「でっけえー!」 

 馬車の外から、身を乗り出して前方を眺める。

「シャーリーもほら!」
「見てるよ! すごーい!」

 景色については「見飽きた」と言っていたシャーリーも、反対の窓から体を伸ばして食い入るように前方を見ている。
 なんたって俺たちの先にあるのは──

「あれが、魔の大森林!」

 見ているだけで呑まれてしまいそうなほどに、超広大な大森林。

 横は終わりが見えないほどにずっと続き、何十メートルという高さの木々が密集して奥へと無限に続いている。
 こんな光景、この大陸じゃ見つかりっこない。

 だがそんな時、馬車のおじさんが叫ぶと同時に走行を止めた。

「エアル様、そろそろ止まります!」
「うおっと!」

 とんでもない急停止だ。

 まあ、仕方ないか。
 この人も、こんな国境線沿いまで『魔の大森林』に近づいたことがないのだろう。
 特別価格で運転してもらっているとはいえ、この森が恐ろしくて仕方ないのだと思う。

「シャーリー」
「うん」

 空気を読み、シャーリーと馬車から降りて荷物をまとめ始める。

 周りは何も無い(・・・・)
 ただの荒野だ。

 この辺がトリシェラ国の国境らしい。
 魔の大森林を恐れ、森から余裕を持って線引きしてあるのだ。

 馬車のおじさんは申し訳なさそうに声を上げる。

「すみません、私にはこの辺までしか無理です!」
「いえいえ」
 
 森まではまだ少しかかりそうだが、ここまで送ってくれただけでもかなり助かった。
 
 こんな場所、近寄るのも嫌だろう。
 彼には本当に感謝しかない。
 
「本当にありがとうございました」
「くれぐれもお気を付けて!」

 通常の五倍の金貨を渡すと、おじさんは来た道を颯爽(さっそう)と戻っていく。
 
 帰りはどうするかって?
 もう帰りはしないよ。

「覚悟は出来てる?」
「うん、大丈夫だよ。エアル!」

 シャーリーの覚悟も確認したところで、再び前方に目を向けた。

「さてと」

 今から行くのは、文明の手が一切つけられていない未開の地。
 気合い入れていきますか。




 


 森の大きさがあまりにも圧倒的なので錯覚してしまったけど、思ったよりもずっと距離があった。
 馬車から下ろしてもらってから、一時間ほどでようやく辿り着いたんだ。

「この辺からは森だね」

 徐々に木々が生えている光景を見つめながら、少し観察してみる。

 荒野から突然この森になるんだ。
 一体どこから栄養をもらっているというのか。

「……!」
「エアル?」

 そうして近くの木に触れた瞬間、驚くべきことに気づく。

「なんだこの魔力……」
「え?」
「どんな量を保有してるんだ……?」

 魔力とは、エネルギー。
 それが多ければ多いほど、生命力が高いということになる。

 この世界では、植物も魔力を保有する。
 それは当たり前のことだ。

 俺が驚いたのは、その“保有量の異常さ”。

「通常の木の100本分ぐらいあるぞ、これ」
「100!?」

 今触れている木は、せいぜい2メートル程度。
 これだけの魔力量があって、どうしてこの高さなのかは皆目見当もつかないが、それ以上のヤバイ(・・・)事に気づく。

「奥地の木々なんて、どうなってるんだ……」

 今は茂みに入り確認できないが、外からの景色は壮大なものだった。
 それこそ何十メートルもある木が乱立するほどに。
 2メートルの木でこの魔力量だというのに、それの何十倍なんて。

「というかそんな膨大な魔力、一体どこから来るんだよ……」

 疑問に感じると同時に、自分でもニヤリとした顔を浮かべたことを自覚する。

 こんな未知の世界、来たことが無い。
 開幕からワクワクさせてくれるじゃないか。

「行こう、シャーリー」
「うん……!」

 恐怖と高揚が入り交じり、かつてないほど高鳴る胸の鼓動。
 それを必死に抑えながら、俺たちは木々の間を進んでいく。

『……グルルル』

 すぐに出会う、神秘的な存在がいるとも知らず──。