エステラは遠くを見つめながら答えた。
山々は朝日に照らされ、黄金色に輝いている。魔女は夜の闇に溶け込む存在だけれど、エステラは夜が眠るこの瞬間が好きだった。
「……それに、キミがこの町を愛している限り、私はまた会いに来る。必要としている者の元へと向かうのが、魔女の宿命だからな」
『それ、何年後の話?』
「さあ。でも魔女にとってのサヨナラは、いつかまた出会う為の約束の言葉だ」
視線を足元に向けたエステラの口元が小さく弧を描く。
この一年、一日も欠かさずに魔法をかけ続けた甲斐があった。澄んだ空気が朝日を浴びた身体に心地良い。この先暫く、この町が瘴気に侵されることはないだろう。人々の幸せは、願うまでもなく続いていく。
『魔女さん、さっき町に魔法をかけたでしょ』
黒猫が唐突に告げる。
『ここに来るまでの間に、突然家々の前に果物や野菜のどっさり入った籠が現れたけれど。あれ、魔女さんの仕業でしょ? 同じバスケットだったもの』
「見てたのか」
『偶然ね。それにその時、空がきらきらしていたし』
魔法まで見えるようになったのか、とエステラは面食らった。魔力の存在が測れるだけでも稀なのに、この猫は化け猫にでもなるつもりだろうか。それを言うと、引っ掻かれそうだから言わないでおくけれど。
『町の空気をきれいにして、更に贈り物までしてあげるなんて優しいね』
「ただの恩返しだよ。町を浄化するのは、この世界を訪れた最初の魔女の恩返し。だからあれは、この町に親切にしてもらった私からの、細やかな気持ちを示しただけ」
『それが優しいって言うんじゃないの?』
にゃー、という黒猫の鳴き声が朝焼けに溶けて消える。どうやら随分と長居をしてしまった。だんだんと、この場所を離れ難い気持ちが大きくなっていく。
「役目だからな。さて、私はもう本当に行くよ。人々が今日の生活を始める前に出発しないと」
『次の町も決まっているの?』
「もちろん」
魔女を待つ町はまだまだある。その全てにエステラが降り立つ訳ではないけれど、一つとして軽く扱うわけにはいかない。魔法をかけられる町はいつも、長い順番待ちだ。