「こちらで冒険者登録は完了となります。お疲れさまでした」

「ありがとうございます!」

 やった、これで今日から俺も夢にまで見た冒険者だ! ここから離れた村を出て、この冒険者の始まりの街であるアレフレアの街まで辿り着き、冒険者登録を無事に終えた。

 いつか俺も歴史に名を残すようなSランク冒険者まで成り上がってやるからな! 俺の偉大なる冒険譚は、今まさにこの瞬間から始まるぜ!

「依頼書の方はあちらの掲示板に貼ってあります。最初は薬草の採取依頼や街での掃除やドブさらいの依頼が安全でおすすめですよ」

「………………ありがとうございます。その辺りで探してみます」

 ……いや、どんな立派な冒険者だって、最初は地道にこういった依頼をこなしてきたはずだ。楽な依頼だからといって舐めて、致命的なミスをしてしまうのは新人にはよくあることだと聞いている。すべての依頼を油断せずに全力で頑張るぜ!

「それとこちらは冒険者ギルドがおすすめしているお店の一覧と地図になります。どのお店も冒険者になったばかりの人達を応援されているので、とても安いお値段で商品を販売しておりますよ。依頼を受ける前に、ぜひ寄ってみてくださいね」

「へえ、それは助かりますね。俺も依頼を受ける前にいろいろと揃えたいので、これから行ってみたいと思います」

「はい。それでは無理だけはせずに頑張ってくださいね、幸運を祈っております」

 可愛らしい笑顔で見送ってくれる冒険者ギルドの受付嬢さん。やっぱり都会の街は綺麗な女性がいっぱいいるなあ。うちの村にいる同い年の女達とは大違いだ。俺も早く有名な冒険者になって、あの受付嬢さんみたいな美人な彼女をゲットしたいものだぜ。



 ここ冒険者の始まりの街と呼ばれるアレフレアの街は、付近にはそれほど強いモンスターは出現せず、物価や宿代も安くて生活もしやすい。その上、大きな冒険者ギルドがあって治安も良いため、この国の中で駆け出し冒険者に一番優しい街としてとても有名だ。

 そんな冒険者ギルドがおすすめしてくれる店なら、駆け出し冒険者がよく騙されると聞くボッタクリ店ということはないだろう。

「武器はこのナイフがあるし、防具は自分で作った胸当てがあるからまだいいだろ。ポーションとかは駆け出し冒険者の俺にはまだ早い。今後は依頼で街の外に出ることも多くなるから、リュックとか野営道具とかはいろいろと必要だな。となるとまずはここに行ってみるか。え〜と、()()()()()()()()()か」




 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

「ええ〜と、この辺りの筈なんだけどな……」

 冒険者ギルドがおすすめしているアウトドアショップというお店が多分ここら辺にあるはずなんだけどなあ。

 ドンッ

「あっ、すみません!」

 しまった、店を探しながら歩いていたら誰かにぶつかってしまった。

「大丈夫よ。でも歩く時はちゃんと前を見て歩いたほうがいいわね」

 ぶつかってしまった人は、頭にネコミミを生やした獣人の女性だった。うちの村にも獣人のおじいちゃんとおばあちゃんが住んでいたけれど、若い獣人の女性を見るのは初めてだ。

「す、すみません。道に迷っていまして……今後は気を付けます!」

「うん、素直なことはいいことね。あら、その紙は……もしかして新人冒険者さん?」

「あ、はい。今日登録をして冒険者になったトバイといいます」

「そうなのね、見ての通り私も冒険者なのよ! この街は冒険者に優しい街だから頑張ってね!」

「はい、頑張ります!」

「そういえば道に迷っているって言ってたわね。私はニコレ、先輩冒険者としてお姉さんが案内してあげるわよ」

 おお、こんな綺麗なネコ獣人のお姉さんに道案内してもらえるのは超ラッキーだぞ! なんて駆け出し冒険者に優しい街なんだ!

「ニコレさん、ありがとうございます! これに書いてあるアウトドアショップってご存知ですか?」

「あら、ちょうどよかった。私もそこに行くところだったのよ!」
 


「……でっかいお店ですね」

 ニコレさんの案内でアウトドアショップというお店の前までやってくることができた。しかし、ものすごく大きなお店だな。さっきの冒険者ギルドも大きな建物だったけれど、このアウトドアショップはそれと同じくらい大きい。おっといけない、あんまり驚きすぎると田舎者であることがバレてしまう。

「この辺りだと一番大きな建物かもしれないわね。ふふ、中に入ったらもっと驚くわよ!」

 ニコレさんと一緒に店の中に入る。どうやら道だけじゃなくて、店の中も案内してくれるみたいだ。

「うわ、店の入り口にすごい装備をした人がいますよ!?」

「ああ、このお店の護衛の人だよ。このお店には高価な物もあるからね。盗難防止のために人を雇っているんだよ」

「……な、なるほど」

 とても威圧感のある護衛さん達だ。少なくとも今日冒険者になったばかりの俺では手も足も出ないだろう。



「すごいお客さんの数ですね。それに見たことない物がいっぱいあります! この街のお店ってみんなこんなに凄いんですね!」

「う〜ん、このお店がちょっと特別な気もするわね。他のお店はここまでお客さんもいないし、この店でしか売っていない物がいっぱいあるわ。トバイくんはまずリュックが欲しいんだったよね。それだと確かこっちのほうかな」

