本番はこれからだ。

 コロナド軍の損害は、死者こそ出なかったものの負傷者が十名である。普通であれば継戦不可能なほどの重傷だったものもいたが、聖女メイファスの力でみんな元気一杯だ。

 不死の軍団だね、と、ブラインは笑っていたが、癒やしの奇跡って本当に桁違い。
 私が扱う回復魔法なんて、比べたら子供だましも良いところだよ。

「強行軍でゲートを潰す! 苦しいとは思うが、皆ついてきてくれ!!」
『おおおおおお!!』

 アイザックの檄に、つわものどもが腕を振り上げる。
 騎士十三名、志願兵三十二名、そして私とメイファスとフリックの、合計四十八名の突撃隊だ。
 一気呵成に森を駆ける。

灯火(ライティング)! 灯火(ライティング)! 灯火(ライティング)!!」

 私は間断なく光源魔法を打ち上げていた。
 敵にこっちの場所を報せることになるから、ここまでは使ってなかったけど、もう襲撃されちゃったからね。
 それなら明るい方が行軍しやすいし、戦いやすいもの。

「お嬢様。魔法を使いすぎては」
「大丈夫だよ、フリック」

 差し出された魔力の回復剤を飲み干し、私は微笑を返した。
 消費の小さい灯火の魔法だし、いまは精神が高揚してるからね。
 たぶん限界なんか無視して魔法を使える。
 まーあ、あとから寝込むかもだけど!

「魔力って減るモノなの?」

 こてんとメイファスが首をかしげる。
 けっ!
 これだから本物は!

 あんたの奇跡は使い放題だから、節約する必要なんかないだろうさ!
 なんぼでも使えるもの!

 とんでもない威力の魔法(奇跡)を回数制限なしで使えるとか、世の魔法使いがみたら、涎を垂らして羨ましがるんだからね。

「くそう。私だって、無限にエターナルスリップを使ってみてえ」
「それは迷惑だからやめれ」

 聖女様に半眼を向けられました。
 私に転ばされたこと、根に持ってるっぽい。

「ちょっとしたイタズラじゃん。いつまでも引っ張るとか、けつの穴の小さい女ねー」
「わけもわからず転ばされて、何をどうやっても立てない恐怖と屈辱がユイナに判る? 尻穴の大小は関係ないからね」
「うら若き女性が尻だのケツだの言い合うのはどういうものかと……」

 睨み合う私とメイファスに、フリックが頭を抱えた。
 気苦労が二倍だとか、ぼそぼそ言いながら。




 森の中を突き進むこと三時間ほど。
 突然、視界が開けた。

 広場のような場所。中心部には巨大な門のようなものが鎮座している。
 説明されるまでもなく、あれが次元門なのだろう。
 強い魔力も感じるし。

 これを破壊すれば良いんだけど、そう簡単にはいきそうにない。
 私の打ち上げた光源魔法に照らされ、敵が陣取っているから。

 数は五十ほどで、こちらとほぼ拮抗する。
 けど、先頭近くにいる男から感じる重圧(プレッシャー)は、さきほどのガラゴスの比じゃない。

「……たぶん魔王だよ。判る」

 メイファスの声は乾いてひび割れていた。

「侵攻を開始した初日に聖女が現れるとはな。クソ仕様にもほどがあるというものだろう」

 魔王は唇を歪め、なにかに文句を言っている。
 意味不明すぎるなあ。

「ホーリーサンダー!!」

 メイファスの声が響き、聖なる雷が降り注ぐ。
 いきなり先制攻撃とは、こいつもなかなかに意味不明だ。

 魔王は飛び退きざまに周囲を固めていたモンスターを蹴り飛ばす。今まで自分がいた場所に。
 竜の頭をした魔人が、一瞬で消し炭になった。

 平然と身代わりにしたのである。一瞬、棒立ちになってしまう魔王軍。
 その隙を見逃すほどうちの騎士団長は甘くなかった。

「戦闘開始!」

 アイザックの号令一下、月影騎士団が突進する。
 万夫不当の猛者たちだ。

 相手がキマイラだろうがサイクロプスだろうが単身で戦えちゃうのである。一気に押し込む。

 その勢いをかって、志願兵たちも手近にいる魔物を攻撃し始めた。
 彼らは騎士団に比較したら二十段階くらい戦闘力で劣る。それでもコロナドにきて以来、ずっと戦闘経験を積んできたわけだから、一般的な兵士なんかよりは圧倒的に強い。

 しかも数的優位を崩さないよう徹底的にたたき込まれてるんだ。
 たとえばオーガーは強いけど、志願兵が三人で戦えば無傷で勝てる。
 そういう計算である。

 ただ、そういう戦い方だとどうしても穴ができてしまうから、そこを月影騎士団がカバーするわけだ。
 騎士団が倒しきれない部分を志願兵がやっつける、志願兵の手に余る部分を騎士団がやっつける。

 互いにフォローし合って、みるみるうちにモンスターは数が減っていく。
 しかし魔王は自軍の損害を気にも止めていないようだ。

 その瞳が映すのはメイファスのみ。
 そしてメイファスの目にも、魔王しか映っていない。
 なんというか、天敵同士とかそういう感じ。

 魔王に狙われている、と、気づいた志願兵数人がメイファスを守ろうと動く。

「こないで! 人間が勝てる相手じゃない!」

 しかし鋭く制止したのは、とうのメイファスだった。

 ほんの一瞬、魔王から注意が逸れる。
 それは、たぶん砂時計から落ちる砂粒が数えられるほどの時間だったろう。

 だが魔王にとっては充分すぎる時間だ。
 黒く禍々しい剣が、メイファスの眼前に迫る。