検査結果が判明して数日、私は雲の上を歩くように地に足がついていないような気持ちで過ごしていた。
本当ならパニックになってもおかしくなかったけど、あの後からより親身に私をフォローしてくれる美穂のおかげで、なんとか気持ちを保つことができていた。
その間、色々と考えた結果、優一には妊娠していると嘘をついた。すぐに病気のことを話すべきなのはわかっていた。けど、優一の落ち込む姿を見るのが嫌だったし、ひょっとしたら優一が離れていってしまうかもと考えたら、私にはそれが一番怖くて真実を話すことができなかった。
けど、その判断は間違いだった。優一の喜ぶ姿や私をいつも以上に気づかう優しさに、私の良心はズタズタに引き裂かれていった。
その結果、もう騙すことは無理だと判断し、かつ、優一にとっていかに子供を持つことが大切かと改めて思い知ったとき、私の中にはっきりと新たな決意ができあがった。
「優香、本気で言ってるの?」
昼下りの喫茶店内に、私の決意を聞いた美穂の怒りに満ちた声が響き渡った。
「もちろん、本気だよ。それに、もう覚悟はできてるんだから」
「そんなの、絶対だめよ。優一だって、別れるといっても受け入れるわけないでしょ!」
「そう、だから美穂に頼んでるんじゃない」
「いやよ。悪いけど、その話には協力できないから」
ふんと鼻息荒くした美穂が、腕を組んで断固の態度を示してきた。もちろん、美穂の反応は想定内だった。なにせ、私が話した相談というのが優一と別れるというもので、しかも、他の男を好きになった上にその人の子を妊娠したと嘘つくものだったからだ。
「そんなことしても、優一が傷つくだけよ。優香、ちゃんと思い直しなさい」
「うん、美穂の言いたいことはわかってる。ちゃんと優くんに話して、病気の治療に専念してって言いたいんでしょ?」
「そうだよ、てか、それ以外にないでしょ」
「まあ、そうなんだけどね。でもね、だとしても、もう優くんには迷惑かけたくないんだ」
「迷惑って、あいつがそんなこと思うわけないでしょ!」
「そう、だから別れないとだめなんだよ」
「優香、どうして――」
さらに私を説教しようとした美穂の言葉が、急に詰まるのがわかった。と同時に、いつの間にか私の頬と両手が流れ落ちる涙で濡れていることに気づいた。
「美穂も知っていると思うけど、優くん、私のせいで野球を諦めてるの。小学生の頃から大好きで大学でもやりたかったはずなんだけど、諦めて就職したのは私がわがまま言ったせいなの」
高校で進路を決める際、遠く離れた大学の野球部から誘われていた優一に、私は離れることの不安を口にしていた。そのせいか、優一は進学を辞めて地元の企業に就職する道を選んでいた。
「だから、優くんは子供ができたら一緒に野球をやるのをすっごく楽しみにしてるの。でも、私にはその夢を叶えてあげられないから」
「優香……」
「もうね、これ以上は優くんの重荷になりたくないの。別れるのは本当に辛いことなんだけど、それ以上に辛いのは、優くんの未来までも奪ってしまうってことなんだよ」
そこでこらえきれなく私は、机に顔を伏せてあふれてくる感情に抗いながらも嗚咽をもらし続けた。
できれば、ずっと優一と一緒にいたかった。裕福や贅沢は一切望んでいない。ただ、愛する人と幸せな家庭を築いていつまで優一と笑って過ごせたらと本気で思っていた。
でも、もうそれは叶わない願いだ。だからこそ、私がやるべきことは決まっていた。
「優香……」
声にならない声で名を呼ぶ美穂が、私の肩を撫でてくる。その優しさに甘えながら、自分の決意が鈍らないように必死にもうひとりの自分の声と戦い続けた。
本当ならパニックになってもおかしくなかったけど、あの後からより親身に私をフォローしてくれる美穂のおかげで、なんとか気持ちを保つことができていた。
その間、色々と考えた結果、優一には妊娠していると嘘をついた。すぐに病気のことを話すべきなのはわかっていた。けど、優一の落ち込む姿を見るのが嫌だったし、ひょっとしたら優一が離れていってしまうかもと考えたら、私にはそれが一番怖くて真実を話すことができなかった。
けど、その判断は間違いだった。優一の喜ぶ姿や私をいつも以上に気づかう優しさに、私の良心はズタズタに引き裂かれていった。
その結果、もう騙すことは無理だと判断し、かつ、優一にとっていかに子供を持つことが大切かと改めて思い知ったとき、私の中にはっきりと新たな決意ができあがった。
「優香、本気で言ってるの?」
昼下りの喫茶店内に、私の決意を聞いた美穂の怒りに満ちた声が響き渡った。
「もちろん、本気だよ。それに、もう覚悟はできてるんだから」
「そんなの、絶対だめよ。優一だって、別れるといっても受け入れるわけないでしょ!」
「そう、だから美穂に頼んでるんじゃない」
「いやよ。悪いけど、その話には協力できないから」
ふんと鼻息荒くした美穂が、腕を組んで断固の態度を示してきた。もちろん、美穂の反応は想定内だった。なにせ、私が話した相談というのが優一と別れるというもので、しかも、他の男を好きになった上にその人の子を妊娠したと嘘つくものだったからだ。
「そんなことしても、優一が傷つくだけよ。優香、ちゃんと思い直しなさい」
「うん、美穂の言いたいことはわかってる。ちゃんと優くんに話して、病気の治療に専念してって言いたいんでしょ?」
「そうだよ、てか、それ以外にないでしょ」
「まあ、そうなんだけどね。でもね、だとしても、もう優くんには迷惑かけたくないんだ」
「迷惑って、あいつがそんなこと思うわけないでしょ!」
「そう、だから別れないとだめなんだよ」
「優香、どうして――」
さらに私を説教しようとした美穂の言葉が、急に詰まるのがわかった。と同時に、いつの間にか私の頬と両手が流れ落ちる涙で濡れていることに気づいた。
「美穂も知っていると思うけど、優くん、私のせいで野球を諦めてるの。小学生の頃から大好きで大学でもやりたかったはずなんだけど、諦めて就職したのは私がわがまま言ったせいなの」
高校で進路を決める際、遠く離れた大学の野球部から誘われていた優一に、私は離れることの不安を口にしていた。そのせいか、優一は進学を辞めて地元の企業に就職する道を選んでいた。
「だから、優くんは子供ができたら一緒に野球をやるのをすっごく楽しみにしてるの。でも、私にはその夢を叶えてあげられないから」
「優香……」
「もうね、これ以上は優くんの重荷になりたくないの。別れるのは本当に辛いことなんだけど、それ以上に辛いのは、優くんの未来までも奪ってしまうってことなんだよ」
そこでこらえきれなく私は、机に顔を伏せてあふれてくる感情に抗いながらも嗚咽をもらし続けた。
できれば、ずっと優一と一緒にいたかった。裕福や贅沢は一切望んでいない。ただ、愛する人と幸せな家庭を築いていつまで優一と笑って過ごせたらと本気で思っていた。
でも、もうそれは叶わない願いだ。だからこそ、私がやるべきことは決まっていた。
「優香……」
声にならない声で名を呼ぶ美穂が、私の肩を撫でてくる。その優しさに甘えながら、自分の決意が鈍らないように必死にもうひとりの自分の声と戦い続けた。