カウンター越しに、店主はそう言って笑う。

 落ち着いた洋燈の灯りが辺りを照らす。常連客たちが賑やかに声を上げるその場所で、ぽっかりと穴が空いたように切り離された世界。二人の周りの空間だけが、そんな感じがした。
 それはまるで、何かを知っているかのような、そんな気にさせる口ぶりだった。

「おーい、レナト。こっちに酒出せ、酒! 上等な赤だぞ!」
「年代ものの古いのを頼む!」
「うるせぇ。うちには、そんな高いのは置いてねーよ。ったく、飲んだくれには手を焼くなぁ、本当に」
「私が止めてくるよ」
「頼んだよ、エステラ」


 エステラは席を立ち、奥のテーブルに近づく。
 そこではまるでパーティー会場か何かのように、今宵もまた限度を知らない酒飲みたちが集まっていた。大皿を囲み声を上げ飲み食いする様は、本当にこの先が心配になる絵面だ。
 明日から彼らはどうやって家路につくのだろう。
 道に魔法をかけても良いけれど、それだとこの男たちは何も学ばない気がする。


「アルバロさん」
「おお、エステラ。今日も可笑しな格好してんなぁ。その帽子はそんなに気に入りかい?」
「私の正装だから」
「そうか、そうか。でもこの町ではお前さん以外に被ってるところを見た事ないな。一体どこに売ってるんだよ」
「俺も見たことないな」
「俺もだ」
「これは、売り物じゃない。作ってもらったんだ。それより、皆そろそろお酒を控えなよ」


 とんがり帽子を貶されたエステラが、むっとしてはっきりと口にすれば、盛り上がっていた男たちは一斉に文句を言った。さっきの店主のときと同じである。


「なんだよ、エステラ。そんなこと言う為にこっちに来たのかぁ?」
「私は心配してるんだ。それに、そんなに毎晩毎晩飲んでばかりいたら、金も底を尽きるだろう」


 呆れた声を出せば、男たちはまたしても不満げに口を開く。


「良いんだよ、そんなの。俺たちは昼間よく働いてるんだから、酒くらい飲みたくなるってもんだ」
「そうだ、そうだ。労働の対価だろ」
「子どものエステラにはわかんないだろうがなぁ」
「酒は大人の味だからなぁ」
「誰が子どもだ。私だって、ワインの美味しさはわかる。それに、その私に夜な夜な介抱されているおじさんたちは、もっと子どもじゃないか」


 真正面から正論を振りかざせば、その場に居た男たちは途端に口を噤んだ。そうして皆、気まずげに視線を交わしてみせるのだから、人間とは実に単純な生きものである。