コロナドに馬車は二両しかない。
 私が乗ってきたやつと、メイファスが乗ってきたものだ。
 しかも私のなんて一頭引きだから、移動速度は徒歩と変わらないし。

「ていうか騎士団なのに馬がいないっておかしいじゃん」
「魔物との戦いだからねぇ。お馬さんなんて怯えて使い物にならないよ」

 とはブラインの言葉である。

 結局、二頭立ての馬車には比較的体力のない私とメイファス、そしてダンブリンが乗って、フリックが御者を務める。
 一頭立ての方は荷馬車の扱いだ。

 最も近い宿場まで二日の距離なので、その間の食料だのなんだのが積み込まれる。
 ぶっちゃけ最低限だね。

 できる限り身軽にして速度を上げる感じ。
 だから移動は基本的に駆け足だ。

「進発してください」

 メイファスが号令をかけ、強行軍がスタートする。
 普通に移動すれば聖都イングウェイまでは三十日くらいかかるが、可能な限り短縮する予定だ。

「半分くらいに?」
「それ、聖都に誰もたどり着けないから」

 みんなを鼓舞するために立っていた御者台から、よいしょとキャビンに戻ってきたメイファスが訊ねた。
 対する私は苦笑である。

 ずっと走らせておくなんてできるわけがない。へばっちゃうからね。

 半分に短縮なんていったら馬で早駆けとか、そんな感じ。
 全員に行き渡るだけの馬があって、途中で替え馬も用意されている、くらいの条件が必要になるだろう。

 まあ、その条件がそろっても、私には乗馬技能なんかないからフリックの前輪に乗せてもらわないといけないんだけど。

「じゃあ、エターナルスリップを地面にかけて、みんなで滑るとか。すごい早そう」
「死んじゃうでしょ? おもに私が」

 ちゃんとまっすぐ滑るように調節して、それを五十人分だよ?
 どんだけ細かいコントロールになるんだよ。

 そんなん、できても数秒だぞ。
 ニセ魔王と戦ったときだって、頭の血管切れるかと思ったんだから。

「魔法を使うと疲れるんだっけ? なんか不便だね」
「他の魔法使いの前でいうなよ? 吊されるぞ」

 笑止千万なことを言うメイファスにジト目を向けてやった。
 ほんとにこの聖女、どうしてくれようかしら。

 聖女の力は万能で、しかも無限だ。
 魔王軍の幹部を一撃で消し炭に変えたホーリーサンダーを制限なしで何発でもうてるし、失った手足を復元するなんて芸当までできてしまう。

 私たちが使う魔法とはレベルが違いすぎて笑っちゃうよね。





 コロナドから最も近い城市はパルコダテの街である。
 近いっていっても二日も離れてるんだけどね。

 それなりの規模の街で、オルライト王国じゃなくてルマイト王国に所属している。
 このあたりの国境はものすごく入り組んでいるのだ。

 奪い合いというか、押し付け合いの結果としてね。

「フクザツなんだね」
「そーでもないよ。子分や手下を盾に使うチンピラと一緒だもん」
「なるほど!」

 私のざっくりとした説明に、ぽんとメイファスが手を拍った。
 得心いったという表情で。

 出発して二日目、明日にはパルコダテに到着できるだろうから、事前情報をメイファスに教えている最中である。
 なにしろ行きでは、なーんにも教わらなかったらしいからね。

 お飾りだからというより、知識階級の人々があきらかに距離を取っていたからだ。
 民たちは慕うだけで、何か教えてくれるわけじゃないしね。

 もちろん本当はそれじゃダメだよ。
 聖女はたしかに偶像的な存在だけど、だから何にも知らなくて良いって話にはならないのだ。

 なので私が先生役で、メイファスに様々なことを教えている。

「お嬢様……」
「わかりやすくはあるけどね」

 フリックはこめかみのあたりを指で押さえ、ダンブリンは苦笑している。

 いやいや、わかりやすいって大事だよ?
 難しいことを難しく説明したって、誰にも理解できないんだから。
 簡単に、要点を押さえて伝えるってのが重要なの。

 魔の森に近い地域なんか、どこの国だって支配したくない。
 でも、オルライトは宗主国として先頭に立たないといけない立場だから、コロナドの地に要害を築き、全人類の砦としたわけだ。

 あれが要害かどうかってのはおくとしても、それが親分の務めってやつね。
 で、親分だけがんばらせるわけにはいかないってのが、人の世なわけですよ。

 オルライト王国に従属するルマイト王国とかダリルト王国とか、コモ王朝とかだってがんばらないといけないわけさ。
 ボク知らないもーん、なんて態度をとれるわけがないよね。

 なのでコロナドのすぐ南はルマイトの領土なんだ。で、いくつかの町や村を挟んでまたオルライト王国の領土になる。

「ゆーて、ルマイトとしては真剣に守るつもりはないだろうけどね。魔王軍が押し寄せてきたら、とっとと退避すると思う」
「義理立てってやつね。わかるわかる」

 うむうむと頷くメイファス。
 スラムのチンピラたちにも派閥があって、抗争したり仲直りしているんだそうだ。
 人間社会なんて、どこでも一緒だよねぇ。

「いいえお嬢様。ルマイトの人々は、お嬢様よりずっと律儀なようですよ。前方に戦氣を感じます」

 私とメイファスに向かって、フリックが右手を挙げる。

 戦氣というのは、簡単にいうと戦の気配。
 軍と軍が戦っているときの独特の雰囲気だ。
 そしてこんな場所で、人間の軍隊同士が戦っているわけがない。