ドラノアと一緒に住むようになった次の日、昼下がり。

「う~~~ん、っと」

 気持ち良い満天の青空に手を伸ばし、思いっきり背伸びをする。
 少々寝不足なこともあり、今日のお仕事は午後からにした。

「それにしても元気だなあ……」

 ドラノアは朝早くからどこかへ行ってしまったよう。
 来た次の日だってのに、自由な奴だ。
 自由さで負けるのはちょっと悔しい。

「まあ、そのうち帰ってくるだろう」

 そう思うことにして、とりあえず簡単なお昼ごはんを済ませた俺は、住処を眺めて頭を悩ませる。

 自由気ままな俺だけど、人一倍こだわりはある。
 これも住処をより良くするための悩みなのだ。

「どうしたんですか? そんなに悩ましい顔をして」

 そんな俺の様子が気になったのか、顔をひょっこりと覗かせたのはスフィル。
 朝起きた時は、一緒に寝ていたことに恥ずかしくなってどこかへ行ってしまった彼女だが、すっかり気分は落ち着いたらしい。

「ちょっとね。ドラノアやスフィルも来たことだし、コテージを増築しようと思って」
「それは素晴らしいですね! わたしからもぜひお願いします!」
「ははっ、任せな」

 スフィルも待望しているらしい。
 さらにやる気に満ちた俺は、改めて考えてみる。

 まずは場所の把握。
 住処は広いので、いくつかのエリアに分かれているんだ。

 北の『食物エリア』。
 ここは野菜や果物が成っている。
 特に心配はなさそう。

 中央の『泉エリア』。
 この景観を支える泉があり、あまり触れたくない。
 自然は守っておきたいからね。

 そして、東の『生活エリア』。
 ここには、コテージ、洞窟、温泉がある。
 いじるならここだ。

「南の方に広げるのもアリか……」

 東にもまだ余裕はある。
 でも増築などをするなら、配置やバランス等々をあらかじめ考えておきたい。

 というか、あのコテージも仮に作った物だ。
 この際に新しく作ってしまうのもありだな。

 と頭を悩ませていたところで、再びスフィルが尋ねてくる。

「それなのですが、わたしも折り入って相談が……」
「どうしたの?」
「実は、わたしがエルフの里からこちらに来るときに温泉の話をしたんです」
「……あー」

 この時点で大体話が分かる。

「そうしましたら、みんながぜひ入りたいって」
「ですよねー!」

 スフィルの話は予想通りだった。
 温泉の良さがさらに広がるのはとても良い事だ。

 でも、さらに多くの人向けて住処を解放するとなると……。

「さらなる拡張が必要だな」
「そうかもしれませんね」
「加えて……」

 あのエルフさんが大勢来るなら、いよいよ温泉自体も男女で分けた方が良いかもしれない。
 やはり女性に安心して入ってもらうためには必要な事だろう。

 てか待てよ。
 どうせそこまでするのなら、前に立てた目標についても少し考えたい。

「どうしたのですか? エアルさん」
「前に言っていた目標を思い出してね。俺はいつか、お世話になった人達をこの森に招きたいんだ」
「それは素敵ですね!」
「それもあってさ。せっかく改築するのなら、森をある程度開拓して、コテージをいくつか造るのも悪くないかなって」

 簡単なコテージのようなものなら、それほど時間がかかるでもなく作れるしな。

「そうすればエルフさん達もそこに泊まれる。いずれ人を招いた時のために、この際色々と作っておくのも悪くないかなって」
「良いと思います!」 

 うんうん、どんどん考えがふくらんでいく。
 これは良いぞ~。

 でも、俺が頭を悩ませているのはもう一つ。
 これを行うにあたっての配慮だ。
 
「そうなると、森の木々をかなり切ってしまうことになるんだよなあ」

 元いた前世の癖か、ついそんなことを考えてしまう。
 
 この世界は全て魔力で出来ているので、木を切り崩したからといって環境破壊にはならない。
 この森の木は、二酸化炭素を吸って酸素を吐いてる、なんてことはないからね。

 けど、やっぱり気にしちゃうんだよ。
 だってそれを消費するのには変わりないし。

「わたし達の里も木を切り崩して作っています。なので大丈夫かなと」
「けどなあ……」

 俺がやろうとしているのは、エルフの里とは比べものにならない程の開拓。
 それを好き勝手やっちゃっうのも気が進まないし、それで森の主なんかに目を付けられても嫌なんだよなあ。

