「自分の店を持つか。商人なら誰しもが憧れる道だな。とはいえ、今日の様子を見る限り、テツヤならすぐにでも達成できそうな目標ではないか?」
「さすがにまだそれはわからないよ。でも店を開いて1日目としては上々かな。やっぱり露天でやるよりも屋台を借りてやったほうが正解だったみたいだ」
今日は結構な数のお客さんがやってきてくれて、何度か商品を補充した。露天商だったら、広げて売っているものを売り切ったら、それで店仕舞いとなるところだった。
「明日からは今日の噂を聞いて、もっとお客さんも増えそうだな。それに約束通り、今日は知り合いの冒険者にテツヤの店のことを伝えておいたからな」
「おっ、それはとても助かるよ。さっきもリリアに教えられて来たってお客さんもいたからね!」
先程来てくれたお客さんの中には、リリアの紹介で来てくれた冒険者が何人かいた。
「これほどいい品をこの値段で販売してくれるなら、必要はなかったかもしれないがな」
「いやいや! 新規のお店にとって、一番必要なのは店の集客だからね。しかもそれが実績のあるBランク冒険者であるリリアの紹介なんだから、ありがたすぎるよ」
新規で出すお店にとって、知人からの紹介のお客さんはとてもありがたい。それに今日紹介で来てくれたお客さんが、さらにお客さんを紹介してくれて、どんどんと新しいお客さんが増えるからな。
「少しでも役に立てそうならよかったよ」
「うん、本当にありがたいよ。……でも明日からはさらにお客さんが増えるのか。このままだとちょっと人手が足りないかもしれないな」
実際今日の接客でさえも、ひとりではかなりいっぱいいっぱいだった。いろいろと説明しなければいけない商品もあるし、明日からお客さんがさらに増えるのなら、もうひとりくらい人手がほしいところである。
「では冒険者ギルドで人手を雇ってみてはどうだ? 朝に行けば、日雇い払いの銀貨5枚程度で午後から半日人を雇えると思うぞ」
まさかこの世界にも日雇い派遣みたいなシステムがあったとは。というか、1日従業員を手伝ってもらうのも、冒険者への依頼と同じようなものか。
「詳しい説明は冒険者ギルドで聞けるだろう。商業ギルドで登録しているなら、冒険者ギルドでの手続きもそれほど面倒ではないはずだ」
「おお、それは便利だ。ありがとうリリア、明日は朝に冒険者ギルドに行ってみるよ!」
「ああ、そうしてみるといい。……それにしてもこの方位磁石は本当にこの値段でよかったのか? もっと高い値段でも間違いなく売れると思うぞ」
「たぶん売れるだろうね。でも方位磁石は冒険者の生存率を上げられるものでもあるから、できるだけ大勢の人の手に渡るように安くしておきたい。
実際にあの森で迷った俺からしたら、道がわからないということは本当に怖かったんだ。俺は運良くロイヤ達に助けてもらえたから良かったけれど、遭難してあんな恐怖を感じながら、空腹で餓死するような冒険者もいると思う。
ここは駆け出し冒険者が多く集まる街だし、どうしても森に迷う事故は起こってしまうだろ。そんな時に少しでも力になれればいいなと思ってさ」
「………………」
森の中で遭難するということは本当に怖いことだ。歩いても歩いても同じような景色が続いていき、道や川などがまったく現れない。次第に体力がどんどんと奪われていき、水や食糧が少しずつ無くなっていく恐怖。
そしてこの世界にはモンスターもいる。食料になるようなモンスターであればいいかもしれないが、弱っている体調で襲われたり、夜に襲ってくる可能性もあるため、まともに休息を取ることもできない。それを防ぐ可能性を少しでも上げられる道具があるなら、それは少しでも広げていきたいと思う。
とまあそれも本音だが、ここでしか売っていない方位磁石を安値で売れば、いい集客になって他の商品もより売れるという打算的な考えもゼロではなかったりする。
それに道に迷ったが、方位磁石のおかげで無事に助かった冒険者達は、うちのお店をまた利用してくれるかもしれない。お客さんも俺もどちらも損をしない素晴らしい販売戦略だな!
