「……おじさん、明日からはアルバロさんたちのお酒は、もう少し控えめにした方が良いんじゃないかな」
「お、エステラもそう思うか? やっぱり飲み過ぎは身体に良くないよなぁ。よし、今日が最後の晩餐だとわからせてこよう」


 エステラを味方に付けたと思った店主は揚々と客たちの元へと向かい、一斉に非難を浴びていた。どの時代も、酒飲みの勢いを抑えるのは難しいらしい。


「とんだ迷惑者たちだな。この町の明日が思いやられるよ」
「まあ、おじさんの料理は美味しいからな。酒も進むんだろう」
「お、嬉しいこと言ってくれるなぁ、エステラは。ほら、その美味い料理が出来たぞ」


 出されたのはボイルしたソーセージとローストされたまるまる一匹の太った魚だった。焼けた香草はローズマリーだろうか。その香りに負けないくらい、大量に置かれたニンニクの欠片が芳ばしさに拍車をかけている。


「美味しそうだ」
「ああ、沢山食べな」


 和やかに話す店主の前で、エステラはそれらにそっとナイフを入れる。ぷつりと裂けた皮の隙間から、白くほっこりとした身が顔を出して、いつになく食欲をそそった。


「うん。やっぱり、おじさんの料理はいつ来ても美味しいよ。最高だ」
「それは良かった。またいつでも食べに来な。席は空けておいてやるから」


 その言葉に、エステラは返す言葉が上手く見つからなかった。明日からは来られない。何と言えば不自然にならずに済むだろうか。
 考えて、代わりに別のことを思いついて口を開く。


「……おじさん。少し頼みがあるんだ」
「何だい?」
「どれか一つでいい。料理のレシピを教えてくれないかな。そうしたら──」


 そうしたら、きっと。


 言いかけてすぐ、エステラは後悔した。
 続きを言えないのは勿論のこと、これでは店の味を盗むのと変わらないからだ。店の料理を楽しみたいのなら、店に来れば良い。それなのにこんな風にレシピをくれだなんてこと、許されるはずがない。なんて自分勝手な頼みなんだ。

 思わずどうしようかと口を噤んだエステラの頭の上に、ポン、と掌が乗った。大きくて温かいその手はカウンターの向こうでこちらの様子を窺う優しい店主のものだ。


「いいぞ、教えても」
「えっ、本当に?」
「ああ。その代わり、店で出してない料理だ。店のメニューは、また来て食べてほしいからな。俺の作る飯は、この町で一番美味いだろう?」
「……うん。そうだね」
「よし。それで、少しでもこの町の料理を覚えたら良い。港が近いからな。きっとそのうち、他の料理も覚えたくなる。覚えたら自分で作って、そんでそのうちここに根を張って、その自分の味を繋いでいけば良い。お前はもう、この町の人間だ」