だいたい一日平均で三回くらいの襲撃がある。
 それがもう二ヶ月に及んでいるのだ。
 すごくストレスがたまるし、普通だったら精神的に参ってしまっても仕方がない。

 けど、うちのひまひま騎士団はあらゆる意味で普通ではなかった。
 むしろ頭おかしかった。
 モンスターの襲撃なんて楽しんじゃってます。

「ここの暮らしは退屈だからね。多少の刺激はむしろありがたいほどさ」

 とは、副長のブラインのセリフである。

 オーガーやケルベロスを撃退するのって暇つぶしらしいよ!
 やだ……この人たち頭おかしい……。

 ともあれ、犠牲者は一人も出ていないのはたしかだし、森を出たところで倒しちゃうから、コロナドの町っていうか砦っていうか、そこにも損害も出ていない。

「ちなみに、撃破数(スコア)はともかくとして、アシスト数はユイナちゃんが一番多いんだから、最も頭おかしいのはきみってことになるね」
「そんなばかな」

 私はあまり攻撃魔法が得手ではないため、もっぱら支援に徹している。
 なかでも「エターナルスリップ」の魔法は、すごく騎士たちの助けになっていると思う。

 ついたあだ名が、滑りの達人。

 不名誉極まりない! それではまるで私のジョークがつまらないみたいじゃないか!

「なんと……自覚がないのか……」
「それはどういう意味ですか! ブラインさん!」

「書状を送ってから二ヶ月。そろそろ動きがあっても良さそうな頃合いですよね」
「ああ。なんらかのかたちで返信はあるだろう」

 いがみあう私とブラインを横目に、フリットとアイザックが話している。
 ひどい。私の従者なのに。

 とにかく、聖都とコロナドの間には三十日分もの距離があるため、連絡すら不便なのだ。
 往復で二ヶ月だもの。

 しかも送った書簡が届いたって、それですぐなにかできるわけじゃない。
 マーチス大臣が読んで、その内容を閣議にかけて聖都としてなにをするのか決めるって感じだ。

 援兵を送るのか、まずは資金や物資を送るのか、それともコロナドを捨てて退去しろって命令するのか。
 あるいはもっと悠長に、調査団を派遣するってことになるかもしれない。

 いずれにしても、さっきフリックが言ったそろそろ動きがあるかもっていうのは、最短の数字で考えたものだ。
 半年くらいも放置される、なんていう可能性だってないわけじゃないのである。

「さすがに魔王復活に触れてるのに、放置プレイはないと思うけれどね」

 ダンブリンがやってきた。
 一人で執務室にいるのに飽きたらしい。
 寂しがり屋なんだから。

「ちなみにユイナールくんは文官なのだから、執務室にいないとダメなんだよ? 念のために言っておくと」

「そいつを言ったらおしまいですよ。お代官様」

 私が変なポーズを決めると、ダンブリンは大げさなため息を吐いた。
 初めて会ったときは楚々としていかにも聖女という感じだったのに、とか嘆いている。

「だいたいの人はお嬢様に対して最初はそういう印象を抱きます。そこから化けの皮が剥がれるまで、平均して四日くらいですね」

 フリックが笑った。
 四日なんてひどい。
 一週間くらいなら猫をかぶり続ける自信があるぞ。

「こんな気さくな女性だったというのは、嬉しい誤算ですよ、ダンブリ卿。いかにも聖女然とされていたら、皆の息が詰まってしまう」

 アイザックの言葉に、ブラインが熱心に頷いた。
 コロナドには私の味方がいない。
 ひどい職場である。



「ワイバーンだ!」

 警鐘とともに叫びが聞こえる。
 私は杖を右手に詰め所を飛び出す。聖女の錫杖から持ち替えて違和感があったのも最初のうちだけ。今はもうすっかり手に馴染んでいる相棒だ。

「お嬢様! どうするつもりです? 飛行系ですよ」

 半歩遅れて走るフリックが訊ねる。

 空を飛んでいる相手と戦うのは骨が折れる。なにしろ剣や槍が届く間合いじゃないから。

 となれば当然、弓矢か魔法での攻撃ということになるのだが、これがけっこう当たらないのだ。
 ワイバーンの速度というのはかなりのものだから、弓なり軌道の矢や弾速の遅い魔法なんかは簡単に回避されてしまう。

「地上に引きずりおろすか、空中で倒してしまうか。フリックはどっちが好み?」
「好みの問題なんですか?」
「あるいは今後の戦闘を考えた場合、どっちが良いかな」

 言い方を変える。
 私の魔法なら、どちらも選択できる。けど、どちらがより騎士団のためになるか、軍略に明るくない私には判らないのだ。

「そういうことなら後者ですね」
「ちなみにどうして?」
「地上で倒した場合、結局は地上戦に持ち込まないと勝てないって結果が残りますからね」

 地上に落とされなければ安全と思われるより、空中だって危険なのだと思われた方が良い。
 敵にとっての安全地帯は、一つでも二つでも潰した方が選択肢の幅を狭めることができるんだそうだ。

 私は頷き、騎士団と合流する。
 もうすでにほとんどの騎士が弓を構えていた。

「エターナルスリップを矢にかけますから、この輪を通って飛ぶようにワイバーンを射てください」

 そう言って私は、杖の先に力場を作って高々と上に掲げる。
 けど、私の身長じゃやっぱり低いかな。

「フリック。肩車して」
「判りました」

 ぐーんと持ち上がる。
 怖! ちょっと怖い!
 大人になってからの肩車は怖かった! やんなきゃ良かった!