地元以外の病院で手術が決まり、優一と過ごす最後の夜が訪れた。二人で狭いと喧嘩してきた小さなテーブルには、優一の好きな料理を並べて優一の帰宅を待ち続けた。

「あれ? 今日なにかあったっけ?」

 いつもと違う雰囲気を感じたのか、仕事から帰ってきた優一が顔を緩ませて近づいてきた。

「べ、別になにもないよ。てか、いつも手抜きみたいに言わないでよ」

 優一の顔を見た瞬間泣きそうになった私は、わざと悪態ついて優一をテーブルに追いやった。

 一瞬、変な顔になった優一だったけど、すぐにテーブルについてテレビをつけると、いつものように野球中継を観ながら料理に手を伸ばし始めた。

 その優一の背中を見ながら、さっきまで眺めていたアルバムを思い出す。生まれたときから今日までの時間を、ずっと二人で歩んできた。その積み重ねが今日を最後に崩れていくと思うと、やっぱり泣かないようにしても無駄だった。

 ――アルバムもちょうど終わってたし、区切りをつけろってことなんだよ

 使い切っていたアルバムは、まるで二人の関係は終わりだと暗示しているみたいだった。そんな偶然も悲しくて、声を出さないようにしていたのに小さな叫びに似た声がもれてしまった。

「優香?」

 さすがに気づいた優一が、私の異変を察知して近寄ってくる。なにか言わないといけないと思っていると、ふんわりと優一が両腕で優しく包み込んできた。

「どうしたんだ?」

 優一のぬくもりに包まれる中、大好きな油の匂いがする手で頭を撫でてきた。こうなるともう私は自分の感情をおさえることはできなくなり、優一の胸に顔をうずめて泣くしかなかった。

 ――優くん、ごめんね。私、もう子供を産めなくなるんだ。ほんと、最悪だよね。最後の最後に、優くんの足をひっぱるようなことになって。でも、安心して。私は今日限りで優くんのもとから去ります。だから、優くんはいつかいい人を見つけて幸せな家庭を築いてね。ほんと、大好きだったよ、優くん

 何度も頭を撫でる手を握らながら、声にならない叫びを優一の胸にぶつけていく。本当にこれが最後なのかと思ったら、悲しいやらむなしいやらの感情と共に、自分の運命に腹が立つ思いもあった。

 そんなごちゃまぜの感情をぶつけながら最後の最後まで優一にしがみついていた私は、この日を堺に優一の前から完全に姿を消すことになった。