<三人称視点>
時は少々遡り、エアル達が精霊さんをもてなしていた頃。
「モグモグ」
森の中で、一匹の小動物が食べ物をモグモグしている。
エアル達とも顔見知りのリス──モグりんだ。
その生態は謎であり、どこへでも現れるかと思えばすぐに消える。
そんな不思議な小動物に、一人の少女が話しかけた。
「探したわよ」
ザッ! と立ちはだかったのは、最強種族ドラゴン。
今は人間の幼き女の子の姿をしたドラノアだ。
この日、ドラノアは用事があると言ってエアル達の住処を飛び出していた。
どうやら行き先はここだったようだ。
片手を腰に当てたドラノアは、訝しげに尋ねる。
「あんた、前にあたしが暴れた時、あの場にいたわね?」
暴れた時とはドラゴンとして復活したばかりの時の事だ。
理性を失っていたとはいえ、確かにモグりんを感知していたらしい。
しかし──
「モグモグ」
「ねえ、聞いてるの?」
「モグモグ……」
モグりんは食べるのを一切やめず。
耳に入っているのか、いないのか。
「そう。どこまでも白を切るつもりなのね」
「モグモグ、ごっくん。……どうして」
「ん?」
だが、唐突にモグりんからドラノアへ聞き返した。
「どうして分かったんですか? 私が、あの場にいたこと」
「あまりドラゴンを舐めるんじゃないわよ」
「そうですか」
ただ、ドラノアが聞きたかったのはこんなことではない。
「単刀直入に聞くわ。あんた何者?」
「……ただのちょっと賢いリスですが」
「あ、こら!」
そう言うと、モグりんはダッと森の奥へ走り出す。
「待ちなさい!」
突然の走り出しと、入り組む森の複雑構造。
それらが相まって、ドラノアはモグりんを見失う。
「でも、まだよ!」
ならばと、ドラノアは魔力探知を広がらせる。
エアルと同等、もしくはそれ以上の範囲のものを。
──しかし、
「……いない?」
モグりんの魔力は引っかからない。
ドラノアは息を吐きながら魔力探知を収める。
「本当に何者なのよ」
そう言い残して、ドラノアは飛び立つ。
疑問は解消されず、少々悔しそうな顔のまま。
そして、そんな彼女をコソっと眺めるモグりん。
「本当にあの凶暴なドラゴンまで手懐けてしまうとは。エアルさん、あの人になら……」
そんなモグりんの溢した言葉は、ドラノアには届かなかった──。
★
<エアル視点>
「ふい~」
額に流れる汗を拭い、周りを見渡しながら一息つく。
「だいぶ出来てきたな」
ここら一帯を司るという精霊さんから、正式に開拓の許可をもらったのも数日前。
あれから俺たちは、日々街づくりに励んでいた。
俺たちが暮らすコテージは増築され、元の倍ほどの大きさに。
もちろん中身もリフォーム済みだ。
さらには、その周囲にもいくつかのコテージ。
また、それに続くよう舗装した道など、村っぽいと言えば村っぽい形になってきた。
ある程度の完成形に、俺はみんなの方を振り返る。
「一旦休憩にしよう」
「うむ」
「分かったわ!」
作業にはフクマロやドラノア、手が空いている時はシャーリーとスフィルも手伝ってくれる。
みんな「エアルにはお世話になっているから」だってさ。
これほど嬉しい言葉は中々ないよ。
そんな心強いみんなが手伝ってくれていることもあり、それなりに作業は進んでいる。
けど、
「うむむ……」
作業を進めていれば当然、問題点も見えてくるわけで。
そんな俺にフクマロが聞き返してくる。
「我が何か失敗してしまったか?」
「あ、それはないよ。二人には本当に助かってるんだ」
悩んでいるのは、例えばコテージの見た目。
形はどうにでもなるのだけど、結局木の形を変えて作っているだけなので、色や装飾が物足りない。
森の中で贅沢な話かもしれない。
だが人を招くつもりなら、見た目が大切なのも確かだ。
でも、ペンキや色を作り出す魔法なんてものは無いしなあ。
今はどうしようもない。
端的に言えば、行き詰まってしまった。
そんな時、
「みんなー、お昼ご飯よ~」
シャーリーが新コテージから顔を出して、俺たちを呼び掛ける。
「やったわ!」
「ワフ~!」
それにはドラノアとフクマロが元気な返事をする。
