「エターナルスリップ!」

 咄嗟に使っちゃった。
 だって、防御も回避もできるようなスピードじゃなかったし。

 大地を蹴る魔王の足がつるんと滑り、ぎょっとして踏ん張ろうとした足もつるんと滑り、なすすべもなく顔面から地面にダイブする魔王。

「へぶ!?」

 たぶんダメージはゼロだと思うけど。

「ぐ、なんだこれは!?」

 大地の上で魔王が藻掻く。
 両足の靴の裏にエターナルスリップがかかっているせいで、立ち上がることができないのだ。

「……うん。意味が判らないよね」

 それをメイファスが同情の目で見ている。
 なんであんたは魔王に同情してんだよ。
 さっさと攻撃しなさいって。

 なんかわかんないけどチャンスっぽいんだから。

「メイ!」
「わかってる! ホーリーサンダー!!」
「ぐぁぁぁぁぁぁ!!!」

 聖なる雷が降り注ぎ、魔王が絶叫をあげる。
 けど、ガラゴスみたいに消滅はしない。
 雷光が消えても、まだまだ健在だった。
 まあ、それなりにダメージは受けてるだろうけど。

「小娘……」

 あれ?
 なんか私を睨んでるぞ。

「俺に人間の魔法が通じないと知って、靴に魔法をかけたか……」

 靴を脱ぎ捨て、裸足で立ち上がる魔王。

 え? そうなん?
 私たちの魔法って魔王には通用しないの?
 初耳なんだけど。

 けど、良いこときいた。
 魔王本体に私たちの魔法は通じない。だからこそ聖女なり勇者なりが存在するってことなんだね。

「エターナルスリップ!」
「俺に魔法はぐわっ!?」

 ふたたびすてーんと魔王が転んじゃった。

「ホーリーサンダー!」
「あがぁぁぁぁぁぁっ!」

 すかさずメイファスの雷が降り注ぐ。
 絶妙なコンビプレイだ。

 ようするに魔王に魔法が効かないなら、べつのものにかければ良いだけ。
 この場合は地面ね。
 なにも馬鹿正直に相手を狙うことだけが攻撃じゃないんだよ。

「く! この!」

 魔王の身体がふわりと浮き上がる。
 飛行魔法か。

「ふざけるなよ……きさまら……」

 怒ってる怒ってる。

「このアァルトゥイエをここまでコケにしやがって……」
「あ、そういう名前なんだ」

 ぼそっと呟いた私の声が聞こえたのか、魔王のこめかみに青筋が立った。
 いやあ、煽ったつもりはないんですよ?

「ユイナって、人を怒らせる天才だよね」
「ええ。すごいですよお嬢様は。社交界の貴婦人たちを、ことごとく敵に回してましたから」
「うっわ」

「天然の毒舌で」
「うっわ」

 こらそこ、聞こえてんぞ。
 ケンカなら買うぞこんちくしょう。
 とはいえ、空を飛ばれるとエターナルスリップは使いづらいな。

「ラクに死ねると思うなよ!」

 ぎゅんと加速して斬りかかってくる。
 ピンポイントに私狙いかよ!
 でも、そういうことなら!

火だるまで踊れ(ファイアーダンス)
「これ……は……ぐあああああ!?」

 魔王の身体にぼわっと火がついた。
 じつはこれも摩擦力に干渉した魔法だ。エターナルスリップは摩擦力を極端に下げる魔法で、ファイアーダンスは反対に極端に上げる魔法である。

 んっと、マッチを想像してもらうと判りやすいかな。
 あれは先端の着火剤に摩擦で火をつけてるんだ。

 で、べつに着火剤でなくても着火することはするのよ。摩擦熱ってけっこう高いからね。
 ただ、ここまで景気よく火がついたのは、魔王の突進力がそれだけすごかったってことなんだけどね。

「ホーリーサンダー!」

 そして、本日三度目の雷が魔王に降り注いだ。




「……てめえら……」

 けっこうぼろぼろになりながら、ふたたび魔王が浮き上がった。
 いま彼がいる場所にエターナルスリップはかかってないんだけど、よほど警戒しているようである。

「ホーリーサンダーじゃあ、やっぱり決め手にはならないみたい」

 そしてメイファスも悔しそうだ。
 仕方ないんだけどね。聖女の真骨頂は攻撃じゃないから。

 とはいえ、四魔将だか四天王だかを一撃で倒すホーリーサンダーを三発も喰らって、まだ消滅しない魔王もタフすぎる。

「直接攻撃で神の力をたたき込まないと」
「無茶いいなさんな」

 思わず突っ込んじゃう。
 魔王と接近戦なんて誰ができるって話だよ。
 距離をおいて戦っていても綱渡りなのに。

「仕方ありません。僕がやりますよ」

 ため息とともにフリックが申し出る。

「ちょ!?」
「アイザック卿もブライン卿も手一杯ですしね」

 反論しかける私に右手を挙げて制する。本当に仕方なさそうな笑顔を浮かべて。
 あー、ダメだ。
 この笑みのときは、もう決心固めちゃってるんだよね。

「ただ、僕の剣で魔王にダメージを与えられるとは思えませんが」
「大丈夫」

 そう言ったメイファスが、ぎゅっとフリックに抱きついた。
 うぉい!
 このクソアマ、なにすんねん!

「大切な人を守る力を、あなたに」

 フリックの両手に光が収束し、剣の形になった。
 普段から使っている二振りのショートソードのように。

「だよね。フリックさんの力はいつだってユイナを守るため、だから現れるのは、邪悪を打ち倒す勇者の剣じゃないだろうって思ってた」

 くすりとメイファスが笑った。

「……そうですね。魔王を倒す勇者より、僕はお嬢様の守護者(ガーディアン)でありたいと思ってますから」

 はにかんだような笑いのフリックである。

「愛ゆえに、だね」

 メイファスの言葉には応えず、フリックは駆け出す。
 一直線に、魔王へ向かって。