エステラはスープをゆっくりと喉に流し込んでいった。これが無くなれば、この夜更けにわざわざ料理を教えてくれた店主に礼を言って、店を出なければならない。

 常連客たちは既に店を後にしていた。約束の一杯を飲み干した後、エステラが何やら作っているのを興味深げに覗き込んできたが、自分たちにも食わせろと言う前に、店主が追い出していた。良い判断だと思う。

 それを横目に、エステラはこれで心配事も無くなると、ほっと息をついて鍋をぐるりと掻き混ぜたのだった。


「じゃあ、ご馳走さま。私ももう行くね」
「……ああ。本当に見送りは無くて大丈夫か? かなり遅くなっちまったから、暗いし危ないぞ」
「ううん、大丈夫。私、強いから。力もあるし」
「そうだったな」


 エステラの言葉に、店主は安堵するように頷く。他の店は皆灯りを消している。扉の外はすっかり夜の静けさを取り戻し、道端には他に人の姿は無い。


「レシピをありがとう、レナトおじさん。お店が終わった後も教えてくれて、感謝してる。それから、キャラウェイの種も」
「ああ、俺も弟子が出来たみたいで楽しかったよ。それはスパイスになるから、肉か魚の料理にでも使え」
「わかった」
「じゃあ、寒いから風邪をひかないようにな」
「うん、おやすみ」
「おやすみ……良い夢を」


 月が傾き始めた暗い空の下、真っ黒のローブを纏った一人の魔女が、真っ直ぐに小道を歩く。振り返ると、店主はまだ店の外に居た。こちらを見送るように穏やかな表情を浮かべている。

 エステラはそれを見て、とんがり帽子を深く被り直した。再び前を向くと、暫く先に街灯の灯りが見える。そこまで歩くと角を曲がり、すぐさま箒を取り出した。