朝からたくさん手伝ってくれたので、目一杯食べて休んで欲しいな。
「よし」
今日の午後、それと明日もオフにしよう。
行き詰った時に急いでも良い事がないからな。
お昼時の食卓にて。
「「「あははは!」」」
最近では人数も増え、フクマロも何故か椅子に座る術を覚えたので、みんな仲良くわいわい食卓を囲む。
来たばかりの時よりもさらに賑やかで、変わらず大切な時間だ。
そんな中でふと、シャーリーがスフィルの胸元を見ながら尋ねる。
「そういえばスフィルのそれ、綺麗よね」
「これですか」
スフィルの首からかかっているのは、輝くペンダント。
思えば、彼女が温泉でのぼせていた時なんかも付けていたし、片時も外しているのを見たことない。
大事な物かなにか、なのだろうか。
そう思って聞く事をためらっていると、スフィルの方から離してくれる。
「これは、わたしが里を脱走した時にたまたま発見したものなんです」
「え、脱走?」
「はい。わたしにも反抗期がありまして……」
反抗期ってエルフにも存在するんだ。
「まだ生まれて年も経っていなかったわたしは、精霊の力も使えず。こんな森の中ですし、どんどんと里とは逆方向に進んでしまっていたのです」
「それは大変だな」
「はい。ですが、たまたま拾ったこの綺麗なペンダント。これに勇気をもらってから歩き続けると、エルフィオ様が最終的に見つけてくださって」
「エルフィオさん……」
さすが里長だな。
「これは、その時からずっと付けているんです。その時の戒め、そして勇気の証として」
「そっか」
良い話だ。
俺と同じく、シャーリーとフクマロは「うんうん」とうなずく。
ただ、違った反応を見せたのは意外にもドラノア。
言い放ったのは驚くような言葉。
「それ、どう見ても森で作れるものじゃないわ」
「えっ?」
「どういうことだ、ドラノア」
俺は思わず聞き返す。
「魔力……というより、何らかの魔法で作られているわね。それもかなり巧妙よ」
「……!」
「エアル、あんたにはこれ作れる?」
「ちょっと見せてくれ」
ドラノアに聞かれ、スフィルのペンダントをじっと見つめる。
深い青色の、雫を模したようなペンダント。
前世の言葉で表現するなら、その色は宇宙、もしくは深海が正しいだろうか。
それに造りもめちゃくちゃ精工だ。
強力な『魔力結界』が薄く張られており、壊せそうにない。
何百年と生きてきたスフィルがずっと付けていられるわけだ。
深く観察してみて、感想を口にする。
「……無理だ。今の俺じゃどうやっても出来そうにない」
「何かを作る」という得意分野で出来ないのはとても悔しい。
それでも、悔しさより感動が勝ってしまうほどの美しさだ。
そうしてドラノアは、まとめたような言葉を口に出す。
「となれば、やはりエアルよりも魔法に優れた者が作ったのね」
「でも、エアルよりも優れた者なんて……」
シャーリーは、信じられないといった表情をする。
だがこれは事実だ。
それにドラノアは「やはり」と言った。
ならば、俺と浮かばせている人物は同じなのかもしれない。
「『けんじゃ』か」
俺が森に来るきっかけとなった本『森のけんじゃのたんけんきろく』。
それの著者『けんじゃ』が造ったということなのだろうか。
「たしかにそれだったら……」
「納得できるの」
「そうなるわね」
俺が溢した言葉には、みんな同意の様子。
ならばとスフィルに尋ねてみる。
「これを拾った場所、わかるか?」
「……いえ」
だが、スフィルは申し訳なさそうな顔を浮かべる。
「すみません、正確な場所までは覚えていなくて」
「そっか」
それもそうだ。
もう何百年も前の話なわけだし。
だけど、また彼女が口を開く。
ドラノアだ。
「それなら一人、頼れる子がいるかもしれないわ」
「……!」
なんだなんだ、今日のドラノアは一味違うぞ。
あのドラノアが頼もしく見える。
「誰だ?」
「ダークエルフのテトラよ」
「テトラさんが?」
こうして、俺たちはテトラさんを尋ねることに。
だが、まさかこの会話が、後に街づくりに大きく発展するきっかけになろうとは、この時は思いもしなかった。
