エステラの誘いに、猫は一二もなく頷いた。
それを見て、エステラはゆるりと口角を持ち上げる。そして静かに魔法を唱えた。
星の輝きを詰め込んだような無数の煌めきが、冬の冷たい空気を震わす。
そのいくつもの欠片が宙を舞って、一瞬の後に目の前には持ち手の付いたバスケットが現れた。それを箒の柄の部分に引っ掛ける。
「これでどうだ?」
「にゃあ」
「文句があるのか。全く……は? 『心地が悪そうだし、寒そう』だ? それは、そんなに毛むくじゃらの身体で言う台詞か?」
エステラの言葉に、猫はそれまでになく高い声で鳴いた。
「わかった、わかった。じゃあ、こうしよう」
呆れつつも再び魔法をかける。
すると今度は何も無いところからではなく、エステラの身につけていた首巻きが揺れ、結び目が取れてふわりと宙に放たれた。
それが魔法によってくるりと円を描きながら、箒の柄に巻き付いていく。淡い光が消えると、そこには袋状に結ばれた白いふわふわの特等席が出来上がっていた。
猫が飛び乗ると、暖かな乗り心地に思わず目を細める。にゃ〜、という一声が満足げに夜の街に溶けていった。
「気に入ったか? それなら、早速行こう。夜明けまではまだ時間があるが、私には他にもやる事があるからな」
地面を蹴って、空へと飛び立つ。
風を切って真っ直ぐに上を目指せば、視界にはあっという間に遠くなった町並みが広がった。黒猫は首巻きの中からそろりと顔を出すと、初めて見る眼下の景色に思わずその小さな身体を震わせ、驚きに首をすくめる。
夜闇を照らす家や教会の灯りが、地上に散りばめられた星屑のように煌めいて見えて。それは丁度、先程の魔法のように。至る所から、人々の息遣いを感じられる。
それは、とても美しく優しい光景だと思った。
「見えるか? あれはキミと初めて出会った酒場だ。それから、こっちが私のお気に入りのパン屋。あそこのエピは絶品だぞ。ワインにもよく合う」
「にゃー」
「ああ、キミはワインは飲めないな。じゃあ、あの青い屋根の店はどうだ。塩漬けのニシンはよく売られているが、私はタラの料理の方が好きなんだ。バターの香りにスパイス漬けの玉ねぎの味なんかも合わさって、晩餐には最高だぞ。キミがもしも人間だったなら、毎日のように食べていたかもしれないな」