「大変、大変失礼いたしました!」

 精霊さんに服を貸すなり、すぐに土下座。

 やってしまったことには、あれこれ言わずすぐに謝罪。
 元社会人たるもの、これは心得ていることである。

「……まさか、こんな人だとは思いませんでした」
「言い訳はございません」

 俺は頭を下げたままの姿勢を崩さない。
 
 精霊さん側からすれば、急に具現化させられたかと思えば、裸の姿だったのだ。
 恥ずかしいどころではないだろう。

 ただ、そんな気まずい雰囲気の中で声をかけてくれるのがスフィル。

「あのっ! 精霊様、ですよね?」
「……ええ。(わたくし)はこの辺やエルフの里、人間側の森の端までを司る精霊」

 精霊さんは腕を組みながらに続ける。

「普段あなたやエルフィオが借りているのは、(わたくし)の力よ』
「それは大変お世話になってます! 今回の件はこの人も悪気は無かったようですので、その……」
「しょうがないわね」
「えっ」

 だが、スフィルの説得により、精霊さんは優しい表情を浮かべた。
 さらにそのまま、スフィルの頬を両手でそっと()でる。

『あなたに免じて、今回だけは許してあげるわ』
「!」

 その言葉に、俺とスフィルは顔を見合わせた。

「「ありがとうございます!」」

 そして同時に頭を下げる。
 ここは精霊さんの優しさに感謝だな。

 そうなれば、ようやく本命の質問を尋ねられる。
 俺はスフィルに目で合図を送り、彼女が代わりに聞いてくれる。

「あの、精霊さんっ!」
「なにかしら」
「実は、精霊さんをお呼びしたのは、ある許可を欲しくてなのです!」
「言ってみなさい」

 スフィルは一呼吸おいて再度尋ねる。

「わたしたちに、この住処を中心として大規模に開拓する許可をください!」
「開拓ねえ』

 グッジョブ、スフィル。
 お願いする役を任せてしまったので、後で何か埋め合わせをしようと思う。

「いいわよ」
「「……!」」

 そうして、少し考える素振りを見せた精霊さんだったが、許可が下りる。

「ただし」
「!」
「条件があるわ」
「なんでも聞きます」

 俺は二つ返事で答えた。

 要求を呑んでもらうんだ。
 こちらも何か応えなければ失礼というもの。
 
 精霊さんはニヤっとして言い放つ。

「今日一日、この(わたくし)を楽しませてみせなさい」
「えぇ」

 そういう感じで良いのか。

「返事は?」
「「は、はいっ!」」

 こうして、突如として精霊さんを楽しませる一日が始まったのだった。







「スフィル! スープ出来たら持ってきて!」
「はいよ! シャーリー!」

 キッチンとテーブルを、うちの二人のシェフが(あわ)ただしく動き回る。

 それもそのはず、

「んん~。美味しいわね~!」

 精霊さんが、ものすっごい勢いで料理を(たい)らげるからだ。

 出されているのは野菜から肉、高級マグロのような湖の主など。
 今日までの森での生活を表したような、料理オールスターだ。

 昨日シャーリーとスフィルが料理に関して和解しておいて、本当に良かったな。

 そんな精霊さんは満足げな表情を浮かべる。

(わたくし)、あなたたちの料理がうらやましくって!」
「そうなんですね」

 普段、こちらから精霊さんの姿が見えることは無い。

 でもこんなことを話すってことは、いつも俺たちの生活を観察していたのかな。
 お料理リクエストまでしてくるぐらいだし。

 しかし、シェフであるはずのシャーリーが台所から出てきた。

「あ、あの~、精霊さん」
「なんでしょうか」
「結構食べられますね~……」

 なるほど。
 それなりに疲れが出てきたらしい。
 
 だが、精霊さんは満面の笑みで言い放つ。

「まだまだいけますよ!」
「まだ、まだ……?」

 この言葉には、あの料理大好きな二人が戦慄(せんりつ)した。
 おいおいまじかよ、って顔だ。

 幸いなことは、ドラノアがいないことだけか。
 ドラノアがここに加われば、「あたしも!」などど言って、絶対に(ろく)なことにならない。

 そうして、ようやく俺たちを落ち着かせる言葉が聞ける。

「はあ~。ですが、さすがの(わたくし)もそろそろ満足です」
「「ほっ」」

 しかし、これだけでは終わらない。

「では、次は温泉に入りたいです!」

「「「……」」」

 結構自由だなあ、この人。
 みんなも同じ事を思ったことだろう。


 