時は少々遡り、エアル達が精霊さんをもてなしていた頃。
「モグモグ」
森の中で、一匹の小動物が食べ物をモグモグしている。
エアル達とも顔見知りのリス──モグりんだ。
その生態は謎であり、どこへでも現れるかと思えばすぐに消える。
そんな不思議な小動物に、一人の少女が話しかけた。
「探したわよ」
ザッ! と立ちはだかったのは、最強種族ドラゴン。
今は人間の幼き女の子の姿をしたドラノアだ。
この日、ドラノアは用事があると言ってエアル達の住処を飛び出していた。
どうやら行き先はここだったようだ。
片手を腰に当てたドラノアは、訝しげに尋ねる。
「あんた、前にあたしが暴れた時、あの場にいたわね?」
暴れた時とはドラゴンとして復活したばかりの時の事だ。
理性を失っていたとはいえ、確かにモグりんを感知していたらしい。
しかし──
「モグモグ」
「ねえ、聞いてるの?」
「モグモグ……」
モグりんは食べるのを一切やめず。
耳に入っているのか、いないのか。
「そう。どこまでも白を切るつもりなのね」
「モグモグ、ごっくん。……どうして」
「ん?」
だが、唐突にモグりんからドラノアへ聞き返した。
「どうして分かったんですか? 私が、あの場にいたこと」
「あまりドラゴンを舐めるんじゃないわよ」
「そうですか」
ただ、ドラノアが聞きたかったのはこんなことではない。
「単刀直入に聞くわ。あんた何者?」
「……ただのちょっと賢いリスですが」
「あ、こら!」
そう言うと、モグりんはダッと森の奥へ走り出す。
「待ちなさい!」
突然の走り出しと、入り組む森の複雑構造。
それらが相まって、ドラノアはモグりんを見失う。
「でも、まだよ!」
ならばと、ドラノアは魔力探知を広がらせる。
エアルと同等、もしくはそれ以上の範囲のものを。
──しかし、
「……いない?」
モグりんの魔力は引っかからない。
ドラノアは息を吐きながら魔力探知を収める。
「本当に何者なのよ」
そう言い残して、ドラノアは飛び立つ。
疑問は解消されず、少々悔しそうな顔のまま。
そして、そんな彼女をコソっと眺めるモグりん。
「本当にあの凶暴なドラゴンまで手懐けてしまうとは。エアルさん、あの人になら……」
そんなモグりんの溢した言葉は、ドラノアには届かなかった──。
★
<エアル視点>
「ふい~」
額に流れる汗を拭い、周りを見渡しながら一息つく。
「だいぶ出来てきたな」
ここら一帯を司るという精霊さんから、正式に開拓の許可をもらったのも数日前。
あれから俺たちは、日々街づくりに励んでいた。
俺たちが暮らすコテージは増築され、元の倍ほどの大きさに。
もちろん中身もリフォーム済みだ。
さらには、その周囲にもいくつかのコテージ。
また、それに続くよう舗装した道など、村っぽいと言えば村っぽい形になってきた。
ある程度の完成形に、俺はみんなの方を振り返る。
「一旦休憩にしよう」
「うむ」
「分かったわ!」
作業にはフクマロやドラノア、手が空いている時はシャーリーとスフィルも手伝ってくれる。
みんな「エアルにはお世話になっているから」だってさ。
これほど嬉しい言葉は中々ないよ。
そんな心強いみんなが手伝ってくれていることもあり、それなりに作業は進んでいる。
けど、
「うむむ……」
作業を進めていれば当然、問題点も見えてくるわけで。
そんな俺にフクマロが聞き返してくる。
「我が何か失敗してしまったか?」
「あ、それはないよ。二人には本当に助かってるんだ」
悩んでいるのは、例えばコテージの見た目。
形はどうにでもなるのだけど、結局木の形を変えて作っているだけなので、色や装飾が物足りない。
森の中で贅沢な話かもしれない。
だが人を招くつもりなら、見た目が大切なのも確かだ。
でも、ペンキや色を作り出す魔法なんてものは無いしなあ。
今はどうしようもない。
端的に言えば、行き詰まってしまった。
そんな時、
「みんなー、お昼ご飯よ~」
シャーリーが新コテージから顔を出して、俺たちを呼び掛ける。
「やったわ!」
「ワフ~!」
それにはドラノアとフクマロが元気な返事をする。
