「ユイナール。きみには聖都を退去してもらいたい」
「ええぇぇぇ……」

 大臣の言葉に、私はすごく微妙な顔をしてみせた。
 まあ、こうなるとは思っていたけどね。

 本物がご登場したら、そりゃあニセモノなんか必要ない。
 私ことユイナールは、お払い箱というわけである。

「といっても、我々は忘恩の徒ではない。充分な額の慰労金を用意しよう」

 慰労金という名の手切れ金ね。
 あるいは、口止め料かしら。

 聖女が世界からいなくなって四百年、私の一族はずっと聖女のフリを続けてきた。
 もちろん王国承認のもとで。

 奇跡の御業を行使する聖女というのは、民草たちにとって心のよりどころなのである。「いなくなっちゃいました、てへぺろ」では済まない。

 それで、ときの国王はある魔法使いの一家に、聖女の奇跡のようなことができないか極秘裏に研究せよという命を下した。
 ようするにその命令を受けたのが、私のご先祖様ね。

 涙ぐましい努力と研究の結果、聖女の代表的な奇跡である癒やしのチカラっぽいものを行使できるようになったのである。

 本物の聖女とは比べものにならない小さなチカラだ。千切れた手足を再生させるなんてことはできないし、あらゆる病を治すなんてこともできるわけがない。
 それでも傷の治りを早めたり、皮膚炎や風邪の治療期間を短縮することができる。

 これの技術が確立したのがだいたい三百五十年くらい前のことらしい。で、そこからは私の一族が聖女「役」をつとめてきたわけだ。
 ぶっちゃけた話、政府ぐるみで国民を騙してきたわけだね。

 で、私の家は共犯者として代々ものすごく優遇されてきた。私だって、まだ十七歳なのに給料は大臣並にもらってる。

 ところが、ついに本物の聖女が現れちゃった。
 手をかざしただけで怪我人を治し、歌声だけでアンデッドモンスターを昇天させ、慈愛の光で人々を照らす。

 そんな絵物語の主人公みたいな少女が、なんと貧民街(スラム)で発見されたのである。

 本来なら喜ぶべきことだ。
 民草の希望となる存在が登場したのだから。

 ただまあ、政府としてはニセ聖女による人心の安定を三百五十年もやってきたわけだからね。
 聖女のチカラ、なんてものに頼らない政治体制は構築されてるんだ。

「正直、出てきて欲しくなかったというのが本音ではある」

 ふうと大臣がため息を吐く。
 それを私に言ってどうするんだよ。
 気持ちは判るけどね。

 聖女の圧倒的なチカラは必要ない。少なくとも今のオルライト王国にはね。
 けど、現れてしまった以上は無視するわけにもいかないんだな。これが。

「ぶっちゃけ、暗殺してしまえって意見もあったのだ」
「聖女って殺せるんですか?」
「無理だろ? むしろ殺してしまって天罰とかあったときの方が怖いわ」

 肩をすくめる大臣。
 聖女ってのは天意の象徴だからね。害するなんて論外で、もしそんなことをしてしまったら、天から雷が降るか大地が海に沈むか。とにかくどんな天変地異が起こるか知れたものではない。

 消せないなら、祀るしかないわけで、いままで私の一族が占めてきた聖女の地位に、その少女が座ることになった。

 システム的には、これが一番無理がないし。
 ニセモノの聖女が座っていた椅子に、本物の聖女が座るだけの話だもの。

「ユイナールには貧乏くじを引かせてしまって、申し訳ないと思っている」
「その申し訳なさは、金銭で片がつく類のものですよ。大臣閣下」

 がめついことを言って笑うと、大臣もつられるように笑った。
 これで良い。

 互いに遺恨なく。
 必要だったから私の一族はずっと聖女を演じてきた。必要がなくなったら、報酬をもらって去る。
 それだけのことだ。

 で、このまま聖都イングウェイにとどまっていたら、どこから秘密が漏れるか判らないから、とっとと辺境に退去する。

「慰労金は、三十億デアナル分を用意した」
「それは豪気な。さすが大臣閣下、自分の懐が痛むわけじゃないから太っ腹ですね」
「よし。三億に引き下げよう」
「嘘です嘘です。可愛らしい聖女ジョークじゃありませんか」

 いきなり九割も値引かれちゃった。

 なんて横暴な、と、言いたいところだが、三億デアナルでもとんでもないお金なのだ。
 ようするに金貨にして三十億枚相当ってことなのだから。

 聖都で暮らす裕福な平民の年収で金貨五百枚、すなわち五十デアナルくらいだと思ってもらえたら参考になるかな。
 ちなみに、農村部だとある程度まで自給自足できるから、必要なお金はもっとずっと少ないよ。

「ていうか、三十億デアナルも本当にくれるんですか? 大臣閣下が引退するときに受け取る恩賞よりも、ずっと多いんじゃ?」
「どうしてお前は、そういうゲスの勘ぐり的な勘定しかしないんだ?」
「いやあ、閣下って給料いくらもらってるのかなぁと」
「お前の半分以下だよ。ユイナール」

 すごく嫌そうに答えてくれた。
 いいじゃん。あなたはこれからもずっともらえるんだから。
 慰労金を受け取ったら、私はここから先、収入がなくなるんだよ。まあ、生活に困るような額ではないけどね。

「で? 私に何をやらせるつもりなんですか?」

 私は大臣に半眼を向けた。

 三十億デアナル。つまり金貨にして三百億枚相当という金銀財宝は、無為徒食のための資金としては多すぎる。
 大都市の年間予算かってレベルだもの。

 こんだけやるから隠居しろ、という意味では、絶対にありえないだろう。

「さすが元聖女、鋭いな」

 大臣が、にやぁと笑った。