「あれ、リリア。大丈夫、どうしたの?」
なぜかリリアが黙ってしまった。特に変なことは言っていないと思うんだけど……
「す……」
「す?」
「素晴らしいぞ、テツヤ! 冒険者達のことをそこまで思ってくれているとは、なんて立派な考え方なんだ!」
「リ、リリア!?」
「自分の利益を大幅に減らしてでも、駆け出し冒険者達が遭難する危険を少しでも減らしたいか! テツヤ、君は本当に素晴らしい人間だ! 商人を目指す者は常に自分の利益を最優先にしているなんて思っていた私が恥ずかしい!」
「リリア、ちょっと落ち着いて! 別に俺もそこまで聖人みたいな人間じゃ……」
「みなまで言わなくていい。テツヤ、私は君を尊敬するよ! 何かあれば私を頼ってくれ。全力でテツヤの力になると誓おう!」
「いや、あの、まずは少し落ち着いて。方位磁石を安く売るには、別の理由もあって……」
「ふむ、まだ時間もあるようだな。この時間ならまだ知り合いの冒険者にテツヤの店を紹介することができそうだ。それじゃあ私はこの辺りで失礼するとするよ。宣伝は私に任せてテツヤは店のことに専念してくれ! それじゃあな!」
「ちょ、待ってってば! ……ってはや!?」
俺が止める間もなくリリアは一瞬で走り去っていった。体力のない俺に追いつけるわけもなく、道にひとり取り残されてしまった。
いやまあ駆け出し冒険者達が遭難しないようにするために方位磁石を安く売っているのは本当なんだけど、それだけでもないんだけどなあ……
しかし、リリアは大丈夫なのかな。将来悪い男に騙されてしまう未来しか見えないのだが……
「さすがにまだそれはわからないよ。でも店を開いて1日目としては上々かな。やっぱり露天でやるよりも屋台を借りてやったほうが正解だったみたいだ」
今日は結構な数のお客さんがやってきてくれて、何度か商品を補充した。露天商だったら、広げて売っているものを売り切ったら、それで店仕舞いとなるところだった。
「明日からは今日の噂を聞いて、もっとお客さんも増えそうだな。それに約束通り、今日は知り合いの冒険者にテツヤの店のことを伝えておいたからな」
「おっ、それはとても助かるよ。さっきもリリアに教えられて来たってお客さんもいたからね!」
先程来てくれたお客さんの中には、リリアの紹介で来てくれた冒険者が何人かいた。
「これほどいい品をこの値段で販売してくれるなら、必要はなかったかもしれないがな」
「いやいや! 新規のお店にとって、一番必要なのは店の集客だからね。しかもそれが実績のあるBランク冒険者であるリリアの紹介なんだから、ありがたすぎるよ」
新規で出すお店にとって、知人からの紹介のお客さんはとてもありがたい。それに今日紹介で来てくれたお客さんが、さらにお客さんを紹介してくれて、どんどんと新しいお客さんが増えるからな。
「少しでも役に立てそうならよかったよ」
「うん、本当にありがたいよ。……でも明日からはさらにお客さんが増えるのか。このままだとちょっと人手が足りないかもしれないな」
実際今日の接客でさえも、ひとりではかなりいっぱいいっぱいだった。いろいろと説明しなければいけない商品もあるし、明日からお客さんがさらに増えるのなら、もうひとりくらい人手がほしいところである。
「では冒険者ギルドで人手を雇ってみてはどうだ? 朝に行けば、日雇い払いの銀貨5枚程度で午後から半日人を雇えると思うぞ」
まさかこの世界にも日雇い派遣みたいなシステムがあったとは。というか、1日従業員を手伝ってもらうのも、冒険者への依頼と同じようなものか。
「詳しい説明は冒険者ギルドで聞けるだろう。商業ギルドで登録しているなら、冒険者ギルドでの手続きもそれほど面倒ではないはずだ」
「おお、それは便利だ。ありがとうリリア、明日は朝に冒険者ギルドに行ってみるよ!」
「ああ、そうしてみるといい。……それにしてもこの方位磁石は本当にこの値段でよかったのか? もっと高い値段でも間違いなく売れると思うぞ」
「たぶん売れるだろうね。でも方位磁石は冒険者の生存率を上げられるものでもあるから、できるだけ大勢の人の手に渡るように安くしておきたい。
実際にあの森で迷った俺からしたら、道がわからないということは本当に怖かったんだ。俺は運良くロイヤ達に助けてもらえたから良かったけれど、遭難してあんな恐怖を感じながら、空腹で餓死するような冒険者もいると思う。
ここは駆け出し冒険者が多く集まる街だし、どうしても森に迷う事故は起こってしまうだろ。そんな時に少しでも力になれればいいなと思ってさ」
「………………」
森の中で遭難するということは本当に怖いことだ。歩いても歩いても同じような景色が続いていき、道や川などがまったく現れない。次第に体力がどんどんと奪われていき、水や食糧が少しずつ無くなっていく恐怖。
そしてこの世界にはモンスターもいる。食料になるようなモンスターであればいいかもしれないが、弱っている体調で襲われたり、夜に襲ってくる可能性もあるため、まともに休息を取ることもできない。それを防ぐ可能性を少しでも上げられる道具があるなら、それは少しでも広げていきたいと思う。
とまあそれも本音だが、ここでしか売っていない方位磁石を安値で売れば、いい集客になって他の商品もより売れるという打算的な考えもゼロではなかったりする。
それに道に迷ったが、方位磁石のおかげで無事に助かった冒険者達は、うちのお店をまた利用してくれるかもしれない。お客さんも俺もどちらも損をしない素晴らしい販売戦略だな!
「あれ、リリア。大丈夫、どうしたの?」
なぜかリリアが黙ってしまった。特に変なことは言っていないと思うんだけど……
「す……」
「す?」
「素晴らしいぞ、テツヤ! 冒険者達のことをそこまで思ってくれているとは、なんて立派な考え方なんだ!」
「リ、リリア!?」
「自分の利益を大幅に減らしてでも、駆け出し冒険者達が遭難する危険を少しでも減らしたいか! テツヤ、君は本当に素晴らしい人間だ! 商人を目指す者は常に自分の利益を最優先にしているなんて思っていた私が恥ずかしい!」
「リリア、ちょっと落ち着いて! 別に俺もそこまで聖人みたいな人間じゃ……」
「みなまで言わなくていい。テツヤ、私は君を尊敬するよ! 何かあれば私を頼ってくれ。全力でテツヤの力になると誓おう!」
「いや、あの、まずは少し落ち着いて。方位磁石を安く売るには、別の理由もあって……」
「ふむ、まだ時間もあるようだな。この時間ならまだ知り合いの冒険者にテツヤの店を紹介することができそうだ。それじゃあ私はこの辺りで失礼するとするよ。宣伝は私に任せてテツヤは店のことに専念してくれ! それじゃあな!」
「ちょ、待ってってば! ……ってはや!?」
俺が止める間もなくリリアは一瞬で走り去っていった。体力のない俺に追いつけるわけもなく、道にひとり取り残されてしまった。
いやまあ駆け出し冒険者達が遭難しないようにするために方位磁石を安く売っているのは本当なんだけど、それだけでもないんだけどなあ……
しかし、リリアは大丈夫なのかな。将来悪い男に騙されてしまう未来しか見えないのだが……