 何か許可をくれる人……あ。

「……」
「な、なんですか?」 

 俺がスフィルの顔をじーっと見たので、当然のように聞き返される。

「スフィル達が力を借りる精霊って、森を司る存在でもあるよね?」
「そんな言い方をされることもあります。現に、森を幻影で守っているのも精霊ですから」
「やっぱりそうか」

 ふむふむ、と考えて俺は言葉に出す。

「じゃあ、その精霊さんに直接許可をもらおう!」
「え? 直接?」
「うん!」

 だけど、スフィルは不思議そうな顔をしている。

「あのエアルさん。こう言っちゃ悪いですが、精霊と密接に関わりのあるエルフですら、会話は出来ませんよ?」
「大丈夫、大丈夫」
「うーん?」

 彼女の言っている事は正しい。
 けど、ちょうど試したかった“あの魔法”を使えば、出来ると思う!

「スフィル。ちょっと準備するから、俺が合図を出したら精霊を呼び出してみてくれないか?」
「わ、わかりました……」

 そうして、疑問を(ぬぐ)えないスフィルを横目に、俺は準備に取り掛かる。



 
「こんなところかな!」

 目の前の物に満足して俺は声を上げた。

 準備をしたのは、人形のように削った木、それから小さな水晶玉のような魔法道具だ。
 環境が整ったところで、さっそく実行してみよう。

「あの、エアルさん。話って、一体どうやって」
「説明はちょっと難しいから実践するよ。スフィル、精霊を呼び寄せてくれる?」
「は、はい」

 そうして、祈るポーズを見せたスフィルを、背後から黄緑色のオーラが包む。

 本来は見えないはずの精霊。
 それをエルフの力で呼び寄せ、一時的にオーラのような形で具現化する。

 何度見ても、神秘的な光景だね。
 だが、今回は呆けて見ている暇はない!

「ちょっと失礼しますよ!」

 その黄緑色のオーラを、水晶のような魔法道具へ()()
 そのまま木の人形の心臓部にはめこむ!

「エ、エアルさん!?」
「大丈夫!」

 すると、黄緑色の(まばゆ)い光が木の人形を包み込む。
 それから人の肌感を創っていくのだ。

 そして──

「な、なんですかこれは……」

 木の人形から声が聞こえて来た。
 その成果に思わず声を上げる。
 
「おお、大成功だ!」

 俺が行ったのは、“精霊の具現化”。
 本来は、魔獣の意識を人形に移して「見た目は人、中身は魔獣」みたいなものを作って、魔獣と会話をするための理論だ。

 今回はそれを応用して、精霊を人型の人形に移し、会話を出来るようにした。

 人の形に留めておけるのは、おそらく一日ぐらいだろうけどね。
 だから今回は、許可をもらうだけ。

 仲間になれれば嬉しいけど、今の魔法道具の段階ではずっと人の形で居てもらうのは難しい。

 そうして目の前に現れたのは、絶世の美女。
 膝元まで伸びた黄緑色の長い髪を持ち、開いた目もまた黄緑色。

 って、しまった!
 俺がバッと背けたことで、精霊さんも自身のその姿に気づく。

「──! きゃあああ!」
「スフィル! 服! 服を持ってきてあげてー!」
「はい! 今すぐにー!」

 俺が具現化させた精霊は、生まれたままの姿だったのだ。