「はあ~。とても気持ちよかったです~」
 
 あれからしばらく。
 キャッキャウフフという声が収まったと思えば、精霊さん達が温泉から戻ってきた。

「お、おぉ……」

 と思えば、その格好がなんとも素晴らしい。

 精霊さんやスフィル、リーシャが来ているのは『浴衣(ゆかた)』。
 最近、俺の提案から導入されたあの服装だ。
 やはり温泉上がりはこれに限る。

 精霊さんは浴衣も気に入ったようだ。

「この格好も着心地が良いです」
「それはよかった」

 そうして、精霊さんは改めて辺りを見渡した。
  
「ここは素晴らしい場所ですね」
「本当ですか!」
「ええ」

 すっかり気分が良くなったのか、あんなことがあった俺にも話しかけてくれる。
 と、そんな軽い話の中、精霊さんはふっと微笑(ほほえ)む。

「そういえば、開拓の件でしたね」
「!」

 口にしたのは、本来の目的の話だ。

「良いですよ」
「本当ですか!?」
「はい」

 にっこり笑った精霊さんの笑顔を横目に、思わずガッツポーズ。
 これで、何の罪悪感もなく開拓を進められる!

「けど、本当にこんなことで?」
「エアル殿は用心深いのですね。そもそも、木をたくさん切り倒したからと言って、実はこの森への影響はほとんどありません」
「と、言いますと?」

 精霊さんは笑みを浮かべたまま説明してくれる。

「この膨大(ぼうだい)な森の魔力。切り倒した木の分は、また新たな場所ですぐに木を生やします。一つや二つ、新たな()を作ったって全く問題は無いのですよ」
「え、じゃあ楽しませてみせなさいと言ったのは……」
「単純にうらやましかったのです。普段見ているあなた方が、(わたくし)の知らない独自のものを作り上げていく様が」
「なんだあ……」

 どっと、肩の荷が下りた気分だ。
 わがままな感じといい、そういうことだったのか。

 と、軽く一息ついた後で、今度は精霊さんの方から尋ねられる。

「そ、それでなのですが……」
「なんでしょう」
「もしよかったら、今後定期的に今日のように体を具現化させてもらえませんか」
「!」

 さすがというべきか。
 精霊さんは体の寿命に気付いているようである。

 実は、俺のこの魔法道具は永久ではない。
 これは今の道具の限界だ。
 おそらく、もうすぐ体を留めることが出来なくなり、精霊さんの姿は見えなくなってしまう。
 
 でも、答えは決まっている。

「もちろんです。その内、ずっと体を保っていられるようなものも必ず開発してみせます」
「……! はい、ぜひよろしくお願いします!」

 そんな挨拶(あいさつ)を皮切りに、少しづつ精霊さんの体が光となっていく。
 これが最後のお願いだったのだろう。

「「うるうる……」

 シャーリーやスフィルは涙ぐんだ顔を見せる。
 なんだかんだ言って、意気投合したのかもしれないな。

 でも大丈夫。

「あの人なら、いつでも見守っててくれそうだからさ。俺もまた、すぐに呼び寄せてあげようと思う」

「うん」
「はい」

 そう言うと、二人も笑顔で精霊さんを見送っていた。

 よし、これで気持ちよく開拓も出来る。
 明日からもやることがたくさんあるぞー!







<三人称視点>

 エアル達が精霊さんをもてなしている頃、森の奥深く。
 少女の見た目をしたドラゴン──ドラノアが口を開く。

「探したわよ」
「……」

 その相手は、一匹の小動物。

「聞かせてもらうわ。あなたが一体、何者なのかをね」

 ドラノアは意味深な聞き方をした。