれてるんだってさ。
ありがたい話だよね。
「気持ちの良い連中でしたね」
「だねー。気風が良くて明るくて。名残惜しかったよ」
馬車の手綱を操りながら言ったフリックに私は答える。
むこうの騎士団もいい人たちだったけど、それ以上にアショロ組と名乗った作業員たちだ。
侠気っていうのかな。
騎士たちの礼儀正しさとは違うんだけど、ぴーんと一本筋が通ってる感じ。
よかったら一緒にきませんか? という言葉を、なんとかぎりぎり飲み込んだものだよ。
「それに、良いヒントももらえたし」
「なんのヒントですか? お嬢様」
「まだ内緒だよ。こういうのはもったいぶった方がありがたみが出るからね」
「時がくれば判ります、ですか。でもお嬢様、公開されていない予言に価値はありませんよ?」
なかなか辛辣なことを言うフリックだった。
真相が判った後で、じつは最初から判っていたんだよなんて主張したところで笑いものになるだけである。
あらかじめ周知しておかないと予言にならない。
ただまあ、今の段階で私の考えを口にするのはまずかったりするんだ。
不幸の予言なんて、誰にも歓迎されないしね。
だからダンブリンも、何も言わないんじゃないかな。
さらに二十五日ほどの旅を続け、私たち一行は聖都イングウェイの近くまで進んだ。
「予想していたなかで、下から四番目くらいに悪そうな状況だね」
どんよりと沈んだ雰囲気を漂わせる巨大な城壁を遠望し、ダンブリンがため息をつく。
「ちなみに、一番下ってなんですか?」
質問した私に苦笑を返してくれた。
「決まっているさ。到着したときにはすでに聖都がなくなっていたってパターンだね」
「魔王軍の攻撃で? それともべつの要因で?」
「ユイナール嬢も、そっちの可能性に気づいていたか」
「事後処理しだいでどう転ぶかわかりませんから。マーチス左大臣がいるんだから、そうひどい状況にはならないと思いますけど」
メイファスがやらかしてしまった貧民たちへの過度な援助の後始末である。
失敗すると内乱になるんだよね。
マーチス大臣の手腕があれば、さすがにそこまでの事態には陥らないと思うよ? 思うけど、私たちはメイファスが事実上の追放になった後の情報はもっていないのである。
宿場で道々あつめた情報なんて、噂話の域を出ないし。
ただまあ、私が聖都を出発したときと比較したら悪くなってる気がするよね。
城門を通る商人の数もあきらかに激減してるもの。
聖都に元気がない証拠だ。
周辺諸国で最大の都会であるイングウェイには、そりゃもう人も物もあつまるんだ。
そしていろんな地方へと散っていく。
本来であればね。
「内乱にはならなかったけど、民草の生活には大きな爪痕が残ってしまった。そんなところかな?」
「……ごめんなさい」
メイファスが小さくなっている。
彼女は失敗したけど、その責任を十四歳の女の子にすべて負わせるってのは大人のやることじゃない。
むしろ、若者が失敗するのは当たり前。
知識も経験も足りないんだから。
うまくフォローできなかった周囲が悪い。
「大丈夫大丈夫。後輩聖女のケツは、先輩の私がちゃんと持つから」
ぼふんぼふんと金髪を撫でてやりながら、私は笑ってみせた。
「ほんとユイナってケツの穴が大きいよね。あたし最初あんなに嫌な態度とったのに」
「聞こえてますよ! 女性がケツとか言わない!」
御者台からフリックがどなる。
怒りんぼさんだ。
あるいは、けつの穴が小さいのかな?
きししし。
なんと、マーチスは引退したらしい。
彼の地位をついだのはハルセムって人。私は面識がなかったんだけど、参議の一人だったらしい。
「マーチス卿のことを、権力を恣にして国政を壟断する悪の巨魁だと思っていたんだ」
聖都帰還の挨拶と、今後の対策を協議するために対面したハルセムはダンブリンやジョンズと同年配で、貴族的な容貌をも持つ人物だった。
「まあ、その評価でだいたい合ってる思いますけどね」
私はくすくす笑う。
国王陛下ですら気を遣わないといけないほどの権力を持っていたわけだからね。
巨魁って表現でそんなに言いすぎじゃないだろうさ。
ただ、権力者と悪党ってのは必ずしも等号で結ばれないんだ。ついつい庶民は結びたくなってしまうけれど。
「だが今は尊敬しているし感謝もしている。ぎりぎりで国を救ってくれたどころか、君たちのような人材をスポイルさせずに、ちゃんと確保してくれていた。かかる事態を予測していたのかと、空恐ろしくなるほどだ」
増長した貧民たちに冷や水をぶっかけ、増税も取りやめにして、内乱の発生を未然に防いだ。
魔王復活に備え、英傑のダンブリンや万夫不当の騎士たちを集めておいた。
未熟な聖女を教育するために、前聖女も辞めさせるのではなく文官として席を確保した。
なんという政治的手腕か。
夢見る乙女みたいな表情のハルセム。
「錯覚ですって。早く目を醒ました方が良いですよ」
べた褒めすぎるから、マーチスに代わって謙遜しておく。
照れるだろうからね。
「なんでユイナールが謙遜するんだよ。おかしいだろ」
たまりかねたようにハルセムが吹き出した。