近くの産婦人科につくと、予定通り妊娠の検査ととりあえずの一通りの検査を受けることになった。

 待合室には、期待と不安を抱えながらも喜びに満ちた表情の人たちがあふれ、もうすぐその仲間入りするかと思うと、気持ちは嫌でも期待で膨らんでいた。

 ――ちょっと早すぎるかな

 優一が買っていた姓名判断の本をぱらぱらとめくりながら、子供の名前をぼんやりと考えてみる。お互いに『優』の文字があるから、『優』は使いたいというのが優一の意見だ。私としては特に異論はないけど、まだ結果が出てないのに名前まで考えるのは早とちりのような気もしていた。

「藤川さん」

 待つこと数十分、ようやく名前を呼ばれ、浮足立つ気持ちに不安と緊張を抱えたまま診察室に入る。中には、大柄だけど糸目で優しそうな先生が検査結果とにらめっこしていた。

「藤川さん、落ち着いて聞いてくださいね」

 私の入室に気づいた先生の表情に、明らかな陰ができるのが見えた。問診では陽気な感じだっただけに、あらたまった態度と固くなった空気が、これから話す内容が明るい未来ではないとすぐにわかった。

「検査の結果ですが――」

 ふんわりとした笑みを消して、先生が妊娠ではないことをあっさりと告げてきた。さらに先生が続けて口にしたのは、あまりにも明るい未来とはほど遠い現実だった。

 ――専門の病院? 精密検査?

 白く霞んでいく意識の中、先生の話がうまく入ってこなかった。ただ、唯一わかったことは、一刻も早く専門の病院で精密検査を受けないといけないことだった。

 ばさりと手にしていた姓名判断の本が床に落ち、乾いた音がまぬけな私の耳に響く。気が動転したまま待合室に戻ったときには、視界の全てが灰色に変わっていた。

 紹介状を受け取り、重い足どりのまま病院を出ると、憎いくらいに太陽が眩しく世界を照らしていた。

 ――癌の可能性って、嘘、私、どうなるの?

 車に乗り、一人になった瞬間に耐えきれずに嗚咽をもらす。

 私につきつけられた現実は、想像以上に厄介なものになりそうだった。