朝からたくさん手伝ってくれたので、目一杯食べて休んで欲しいな。
「よし」
今日の午後、それと明日もオフにしよう。
行き詰った時に急いでも良い事がないからな。
お昼時の食卓にて。
「「「あははは!」」」
最近では人数も増え、フクマロも何故か椅子に座る術を覚えたので、みんな仲良くわいわい食卓を囲む。
来たばかりの時よりもさらに賑やかで、変わらず大切な時間だ。
そんな中でふと、シャーリーがスフィルの胸元を見ながら尋ねる。
「そういえばスフィルのそれ、綺麗よね」
「これですか」
スフィルの首からかかっているのは、輝くペンダント。
思えば、彼女が温泉でのぼせていた時なんかも付けていたし、片時も外しているのを見たことない。
大事な物かなにか、なのだろうか。
そう思って聞く事をためらっていると、スフィルの方から離してくれる。
「これは、わたしが里を脱走した時にたまたま発見したものなんです」
「え、脱走?」
「はい。わたしにも反抗期がありまして……」
反抗期ってエルフにも存在するんだ。
「まだ生まれて年も経っていなかったわたしは、精霊の力も使えず。こんな森の中ですし、どんどんと里とは逆方向に進んでしまっていたのです」
「それは大変だな」
「はい。ですが、たまたま拾ったこの綺麗なペンダント。これに勇気をもらってから歩き続けると、エルフィオ様が最終的に見つけてくださって」
「エルフィオさん……」
さすが里長だな。
「これは、その時からずっと付けているんです。その時の戒め、そして勇気の証として」
「そっか」
良い話だ。
俺と同じく、シャーリーとフクマロは「うんうん」とうなずく。
ただ、違った反応を見せたのは意外にもドラノア。
言い放ったのは驚くような言葉。
「それ、どう見ても森で作れるものじゃないわ」
「えっ?」
「どういうことだ、ドラノア」
俺は思わず聞き返す。
「魔力……というより、何らかの魔法で作られているわね。それもかなり巧妙よ」
「……!」
「エアル、あんたにはこれ作れる?」
「ちょっと見せてくれ」
ドラノアに聞かれ、スフィルのペンダントをじっと見つめる。
深い青色の、雫を模したようなペンダント。
前世の言葉で表現するなら、その色は宇宙、もしくは深海が正しいだろうか。
それに造りもめちゃくちゃ精工だ。
強力な『魔力結界』が薄く張られており、壊せそうにない。
何百年と生きてきたスフィルがずっと付けていられるわけだ。
深く観察してみて、感想を口にする。
「……無理だ。今の俺じゃどうやっても出来そうにない」
「何かを作る」という得意分野で出来ないのはとても悔しい。
それでも、悔しさより感動が勝ってしまうほどの美しさだ。
そうしてドラノアは、まとめたような言葉を口に出す。
「となれば、やはりエアルよりも魔法に優れた者が作ったのね」
「でも、エアルよりも優れた者なんて……」
シャーリーは、信じられないといった表情をする。
だがこれは事実だ。
それにドラノアは「やはり」と言った。
ならば、俺と浮かばせている人物は同じなのかもしれない。
「『けんじゃ』か」
俺が森に来るきっかけとなった本『森のけんじゃのたんけんきろく』。
それの著者『けんじゃ』が造ったということなのだろうか。
「たしかにそれだったら……」
「納得できるの」
「そうなるわね」
俺が溢した言葉には、みんな同意の様子。
ならばとスフィルに尋ねてみる。
「これを拾った場所、わかるか?」
「……いえ」
だが、スフィルは申し訳なさそうな顔を浮かべる。
「すみません、正確な場所までは覚えていなくて」
「そっか」
それもそうだ。
もう何百年も前の話なわけだし。
だけど、また彼女が口を開く。
ドラノアだ。
「それなら一人、頼れる子がいるかもしれないわ」
「……!」
なんだなんだ、今日のドラノアは一味違うぞ。
あのドラノアが頼もしく見える。
「誰だ?」
「ダークエルフのテトラよ」
「テトラさんが?」
こうして、俺たちはテトラさんを尋ねることに。
だが、まさかこの会話が、後に街づくりに大きく発展するきっかけになろうとは、この時は思いもしなかった。