小さな本棚から白いアルバムを取り出すと、ほのかに油の匂いが漂ってきた。同じ日に生まれ、二十五年間の月日を共に過ごしてきた白川優一は、毎日工場で油まみれになりながら働いている。みんなはその匂いを変に思うけど、私は優一の想いを感じられるその匂いが大好きだった。

『優香、結果わかったら教えてね』

 優一と同棲して五年。相変わらずの毎日がくり返さられる狭い部屋に、親友の沢村美穂からのメッセージが響いた。

『もう、まだわからないんだから』

 赤ちゃんのスタンプを添えた美穂のメッセージに、苦笑しながら返事を送る。とはいえ、美穂の気づかいには頬が緩むのをおさえられなかった。

 ――どうなんだろうな

 自分のお腹に手を当てながら、期待と不安が混ざる感覚に身を委ねてみる。体調に異変があったのは数ヶ月前で、体調不良と吐き気が断続的に続いていた。不安を感じて美穂に相談したところ、美穂から返ってきた言葉は『妊娠の可能性』だった。

 もちろん、思い当たる節は多々あったため、優一に思いきって相談してみた。その結果、病院に行ってはっきりさせようと説得され、今日の診察につながっていた。

 ――何回見ても懐かしいな

 病院に行く準備を終え、気持ちを落ち着かせるためにアルバムに目を向ける。なにかあるときは、いつもこうしてアルバムを見ることが多かった。もともと私も優一も同じアルバムを持っていた。けど、どの写真にも二人が写っているせいで中身がほとんど一緒だったこともあり、同棲をきっかけに一つのアルバムにまとめていた。

 その白いアルバムには、私と優一の思い出が詰まっている。いいことだけでなく、疎遠になりかけるくらいの本気の喧嘩も何回も繰り返してきた。その一つ一つの欠片を見るうちに、緊張と不安でくすぶっていた感情がゆっくりと落ち着いていった。

 ――また新しいの買わないといけないね

 最後のページまで使い切っているのに気づき、そんなことを考えて時計を見ると、病院の予約時間が迫っていた。名残惜しくもアルバムを棚に戻したとき、ふと小さなメガホンがあることに気づいた。

 ――優くん、また買ってる

 子供用のメガホンを手にし、あきれつつも優一の気持ちを考えたら怒る気持ちにはなれかった。小学校から続けていた大好きな野球は、高校卒業と同時に辞めている。本当は大学でもやりたかったはずなのに、私と暮らすために優一は就職を選んでいた。

 だから、優一は妊娠の可能性を喜んでいる。もともと子供好きな性格もあり、将来は子供と野球することを楽しみにしている。その気持ちが先走ってか、優一はこそこそと友人の店でバイトしては、子供用の野球グッズを集めているみたいだった。

 ――男の子だといいね

 手にしたメガホンをそっと戻し、心の中で呟いてみる。

 このときまでは、優一となら明るい未来が待っていることを信じて疑う余地もなかった。