くるくると飛び回りつつ説明していくエステラの声を聞きながら、黒猫は二度と見られないであろうそれらの景色を目に焼き付けていった。
そのうち箒は西の方向に舵を切り、ある場所へと辿り着く。エステラが音もなく降り立ったそこは、この町で一番の高さを誇る、時計塔の上だった。
その端に、ゆっくりと腰をかける。月にエステラと黒猫の影が映る。
ひんやりと冷たいそこに、黒猫は身震いをしてエステラの腿の上に飛び乗った。
「……最後にここからの夜景を見ようと決めていたんだ。ここは、私が初めてこの町に来た時に最初に降り立った場所だから。これから寄るところがあるんだけど、その前にと思ってね。キミも、ここなら頑張れば、また登ってこられるかもしれないぞ」
「にゃ〜」
「帰りは道なりに戻るようにするから、行き方を覚えると良い」
ふっと微笑んだエステラに、黒猫はのんびりと毛繕いをしてみせた。どうやらもう暫くこの場所に居たいらしい。魔女のローブに包まれるようにしていれば、充分に暖を取れた。
けれどエステラの方も、時間が差し迫っている。店が閉まる前に行かなければ、もう二度と訪れることは出来ない。
「さあ、そろそろ。最後に町を一周して戻るから、大人しく乗ってくれないか」
その言葉に、黒猫は仕方ないなと言うように少しだけ周囲を歩いてから、用意された首巻きの特等席に乗り込んだ。
ふわふわと温かいその感触にゴロリと喉を鳴らすと同時、箒は再び宙に飛び出し、夜へと駆け出す。
「楽しかったよ、キミとの空の旅。この町はやっぱり暖かい。叶う事なら、もっとずっと居たかったな」
「にゃ〜」
「まだ居たら良いって? そういうわけにはいかない。私が魔女である限り、務めは果たすよ。だから、この町にはもう居られないんだ。どんなに願っても」
エステラは町を照らす月の光に向かって、静かに目を伏せた。もしも今願いを口にしても、残念ながらそれは叶わない。そんな事はわかっているけれど。
エステラを必要とする町は他にも沢山あるのだ。その全てを巡って、またここに戻って来られるのは、ずっとずっと先のこと。そしてその頃にはきっと、エステラが居た頃の町の面影は無いことだろう。
寂しいけれど、それが世の移り変わりというものだということを、長く生きる魔女たちはよく知っていた。
「キミともここでお別れだ。じゃあ、元気で。私は朝に出発するけれど、その前に用事があるから。風邪を引かないように、どうぞ気をつけて」