「どうして魔物が活性化するんだい? そこが判らないよ」

 半ば挙手するようにしてブラインが訊ねる。
 私がコロナドにきたのが原因でないなら、原因は他にあるはずなのだ。魔物が活発になり、聖女が登場した原因が。

「たぶんですけど、魔王が復活したんじゃないかなーと」

「…………」
 ダンブリンは無言だった。

「…………」
 アイザックも無言だった。

「…………」
 ブラインも無言だった。

「すみません。うちのお嬢様が、本当に申し訳ありません」

 フリックがぺこぺこと頭を下げる。
 いや、あんた従者なんだから口開いたらダメじゃん。私の背後に立っていても、人数には数えられないし発言権もない。そういう立ち位置じゃん。

「ちょっとフリック……」
「お嬢様もちゃんと謝ってください!」

 叱られた。
 私、主人なのに叱られた。
 この扱いよ。

「ええと、ごめんなさい」
「ダメでしょ。人前で魔王とかの話をしたら」

 お母さんですか?
 いや、私のママはこんなに口うるさくなかった。
 フリックが叱ってくれるから、ママはラクで良いわっていっつも言ってたもん。

「ちょっとフリック。私もう十七歳なんだよ。子供扱いしないでよ」
「いいから。ちゃんと謝って。会議に集中して」

「うおっほん!」

 ぼそぼそと会話する私たちの間に、ダンブリンがものすごくわざとらしい咳払いで入り込んできた。

「とても楽しい寸劇で、いつまでも眺めていたいのだが」

 視線を転じれば、アイザックとブラインも下を向いて小刻みに肩をふるわせている。
 笑いをこらえているのが丸わかりだ。

 もう!
 フリックのせいで笑われちゃったじゃん!

「魔王というのはあの魔王かね? ユイナールくん」
「はい。魔王ザガリアですね」

 四百年前に封印された魔王ザガリア。勇者や聖女が戦い打ち倒したが滅ぼすには至らず、封印するにとどまった。

 そして、いずれ封印は解ける。
 人々は備えなくてはいけない。
 多くの人々が子供の頃から寝物語に聞かされて育っている。

 まあ、この国に聖女がずっと存在しているのも、そのときのためっていう名目だしね。
 魔王封印のあとに姿を消しちゃって、代々受け継がれてきたのはニセモノの聖女だけど。

「つまり魔王が復活したから、聖女の代替わりがおこなわれた、と」
「たしかに急ではあったし、そもそもユイナール嬢は引退するという年齢でもないな」

 ダンブリンのセリフを引き継ぎ、アイザックが腕を組んだ。

 世間様に対して、本物が現れたからニセモノはお役御免になった、という説明はされていない。
 聖女の代替わりは今まで幾度もあったから、今回だって同様であるとなーんとなくみんなが認識しているだけである。

 このあたりの工作はマーチス大臣の得意技だ。
 事態を矮小化して、本質から視線をそらさせ、なんとなく納得させてしまう。そうやって彼は、うまいこと国民感情をコントロールしているのである。
 まさに悪の大臣だよね。




 ともあれ、本物の聖女が現れたってことは、世界に未曾有の危機が迫ってるって意味じゃないかと思うんだよ。

 たんなる偶然の産物だとしたら、この四百年の間に一回も現れてないのはおかしすぎるもん。
 算術的な確率からいってもね。

 で、未曾有の危機っていったらやっぱり魔王復活が定番だ。
 もちろん国が海に沈むくらいの大津波とか、大陸が崩壊するくらいの大地震とか、月が降ってくるとか、そういう天変地異の可能性もあるけど、そのあたりは考えるだけ無駄である。

 聖女の力っていうか、個人レベルでどうなるもんでもないからね。
 もしそんな天変地異が起きたら、諦めて最後の時を迎えるしかない。

 けど魔王の復活なら、人間にも対処可能な事態だ。
 だって、一度は封印しているわけだからね。
 一回できたことなら、もう一回できないなんてことはないさ。

「……なんというか、すごいねユイナちゃんは。魔王に勝つつもり満々なんだから。俺なんか名前が出ただけでビクってちょっと固まってしまったのに」

 ブラインが両手を広げる。

「元聖女ですからね。心構え的なものはたたき込まれますし」
「しかし魔王ザガリアか。なにも私の代で復活しなくていいのにな」

 やる気ゼロのお代官様が嘆いた。
 いつ復活したって、当事者世代の人は同じことを考えたと思うよ。他を当たってください、とね。
 けど、人類の砦たるコロナドのトップがそんなことを言っちゃダメでしょ。

「聖女が代替わりしたのは、ようするに戦時体制へと移行しろという神の啓示なのだろうな」

 アイザックの言い方は、じつに軍に所属する人らしい。
 でも間違ってないと思う。
 戦に備えよって意味なんだと、私も思うんだ。

「とにかくだ。聖都に早馬を飛ばそう。書状にはユイナールくんの見解も書き添えてな」

 ダンブリンの言葉に私は頷く。
 元とはいえ聖女だった私の意見には、それなりの重さがあるだろう。
 聖都にいる大臣たちも、事態を憂慮してくれたら良いなあ。

「ゆーて、増援部隊とか送られても困るんだけどね。邪魔になるだけだし」
「そうなんですか? ブラインさん」
「有象無象が魔王と戦ったって、一撃で蹴散らされるだけだよ。だから勇者は少人数で魔王に挑んだわけだし」

 そういうものらしい。
 人間同士の戦争なら数は力だけど、魔王との戦いは質の方が大事なんだってさ。
 軍略って難しいね。

 そんなことを考えていたら、また警鐘が鳴りひびいた。

 マジか。
 本日三回目の襲撃だよ。