「あ、はい」

 もしかしたらニコレさんはここのお店の常連かもしれないな。店の中を把握しているみたいで迷わず進んでいく。

「この辺りがおすすめかな」

「へえ、どれも今まで見たことのない形をしてますね。それにこれくらいの値段なら俺でも買うことができます!」

 どのリュックも鮮やかな色をしている。布ってこんなに綺麗な色に染められるんだな。あ、このリュックは確か冒険者ギルドにいた人も持っていた。

「私のおすすめはこの緑と黒色のリュックかな。迷彩柄っていうんだけど、森の中だと全然目立たないからモンスターにも見つかりづらいわ」

「なるほど、勉強になります」

「それに防水機能も付いているから、急な雨に降られても安心よ」

「え!? それがこんな値段で買えるんですか!? 買います、これにします!」

 村にいた頃だが、水をほとんど通さないモンスターの毛皮が、かなりの高値で行商人に売られていたはずだ。それがこの値段ならだいぶ安い。

「いいと思うわ。それじゃあせっかくだから、私のこの店のおすすめ商品を教えてあげようか? 今は買えなくても、冒険者として活動するなら、後できっと欲しくなる物ばかりよ」

「ありがとうございます、助かります!」



「ここは食品コーナーね。調味料や非常食が売っているわ」

「へえ〜、どれも見たことないものばかりです」

「その中でも私のおすすめはこの『アウトドアスパイス』よ」

「アウトドアスパイスですか?」

「ええ、この中には様々な香辛料が入っていて、焼いた肉や魚や野菜にかけるだけで、ただの塩じゃ比較にならないくらい美味しい味になるの!」

「ええ、塩以外の香辛料ってかなり高いんじゃないんですか!? それにこんな立派な入れ物にも入っているし、本当にこの値段で売っている物なんですか!?」

「このお店だけは特別なのよ。はっきり言って、私も香辛料がこの値段で売っているのは信じられないわ。さすがに転売防止のために、このお店の商品にはだいたい購入制限が付いているみたいね。これもひとりふたつまでみたい」

「っ!? 買います、これも買います!」

 なんだそれ! そんなことを聞いたらもう買うしかないだろ。

「あとはこっちの非常食なんかは買ってから一年も持つし、こっちの非常食は水を入れるだけで、柔らかくて美味しい食べ物に変わるの」

「一年!? 水を入れるだけ!?」

 なにそれ聞いたこともない!?

「依頼で森に入る時は道に迷ったりすることもあるから、万が一のために非常食は必須よ。それに味も本当に美味しいから、普通に食事として買っている人もいっぱいいるわね。あ、それと忘れちゃいけないのが、この『浄水器』よ」

「浄水器ってなんですか?」

「街から離れた場所での依頼を受ける時に気を付けないといけないのが飲み水よ。十分な水を持っていったつもりでも飲み物が切れてしまうこともよくあるの。

 そんな時には仕方なく川の水や湧き水を飲まなければいけないんだけれど、下手な水を飲むとお腹を壊して逆に水分を失ってしまうの。そんな時にこの浄水器があれば、川の水や湧き水を綺麗な水に変えてくれるのよ」

「す、すごいっ!? そんな道具がこの値段で!? 買います、これも買います!」

「それとあっちで売っている『方位磁石』は必須ね。仕組みはわからないけれど、どこにいても常に一定の方角を教えてくれるの。これがあると道に迷う確率がグンと減るわ。値段も本当に安いしね。

 非常食と浄水器と方位磁石のおかげで森で迷った冒険者の生還率が一気に上がったって、冒険者ギルドの人達も喜んでいたわね。個人的に冒険者として必須だと思うのはこの辺りかな」

「非常食、浄水器、方位磁石……」

 ヤバい、どうやら俺は冒険者というものを完全に舐めていたらしい。リュックと武器さえ持っていればなんとかなると思っていたのは、大きな間違いだったようだ。

「あとは火起こしの道具や野営の道具とかもあると便利だけれど、少し高いから依頼をこなしつつ少しずつ揃えていくといいと思うわ。今度からは店員さんに聞いたら丁寧に教えてくれるからね」

 そのあともニコレさんにこのお店のことばかりか、冒険者のいろはについてなど多くのことを教えてもらった。



「……あの、ニコレさん。今日はいろいろと教えてくれて本当にありがとうございました。俺の冒険者としての考え方がいかに甘かったのか思い知りました。ぜひ、お礼をさせてください!」

「これくらいお安い御用よ。それにお礼だったら、あなたが一人前の冒険者になった時に、今みたいに新人冒険者さんにいろいろと教えてあげてくれると私も嬉しいわ」

「はい、わかりました!」

「ふふ、始めのうちは絶対に無茶しちゃだめだからね。それじゃあまた冒険者ギルドで会うこともあるでしょうからまたね!」

「ありがとうございました!」

 ここは冒険者の始まりの街と言われるアレフレア。この青年が将来立派な冒険者に成長するのは、また別のお話。