風が唸っていた。
まるで明日の恐怖を教えるかのように、ヒュルヒュルと唸っていた。
「お待たせ」
十二月二十三日。冬休みが始まったばかりのただの平日である今日は、去年に比べて賑わっている印象だった。
約束通り、駅の古時計前。
少し早めに着いた私に声をかけてきた星矢くんは、白いパーカーに灰色の上着を羽織っていて、黒い斜めがけのカバンを合わせている、カジュアルな服装だった。
初めて見る好きな人の私服に、ときめく心は自制が効かない。
これ以上心を動かしてはいけないと思えば思うほど、彼がやけにキラキラして見えた。
私たちは「お待たせ」「全然待ってないよ」と待ち合わせ定番であろうやり取りをかわし、少しの間黙っていた。
耐えかねてチラッと星矢くんの顔を見ると、寒いからか頬や鼻先が赤く染まっていた。
「ごめん、行こう」
ぼーっとしていたのか、目が会った瞬間ハッとしたかと思ったら、どこか辛そうな笑顔を見せて歩き始めた。
少し先に歩き始めたのに、すぐ隣に彼がいる。
歩幅を誰かに合わせてもらって歩くのは、まだ親と手を繋いでいたあの時以来初めてで、なんだかくすぐったかった。
「水族館なんて、何年ぶりだろう」
隣市にある目的地に向かうため、電車に揺られながらつい口にする。
もう、私の心は抑えきれないくらいドキドキしていた。
今日くらい、楽しんでもいいような気がした。
長い人生を生きる中で、今日のこの一日くらい、好きな人とただのクラスメイトという体で遊んだってバチは当たらないだろう。
その代わり、これ以上彼との距離を縮めない。これ以上好きにならない。
彼のためにも、私のためにも。
「何が見たい?」
横に伸びた座席の隣同士に座る星矢くんは、いつもと変わらない声色で私に聞いた。
「イルカとか、あ、シャチも!」
「いいね」
「星矢くんは?何が見たい?」
私の何気ない質問に少し嬉しそうに笑って、「カクレクマノミ」と少し目を潤ませながら言った。
「どうしたの?大丈夫?」
「うん、ごめん。……一緒に出かけてるのが、嬉しくて」
やっぱり彼は、感情が豊かで、すごく温かい人だ。
一緒に過ごした時間はどちらかというと長いほうだと思うけど、それでもなんだか、今日は格段に彼の感情が溢れている気がする。
「私も」
そう返す言葉に、車内アナウンスが見事に被った。
小声で話していたから、彼の表情を見ても私の言葉が届いていたのか分からなかった。
開いたドアから降りた先の水族館にたどり着いても、私の小さい勇気の行き先は分からないままだった。